第七話 美人の厚化粧は残念です。
丘の上に建っている王城の門を出ると王都が広がっていた。
白やクリーム色のお屋敷街を過ぎると、淡いベージュ色の石造りの可愛らしい建物に切り替わり、淡いオレンジや淡い茶色の屋根が続いている。アスファルトの替わりに、道路はレンガ色の石畳。窓の外には赤や黄色の花が吊り下げられている。
「上から見た時も思ってたけど、何かテーマパークとか、そんな雰囲気ねー」
童話にでてきそうな雰囲気。私の頭の中に、こんな幻想世界があったのか。王都の周囲にも割と高い壁が作られていて、森や農園は、その外側に広がっている。
商店が集まる一画へと歩いて行くと、店先にはカラフルなテントが垂れている。
「うわー。外国のおしゃれなマーケットって感じー」
店先のテントの下には籠に盛られた果物や野菜、干された肉や鳥、カラフルな商品が並んでいる。買い物をしている人々の髪色は、青や黄緑、ピンクやオレンジ、流石夢としか思えない色合い。
「ドレスじゃなければ、すぐに服が揃う店知ってるよ」
サタルーシュに案内されて、女性用の服屋に入った。木製のハンガーラックがずらりと店内に並んでいて、意外といろんな色の服が掛かっている。化学染料じゃないからか、落ち着いた色ばかりで好み。全て手縫いで作られていて、同じデザインでも色が濃くなると高くなる。
「あ、これ、可愛いー」
久々の服の買い物に心が躍る。背負った借金のせいで、この三年程、下着とストッキング以外を買い替えることもできなかった。
いろいろ見たけれど、体にぴったりした服というものは注文しないとないらしい。大きなサイズの服の袖口や襟ぐりに通してある紐やリボンを結んだり、ボタンで調節する。体にぴったりさせたい場合は、コルセット状のベルトやベストを着る。生成色のブラウスに青色のスカート、茶色のベストの組み合わせは童話の主人公のようでかなり可愛い。
前ボタン開きの童話に出て来そうなふんわりそでにふんわり裾のロング丈のワンピースを二着、手に取った。
「んー。どうかな。どっちの色がいいと思う?」
「俺はこっち白藍色のがいいなー」
隣りでにやにやと見ていたサタルーシュが指をさした。
「俺はこっちのエンジ色がいい」
黙って見ていたジークが指をさす。
はっきり言って、どっちも可愛い。白藍色は襟ぐりが広くあいている。エンジ色はハイネック。
「よし、両方買うわ!」
値段を確認して両方買うと決める。三年ぶりの買い物がとてつもなく嬉しい。ベストやブラウス、スカート、下着等々、一通り複数枚選んだ。
「これで金貨一枚分の筈よ!」
山のような量の服を計算してもらうと、ちょうど金貨一枚分だった。計算通りでにやりと笑う。ちょーっと買い過ぎたかなーと思うけど、全く何も持ってない状況だから、仕方ないと自分に言い聞かせてみる。
「トーコって凄いねー。書いたりしなくても計算できるんだー?」
サタルーシュが目を丸くして拍手している。一緒に驚いていた店主がおまけで可愛いエプロンを二枚つけてくれて、大きな紙袋や紙箱が積み上がる。
「凄い荷物ね。持てるかしら」
ジークとサタルーシュに持ってもらうつもりでいたけど、箱に入れられると物凄くかさばって、積み上げると天井まで届いた。
「ああ、俺の部屋に届けてもらおう」
目を丸くして口を開けていたジークが我に返って、店主に王城へ届けるようにと依頼した。
「ありがと。さて、次行きましょー!」
「おう! 次はどこ行く?」
サタルーシュは楽しそう。
「楽しそうね」
「だって、女の買い物って初めて見るからさー!」
「……まさか……女と付き合ったことないの?」
もしかして、サタルーシュも童貞とか? 一体この世界はどういう設定なのか。自分の夢とはいえ、段々わからなくなってきた。
「あー、俺って、魔力量が半端なくあるから普通の女と付き合えないんだよねー」
「え? そうなの?」
「強い魔力がある人間の運命だよ。神力持ちで気が合う娘がいればいいけど、この国では少ないし。寮と医務室の往復でそもそも出会いなんてないしねー」
サタルーシュの説明によると、強い魔力を持つ者は、性行為で弱い魔力を持つ者に影響を及ぼして精神を壊してしまうので、同程度の魔力持ちか、魔力を一切持たない者、神力を持つ者を相手に選ぶしかないらしい。
自由恋愛が不自由な世界か。……この夢は、借金のせいで彼氏と別れるしかなかった私のことを投影してるのか。
「……もしかして、童貞なの?」
我慢できずにサタルーシュにこっそり聞いた。ジークがびくりと体を震わせる。
「まさか! たまに娼館のお世話になってるよー」
「なんだ。素人童貞か」
「しろう……? うわ! 異世界人が何かヒドイ!」
サタルーシュが涙目で抗議するけど、にっこり笑って返す。
「真実でしょ? 魔術師のくせに真実を認めないの?」
「あああああああ! 異世界人、ヒドイ!」
サタルーシュが壁に手をついて項垂れているけど放置の方向で。
「少し早いが昼食に行くか。トーコ、腹減ってるだろ?」
「そういえばそうね。あんまり食べられなかったし。美味しい物を食べさせてよ」
朝食を思い出すと頭が痛くなる。サタルーシュによると、物凄く栄養のある高価なスープらしいけれど、私にとっては超塩味ヨーグルト雑穀粥以外の何物でもない。
◆
