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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ
本編

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第三十四話 笑い声の絶えない職場です。

 翌朝、エーベルハルトが目を覚ました。

 エーベルハルトはこの数カ月、呪殺を生業にしていた元魔術師の下で裏の仕事をしていた。まだ若いからなのか、盗品に掛けられている追跡魔法や、呪い、そういった魔法を解除する仕事を任されていた。


 元魔術師が呪殺を請け負っているとは知らなかったけれど、かなりヤバいことをしているとは思っていたとエーベルハルトは謝罪した。


 エーベルハルトの目的はお金だった。二年前に事故で亡くなった両親が残した多額の借金を叔父夫婦が立て替えていて、給与のほとんどを返済に充てていた。


 叔父夫妻は返済期限を決めてはいなかったけれど、七カ月前、預けていた妹に高齢の貴族との縁談話が持ち込まれ、同時期に妹が病気にかかった。妹が貴族と結婚すれば借金も無くなるし病身の療養もできると言われたけれど、なるべく早く借金を返すと約束して裏仕事に手を染めた。


「残っている借金はいくらだ?」

 ジークが聞くとエーベルハルトがうつむいて口を開いた。


 その金額は私達の貯金総額とほぼ同じだった。ジークと顔を見合わせる。聞いちゃったから仕方ない。私は苦笑して頷いた。


「俺達が貸してやる。ただし、ちゃんと返済してもらうぞ?」

「物凄い大金だぞ!? 親戚でもないのに、そんな簡単に貸してくれるなんて何考えてんだよ!」

 ジークも苦笑しながら告げると、エーベルハルトは顔を上げて叫んだ。


「トーコと俺が働いて貯めてた金だ。だからお前も働いて必ず返してくれ。……金は働けば稼げるが、妹を手放したら二度と戻ってこないぞ」

 ジークの言葉に、エーベルハルトが項垂れた。


 私たちは王城の出納室から預金のほぼ全額を引き出した。ジークは急遽休みを取って、エーベルハルトに付き添って借金の返済に向かった。


      ◆


「……振り出しに戻る……か」

 この半年程の貯金がゼロになったのは痛いけれど、また半年働けばいい。ジークは超高給だし私も家政婦としては高給。ジークと出会えた私は、きっと恵まれている。


 戻ってきたジークとエーベルハルトで、この話は絶対に口外しないことを約束した。エーベルハルトは毎月の給与を貰った直後にジークに返済することになった。


「……ありがとう。妹も俺も助かった」

 顔を真っ赤にしたエーベルハルトが頭を下げる。子供にお金のことで頭を下げられるのは居心地が悪い。


「ふっ。もちろん時々、下僕になってもらうわよ?」

 私はエーベルハルトに向かって、にやりと笑う。

「は?」

 エーベルハルトが頭を上げて目を丸くした。

「屋根掃除。屋根に上るの得意でしょ? あとはそうねー」

『わしに翼を付けてくれ!』

 何故か厨房の隅のカボチャの山に埋もれていたドゥレイクが口を挟む。カボチャは王城の庭園に誰かが勝手に植えていた物。お菓子と引き換えにもらってきた。


「何で普通のカボチャに埋もれてるの?」

『ふはははは! こうすればわしがここにいるとはわかるまい!』

「そうね、気が付かずに焼きカボチャにしてしまうかも」

『わしは精霊だぞ? 敬え!』

「ふ。百年早いわ! 寝言は寝てから言うのよ!」


「俺……ここの生活に付いていけるか、ちょっと不安になってきた……」

 エーベルハルトが遠い目で呟く。

「大丈夫だ。慣れれば気持ちいい」

 ジークが笑顔で言い切った。

「ちょ。どういう意味よ!」

 両手で掴んだドゥレイクを投げつけると、ジークの頭に直撃した。


      ◆


 翌日、エーベルハルトの妹ミリヤムが魔術師寮に移ってきた。フォルカーが馬車を手配してくれて、サタルーシュとグスタフが上に掛け合って屋根裏部屋での居住の許可を取ってくれていた。


 エーベルハルトは事情聴取で王城に呼び出されているから、ジークがミリヤムを抱き上げて屋根裏部屋まで運んだ。精霊たちは遠巻きにするだけでミリヤムには近づかない。理由を聞いても首を振るだけ。


「もうすぐサタルーシュが戻ってくるから、診てもらいましょうね。服を着替えて体を拭きましょうか」

「お願いします」

 エーベルハルトと同じ杏色の髪に緑の瞳。十二歳とは思えない落ち着いた声と、どこか諦めきった表情に心が痛む。ジークを部屋から追い出して、ゆったりとした外出着を脱がせると白くて細い背中は骨が浮き出ていて痛々しい。腰の少し上に赤黒い魔法陣が描かれていて、息を飲む。


「……背中にある魔法陣みたいなの、何?」

 異様な雰囲気を感じるけれど、なるべく平穏を装って尋ねる。

「それは叔母さんが病気がよくなるおまじないだと言って、薄くなったら書いていました」


「あ、そうなんだ」

 拭いても大丈夫なのか指で触ると、ぱりんという音と同時に白い光に包まれて魔法陣が消えた。


「げ」

「……え?」

「な、何でもないわ? どうしたの?」

「……急に、胸の苦しさがなくなりました」

 ミリヤムが戸惑う声を上げた。


「あー、私、何か、女神の贈物とかいう女神の加護があるのよ。だから、かな?」

 かなり苦しい言い訳を述べてみる。あれはきっと病気がよくなるおまじないじゃなくて、病気になる呪い。叔父夫妻はこの子を売るつもりでいたのかと怒りが沸き上がる。


「あ……息を吸っても胸が痛くならない……」

 ミリヤムの表情が一気に明るくなった。その言葉の意味を考えると、ますます頭に血が昇る。

(あー、私、落ち着いて。この子にその意味は知られちゃダメなんだから)

