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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第六話 素敵な呪い持ちの女です。

 ジークにぶつけて怒りが収まったので、医務室に戻ってまたお茶を飲む。

「そういえば、ヴァランデール式って何なの?」

「ヴァランデール王国の貴族で行われている婚約方法なんだよ。あ、俺さ、海の向こうのノーラン王国っていう島国生まれなんだけど、ヴァランデール王国に魔法留学してた訳よ。そしたら、両国間で突然戦争始まっちゃってさ。研究資料とかかき集めて港に行ったら最後の船が出た後。茫然としてたら、このアズディーラ国の大臣に拾われて今に至るって感じー」

 お茶を飲みながらサタルーシュがさらりと言うけれど、結構大変な苦労をしたんじゃないだろうか。


「戦争はまだ続いてるの?」

「いんや。四年前に終わってる。あっさり祖国が負けたよ。国王が昔から病んでたし、最初から勝ち目なかったんだよねー」

「祖国へは戻らないの?」

「拾ってくれた大臣に恩を返せてないからねー。留学っていっても、自費だったし国王苦手だからもう戻らなくていいかなーなんて思ってるよ」

「……ちょっと寂しい話ね」


「それはそうと、俺も王都についていっていいかな?」

 サタルーシュがしんみりとした空気を破って楽し気な声を上げた。この人も私と同じで湿った雰囲気が嫌いなのだろう。

「何で?」

「異世界人が何を見て驚くのか観察するんだ!」

「私は実験動物じゃないわよ」

「俺はトーコと二人だけで……ごふっ!」

「あ、ごめん。つい」

 しまった。反射的にジークに肘を入れてしまった。椅子で悶絶するジークの頭を撫でると、ジークの目が輝く。……なんだろう。大型犬を調教しているような感じ。ジークに犬の耳と尻尾の幻影が見える。


「そういや、婚約届は出したか?」

「昨日、団長へは提出してある」

「そっちは騎士団の方だろ? 王城の事務に出さないと正式に認められないぞ」


「サタルーシュ、やけに詳しいのね」

「同僚で前にやらかしたヤツがいたんだよね。この国の給与計算、割ときっちりされるから、額もデカくて」

「それは大変ね」

 騎士の給与を考えると、数日分でも金額は超高額。それは揉めても仕方ないと思う。


 結局三人で医務室を出て、婚約届を出す事務室を目指して歩いていると、前から派手派手しい一行が歩いてきた。全身赤い服の男を先頭にして、ジークと色違いの黒い服を着た男たち十名程が列になっている。

 促されて廊下の端に立って軽く頭を下げる。ジークは右手を心臓の上に置いた。


「おや、ジークヴァルト。女好きがとうとう城に女を連れ込んだと噂だが、その少女が相手なのかな?」

 濃い金髪、青い瞳の三十代前後の青年が嫌味ったらしい口調でジークに話し掛けた。甘ったるい美形だけれど、どこかなよっとしていて気持ち悪い。どうやら朝帰りの雰囲気で、黒服たちは微妙にうんざりした顔をしている。


