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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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5/5

第五話 魔力も神力もゼロでした。

 朝食時、完全に二日酔いの顔をしたバルベから、ジークは二日間の特別休暇を告げられた。団長権限による計らいらしく、心の中で感謝する。


 食堂から出ると、ジークは居室とは違う方向へと足を向けた。

「どこ行くの?」

「俺の友達が医務室で勤務してるんだ」

 医務室。さて、このファンタジー世界では、どんな医療行為が行われているのでしょうか。やっぱりなんでもかんでも血を抜く瀉血(しゃけつ)とか、怪しい(まじな)いとかだったりするのだろうか。


 ぐるぐると迷子になりそうな廊下を歩いて、大きな扉の前に来た。

「サタルーシュ! 俺はついに女神に願いを叶えてもらった!」

 ノックも何もなく、ジークが扉を大きく開けながら叫んだ。


「……いくらなんでも、そんなバレバレな嘘つくなよー」

 はぁあと溜息を吐きながら、座っていた椅子からこちらを向いた男も美形だった。褐色の肌に白い髪。目はオレンジ。白くて長い上着を着用していて、何となく医者の雰囲気。


「紹介する! トーコだ」

「うわそれマジで? ちょっと待てよ。黒髪に黒目? は? よりによって異世界人かよ!?」

 男が慌てて立ち上がって駆け寄ってきた。


「は、はじめまして。俺はサタルーシュ。……おい、ジーク、言葉通じてるかな?」

「通じてます。初めまして。燈子(とうこ)です」


「おお、すげえ! 通じてる!」

「トーコは本当に異世界人なのか?」


「は? お前、異世界召喚したんだろ?」

「そんなのしてないぞ。俺は女神に願いを掛けていただけだ」

「トーコは異世界人の特徴を持ってる。黒髪に黒目、クリーム色の肌。メルンデルト皇国とかには黒髪も沢山いるけど、目も黒いっていうのはほぼいない。明らかに別言語を話しているのに、意思疎通もできるってことは、異世界召喚時に言語翻訳能力の付加がされてるってことだ! お前、どんな願いを掛けてたんだ?」

 興奮気味のサタルーシュがジークに問いかけた。


「ああ、それは……ごふっ!」

 得意げな顔で答えかけたジークの脇腹に迷わず肘を入れる。運命の女はともかく、脱童貞で叶いましたなんて、こっちが恥ずかしくて死ねる。

「しゃべったら、ジークの秘密もばらすから」

 うずくまるジークを見下ろしながら脅してみる。実は童貞なんて恥ずかしいだろう。私の言葉の意味が通じたのか、ジークの顔が青くなった。


「異世界人、こええー」

「何?」

 きっとにらみつけるとサタルーシュは直立不動。ちょっと心が傷ついた。


「で、町に家買うのか?ジーク、お前、金あんのか? よかったら貸すぞ?」

 何故か医務室でハーブティを勧められ、私は普通のカップ。ジークとサタルーシュが目盛りのついたビーカーに似たグラス。お湯は無駄に優美な卓上焜炉で沸かされた。ますます謎の文化水準。


「借金は大っ嫌いなの。宿舎に住んで、私も働くわ」

 いつになったらこの夢から覚めるのかわからないけれど、働かないと生きていけないのはどこでも一緒。夢の中であろうとも借金は嫌。とにかく嫌。


「働くって? どこで?」

 サタルーシュが首を傾げる。

「職業斡旋所とか、紹介所とかないの?」

「王都にはあるけど希望職は? 何か特技ある?」

「……営業事務……っていっても、この世界ではないわよね……耕運機に乗れるっていっても車もなさそうだし……」

 はて困った。休みの日に親戚の農業を手伝ってはいたけれど、他に何も特技がない。この三年は、借金返済の為に仕事と内職と農業手伝いだけで、何もできなかった。


「こううんき?」

 ジークとサタルーシュが首を傾げる。美形でも二人そろうとまぬけ。

「自動車ってないわよね」

 ペーパーだけど免許はある。

「じどうしゃ?」

「あー、わかりました。ないのよね。そうよね。……特技がない女が就ける職業って何かある?」

「俺が紹介できるのは、俺が住んでる魔術師寮の家政婦くらいで……あ! この医務室で俺の補佐して欲しい!」

 サタルーシュがぽんと手を打った。

「トーコ。無理に働かなくていいぞ。俺が稼ぐ」

 ジークが突然私の手を取った。ふむ。美形の真剣な顔は、カッコいいけどちょっと怖い。

「嫌。働かないと死ぬの、私」

「ト、トーコ……」

 ジークが眉尻を下げて情けない顔をするけど無視する方向で。


「んー。ま、仕事は後で考えるとして、とりあえず魔力量を測定してみない?」

 サタルーシュが期待に満ちた目で私を見ている。

「何で?」

「異世界召喚された人間は、特別な力を持っていることが多いんだ!」

「特別な力……ねぇ……そんなの私にあるわけないわよ」

 もうやだ、このファンタジー世界。どうした、私の脳みそ。特別な力なんていうものがあるのなら、時間を巻き戻して保証人になった私を止めたい。

(……そうか。きっと疲れてる結果なのね、この夢)

 きっと癒しが欲しいと願う私の願望が、この世界を作り上げている。


 サタルーシュに促されて、医務室の続きの部屋へと入る。がらんとした板張りの二十畳程の部屋には、窓もなければ家具もない。ランプの灯りだけが部屋を照らしている。

「ね、このランプ、火じゃないの?」

 ジークの部屋にあったランプは高い場所に設置してあったのと、炎の色だったから気にも留めなかった。こちらは白っぽい光でランプが発光している。目を凝らしてみると、電球とかじゃなくて、中央に丸い光が浮いているように見える。

