第二十七話 赤い瞳は綺麗で不思議なものなのです。
「トーコの力は、神力に基づいてるんだよ」
知的好奇心に目を輝かせつつ、エーベルハルトが言った。今は厨房で、エーベルハルトはパンとシチューを掻き込んでいる。最初は遠慮がちにドーナツをかじっていたけれど、食事代がタダと聞いた瞬間にご飯が食べたいと言い出した。
「うっわー、俺、気づかなかったー」
ミルクティを飲みながらドーナツを頬張るサタルーシュがへこんでいる。
「仕方ないよ。神力が発動するのはほんの一瞬で、通常残る筈の痕跡が全く残らない。俺は妹が神力持ちだから力の波動がよくわかってたし、見る心構えができてる状態で実験させてもらったからね」
「でも、私の神力ってゼロなんでしょ?」
「測定は間違ってなかったと思うんだけどなー」
ついにテーブルに突っ伏したサタルーシュの頭をサリアが撫でているので、にやにやしてしまう。
「普段は力に繋がる回路が閉じてて、何かのきっかけで解放されるんじゃないかな?」
魔術のことになると、エーベルハルトは饒舌になる。最初に見た時の疲れ果てた老人のような姿は今は見えない。エーベルハルトは魔力量は多くはないものの、魔術理論や構築の分野ではこの国でもトップを争うレベルの天才。魔術師は十八歳になると独立の為の最終試験を受けるけれど、エーベルハルトは十六歳で受かったらしい。
壺にかかっていた魔法は五百年程前の魔術師が呪いの実験をしていて失敗したもの。カボチャもどきは呪いの核として材料にされたのだろうと推測された。魔術師本人は姿を消している。
私が持っている魔法陣を刻んだ魔法石についても二人は興味を示した。ジークは簡単な魔法と言っていたのに、幻影魔法と火炎魔法、結界魔法を複雑に組み合わせた物らしい。二人も新しい魔法石で試してみたけれど、どうやっても魔法陣を刻むことができなかった。火の精霊のラトリーも、今までみたことがないと驚いている。
「ところで、そこのカボチャどーする?」
カボチャもどきの土の精霊は、縄で縛ってにんにくの隣に吊るしている。最初は抵抗して暴れていたけれど、どうやら空を飛ぶことはできないらしくて、今はおとなしくぶら下がっている。
「……俺、精霊を脅す女なんて初めてみた……」
エーベルハルトがあからさまに目を逸らした。
「しばらく吊るしておいたら?」
サリアの提案に私は賛成した。
◆
「魔法陣を刻めない? 簡単だぞ?」
部屋に戻ってジークに魔法石のことを聞くと、そんな答えが返ってきた。
「壺にかかってた魔法を解いたってどういうことなんだ?」
「よくわからないけど、黒い手が出てきて、私に触れたら勝手に消えちゃったのよね。私には女神の贈物の力があるんですって」
「女神の贈物? ……そうだな。トーコは俺にとって、女神の贈物だ」
微笑んだジークは私を膝の上に横座りに乗せた。
透き通った赤い魔法石をジークが一つ手に取った。軽く握り込んで目を閉じる。詠唱も何もない。目を閉じてほんの三十秒で、魔法石には魔方陣が刻まれる。
「目を開いてはできないの?」
「それは……やってみないと分からないな」
三十秒だけとはいえ、静かに目を閉じられていると寂しい。
ジークが次の魔法石を手に取っると、緑色の目が赤く染まる。
「あ!」
「どうした?」
「目が赤くなった」
「俺は昔、目が赤かった。赤い目は魔力や神力が多いと言われてる」
生まれ持った力の大きさは目の色に現れることが多くて、赤、紅、エンジ、橙、黄色の順に強いと説明してくれた。
「どうして今は緑色なの?」
「……魔力と引き換えにトーコが欲しいって女神に願った」
赤い髪に赤い目のジークは、とても綺麗で、少し怖い。
「私に……そんな価値ある?」
「ある。もう俺はトーコなしには生きられない」
微笑むジークの顔が近づいてきた。赤い目が綺麗過ぎて、目を閉じるのがもったいないと思う。唇に触れる寸前、指で止める。キスをしてもいいとは思う。でも、二人きりの部屋の中、それ以上の行為になるのは怖い。
「結婚するまではダメ」
そう囁くとジークの眉尻が下がって、情けない顔になる。しょんぼりとした大型犬のような表情を見ると、背筋をぞくりと走る優越感が気持ちいい。
自分の特殊性癖に内心苦笑しながら、ジークの唇に頬を押し当てて、お返しにジークの頬にキスをすると、ジークの赤い目が喜びに輝く。
(赤い目って、とても綺麗)
私の好みにぴったりすぎる美形の騎士の膝の上。ときめきと同時に、これは夢だという、ほろ苦い気持ちも感じる。