「婚約者です」

 ジークが短く答える。

「届けは出しているのか?」

「……今、出しに行く所です」

 ジークの声が固い。


『……誰?』

 こそりと隣で直立不動のサタルーシュに聞く。

「ラウレンツ王子だ」

「お、王子……さまっ?」

 夜昼逆転、最低最悪の女好きの王子と知って、張り付けた笑顔が強張る。


「そうだよ。初めて見る顔だね。これから私の部屋に招待しよう」

 美形の王子が甘い笑顔を見せても、はっきり言って気持ち悪い。ジークがびくりと体を震わせた。

「おことわ……」

「私、やっかいな呪いを持っておりますが、よろしいのでしょうか?」

 断りを言い掛けたジークを遮って、にこやかに笑って返す。王子という絶対的権力者に安易に立ち向かうのは得策とは思えない。


「呪い?」

 王子が怪訝な顔をした。

「これです! ヴァランデールの連環の誓! 私とヤるとアレが腐り落ちるっていう呪いです!!」

 さらににっこりと笑って、左手の甲に現れた紋様を見せつける。

「それは婚約の……ごふっ!」

 口を挟もうとしたジークの脇腹に肘を入れて黙らせた。


「く、腐り落ちる? ……の、呪い持ちだったのかっ!」

 完全に腰が引けた王子がじりじりと後ろに下がっていくのを追いかけて、じりじりと見せつけながら近づく。黒服たちもじりじりと後ろに下がる。

「よい、来なくてよいぞ! ジークヴァルトと仲良くな!」

「あらあら、残念ですーぅ」

 一ミリも残念なんて思っていない。この呪いは便利すぎて笑えてきた。にやりと笑いたいのを堪えて、にっこりと笑う。


「あ、そうだ。王子さまぁー、私、困ってるんですぅ。助けて頂けませんかぁ?」

 ついでに王子からむしり取ろうと思いついた。可愛らしく首を傾げる。

「……ふむ。何だね?言ってごらん」

 腰が引けていた王子が姿勢を正して流し目になった。不気味すぎて肌が粟立つ。目的を達するまでは耐えないと。


「私、この国のお金持ってないんですぅ。両替して頂けませんかぁ?」

「両替?」

「……これと交換して下さいっ!」

 鞄に入れていた財布から千円札を一枚抜き出す。指を切りそうなピン札。いつも給料日の直後に借金を返して、残りは全てピン札にして財布に入れている。ピン札だと気軽に使おうとは思わないし、二枚重ねて渡さないようにお金の扱いも丁寧になる。先月借金は返し終わったけれど、ついついいつものATMでピン札に交換してしまった。


「おおっ! こ、これは、なんという精緻な模様!」

「灯りに透かして見てくださいっ!」

「何と! 顔がはっきりと浮き出てきたではないか!これは魔法なのか?」

「いいえ。それは職人の手による技術で作られています。それだけではありません。我が祖国の技術の粋を集めた紙幣には、偽造防止の仕掛けが付いているのです。この部分をいろいろな角度から見て下さい!!」


「おおおおおおっ! 何だこれは。模様が変わるではないか! しかも、この不思議な七色の光沢!」

「我が国では、この紙幣一枚で卵が五十個、もしくはリンゴが五個買えます!」

「そんな馬鹿なっ! これ程までに精緻な芸術品が、そなたの祖国ではその程度の価値しかないとは!」

「ですが、この国では使うことすらできなくて困っているのです! お助け下さい、王子さまっ!!」

「そうか。困っておるのだな。よし、これを金貨十枚で買い取ろう!」


「高すぎます」

 無理矢理上げたテンションが、一瞬で素に返った。

(銀貨一枚くらいになったらいいなーと思ったのに、それはないわー)

「よい。我は一度付けた値段を下げることはせぬ」

 そう言って、王子は側にいた黒服の一人にお金を払わせた。渡された金貨は五百円硬貨より少し大きくて、厚みは三倍くらいある。十枚でも、ずっしりとした重みを感じる。


「ありがとうございますぅ。助かりましたぁ」

 かなり投げやりだけれど、一生懸命なけなしの可愛らしさを集めてお礼を言ってみる。

「ふむ。人助けは気分が良いな!」

 そう言いながら、上機嫌でピン札を掲げた王子の御一行が去っていった。


「……高く売り過ぎちゃった……」

 千円札一枚で金貨十枚……夢とはいえ、罪悪感が凄い。


「トーコの国は、素晴らしい技術があるんだな!」

 サタルーシュの目がきらきらと輝いている。後で他の紙幣も見せてあげよう。

「そーよ。凄いでしょー」

(私は貢献してないけど!)

 という心の呟きは封印しておく。


「……トーコ……もしも連環の誓がなかったら、王子の部屋に行くつもりだったのか?」

 暗い声の方を見ると、何やら暗い空気を背負ったジークがいた。

「何言ってんの? 行くわけないじゃない。大体、ジークが馬鹿正直に届けはこれからーなんていうからでしょ? 出しましたとか、婚約済みとか言えば良かったのよ!」

「……すまん……」

 びしりと指を突き付けて言い捨てると、ジークが捨てられた犬のような表情になった。

(あら。ちょっと可愛いかもしれない)

 っていうか、これが私の潜在意識の中の理想の男なんだろうか。夢なんだから、もうちょっと頼りがいのある男が良かった。


「はいはい。暗い男は嫌いよ。さ、他の王子に会わないうちに届け出しにいきましょ」

 仕方なくジークの手を引けば、ジークの目が少し輝く。


 あー、もう、本っ当にめんどくさい。

 ……そろそろ、この夢、覚めて欲しい。

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