表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/37

第三十六話 好色騎士の独白

 俺はずっと自分の血を嫌っていた。

 それでも運命の女……嫁が欲しいと、矛盾する願いを抱え込んでいた。


 タウアー家の始祖は、初代の王を王にするために、一万人以上を殺し尽くしたと言われている。国民からは建国に貢献した伝説の騎士と言われると同時に、血塗れ騎士と言われて未だに恐れられている。


 目的の為に一般国民の区別なく殺し尽くした始祖の話を聞いた時、嫌悪感しか覚えなかった。ずっと自分に流れる血を嫌悪していたが、俺自身も二年前の戦争で、多数の騎士と兵士を殺している。人殺しであることは変わりない。


 戦争は恐ろしい物だ。国や国民を護る為に他国の兵を殺すことに躊躇は許されない。……俺は国を護ると言う大義を掲げ、戦場で騎士と兵士を殺し尽くした。


 相手は古くからある小さな隣国だった。戦争の始まりは些細な王族同士の言い争いだったというのは、随分後になって知った。王族の誰かが挑発し、あちらの王が我慢できずに兵士を差し向けてきた。


 ほどなくして我が国は圧倒的な勝利を収めた。


 戦勝国は敗戦国を統合するが、敗戦国の国民は後顧の憂いがないように完全に始末されるのが常識だ。老人や女子供の区別もない。戦争時は規律が取れていた兵達が、単なる殺戮者と変わった瞬間は、常識だと分かってはいても絶望しか感じなかった。


 俺が率いていた団には、略奪や強姦、意味のない殺人も一切許さないと命令を出し、すぐに王城に戻って警備をしていた騎士や兵たちと交代した。王城でくすぶっていた男たちは、喜んで敗戦国へと略奪に向かった。


 俺の行動は、騎士としての自分を護る為の誤魔化しでしかなかった。始祖とは違い、剣を持たない人間は殺さない。それが俺の小さな矜持だった。


 王城の警備をしながら、団員の不満は爆発寸前だった。戦勝すれば褒賞が与えられるのが常識で、特に名もない兵達には略奪する権利が与えられている。俺はそれまで個人で持っていた資産を全て金に換えて、団員全員に配って不満を抑えた。


 俺の行動は当初は団員に恨まれたが、すぐに感謝されるようになった。

 略奪をし尽して戻ってきた騎士や兵士は、心が不安定になってしまった者が多くいた。異常な行動をとる者達を見て団員達は言葉を失った。

     


 戦争が終わって処理も終わった半年後、体調を崩す騎士が続出した。決まって町の食堂や酒場で飲食した直後だった。


 不審に思って、あちこちの食堂や酒場を回ったが、俺が行くと体調不良を訴える者がでない。よくよく調べると、敗戦国の出身者や関係者達が働いていて、騎士や戦争に行った男達の食事に少しずつ毒や薬を混ぜていた。俺と俺の率いた団員は戦利品を取らずに帰ったと有名だったから、俺がいる時には毒を混ぜることができなかったらしい。


 俺はその話にフタをした。その替わり、毎日のようにあちこちの店を回っては、これで騎士や男達に一杯飲ませてやってくれと金を置いてきた。声を掛けてくる女たちは、店を替える為の目くらましに都合が良かった。


 半年も続ければ、敗戦国出身者にも俺の意図を察する者が出てきた。俺が毎日通うのは、毒を入れないように牽制するためだと気が付いて、毒を入れるのは止めたと言う者もいた。


 一年も続けると毒を入れる者はいなくなったが、過剰な驕り行為を急に辞める理由が見当たらなかった。夜の勤務を増やし、仕事を理由に町から遠ざかるようにしてみたりもしたが、女たちに声を掛けられれば、不自然にならない程度に飲みに行くしかなかった。


 戦争前から女たちに食事をおごることは多かった。誘われれば観劇や夜会にも出る。いつか女神の導きで出会いがあるかもしれないと期待していたが、どんな女にも恋愛感情は一切起きなかった。どの女たちにも平等に接して、本命がいると言い続けていると、便利な男と思われるだけになった。


 トーコを町に連れ出すと、女たちは一斉にトーコが俺の本命だと理解したようだ。中には、気づかれないように祝いの言葉を告げてくる女もいた。



 トーコには黙っているが、エーベルハルトは罪人になった。

 知らなかったとはいえ、呪殺を繰り返していた元魔術師の下で金銭目的に働いていたというのは、消しようのない罪だ。すでに捕まった元魔術師が自白していて、俺ではもみ消すことはできなかった。普通なら牢獄送りだが、優秀な魔術師であることから利用価値が天秤に掛けられ、この国への忠誠を誓わせて王城へと留め置くことになった。


 俺とサタルーシュが監視人となり、エーベルハルトには見えない鎖が寮に繋がれ、行動範囲は王城と王都の一部までと制限されている。二十二歳になるまでは鎖を外されることはない。


 エーベルハルトの給与は二割減額されたが、その中から無理のない返済金額を提示した。本人は全額でもいいと言い張ったが、残りは妹の為に貯金しておけと言い渡した。


 エーベルハルトの親族は人身売買未遂で財産の一部を没収され、この町を追放になった。ミリヤムを買おうとしていた貴族も領地に謹慎処分となった。ミリヤムに呪いを施していた件は証拠が消えてしまっていたので正式には追及することはできなかったが、二度と兄妹の前に現れるなと個人的に警告はしておいた。