「トーコ? どうした?」
「……いつもの緑の目も綺麗だけど、赤い目も綺麗だなって、思っただけ」
どちらも現実世界ではありえない色彩で、これが夢だと嫌でも思い知らされる。
魔法石に魔法陣が刻まれて、ジークの瞳がゆっくりと緑色に戻った。
◆
エーベルハルトが朝・昼・夜と食堂に現れるようになった。グスタフやフォルカーと違って、味わうことなくさっさと掻き込んで食器を洗って寮の外に出て行く。おやつは包んで欲しいというので紙で包んでお昼に渡している。
「一体、どこ行ってるのかしらねー」
「あまり眠ってないんじゃないか?」
おやつの包みを持って出て行く背中を見送って、ジークが心配そうな表情になる。
お昼ご飯の食卓には、ジークとサリアとサタルーシュとフォルカー。グスタフは王に無理難題をふっかけられて朝まで起きていたらしくて、まだ寝ている。メニューはサンドイッチと具沢山の野菜スープ。一番人気はミルフィーユカツサンド。
「……妹が病気らしい」
フォルカーがぼそりと呟いた。
「何の病気? サタルーシュに見てもらえばいいのに」
「両親が死んでいるので親戚の家に預けているそうだ。……先月、家の主治医を向かわせたが、門前払いを受けた」
フォルカーが食事の手を止めて、口を開く。
「エーベルハルトって、フォルカーの弟子だったの?」
サリアが聞いた。
「いや。エーベルハルトの師匠は……最終試験を見届けた後、他の国に逃げた。三ヶ月程前の話だ」
フォルカーが眼鏡の中央を押し上げて、小さく溜息を吐いた。
「もっと話を聞いてやりたいとは思うが、私には責任を持つべき弟子がいる。……難しいな」
そう言ってフォルカーは食事を再開した。何だろう、意外と良い男なのかもしれない。
食事の席で出会う度、全員がいろいろと話し掛けるけど、エーベルハルトは急いでいると言って、掻き込むように食べた後は出て行ってしまう。
「あまり話し掛けると、碌に食べなくなりそうだな」
ジークの一言で、本人が何かを言うまでは待つということで一致した。
弟子を持たない魔術師は、サタルーシュのように医術師や、王城内の職に就くことが求められる。第一騎士団に所属している魔術師もいる。
エーベルハルトはまだ未成年だから仕事の免除はされている。けれども年に一度、研究成果を宰相と大臣達に報告する必要がある。一、二ケ月の研究で誤魔化せるほど審査は甘くはないとグスタフは心配していた。
◆
ある日の午後、最初に化粧品を買った雑貨店の店主が納品に訪れた。店主は水色の長い髪を片側の低い位置で一つに結んでいて、しっとりとした美人。背はサリアよりも高くて、胸が大きい。
化粧は教えた時よりも薄くなっていて、アイラインはしっかり引いてあってもアイホールにはハイライトだけで色はない。その替わりに赤い唇に蜂蜜を塗っているのか、艶めいていて色っぽい。
深緑色のワンピースに重ねた茶色のベストには、刺繍がびっしりと同色の糸で施されていて、さりげなくお洒落。
「ピンクとピンクベージュの口紅です。この色は安定しないので開封したら百日以内に使い切って欲しいと魔女ミサキが仰っていました」
店主がそっと小さな口の広いガラス瓶を黒い袋の中から取り出した。
「魔女ミサキ本人が納品に来るの?」
サリアが目を丸くした。品質の良さで有名な魔女ミサキの化粧品は、各町村の一店のみに委託すると決めているらしくて、サリアの家では取り扱ってはいない。
小さなガラス瓶に入った口紅は、綺麗な淡いピンク色。色白の店主とサリアには似合うだろう。ピンクベージュは、きっと私に似合う。
紅茶を飲みながら話をしていると、厨房の扉が開いてグスタフが入ってきた。
「グスタフ・ロットナーです。こちらの方は?」
凶悪顔は初見の人間にはよく効く。店主が恐怖で顔を青くして微かに震える。
静かに店主を見下ろしていたグスタフが膝を折ろうとする兆候を感じて、手に触れた精霊を投げつけると、グスタフの額へ見事にヒットした。
「……トーコさん、一体何をするんですか……」
額を撫でながらグスタフが困惑の声を上げた。水玉姿の精霊は、ぽむぽむと跳ねてテーブルの上に戻ってきた。
「馬鹿を止めてあげたんだから感謝して」
あれは絶対いつもの求婚コースだった。初めて出会った凶悪顔の大男にいきなり求婚されるなんて、ホラーでしかないと思う。
笑いをこらえて震えるサリアと、顔を青くしたままの店主を前に、私はそっとため息を吐いた。




