第三十一話 異世界でクリスマスをしてみるのです。
「ジーク?この特別手当って何?」
一緒に暮らすようになって、四度目の給料日。渡された明細を見て驚いた。特別手当が通常の給与額を超えている。
「……町で賞金首を六人程捕まえた」
今、私は椅子に座るジークの膝の上に横座りになっている。
騎士宿舎のジークの部屋は、見違える程綺麗になった。カーテン用の棒を窓際に付けてカーテンも縫った。ニスの剥げた家具もニスを塗って磨いた。木の床も蜜ろうを塗って磨き上げた。いろいろと問題のあった浴室も徹底的に掃除した。
テーブルには少しの花を小さな瓶に挿して飾っている。花は魔術師寮の側で咲いている雑草だったり、お菓子と引き換えに王城内の庭園からもらったりといろいろ。
完全に昼の勤務になったジークは、騎士達が嫌がる町の巡回業務も行うようになっていた。町の自警団はあっても、専業ではないので凶悪犯に対しては弱いらしい。
「凄いわねー。……でも、無理はしないでね?」
「トーコ! 心配してくれるのか!」
ジークががしりと抱き着いてきて頬ずりを始めた。
「心配してないと思ったの? 怪我して治してもらってるの知ってるわよ?」
ちらりと横目で見ると、ジークが眉尻を下げる。大小の怪我は頻繁に負っていて、サタルーシュに治癒魔法をこっそり掛けてもらっているのを知っているから、いつも心配している。
むにゅりとジークの両頬を指で摘まむと、さらに情けない笑顔になる。カッコいい表情よりも、情けない顔の方が好きだと思うのは何故だろう。
(他の人には見せない表情。これは私だけのものだと思うから満たされるのか)
少しだけ赤くなってしまった頬に交互にキスをすると、ジークの目が輝く。
頬を寄せてきたので好きなようにさせてみると頬ずりされる。ジークはひげが一切ないから、痛くない。そういえばひげを剃っている姿を見たことがない。私の夢はご都合主義で成り立っている。
「賞金首六人でこの金額って……やっぱ殺人犯とか?」
「それもいるが、元魔術師が最悪だな」
「元魔術師?」
「魔法による呪殺を請け負ってたらしい。犠牲者は分かっているだけで五十名を超える」
「そんなの捕まえたの? 凄いじゃない」
「トーコが考案した魔法石が役に立った。ちょっと強力にしたのを作って持ってるんだ。あきらかに騎士の俺が魔法が使えるのは何故かって混乱していたから、その隙に捕まえた」
「騎士って魔法は使えないの?」
「使う者もいる。第一騎士団には魔術師がいるし、隣のヴァランデールには魔法騎士隊が編成されてる。その元魔術師は知らなかったんだろう。多くの魔術師は全く知らないことに遭遇すると、そのことについて思索してしまうからな」
「頭のいい馬鹿ってことよね。優先順位の一位が知識欲ってことでしょ?」
「そうだな。魔術師の性だからどうしようもないな。……俺の一番はトーコだけどな」
「……おだててもダメよ? ……深いキスは結婚してから」
私の囁きを聞いて、ジークが口を引き結ぶ。いたずらを止めるための布製ロープは、ジークはあっさりと切ってしまうので役に立たなかった。深いキスをしてしまったら、そのまま流されてしまいそうで怖い。
頬にキスを交わして、膝から降りた私は浴室へと向かった。
◆
もうすぐ新しい年になる。この世界にはクリスマスはないし、鳥の丸焼きなんて通常メニューの一つみたいなものだから、ちょっぴり豪華にする予定。おせち料理を作りたいと思っても醤油がないし、そもそも材料が揃わなかった。
年末年始は、王城で新年パーティだと聞いた。夕方から朝まで三日程どんちゃん騒ぎ。寮のメンバー全員、いつも最初の始まりの挨拶だけ参加して戻ってくると、うんざりした顔で語った。
魔術師見習い達はそれぞれの家に戻って過ごすから、グスタフとフォルカーは数日間完全に休みになる。サタルーシュは酔っ払いが多数と、胃痛を訴える患者が多くなるので忙しくなる。
「ラトリーたちは年末年始ってどう過ごすの?」
『私たち精霊は、そういうの一切関係ないのよねー』
長い棒の先に裂いた布を付けた簡易ハタキで、廊下の天井や壁を叩きながら会話する。ちなみにマスクも自作。落ちてきたホコリはラトリーが焼いてくれる。
『こら、そこ! 手を止めるな!』
文句を言いながら、廊下をごろごろとぞうきんを纏って転がってきたドゥレイクを足で止める。
「ふ。手が届かない壁を掃除してやってるのに、何様のつもり?」
『ぐぬぬ……誰かわしを空に飛ばしてくれ!』
土の精霊ドゥレイクの叫びに風の精霊が来てくれたけど、重すぎるのか、全く持ち上がらなくて苦笑する。
「軽いと思うのよねー。ほら」
持ち上げて軽く叩くと、どうも空洞的音しかしない。
『失礼な! トーコよりも頭はいい筈だ!』
「ほー。言ったわね?」
「はいはい。終了終了。早く終わらせないとお客が来るわよ!」
くだらない言い争いは、サリアの一言で終了した。
時間ぴったりにフリーデとローゼマリーが訪れた。皆でクリスマス料理を作る予定。クリスマスを計算してみようとしてみても、この世界の年末は十月で、一カ月は三十六日。そもそも一年が三百六十日で五日違う。面倒になったので十月二十五日を勝手にクリスマスと設定してみた。宗教的要素は一切無視。
