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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第三話 いきなり結婚は無理ですよ。

 第二騎士団長室は二十畳程の部屋。シンプルなデザインのしっかりとした机が窓を背にして置かれている。壁には使い込まれた剣や戦斧、盾が飾られていて、床や壁に刀傷と思しき物が複数あるのは気にしてはいけないのかもしれない。


「報告があります! 私、ジークヴァルト・タウアー、トーコと結婚します!」

「おめでとう。やっと女遊びをやめるのか」

 四十代半ばの銀髪に水色の瞳の団長が、ジークに笑いかけた。団長に指摘されるくらい、女遊びが激しかったのかと何かしょっぱい気持ちが胸に広がる。


「待って、いきなり結婚なんて無理!」

「と、言っているが?」

 団長の鋭い目が注がれ、ジークが口ごもる。


「失礼だが、君は何歳だろうか?」

 団長が静かに問いかけてきた。なんだろう。大人の落ち着き。声が渋くていい。ジークが好色設定と知ってから、もう何もかも、すべてが喜劇の舞台に見えてきて、投げやりな気分になってきた。

「十八歳でーっす」

 可愛く首を傾げて答えるけど、嘘に決まってる。歳サバ読んでみた。我ながら寒い。

「ジークは二十三歳だ。ちょうどいいじゃないか」

 団長の言葉に血の気が引いた。二歳年下? どうみても年上、二十七、八くらいに見える。

「嘘です。二十五歳です」

「まぁまぁ、そんな嘘はつかんでいいよ。十二歳にもなってないのではと、こいつの趣味を疑ったが安心した」

 団長が安堵の笑いを見せた。

「いえいえ、ですから、二十五歳ですっ」

 男が女の年齢がわからないというのはわかった。はっ。そうか。きっと登場人物からは若く見られているという設定に違いない。


「で、お前、いつ宿舎から出るんだ?」

 砕けた表情と口調になった団長がジークに問いかけた。

「……それなんですが。給与前借させてください」

「お前、やっぱり貯蓄していなかったのか? 仕方ないな」


「ちょっと、いきなり借金の話? どういうことよ。借金は絶対に嫌よ」

 借金は大嫌い。先月、天涯孤独の元友達の保証人になって被った借金を返し終えた所。三十万円だったはずが、根保証が設定されていて、知らない内に五百万になっていた。その元友達は不倫相手と海外へ駆け落ちして行方不明。