「魔法灯だ。魔法石を燃料にして明るい光が作られている」

「魔法灯? 魔法石?」

 凄い。一瞬でファンタジー度が上がったけれど、速攻飽きた。ただの灯りだし。


 サタルーシュが床に白墨で図形を書き始めた。長い棒の先に白墨が付けられていて、ほんの五分程で三メートル程の円の中に複雑な模様が書き込まれた魔方陣らしきものが描かれた。


「お待たせー。トーコ、中央に立って?」

「えー。やだー。そんな怪しい魔方陣に立ちたくなーい」

「今度、町で飯おごるからさー」

「了解。デザートとお酒も付けて」

「お、おう」


 魔方陣の中央に立つと、サタルーシュが何やら歌うような呪文を唱える。魔方陣が黄緑色の光を帯びて、十数秒で消えた。

(え? これだけ?)

 もっとこう、風が巻き上がったり、そういうのはないのか。期待外れも甚だしい。


「……魔力量ゼロ。神力量ゼロ。……トーコ……異世界人だよな?」

「そうよ。だって私の世界では何の力もないのが普通よ?」

「……俺の世界征服の夢が……」

 サタルーシュが、床に手をついて項垂れている。


「馬っ鹿じゃない? 世界征服なんて、どこの秘密結社よ」

 腕を組んで見下ろしてみる。一体、どのくらいの規模の世界なのかは知らないけれど、世界征服なんて悪人思考としか思えなくて馬鹿らしい。


 しくしく言いながらサタルーシュがモップで魔方陣を消し始めたので、ジークと一緒に手伝う。魔方陣が一瞬で現れて消えるとかそういうのではないのね。めんどくさ。


「ふぅ。綺麗になったー。で、ジーク、これからどうするの?」

「婚約届を出してから、王都に買い物に行こう。替えの服がないだろう?」

「私、この国のお金持ってないわよ」

「俺が払うから心配するな」

「お金持ってないんじゃないの?」

「服買う程度の金はあるぞ」

 ジークが苦笑しながら私の頭を撫でるので、ぱちんと叩き落す。気軽に頭を撫でられるのは嫌い。大体、世の中の女は頭を撫でられると喜ぶなんていう風潮は迷惑な話。


「そっか婚約か。それなら、ヴァランデール式の婚約の術があるけど、どうする?」

 サタルーシュが、再び目を輝かせた。

「何?」

「〝連環の誓〟っていう術なんだけど、お互いの左手に魔術紋様を刻んで、婚約期間中の不貞を防ぐってやつ」

「不貞を防ぐ?」

「男が連環の誓の相手以外と性交すると、呪われてアレが腐り落ちる」

 サタルーシュがにやりと笑って、ジークがびくりと体を大きく震わせた。

「女は?」

「相手以外との性交が魔法で阻止されるだけなんだけど、ヤろうとした男が呪われる」

「ふーん。女には優しいのね」

「元々、女を護る為の術らしいよー。どうする?」 

 サタルーシュがジークに聞く。


「掛けてもらうか?」 

 ジークが私に確認してきた。

「そうね。掛けてもらいましょうか」

 夢とはいえ、いろんな男と行為したいとは思わないし、他の男から強姦されない為にも便利かもしれない。

「頼む」

「まかせろ!」

 サタルーシュがまた白墨で魔方陣を描き始めた。今度はさっきのよりも簡単な図形。

「さっきのより簡単なのね」

「今度の魔方陣は補助でしかないからねー。詠唱する呪文が重要なんだ。二人で向かい合って中央に立って」

 促されてジークと向かい合って魔方陣の中央に立つ。

「始めるよー」

 そう言ったサタルーシュが、詠唱を始めると、魔方陣が黄緑色の光を発した。まるで歌うような詠唱は、低くゆったりと部屋に流れる。


 ジークを改めて正面から見ると美形だなぁと思う。赤い髪のせいか、一瞬、緑色の瞳が赤い色に見えた。


 地面の魔方陣から、植物の(つる)のような形の光が生えてきた。ジークと私の左手に巻き付くと、光が一層強く輝く。誘導されるようにジークと左手を合わせると温かくて、ジークの柔らかな笑顔に少しだけ鼓動が跳ねる。


 詠唱が終わって、ゆっくりと蔓が溶けるように消えて魔方陣が光を失う。左手の甲に花の模様が現れた。

「アジサイ?」

 花言葉は、あまり良い意味がなかったように思う。

(まぁ、仕方ないか)

 ジークの左手にも同じ模様が現れていて、お揃いのアクセサリーのようで心ときめく。


「やったー! 成功ー!!!」

 何故か片手を空に突き上げて、サタルーシュが全身で喜びを示している。

「……まさかとは思うけど、人体実験だったんじゃないでしょうね?」

「いやー、誰かの婚約なんて関わらないからさー。初めてなんだー」

 人体実験を説明せず、満面の笑顔を見せるサタルーシュに秒で切れた。壁に立てかけてあったモップを手にして、サタルーシュに振り下ろすと、さっと避けられる。


「避けないでよ!」

「避けないと死ぬだろ! 異世界人、こええー」

「死なない程度に加減するわよ! 大人しくしなさい!」

 サタルーシュを壁際に追い詰めて、叫んで振り下ろした一撃を、音もなく近づいていたジークが片手で止めた。


「トーコ、落ち着け……ごふっ!」

 モップを手放して、ジークの脇腹に肘を入れた。ジークがうずくまって悶絶する。

「止めるってことは、私の怒りを替わりに受け止めてくれるってことよね?」


 全く……顔が良くてもロクな男がいない。

 ……そろそろ、この夢、覚めて欲しい。

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