 一つ大きく深呼吸。怒りを散らしつつ、笑顔を作る。


「……シャワー浴びる?」

「はい。お願いします」


 脚の筋力が弱っている為か三階の空き部屋までは歩くのに補助が必要だった。シャワーは一人で浴びると言ってミリアムが浴室へと入った。


 待っている間に、ジークに小声で報告する。

「ミリヤムの背中に魔法陣が描いてあったわ。叔母さんが病気がよくなるおまじないって言って描いてたんだって」

「まだ残ってるか?」

「ごめん。私が触ったら消えちゃったわ」

「そうか。それならいい」

 私たちは無言になってしまった。シャワーの水音だけが部屋に響く。


「……最悪ね。むかつくんだけど」

「ああ。俺もだ。ただ……エーベルハルトもミリヤムも、親切な親戚だと思っている」

「それなら黙っていた方がいいかな。でも、将来会うこともあるでしょ?」

「もう会わない方がいいと思うか?」

「可哀想だけど、あんな呪いを平気で子供に掛ける人には会わせない方がいいと思う」


 サタルーシュが戻ってくると入れ替わりにジークが外へと出て行った。

「んー。おかしいなー。どこも悪い所がないねー」

「先程、トーコさんに触れられたら、胸の痛みも苦しさもなくなりました」

「あ、そっか。トーコは女神の贈物だからねー。病気も退散したのかー」

 サタルーシュが軽い笑みを浮かべて、ミリヤムの背中を撫でた。


      ◆


 ジークが調べた結果、ミリヤムの背中にあったのはやっぱり病気になる呪いだった。

 叔父夫妻は二人に二度と会わないと約束させた後、居づらくなったのか、他の町へと引っ越して行った。


 精霊たちと触れ合って、きちんと食事をするようになれば、一カ月もしないうちにミリヤムは完全な健康を取り戻した。魔術師寮で働くと言い出したので、ミリヤムの幼馴染と正式に婚約してサタルーシュが連環の誓を施した。


「ふ。十三歳で婚約なんて、ませてるわね」

 ミリヤムの幼馴染は、毎月ローゼマリーの手紙を届けにきていた緑の髪の美少年、ロルフだった。十三歳ですでに侯爵家で小間使いとして働いている。


「ふ。僕だって一生懸命貯金してますから」

 何故かロルフにはライバル視されるようになってしまった。ミリヤムが、私のことばかり話題にするらしい。『負けませんから!』と宣言されたので、ついついからかいたくなって困る。


 ミリヤムとロルフの左手には、クロッカスの花模様が浮かんでいる。万が一、王様や王子に会って部屋に誘われたら、左手の模様を見せて『トーコさんと同じ呪い持ちです!』と言うように教え込んでいたら、昨日、本当に誘われたらしい。何故王子が逃げたのか理由を聞かれて、サリアと一緒に答えに窮した。


『大人になったらわかる』と言ってその場は逃げたけれど、そのうち説明しなければとは思う。馬鹿な王子は、こんな所でも大迷惑。


「トーコさん! サリアさん! 砂の補給終わりました! 次は何をしましょうか?」

 厨房の扉を勢いよく開けてミリアムが駆け込んできた。灰水色のワンピースに生成のエプロン。私と同じポニーテールにした少女は、本当に童話の主人公のよう。


「あんまり張り切り過ぎると疲れるわよ?」

 鍋を洗っているサリアが苦笑する。


「だって、今まで出来なかったことが出来るんです! 嬉しくて!」

 そう言ってミリヤムは頬を紅潮させて笑う。少女特有の可愛さが、ちょっとうらやましい。


「疲れたら少し休むこと。無理をするとエーベルハルトに言いつけるわよ?」

「それは困ります! お兄ちゃんに知られたら、ベッドから出してくれなくなっちゃいます!」

 エーベルハルトは過剰に過保護。ミリアムが少し咳をしただけで、魔法でベッドから出れないようにしたりする。

 連環の誓を自分と結ぶと言い出した時は、シスコンかとどん引きしたけれど、幼馴染の話が出てくるとあっさり引いた。自分が親代わりにならなければという責任感からの行動だとわかった時には胸を撫でおろした。


「じゃあ、今日はエーベルハルトの好きなカボチャパイでも焼きますか!」

 にやりと笑うと、カボチャの中で偽装していたドゥレイクが慌てて転がり出た。

『わ、わしは料理するなよ!?』


「あー、そんな頭が軽いカボチャは食べないから、心配しないで。ラトリー、オーブン温めて!」

『はーい。まっかせて!』

 くるりと回転しながらラトリーが現れて、手伝うと言って精霊たちも集まってきた。本当に、この寮の中は童話の世界。笑い声の絶えない楽しい職場。


 皆で笑いながら働く日々は、楽しくて心が暖かくなる。

 私は、カボチャを手に取って微笑んだ。 

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