第三十話 突撃ラブのカップケーキなのです。
「こ、婚約者ー!?」
サリアと私の絶叫が厨房に響いた。大丈夫。この寮の壁は分厚いから、扉さえ閉めていれば他の部屋には聞こえない。まさかあの根暗に婚約者がいるとは思わなかった。
「幼い頃に親同士が決めた婚約ですが、わたくしはずっとお慕いしております」
(ま、眩しいっ……!)
ほろほろと流れるキラキラした涙は、私には眩しいほど純粋で目を細める。サリアも私と同じ顔をしている。
貴族の未婚の女性は化粧をしないことがこの国の慣習らしい。手入れの行き届いた白い肌に長いまつ毛に縁どられた大きな青い瞳。優しい色合いのピンクの髪がさらりと零れる。
「毎月手紙を書いているのですが、全くお返事を頂けず、時々我慢が出来なくなってこうして会いに来るのですが……」
フォルカーの婚約者、ローゼマリー・リッケルトは侯爵家の第一子。どうやらフォルカーは婿入りすることになるらしい。
「フォルカー様はエルツェ公爵家の第二子で……身分的には下ることになることが嫌なのではないかと……」
ローゼマリーは、ためらいがちな溜息を吐く。その仕草が可憐過ぎて、同性なのにキュン死しそう。眩しすぎて視線を逸らすと、同じ表情をしたサリアと目がばっちり合った。
(手紙?)
ふと、フォルカーの部屋に突撃した時のことを思い出した。確か、あの男は熱心に誰かからの手紙を読んでいた。
「そのお手紙は、封筒に花模様が描かれている物ですか?」
「はい。わたくし、小さな絵を描くのが趣味で……」
あの手紙の山は彼女からの物だったのか。ローゼマリーが頬を赤らめると、可愛くて悶絶しそうになる。ハッキリ言って、あの根暗にはもったいない。
「あの根く……いえ、フォルカーは花模様が描かれたお手紙を、それはそれは大事に仕舞い込んでいるわ」
「え?」
ローゼマリーの青い目が見開かれた。
「氷を作ってもらいに行ったら、お手紙鑑賞中だったのよ。慌てて隠されたけど、書棚の上から三段目の一番端の箱に入っているわ」
「読んでくださってはいるのですね……」
ローゼマリーが寂しげな笑顔で呟いた。
「そうだ。貴女、料理はできる?」
サリアが突然尋ねた。
「いえ……料理人がおりますので、わたくしは厨房に入ることはありません」
ローゼマリーが答えた。そりゃそうだ。こうして貴族令嬢が厨房にいることが異常だと思う。
「お菓子を作ってフォルカーに差し入れるのよ!」
「え? 差し入れ?」
「そう。男を振り向かせるには、まずは胃袋を捕まえるのよ!」
サリアがにやりと笑う。なるほど、それも手か。というよりも、きっかけにはなるだろう。
そうして私たちは、分量さえ間違わなければ誰でも作ることができるカップケーキを焼いた。ローゼマリーはかなり生真面目で、小さな紙にびっしりと携帯用のガラスペンで書きつけている。
「ラトリー、オーブンの温度調整よろしく!あと実況中継も、ね」
『はーい。まっかせてー』
温度調整の実況中継をしてもらうのは、ローゼマリーに教える為。
焼いている間に上に乗せる飾りを考える。まずは生クリームに色粉を加えて、数色の綺麗なホイップクリームを用意する。
「フォルカーが好きな果物ってある?」
「イチゴが……お好きなのだと思います」
ローゼマリーが頬を赤らめた。
「あの根暗、イチゴが好きだったのねー」
サリアが目を丸くした。
「残念ながらイチゴは切らしてるわ。……そうだ! アイシングでメッセージ書きなさいよ」
「伝言ですか?」
「好きでも愛してるでもなんでもいいわ」
「そ、そんなこと書ける訳がありませんっ!」
ローゼマリーが悲鳴にも似た叫びをあげた。
「仕方ないわねー。じゃあ、ハートにしましょ」
「心臓? ……ですか?」
「『私の心をあ・げ・る』っていう意味よ。大丈夫。これは異世界の記号だから、あの根暗にはわからないわ」