スポンジケーキの知識は全くもっていないので、ミルクレープに逃げることにした。クレープを沢山焼いて冷ましてから、生クリームと果物を挟んで重ねていく。高さが出てきたら、周りにホイップクリームを塗ってイチゴを飾る。魔術師達は甘い物が大好きらしい。くどいと思うくらいに甘い方が人気。
フリーデとローゼマリーは、何度かお菓子を習いにこの寮に来ているので、随分手際が良くなってきた。ローゼマリーが初めて卵を割った時の騒動は今となっては良い思い出。
精霊たちに匂いを分けた後、味見用の小さなケーキを切ってお茶にする。
「おいしー! クレープとはまた違う美味しさね!」
サリアが満足気な笑みを浮かべる。
「ちょっと甘すぎるかなーって思うんだけど、皆、このくらいが好きなのよねー」
「トーコさんの基準だと甘すぎるのですか?」
フリーデが首を傾げる。
「そうね。もうちょっと砂糖を減らしたいわ」
いつもより短いお茶の時間の後、料理を始める。
大量のからあげに素揚げのポテト、カラフルなテリーヌ、薄切りパンにいろんな具材を載せたカナッペと一口サンドイッチ、サラダに野菜たっぷりスープ。いつものメニューとあまり変わらなくても、ちょっとだけ飾りつけに凝ってみる。人参やカラフルなピーマンをハートや星型に切ったりと、女四人が揃うと厨房も賑やか。
豪華な夕食の席は、ジークとサタルーシュとサリア、グスタフとフリーデ、エーベルハルトと私で囲むことになった。フォルカーはローゼマリーに料理を持たせて突撃させたので部屋で食べるだろう。一度フォルカーの狼狽ぶりを見物してみたいとは思うけれど、そっとしておいてあげようとサリアとにやりと笑う。
「クリスマスって何だ?」
エーベルハルトが骨付きのからあげを食べながら言った。
「よくわかんないけど、異世界の日本っていう国の風習の一つ。皆で豪華なご飯食べてケーキ食べてプレゼント交換して楽しむのよ」
「贈り物なんて用意してないぞ」
エーベルハルトが顔を青くした。
「それは省略。楽しくご飯とケーキを食べる夜、でいいと思うわ」
「……随分適当なんだな」
「本当のクリスマスはもっと地味なのよ。楽しい方がいいじゃない? かんぱーい!」
本来は家族で静かに過ごすものだと知っているけれど、日本のクリスマスの方が何となく楽しいと思う。
「あ! エーベルはお酒はダメよ?」
「何を今更。こんなの弱すぎて水と同じだよ……うわ! 俺の酒!」
「ふ。成人するまで禁止よ禁止!」
いつもより賑やかな夕食は、いつもよりも楽しくて長く続いた。
◆
新年まであと二日。朝からサリアの様子がおかしい。顔を赤くしてへらりと笑ったかと思うと、深刻な顔をする。
「サリア? どうしたの。朝から不気味よ」
「不気味って失礼ね! ……昨日、送ってもらったら家の前で幼馴染が待ち伏せしてたの」
「え? 妻子持ちなのに待っててくれとかほざいてた奴?」
「そう。いきなりサタルーシュに向かって、私を弄ぶなって怒鳴りつけて、殴りかかってきたのよ」
サリアの話によると、幼馴染に一発殴られたサタルーシュは「正当防衛だな」と言って殴り返した。殴られた幼馴染は「サリアは自分の物だ」と叫んで「サリアは自分に惚れている」と自分勝手な自論を喚き散らした。
聞いていられなかったサリアは、サタルーシュが好きで、すでに婚約していること、幼馴染のことは何とも思っていないことを叫び返してしまった。
「何それ、公開告白?」
想像して笑ってしまった。
「それは言わないでよ……ご近所の人全員に、あっという間に広まったわよ」
「サタルーシュは?」
「私のこと好きだって。俺はサリア一人だけ愛してるって答えてくれたわ」
「うわー、それは……うらやましいわね」
恥ずかしいわーという言葉は飲み込んだ。サリアが嬉しがっているのは表情からして明らかなのだから、水を差すのは野暮というもの。
「その後、幼馴染は地面に座り込んでて、どうなったか知らないんだけど家の中は大騒動よ……サタルーシュはいきなり両親に結婚の申し込み始めるし、兄弟はおろおろしてるだけだし、従業員はにこにこ笑ってるし……」
もじもじとエプロンの裾を揉みながら、サリアの顔は赤い。だから昨日の夜、サタルーシュが夕食に来なかったのか。
「良かったじゃない」
にやにやが止まらない。いつ進展するのかとやきもきしてたから、いいきっかけにはなっただろう。
「でも、でもね。こう……もうちょっと素敵な場所で告白したかったなーとか、いろいろ思うわけよ」
「そんなの、新婚旅行でも行って、告白すればいいじゃない」
「新婚旅行って何?」
「夫婦が結婚した記念に行く旅行のことよ。この世界にはないの?」
「少なくてもこの国では聞いたことないわね」
いろいろと聞くと、この国では結婚式は人前式。教会や神社はないので公園や町の広場が会場になる。貴族は屋敷内で行うことが一般的で、沢山の人に祝われたいと二度目の結婚式を広場で行う者も多いらしい。
結婚の証は指輪ではなくて腕輪を着ける。そう言われれば、既婚者の左腕には男女共に銀や金の腕輪があったような気がする。
「あ、サタルーシュの故郷に挨拶がてら、婚前旅行にでも行ったら?」
「……それは行く予定になってるわ。ご両親に手紙で結婚の許可は取ってあるんですって……」
「その時に、もう一回告白したらいいじゃない」
「そうね! 服と化粧考えるわ!」
サリアの幸せそうな笑顔は、私の心まで温かくなるような素敵なものだった。
二人の結末が見れるまで、もう少し夢が続きますように。




