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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十八話 紫金魚の威力は絶大です。

「は、はじめまして。雑貨屋店主フリーデと……」

 顔を青くしながら立ち上がったフリーデの自己紹介が途切れた。視線はグスタフの頭の上。さっきまでふよふよと厨房の天井近くを泳いでいた紫金魚が、銀色がかった緑の髪の上にでっぷりとしたお腹でぽふりと鎮座した。


 震えていたフリーデが、別の意味で震え始めた。息を止めているのか、頬が赤く染まる。


「グスタフ、お茶飲みに来たんでしょ? そこに座ったら?」

 見かねたサリアが助け舟を出してグスタフをフリーデの横の席に座らせた。座りなおしたフリーデが大きく息を吸い込む。


 私たちが精霊や化粧品の話をしている横で、グスタフはもそもそと珈琲を飲みながらドーナツを食べている。時折、ちらりちらりとフリーデに視線を投げるのはいつもと違う行動なので、サリアと一緒に密かに笑う。


「精霊って、本当にいるんですね」

 フリーデはそう言って、笑いながら木の姿の精霊を撫でる。おっとりと笑うフリーデは、精霊に受けがいい。


「日焼け止めに肌色の魔法を付けてもらうことはできないかしら?」

 そうすれば、日焼け止めを塗るだけで肌色を整えられると思いついた。

「申し訳ないのですが、近々店を畳むことにしましたので、次の注文は受けられないんです」

 フリーデが寂しそうな笑みで答えた。


「え? どうして?」

「……お恥ずかしい話ですが、私は、今年で三十歳になります。これまで店を経営することが楽しくて、毎日休まず働いてきたのですが、気が付けば周りは全員結婚していて寂しくなりました。……この歳では町での結婚は難しいので、故郷に帰ろうと思っています」

 物凄く落ち着いているから既婚者なのかと思ってた。サリアも驚いている。


「商品の在庫とかどうするの?」

 サリアが尋ねた。

「商品の在庫はサリアさんのお店が良いお値段で引き取って下さるので問題はないのですが、これまで見ないようにしてきた先代の荷物の片付けが残っていますので、しばらくは町に滞在しています」

「あ、うちとそんな話になってるんだ?」

 サリアはフリーデの店の話は聞いていなかったらしい。


「先代って、何年か前にお亡くなりになったのよね」

「ええ、五年前に。その節は、皆様に葬儀でお世話になりました。高齢ではあったのですが、私にとっては突然のことで悲しくて……部屋の扉を開けることもできずにいて。親族もいらっしゃらないので、私が片付けるしかないのです」

 寂しそうにフリーデが語る。


「数日前から、扉を開けようとしているのですが、中々決心ができなくて」

「グスタフに手伝ってもらえば? 大丈夫、安全よ?」

 私は気軽に提案した。二人きりにしてあげようという気遣い(おせっかい)だ。


「え?」

「そうですね。お手伝いしましょう」

 フリーデが目を丸くする横で、グスタフは何でもないことのように即答した。


「いえ、そんな、グスタフ様に手伝って頂くなんて恐れ多いです」

「困っているのでしょう?」

 横に座るフリーデを覗き込むグスタフは凶悪顔なのに、頭に乗った紫の金魚もどきが間抜け過ぎて、緩和されているような気がする。フリーデが笑ってはいけないと口元と腹筋に力を込めたのが分かった。


「我慢はしなくていいと思う」

 サリアが手を伸ばして肩を叩くと、堪えきれなかったのかフリーデが笑い出した。


「でも……そ、そんな……」

 笑うフリーデを見て、最初は目を丸くしていたグスタフが笑顔になった。驚いた。凶悪顔が素直な笑顔になると可愛く見える。今度はフリーデが目を丸くしてグスタフを見つめている。


「という訳で、手伝いは決定ね」

 にやりと笑って、私とサリアはグスタフとフリーデを送り出した。


      ◆


 グスタフはその日の夕食には戻ってこなかった。翌日、ほわほわとした空気を漂わせた凶悪顔のグスタフが、フリーデが夕食を作ってくれたと言って、寮の夕食を食べられなかったことを謝罪したけれど、気にしないでフリーデに誘われたら迷わず行けとサリアと一緒にけしかけておいた。


