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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第八話 無意識の恐れは気のせいです。

 中世ヨーロッパのテーマパークのような街並みも、雑多な街を歩く人々も個性がある。隅々までリアル過ぎて、自分の夢だということを忘れてしまいそうになって困る。

(細部まで良く出来てる。人の顔も服も全部違うし) 


 あちこちを見回している私に向かって走ってきた十歳くらいの少年を見て、ジークがさっと私の肩を抱き寄せた。

「ちっ」

 灰紺色の髪の少年は、舌打ちを残して走り去る。

「私、何かした?」

 見ず知らずの人間に舌打ちされるようなことをしただろうか。


「財布盗りだ。手に刃物を隠していたから、紐を切ってカバンごと盗むつもりだったんだろうな」

 ジークの指摘に驚いて、斜め掛けしたカバンを両手で抱え込む。

「ちょ。ここって、危ない場所なの?」

「それほど危険でもないんだけど、その服で旅行者に見えたんじゃないかなー。旅行者はやっぱ危険度増すよねー」

 白いカットソーにダンガリーのAラインスカート。帆布のカバンにスニーカーという格好は、確かに浮いている。服装のことよりも、周囲を気にせずふらふらと見回していた自覚はあるから、気まずくなってきた。

「……ごめんなさい」

「謝ることないよ。無事で良かったよー」 


 背が高い二人の男性が横にいてもスリが発生するなんて、理解不能。ましてや、まだ子供。私の夢なのに、理不尽過ぎる。

(スリに合う夢って、大切なものを無くす怖れを無意識に感じてるという意味があったような……)


「トーコ、心配しなくていい。俺が護る」

 肩を抱いたままのジークの笑顔に、どきりと胸が高鳴った。

(私、夢から覚めたくないって思ってるのかも)

 とにもかくにも恥ずかしくて、私はジークの手をぺちりと叩き落とした。


      ◆


 王都で一番美味しいと評判だという食堂に連れてこられた。お昼より少し早い時間なのにテーブルがほぼ埋まっていた。お客は男性がほどんどで、お昼のメニューは一種類。


 ピザのような平たい直径十五センチ程のパンの上に、炒めた野菜やソーセージ、煮込んだ豆、いろいろな具材が乗った物が出てきた。

「……えーっと?」

 やっぱりカトラリーはないらしい。料理と一緒にでてきた水の入った入れ物で指を洗う。

「ああ、こうやって食べるんだよ」

 サタルーシュは、ピザもどきをぱたんと二つ折りにしてかぶり付いた。私も真似をしてかぶり付いて激しく後悔した。

「……ねぇ、この味って、普通なの? 塩辛すぎて死にそうなんだけど」

 周りに聞こえないように、こっそりとサタルーシュに囁く。パンは普通の味なのに、乗せられた具材が死ぬほど辛い。

「んー? そうなの? 俺達、生まれた時からこの味だからねー」

 いくら夢でも、舌が死んで味がわからない塩辛さは耐えられない。


「ジーク、騎士の宿舎に厨房ってある?」

「……ないな」

 一瞬考えるように首を傾げたジークが答えた。

「あ、医務室に小さな厨房ついてるよ? あと、魔術師寮なら本格的な厨房があるよー」

「魔術師寮の厨房って借りられる?」

「んー。家政婦ってことになれば使えるよー」

「採用試験とかある?」

「ないよ。やる気と元気さえあればいいんじゃないかなー」

 ピザもどきを頬張りながら、サタルーシュが答える。何かを言おうとしたジークの口に、食べかけのピザもどきを突っ込んで黙らせる。どうせ止めようとするんだろう。


「仕事内容は?」

「今、寮にいるのは俺入れて五人なんだけど、共用部分の掃除とごみ出し、できたら朝、昼、夜の食事とお茶の用意かな。あとは洗濯物集めて城の洗濯室に出してくれるとありがたいなー」

