20話 赤の塔の主 (3)
結局、今日はアンバーとにこやかに話すイーサの姿を
眺めるだけで帰る事にしたのだった。
「元気そうで、何よりです。また改めて仕事の話でも」
「おいおい、やっと起き上がれるようになったのに、
すぐに仕事の話かい?」
「いえ……失礼しました。では、日にちを空けてから」
「ふふっ、いや、冗談だ。明日来てくれるかな?」
「はい、では、明日にまたきます」
タヒソ男爵は、まだ話したい事があったが、今日はこ
こで帰る事になった。
きっと弟のアンバー様も、兄が心配だったのだろう。
ずっと横から離れようとしなかったのだ。
それから、タヒソは錬金塔へと戻ると弟子達を集め
たのだった。
「これからは一層、錬金術師の役目が大事になるだ
ろう。それでだ!今回の事件を含めて昔に案とし
て上がっていた魔道具作りに取り掛かる事になっ
た。各自、心してかかるように!」
「「はい」」
10人ほどの弟子達はタヒソの発案で前に頓挫した魔
道具の作成に取り掛かった。
実際には、師匠であるメルバルト・ファオニンの作
だった。
しかし、予算がかかりすぎるという事で断念せざる
を得なかったのだ。
作成図は昔見せてもらった事がある。
確か、青の塔にあったはずだが、今は綺麗になくな
っていた。
『毒を見分ける魔道具』
と名付けられていた。
近くに食べ合わせの悪いものや、腐ったもの。
毒素を含むものがあると全部に反応してしまうとい
う優れものだった。
だが、発酵したものにも反応してしまい、あまりに
も精度が良すぎて量産化されなかったのだった。
「でも、コレよく考えましたねー、毒の判別の基準
って難しくないですか?」
「そうだな……細かくすればするほど精密になって
行く上に、判断の基準を設けないと、結局判定に
誤りが出てしまうからな」
「ですよね〜、さすが我が塔の主様です。このよう
な緻密な回路を構築出来るなんて」
「いや……これは。まぁ、前ボツになったやつだか
らな………はははっ………」
タヒソは弟子の前で苦笑いを浮かべた。
実際には使った事があるが、精密すぎてすぐに反応
してしまうのだ。
これをもっと限定的なものにして、回路を簡素化する。
それが今回の目的だった。
本当なら、このまま作りたいものだったが、回路自体
が複雑すぎて記憶をいくら思い返しても再現できない
のだ。
だから、今は思い出せる部分だけを実際に刻んでいく
作業をしている。
これ以上イーサに危害を加える人間の好き勝手には
させないという意気込み新たに、弟子達のスキルア
ップも期待していた。
「そういえば、あの時の師匠は……あまり師匠らし
くなかったですね……」
確かに、コストもかかるが、あまりに精密な為に
マーロ公爵も呆れていた。
それでも、引き下がらないのが師匠の悪い癖だっ
たのだが、あの時はすんなり引き下がったのだ。
一応年に一回の査定を兼ねた塔の主の資格を確か
める場所だったので、それ以上ごねなかったとい
えば、それまでだが。
どうにも、少しおかしかった。
駆け寄ったタヒソにも、設計時を見せて欲しいと
言われると、普通に見せてくれた。
普段の師匠なら、弟子であっても意地悪そうに、
『自分で考えてみるんだな?それでもわしの元
弟子か?』
と嫌味の一つでも言う人だった。
「あの時は年をとって丸くなったのかと思ったけど
まさか……師匠は……」
思い当たる事はいくつかあった。
六年ほど前から、師匠のあたりが柔らかくなった上で
嫌味が減ったのだ。
そして何より、予想外の画期的なものを作成する事が
増えていた。
がだ、それが認められる事はあまりなかった。
あまりに高価で高性能なせいで値段が跳ね上がってし
まうのだ。
師匠は鉱石や、薬草は自分で採取していたので、材料
のコストがかかっていない。
だが、普通の錬金術師はギルドに依頼して取ってきて
貰うので、バカ高いコストがかかる上に、品質も悪い
場合もある。
そうなると、出来具合に差が出てしまうのだった。
そして、1年前にとある噂が街に出回った事があった。
それは……メルバルト・ファオニンの国外亡命だった。