サリアが黒い笑顔でローゼマリーの肩を叩く。おどおどとしたローゼマリーの様子は小動物のようで弄りがいがある。フォルカーはハートの意味を知っているはずだけれど、私も口をつぐむ。
色粉で濃淡のピンクに染めたアイシングで大小のハートをカップケーキの上部に描いた。この世界では漂白された砂糖はないから、アイシングは落ち着いた色になる。ローゼマリーの趣味が絵ということで、初めてとは思えない程の可愛い絵柄のカップケーキが出来上がった。
「うわー、すごく可愛い!」
「いきなり職人芸!? 凄いわ!」
売れるかもしれないくらいの出来にびっくりする。ローゼマリーは手先も器用。
色の付いたホイップクリームは、搾り袋がないので、ナイフで盛り付ける。紅いラズベリーに似たラドゥルやブルーベリーに似たレィウ、様々なベリーやナッツを飾り付けた。
「ね、自分で作った中で、どれが一番良い出来だと思う?」
「こちらだと思います」
そう言って示されたのは、レースのようなハート模様がアイシングで描かれたカップケーキ。確かにダントツで綺麗で可愛い。繊細な模様が、ローゼマリーを示しているようにも見える。
「あの根暗、絶対に『貴女が作った物は食べられない』とか言うと思うけど、ぜーったい、『もったいなくて食べられない』っていう意味だから怯んじゃダメよ? この一番良い出来のを保存用にしてもらって、残りは食べてもらうのよ!」
フォルカーはローゼマリーの前になると言葉の選択がおかしくなるのだと思う。彼女を嫌っているようには見えなかった。
「えー? 腐りそうー! 大丈夫?」
サリアが顔をしかめた。
「あいつ、時間停止の魔法も研究してた筈だから、死に物狂いで何とかするはずよ」
ローゼマリーが手を加えたカップケーキを白い皿に乗せるとさらに可愛く見える。スマホが生きていたら写真で残したいくらい。
「フォルカーの部屋の中に焜炉があるから、それでお湯を沸かして……お茶を淹れることは出来るのよね?」
「はい。それは出来ます。……あ、あのどういう理由でお伺いすればいいのでしょうか?」
ローゼマリーは完全に怖気づいている。目線が落ち着かない。いや、もう、本当に食べてしまいたいくらいに可愛いというのは、こういう顔だと思う。
「トーコにお茶を淹れて食べるのを確認するようにと言われたって言えばいいわ。口まで持っていって『あーん、して?』って首を傾げればイチコロよ」
サリアがうふふと笑う。イチコロなんて、いつ覚えたのか。
「貴女の好きなようにすればいいっていうんだから、好きにすればいいのよ。きっと、何をしても許してくれるわ。あ、それからね。ちょっと魔法を掛けて行って」
私もにやりと笑って、はちみつを少しだけ小皿に取って、ローゼマリーに手渡す。
「はちみつですか?」
「指で少しだけ唇に塗って。そう、中央が少し濡れているように見えるくらい」
この世界にグロスはない。だからはちみつで艶を付ける。鏡を見ながら唇にはちみつを塗ったローゼマリーの頬は薔薇色。少し垂れ気味の大きな青い目の中に決意が見えた。
「い、行って来ます!」
「行ってらっしゃーい」
私とサリアはローゼマリーを見送った。
「……どう思う? 勝率九割と見るけど」
「五割。だってあの根暗よー。あんな美味しそうなの目にしても、後ずさりしそう」
「あー、そうか。でも、腹くくった愛しの婚約者の突撃に耐えられると思う?」
サリアとにやりと笑い合う。きっと、キスくらいはするだろう。
「さって、そろそろ晩御飯の用意かな。今日は何人分?」
「今日は五人……彼女入れて六人ね。ねぇ、あの根暗と彼女の晩御飯はオムライスにしない? ケチャップは別添えで、精霊に届けてもらうの」
サリアが思いついたと笑う。
「よし、そうしましょ。サリアもサタルーシュにオムライス作ってから帰りなさいよ。精霊が保温してくれるわ」
「えっ、そ、それは……」
サリアの顔が赤くなった。全くもって、あっちもこっちも初々しい。
この状況は、かなり楽しい。
この夢、最後まで、見れたらいいな。