「仕事量が物凄く少ないわね。人がこないのは何故? 給金安いの?」

 咀嚼するジークの口を手で塞ぎながら、サタルーシュに質問する。


「結構良い給金出してるんだけど、すぐに王や王子のお手付きになるから、もっと楽な王城内の仕事に移っちゃうんだよねー」

「それなりに経験のある女性を連れてきたらいいんじゃないの?」

「王と王子の守備範囲は十二歳から八十六歳なんだよ」

「うわ、それ、最低じゃない!」

 王子の顔を思い出して、ぞぞぞと嫌悪感が背筋を駆け巡る。あの金貨は早く使ってしまおう。


 ジークが咀嚼を終えて、ごくりと飲み込んだので、ついつい頭を撫でてしまう。

「トーコ、俺が稼ぐから……」

 何か言おうとしたジークの口に、またピザもどきを突っ込んで手で塞ぐ。


「慣れたら食事も作りたいけど、こっちの味覚に合うか心配ね」

「異世界料理! すげえ! たぶんどんな味でも問題ないよー」

「は? どういうこと?」

「俺達魔術師って、料理の味とか気にしないからさー。お腹が膨れればいいって感じー」

「栄養補給してるだけってこと?」

 全くもって寂しい話。食べることって人生で大事だと思う。


 店を出た途端に私のお腹が鳴った。結局ジークとサタルーシュに食べてもらったから、私はほとんど食べていない。

「トーコ、果物はどうだ?」

 ジークの提案に、ちょっとときめく。

「果物なら食べられるかも!」

 連れてこられた広場のような場所には、屋台が並んでいた。さっき見たピザもどきの店ある。店ごとにいろんな具材の種類があるらしい。焼いた鶏もも肉や、何かの小動物の姿焼きがぶら下がる店もある。通路が広く確保されているから、雑然とはしていてもごみごみした感じはなくて快適。


 屋台の一つで、果物がかごに盛られていた。赤や黄色、黄緑のリンゴの中、青や紫、黒いリンゴがある。

「く、黒リンゴ?」

「あ、それ甘くて美味しいよー」

 サタルーシュの言葉と共に、ジークが黒リンゴを頼んだ。屋台の前に設置された長椅子に座る。

「ありがと」

 手に乗せられたリンゴは黒い。茄子紺を黒くした感じの色。

「美味しい! 何これ!」

 一口かじってびっくりした。甘い。とにかく甘い。でも後味はすっきり。しゃくしゃくとした舌ざわり。味は完熟した桃に近い。それなりの大きさのリンゴがぺろりと無くなった。


「トーコの口に合って良かった」

 ジークがほっとしたような笑顔を見せる。

「トーコの世界には黒リンゴはないの?」

 にやにやと笑いながら見ていたサタルーシュが聞いてきた。

「無いわよ。赤、黄色、黄緑ならあるわ」

「へー。そうなんだー」


「青色のリンゴ、食べてみたいんだけど」

 ねだるとジークが青色のリンゴを頼んでくれた。

「すごーい。青色のリンゴなんて初めて見るわ!」

 手にしたリンゴは、完全に青色。はっきり言えば不味そう。そんな私の感想は、一口かじってひっくり返った。

「美味しい!」

 青い皮の下は、淡いオレンジ。見た目は恐ろしく不味そうだけれど、熟したマンゴーのような味。

 結局、甘い巨峰のような味の紫リンゴも食べて、お腹がいっぱいになった。

「リンゴ以外にも、もっと美味しい果物あるよー?」

 笑うサタルーシュの案内で、あちこちの屋台を覗く。


「あ、バナナとかあるんだ」

 緑色のバナナの房がぶら下がっている屋台が目に入った。

「これは果物じゃないよー? 野菜だよ? 炒めて食べるんだー」

「え? そうなの?」

 皮をむいて、一口大に切られたバナナが鍋の中で炒められていた。ジークが頼んでくれて、味付け前のバナナ炒めを木皿に乗せて手渡される。

「成程ねー。里芋みたい」

 緑色の熟していない固いバナナは、里芋みたいな味だった。少しだけ塩こしょうを振ると、物凄く美味しい。全部は食べられなかったので、残りは食べてもらった。


「へー。これが異世界風の味付けかー。俺はいけそう」

「俺もトーコの手料理食べたい」

 何故かジークが目をきらきらさせている。あー、どうしてこうも、犬の耳としっぽの幻影が見えるのか。

「寮に食べにくれば?」

 サタルーシュは気軽に言うけど、家庭料理レベルだから過剰に期待されると困る。


 ジークに、期待外れと思われるのは少し怖い。

 ……この夢、いつ覚めるんだろう。 

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