「どう思う?」

「良さそうじゃない? グスタフの最初の求婚を阻止したのが大きいと思うわ」

 サリアがにやりと笑った。

「そうね。あれさえ無ければ、気遣いのできる良い男なのよねー」

「顔は怖いけどねー」


 それからグスタフは頻繁に昼過ぎに出かけるようになった。夕食に戻ってくることもあれば、戻ってこないこともある。

 グスタフが醸し出すほわほわとした雰囲気は、ジークやサタルーシュ、フォルカーにどん引きされている。本人が楽しそうなので良いと思う。


      ◆


 休日にジークと町へと出かけた。目的は新居のカーテンと家具選び。貯金の目標額が見えてきて、二人でうきうきしながら王都へ向かう。


 この世界では、貴族用の店と一般国民の店とは完全に区別されている。貴族用の店舗は、事前予約とデイドレス以上の装いが必要。常日頃騎士服を着用するジークは何の問題もなくても、私の方はしっかりと着飾る必要があった。


 淡い水色のデイドレス、同じ布地で作られた華奢な靴は、リボンを足首に結んで固定するタイプ。髪はサイドを残して後ろでアップスタイル。ドレスと同じ布でできた髪飾りを着ければ、自分でも信じられないくらいに令嬢風。


「トーコ! ドレスも似合うな!」

 豪奢な馬車の中、隣で大型犬のようなジークが目を輝かせている。もう何度誉め言葉を聞いたかわからないけど、気分は上がりっぱなし。歩いて行ける距離だから馬車に乗るなんて思っていなかったのに、貴族の店に行くなら馬車必須、というルールは拒否できなかった。


 馬車が店の前で止まると、店員らしき男性がさっと扉を開けてくれる。ジークが先に降り、私の手を取ってエスコートしてくれた。

(か、カッコいい……!)

 普段のヘタレ姿を見すぎていたからか、そのギャップがたまらない。スマートな紳士の振る舞いが自然過ぎてときめく。

 

 貴族の買い物というのは、基本的にカタログを見て注文するスタイルらしい。すべてオーダーメイドだから、お値段も恐ろしい。

 王城の豪華な部屋にも引けを取らない装飾が施された店内は貸し切り状態。座り心地の良すぎるソファにジークと並んで座って、目の前のテーブルに並べられるカタログに目を通す。


 椅子一つ注文するだけも、精密画が数十枚、布や革見本が数十枚出てくる。超高級そうな花茶を飲んでも、緊張しすぎて、味わうなんて無理。


(事前にジークとイメージの相談しておけばよかった……)

 ジークと一言言葉を交わしただけで、店主や店員がどんどん精密画や見本を運んでくる。入店直後、ジークが今日は見るだけと宣言していたのに、買わせる気満々で苦笑する。


「ドガールって、長さの単位?」

「ああ。一ドガールは、成人男性の約一歩だな」

 ジークの言葉を聞いて、店員がさっとメモリが書かれた幅広の白いリボンを取り出して、広げて見せてくれた。大体八十から九十センチくらい。一メートルは無さそう。


(カーテンの色だけでも選びたかったのに、言ったら即注文になりそう……)

 心の中で怯みながらも、ジークと布見本をのぞき込むだけでも楽しい。

「トーコは緑色が好きなのか?」

「そうね。ジークの目の色とか好きよ」

 不意打ちの質問に正直に答えてしまって、頬に熱が集まっていく。正面に座る満面の笑みの店主と店員の視線が痛い。


「トーコ!」

 隣に座るジークは、完全に喜ぶ大型犬。微笑ましく見守る店主と店員という状況に耐えられなくなった私は、逃げ出すことにした。

「ご、ごめんなさい! 日を改めてまた来ます!」

 唐突な私の言葉に嫌な顔一つせず、店主と店員は、私とジークを微笑みで見送ってくれた。


「またのご来店をお待ちしております」

 にこにこにこ。微笑ましいと言わんばかりの笑顔に圧倒されて、顔から火が出そう。

 