「妻帯者は王都に家を持つことが多いから、宿舎から出る。こいつは女と遊び呆けてたから、すぐに家を買う余裕はないだろう」

 団長の答えにめまいがした。女遊びで散財なんて、最悪のパターン。いくら好みの美形でも、幻滅甚だしい。

「……ジークの給与金額教えて頂けないでしょうか」

 不揃いな厚みの薄茶色の紙に書かれた給与明細を見せてもらいながら、平均的な給与額や家の値段を聞いて内心驚く。


「五カ月貯めたら十分お屋敷レベルの家が買えるじゃない。っていうか、この金額凄いわねー。騎士って超高給取りなのねー」

 元の世界でいうと、外国のプロスポーツ選手並みだと思う。信じられない桁のオンパレード。

「おい、お前の嫁は計算ができるんだな」

「そうです。トーコは最高です! 俺の嫁です!」

 何故かジークが嬉々として答えるのは無視する方向で。


「嫁じゃありません。……私も宿舎にいることはできるんですか?」

 ジークが家を買いたいのなら、協力はしてあげたいような気がする。

「できるが……その……未婚の女は……」

 団長が言葉を濁した。


「ああ、王様がヤバいってことですね。何とかならないんですか?」

「結婚しておくか、せめて婚約しておくべきだな」

「はー。じゃあ、婚約だけしておきましょうか」

 女遊びが激しかった男が改心するかどうか、まだ信用はできない。たとえ夢でも、結婚して逃げられなくなるのは困る。


「トーコ、今すぐ結婚でいいだろう?」

 肩を掴んで真剣な顔をしたジークに、にっこりと笑いかける。

「まだ、貴方のことがよくわからないの。女好きなんて聞いてなかったし?」

「……そ、それは……」

「という訳で、とりあえず婚約だけね」

 私の言葉に項垂れたジークの肩を、団長が苦笑しながら叩いていた。


      ◆


 婚約の手続きに必要な書類を数枚書いた後、私たちは団長室を出た。

「大事な話をしたいんだけど、どこか良い場所ない?」

 ご都合主義の私の夢とはいえ、城の中にカフェなんてある訳ないと思う。上空から見えた綺麗な庭園はオープン過ぎる。


「ああ、それじゃあ、俺の居室で」

 案内されたのは、城を囲む高くて分厚い壁の中に作られた部屋。十六畳程の部屋は、白い壁に飴色の木の床。素朴な木製テーブルの上や床に様々な物が積み上げられて部屋の一角が埋まっていて、乱雑な生活感が漂う。椅子には無造作に置かれた服。壁に取り付けられたランプが二つ、ぼんやりと部屋を照らしている。

 ダブルサイズより大きなベッドの上と、白い壁の一部に数本の剣が飾られていて、その近辺だけは物が無くて、綺麗に整っていた。


「……お、女を部屋に入れた事がなくて……」

 扉の前で立ち尽くす私の耳に、ジークの言い訳が素通りしていく。

(まぁ、これ見たら普通は逃げるわよね……女を連れ込んだことはなさそう)

 少しだけほっとした。他の女と寝たベッドなんて使いたくない。


 ジークに勧められて、ベッドの端に並んで座る。 

「確認したいんだけど、私を召喚するまで、毎晩女遊びしてたの?」

「遊びというか……酒や飯をおごっていただけで……」

「何それ。集られてたってこと?」

 そんな馬鹿な話は信じられなかった。他の騎士たちが毎晩とっかえひっかえと言うくらいなのに。


「信じてもらえないかもしれないが、子供の頃からずっと運命の女と会いたいと女神に毎晩願っていた。成人しても叶わなくて、それでもずっと願っていた。……昨日は飲んだ後で……その……いつもの願いに酔った勢いで追加したら……トーコが現れた」

「何を追加したの?」

 子供の頃からの願いを叶えたキーワードが気になる。


「そ、その……だな……」

「はっきり言って。何を追加で祈ったの?」


「…………脱童貞」

「はああああああ? な、何それ?」

 一気に頬が熱くなる。酔っていたとしても、女神に願うことではないと思う。

「……ちょっと待って。シたことないの?」

 ふと気が付いて、冷静になった。 


「俺は女と口づけしたこともない。運命の女、トーコだけを待っていた」

 真剣な眼差しに、正直言ってぐらりときた。私だけをずっと待っていた美形の騎士。これが自分の願望の現れかと思うと、内心悶絶するくらいに恥ずかしい。


「それ、皆、知らないの?」

「……女たちは知っているが……その……何と言うか、男には見栄を張って……」

 大きな背を丸めるようにして下を向くジークが少し可哀想になってきた。一つ息を深く吸って吐いて気持ちを落ち着ける。


「毎晩、女をとっかえひっかえしてたって嘘を吐いてたのね」

 見栄の為に、巨額の給金が残らないくらい集られていたというのは頭が痛い。

「もう、見栄を張る必要もない。これからは……」

 そっと肩を抱かれて、我に返った。夢の中とはいえ、ベッドの上で男と座っているなんて、非常事態。このままコトに及ばれたら色々と困る。


「待って。婚前交渉は受け付けないから。正式に結婚してからよ」

 再びキスをしようとしてきたジークの唇を手で遮って宣言すると、ジークの眉尻が下がって情けない顔になった。まさに、待てを喰らってしょんぼりする大型犬。胸がきゅんとするのは私の性癖だったりするのだろうか。


 好色と見せかけた一途な騎士の設定が、恥ずかしくなってきた。

 この夢、いつ覚めるんだろう。

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