 俺が女神に『俺と運命を共にする女に出会いたい』と願い始めたのは五歳の時だ。


 俺の父親は、幼い俺に寝物語として数々の武勇伝を聞かせてくれた。そうして、母親が『自分の運命の女だった』と、繰り返し聞かされていた。


 ある日、俺は母親に『僕の運命の女が欲しい』と強請った。俺の魔力が強すぎるのは赤い目の色で分かっていたから、結婚相手として魔力が釣り合う者は、ほぼいない。母親は曖昧に微笑んで『それは難しいかもしれないわね』と呟いた。

 それまでは強請れば何でも与えてくれた母親が、難しいと言ったことは五歳の俺にとって衝撃だった。


 俺は毎日屋敷を抜け出して、森のさびれた小さな神殿で女神に願うようになった。

「女神様。僕に『運命の女』を下さい」

 ある日も一輪の花を捧げて静かに祈っていると、床に届くほどの長い黒髪、赤い瞳の女が突然姿を現した。黒いドレスは裾が後ろに長く、額には七色に輝く乳白色の宝石が揺れている。


『坊や、どうして毎日祈っているの?』

 女は優しい声で微笑んだ。

「僕は目が赤くて結婚するのは難しいから、『運命の女』を下さいってお願いしているの」


『そう。どうしても『運命の女』が欲しい?』

「うん」


『魔力を失ってもいい?』

「いいよ」

 頷くと女は笑って俺の頭を撫でた。


 それから、何度も女に会うようになった。女はいろんな魔法を教えてくれて、さまざまな異国の光景を見せてくれた。

『この世界の魔法っていうのはね、理論はいらないの。直感なの。想像力で全てが決まるの。難しいことを考える必要はないのよ。自分はこうしたいっていう願いの強さが、その魔法を実現できるかどうかを決めるのよ』


 女は俺の名前を聞かなかったし、俺も女の名前を聞くことはなかった。

 一年ほどが過ぎ、別れ際に女が寂しそうな笑顔を見せた。


『この神殿はもうすぐ崩れるから危ないの。これからは、毎日、眠る前に祈ってくれればいいわ。そのうち、坊やにぴったりな『運命の女』をあげるから待っていて』


「貴女は女神さま?」

 ずっと聞けなかった疑問を女にぶつけると、女が優しく微笑んだ。

『……私に会ったことは秘密よ? 誰にも、そう、『運命の女』……お嫁さんにも言わないで』

 女が空気に溶けるように消えて、翌朝、神殿は崩れ落ちた。


 成長するにつれて、赤かった瞳は、徐々に緑へと変化した。

 強すぎた魔力は、普通の貴族と同じ程度にまで落ちたというのはそう見えるだけで、俺の中で生まれる魔力は少しずつどこかへ消えていく。自分の意思で一瞬だけ力を留め置くことはできても、半刻も持たなかった。


 トーコに会った日、俺は夢で神託を受けた。空から落ちてくるとは知らなくて驚いたが、トーコを最初に抱きしめた時、絶対に離すものかと心に誓った。


 夢ではないかと、眠ってしまったら消えてしまうのではないかと不安で、明け方近くまで寝顔を見ながら起きていることもあった。睡魔に負けて眠って起きてもなお、トーコは目の前に存在していて歓喜する毎日だ。


 トーコは明るくて元気だ。俺が想像もしなかった言動で、周囲を巻き込んでいく。いつの間にかサタルーシュに婚約者が出来、魔術師達にも伴侶が出来ていたのは驚いた。


 情けない話だが、俺はトーコに付いて行くしかない。身も心も胃袋も、全てトーコに掴まれているし、掴まれていることが心地いい。


 これまで培ってきた、女たちが喜ぶ言動もトーコには一切通じない。ただ素直に感情を表現すると、トーコは喜ぶ。何の駆け引きも必要ないことが、とても嬉しい。


 トーコは時々、この世界は夢ではないかと不安げな顔をする。

 俺も時々、トーコが夢だとしたらと不安になることもある。

 そんな時は、強く抱きしめて、ここにいると、いつまでも一緒にいると強く願うことにした。魔法が強い願いで実現するなら、トーコと一緒にいられる奇跡もきっと必ず実現する。



 出会ってから、初めてのトーコの誕生日がやってきた。

「トーコ。誕生日おめでとう」

「え? あ、ありがとう!」

 贈り物の箱を手渡せばトーコの顔が真っ赤になった。この国では誕生月を祝うから、少し不思議な気分だが、トーコの世界では誕生日を祝う物らしい。


 贈り物は淡く白い陶器のカップとソーサーが二客。トーコが高すぎると諦めた茶器のセットは買えなかったが、少し小さめのカップとソーサーなら買うことができた。


「高かったでしょ?」

「これで部屋で一緒にお茶が飲めるな」

 問いには返答せずに希望を返した。トーコは俺の小遣いとして十分な額を渡してくれている。部下もいるし付き合いもあるだろうと言ってくれるのだが、皆が気を利かせてくれているから最近全く誘いはこない。


「そうね! 嬉しいわ。ありがとう!」

 トーコからの頬へのキスは何故か甘い。思考が溶けそうになるくらいに甘い。抱きしめ合う瞬間も、たまらなく嬉しくなる。要するに、トーコと触れ合えるなら何でもいい。


 白いカップを洗って紅茶を淹れると、淡い淡い紅色が透ける。

 目を輝かせて色を楽しむトーコが可愛くて愛しい。


 トーコは女神の贈物だ。

 俺はこの宝物を一生大事にすると、強く心に誓っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