第三十二話 年越しの告白は心温まるものなのです。
「あー、やっぱ、お餅は無理かー」
朝から魔術師寮の中庭で餅をついていた私は、肩を落とした。
『これはこれで、美味そうな匂いがするぞ』
銀色のミミズクに似た、もふもふ形態の魔獣ティラーが、杵を持つ私をなぐさめる。
「みんなー、丸めるの手伝ってー!」
寮の中へ叫ぶと、窓や扉から精霊たちが出てきた。魔力がある精霊は姿を保ち、魔力が弱い精霊は見えなくなって、丸められていく餅が空中に浮かんでいるようにも見えて楽しい。
小さめの丸餅が、板に置かれた緑の葉の上に収まっていく光景は壮観。冬でもツヤツヤとした緑の葉は、一晩水を含ませると食材が張り付かなくなるので、小皿替わりにできる。
「何味がいい? 甘い味も合うし、しょっぱい味も合うわよ」
『ふむ。それでは、甘い味で』
茶色い砂糖と炒った大豆の粉を合わせてきなこ餅。甘い味噌もいい感じ。先に精霊たちが香りを食べて、それから私たちの味見。
「これはこれで美味しいけど……もち米出てこーい! って言っても、流石に出てこないか」
ご都合主義の私の夢でも、空に向かって叫んだら……なんていうのはなくて残念。
魔獣ティラーの嘴で、岩に穴を空けて臼を作ってもらったというのに、異世界のお米でついた餅は、全く伸びなくて団子みたいな味。
『これは美味い』
「そう? もっと食べていいわよ。臼も作ってもらったし。残りはジークについてもらうから」
私一人で作るのは試作品。本番はジークに作ってもらう約束を交わしている。
『ジ、ジークが来るのか?』
「お昼ご飯の後だから、まだ大丈夫」
動揺して硬直したティラーは、このもふもふ状態をジークに見せたことがないらしい。
「別に見られても平気じゃない?」
『そ、それは……いや、そうだが……その……』
ティラーが動揺しながら、視線が泳ぐ姿も可愛いのに。
おろおろしながらも、ぺろりとお餅風団子を食べたティラーは、凛々しい魔獣姿に戻って軽やかに去っていった。
◆
大晦日の夜、シャワーを浴びてからジークの膝の上でお酒を飲む。ジークもパーティの最初の挨拶だけ出て、部屋に戻ってきた。年越しの王城周りの警備業務はパーティに出なくていいという理由から、騎士団の中で抽選が行われるくらいに大人気らしい。
「皆、新年パーティ苦手なのね」
「途中から、王と王子たちと女たちの乱交を見せつけられるしな。運が悪いと参加させられるらしい」
「うわ。王様と王子って変態極めてるわね」
公開乱交パーティとか、頭おかしい。それでも、この国が存続するためには王たちが必要で。呪いで脅されているとしても、宰相と大臣達、周囲がしっかりと支えているから平和なのだろう。
「参加するのを楽しみにしてる奴らもいる。ご乱行を肴に酒飲むのが趣味って奴もいるしな」
「王妃様とか、王子妃は許してるの?」
あのラウレンツ王子は第三子。恐ろしいことに既婚者だというのだから驚き。三十歳くらいと思っていたら、ジークと同じ二十三歳だった。
「認めなければ離縁するって脅してるそうだ。第二王子妃は嫁いで来て子供を産んでから毎年参加してるけどな」
「え? それって……」
「俺は見たことがないから噂しか聞いてないが……奔放な方らしい」
ジークが遠い目をして呟く。それは逃げる人が多いのもわかる気がする。
おせちには程遠いけれど、皿に少しずつ料理を盛り合わせた。ジークの好物の一つになったスパイスの効いたから揚げは、ジャガイモの素揚げと一緒に別皿に山のように盛ってある。
「最近、あちこちから料理を習いに来てるって?」
「グスタフの恋人のフリーデと、フォルカーの婚約者のローゼマリーよ。他は断ってる」
分量もきちんと教えられるのは、救世の魔女のレシピのお陰。どこから漏れたのか、貴族のお屋敷勤務の料理人が教えて欲しいと来るけれど、木の精霊リカルドが断ってくれている。
アズディーラ国特産の淡いオレンジ色のワインは、すっきりとした味。ジークも部屋に常備する程、好きらしい。二人で飲みながら笑い合う。
「ジーク、好きよ」
「トーコ! 俺も好きだ!」
酔いに任せて試しに囁いてみたけれど、何だろう、こう、情緒も何にもない。目を輝かせるジークが喜ぶ大型犬にしか見えない。
「かと言って、色っぽく迫られても萌えないのよねー」
「トーコ?」
情けない表情で縋られる感じが一番萌えるというか、高揚感があって気持ちいい。
「私の、どこが好きなの?」
「トーコの優しい所が好きだ。目も唇も声も好きだ。美味しい料理やお菓子を作ってくれるこの手も好きだ。トーコといると毎日が楽しい。毎日頑張ろうって思うんだ」
ジークが迷いのない口調で言い切って笑う。うん。いろいろと恥ずかしいのを再確認。これが私の潜在意識下の理想の告白なのだろうか。それとも単に、物語か何かの記憶を再現しているだけなのか。それでも、嬉しいと思ってしまう。
「トーコは、俺のどこが好きなんだ?」
「体」
きっぱりと答えると、ジークがショックを受けた顔になって涙目になった。
「嘘よ。……顔も好き」
にっこりと笑いながらグラスを置いて、ジークの頬を両手で挟む。さらに眉尻を下げる情けない表情が、背筋にぞくぞくと快感を運んでくる。
「情けない顔も好き。一生懸命頑張ってる姿も好き。剣を振るう姿も好き。私に優しいのは好きだけど、誰にでも優しいのはちょっと苦手よ。でも、どうしてかしら。一緒にいればいる程、好きになるの」
いつ覚めるかわからない夢だから、隠さず正直に言ってしまおうと思った。微笑んで頬に軽いキスをすれば、ジークの顔がへらりと締まりのない表情になる。
突然、鐘の音が鳴り響いた。
「何?」
「新年の鐘だ」
「年をまたいでこんなことしてるのって恥ずかしいわね」
「何か問題あるのか?」
「問題はないけど。……あけましておめでとう。今年もよろしく」
「今年だけじゃない。来年も再来年もずっとだ」
気恥ずかしさを押さえて、ジークの頬に軽いキスをすると笑いながら頬にキスを返してきた。
「あけましておめでとうっていうのは、年始の挨拶なのよ」
「そうなのか。あけましておめでとう」
異世界でも、二人きりの年越しは心が温かくなる。
この夢、もっと、続くといいな。