 馬車に乗って恥ずかしさに悶えていると、窓の外に杏色の髪が見えた。

「あれ?」

「どうした?」

「エーベルハルトがあの路地に入って行ったんだけど」

 あの特徴的な髪色を間違う訳がない。


「止めてくれ!」

 ジークが馬車の天井を叩いて、馬車を止めた。

「俺が見てくる。ここで待っ……」

「私も行く!」

 二人で馬車を降り、急いで追いかけてみても、暗い路地は複雑に入り組んでいて、見つけることはできなかった。


「親戚の家は全然違う場所の筈だ……この界隈はあまり良い場所じゃない。戻ろう」

 ジークに促されて、私は路地から足早に離れた。


      ◆


 ある日の朝、サタルーシュの故郷から米と味噌と昆布が届いた。

「やった! これでご飯が食べられる!!!」

 嬉しくて泣きそう。ずっとパンばかりで、米が食べたくて仕方なかった。


「……待って……私……炊飯器でしかご飯炊いたことない……」

 布袋を開けた途端、重要なことに気が付いた。さて困った。お粥じゃなくてご飯が食べたい。しかも袋に入っていたのは玄米。米袋の前で立ち尽くしているとサリアが入ってきた。


「おっはよー! トーコ、ヴァランデールで流行ってる魔女の料理のレシピとフライパン手に入れたんだけど、再現できるー?」

 サリアが持ってきてくれたレシピには、スパイスを使ったからあげ、カレー、オムライス、ドリア、チャーハン等々のメニューの他、玄米を白米にする方法や、お米の炊き方まで書かれていた。

 鉄でできたフライパンは直径二十六センチの使いやすい大きさ。


「出来る出来る! まかせて!」

 レシピを見ると、この世界で手に入る材料のみが使われているけれど、あきらかにこれは日本料理。


「これ、ヴァランデールの〝救世の魔女〟の料理のレシピなんですって」

「救世の魔女?」

「そう。夏に、空が真っ黒い雲に覆われたんだけど、ヴァランデールに召喚された魔女が魔法で消したの。だから救世の魔女って呼ばれてるの。トーコと同じ異世界人らしいわ」

「へー。凄い人がいるものねー」

 私のご都合主義の夢は、日本料理のレシピを手に入れる理由に、そんな大層な事件を編み出したのか。私に想像力はないって思ってたけど、無意識レベルでは凄いのかも。


「それじゃあ、男殺しのオムライスでも作りますか!」

「え? 何それ、怖ー」

「違うわ。オムライスって、男が大好きな料理の一つなのよ」

 よく言われる肉じゃがは、実は好きだという男は少ない。からあげ、カレー、オムライスにハンバーグ。今はそんな子供っぽい料理の方が受けがいい。


「ふっ。上手く作って食べさせればイチコロよ!」

「トーコ……意味が全然わかんないけど、何か怖いわー」

 サリアとラトリーがどん引きしているけど気にしない。私の脳内は久しぶりのお米に占拠されていた。


 お昼のメニューは、オムライスと野菜たっぷりスープ。鶏の胸肉のハーブ焼きにチーズたっぷりサラダを準備。食卓に着いたのは、ジークと私、サリアとサタルーシュとフォルカー。出かけるというエーベルハルトにはサンドイッチを持たせた。グスタフは今日もフリーデの店。


「……この絵はなんだ?」

 フォルカーがぼそりと呟いた。オムライスにはケチャップもどきで絵を描いている。

「猫に見えない?」

 フォルカーのオムライスには猫の顔と肉球を描いておいた。簡単だけど、なかなかの良作。


 ジークのオムライスには私がハートを描いて、サタルーシュのオムライスにはサリアがハートを描いた。ちらりと見たフォルカーが、ふっと馬鹿にしたような溜息を吐いたけど、気にしない。


「トーコ! 美味い!」

 キラキラと目を輝かせるジークはハートの意味が分かっていない。説明する気もないけど。


「あ、サタルーシュのはサリアが作ったから」

 サリアが黙っているので、ついついおせっかいをしてしまった。

「……! は、初めて作ったのよ!次はもっと上手くなるわ!」

 謙遜してはいるけれど、サリアが焼いた卵もちょっと端が焦げているだけで、綺麗に焼けている。

「うん、美味いよー」

 へらりと軽い笑みをサタルーシュが浮かべる。


 簡単な料理なのに、喜んでもらえて嬉しい。

 これで喜んでくれるなら、次のメニューも、きっと喜んでもらえるだろう。

 もうちょっと、この夢を見ていたいな。

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