「ジークぅぅぅ!」
突然、女の甘い叫びが聞こえたかと思うと、深緑色の髪をしっかりと巻いた化粧の厚い女がジークの胸に飛び込んできた。淡い橙色のワンピースに茶色のコルセットベルト。ワンピースの裾からは生成り色のペチコートが覗く。
「ジークぅ。お昼ご飯おごってー」
ジークの胸に両腕で抱き着いてすり寄りながら、女が甘ったるい声を出した。
「すまん。サリア、連れがいる」
そう言って断るジークの表情がとても色っぽい。伏し目がちの流し目で囁くように答えている。何それ。ちょっとむかつく。
「えー、いいでしょー? ……何? この子供」
私を見たサリアの甘ったるい声が、急にとげとげしくなった。
「俺の婚約者だ。これからは今まで通りには付き合えない。悪いな」
ジークがサリアの腕を解いて私の肩を片手で抱いた。むかつくので、肩の上のジークの手の甲をつねりあげる。
「……婚約者? ……もしかして、ジークの言ってた本命って、この子な訳?」
半眼になったサリアが、訳知り顔で私を見下すように視線を投げた。
「ああ」
ジークが笑顔で答えた。私の手はまだジークをつねりあげている。皮を掴むようにひねっているから痛い筈なのに笑顔がびくともしない。むにむに。
「何よ、こーんなお子様。ジークが少女趣味だったなんて知らなかったわぁ。それに何、その黒い髪。汚い色ねー」
サリアが自分の巻き髪を指で弄びながら私に言い放つ。何かがぷちりと切れた。
「サリア、やめ……ごふっ!」
制止しようとしたジークに肘を入れて黙らせる。肩の手が離れたので、一歩サリアの方へと近づく。
「あらあら。私は二十五歳よ? 厚化粧のお嬢さん」
にっこりと笑いながらサリアに言い放つ。サリアは若くて美人だと思うけれど、とにかく化粧がなってない。
「は? 二十五歳?」
「貴女がおいくつか知らないけれど、そんなに厚化粧しないと外に出られないなんて可哀想。一体、月にどれだけの白粉を使ってるのかしら。ほら、ひびが入ってるわよ? 鏡を見た方がいいんじゃなくて?」
ほほほと笑いながら、嫌味ったらしく言葉を重ねる。
「……」
目を丸くしたサリアは言葉も出ないらしい。流石にひびは入っていないけれど、超厚塗りなのは間違いない。
「売られた喧嘩は買うっつってんのよ! 厚化粧!」
返答がないので、我慢できずに叫ぶ。
「なっ! なんですって!」
我に返ったサリアの平手打ちが飛んできたけれど、軽く当たって受け流す。
「そっちが先に手を出したから!」
確認の為に叫ぶ。足払いで崩してサリアの腕を掴んで一回転させて投げる。と言っても、しっかりと腕を掴んでダメージが少ないように地面に降ろした。
「え? え? え?」
サリアは地面に座り込んで目を瞬かせている。
合気道をたしなむ祖母が得意にしていた投げ技。田舎に帰ると挨拶替わりに投げられる。唐突に一回転するから驚くけれど、ちゃんと腕を掴んで降ろすから大して痛くはない。
騒がしかった周囲が一瞬静まり返った。
「次は手加減なしで投げ飛ばすわよ?」
腕を組んで見下ろしながら嫌味たっぷりに笑う。
「なっ! ……きょ、今日は引き分けにしておいてあげるわっ! 覚えてなさい!」
サリアはお約束の言葉を叫んで、走り去った。ふむ。どうやら異世界でも捨て台詞は共通らしい。
「ふん。一昨日きやがれ!」
吐き捨ててから、はぁあと溜息を吐く。夢なんだから、この手のトラブルはなしでお願いしたい。せっかく久しぶりの買い物で舞い上がっていた気分がどん底に落ちた。
「トーコ、大丈夫か?」
ジークがそう言ってサリアに叩かれた頬を撫でた。
「大丈夫、受け流したから。……ジーク、もうちょっと相手を選んで付き合いなさいよ」
「すまん」
完全に叱られた犬状態の表情が可愛いと思ってしまうのはどうしようもない。頬に添えられたジークの手が温かい。
「全っ然、頼りにならないわね。どういうこと? 騎士でしょ?」
さらに畳みかけると、ジークはますます眉尻を下げる。何だろう。背中がぞくぞくする。
「あー、騎士だからこそ、女には手が上げられないんだよー」
サタルーシュが苦笑しながらジークを庇う。ジークはしょんぼりした犬状態。
「まぁ、そういうことにしておくわ」
今一つ納得はできないけれど、男は女に暴力は振るわないで欲しいとは思う。
「ところで、本命って誰のこと」
「トーコのことだ」
ジークが一転してきりりと凛々しい表情で私に告げる。
「私が会ったのは昨日のこと。彼女は前から本命がいると知っていたようだった。で?」
「でも、トーコのことなんだ」
「俺と会った頃から、女神が嫁をくれる筈だって言ってたんだよー」
サタルーシュがますます苦笑する。
「……嫁? ……ふーん?」
女神に願っていたのは運命の女。そして脱童貞だったんじゃなかろうか。半眼になって見ると、ジークが眉尻を下げる。
「……まぁ、そういうことにしといてあげるわ」
きっと『本当の願いは脱童貞』と正直には言えなかったんだろう。……サリアに囁いた時の色っぽい表情よりも、しょぼくれた犬のような情けない表情の方が何故か背筋にぞくりと妙な感覚を運んでくる。何だろ、この感じ。しばらくこのネタでいじり倒そう。
私の理想の夢の中なのに、時折昔を思い出してちりりと心が痛むのはシンドイ。
この夢、いつ覚めるんだろう。




