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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十六話 焼きカボチャは丸ごとプリンにするのです。

 ある晴れた日の午後、屋根裏に予備のシーツがあると聞いたので、階段の奥にある扉を初めて開けた。扉の先にはさらに狭い階段で、屋根裏部屋に繋がっている。


 屋根裏部屋はあまり広くはないけれど天井までの高さがあるので、さほど窮屈とは思わない。いくつもの大きな木の箱や使っていない家具が、黄ばんだ布を掛けられて壁際に置かれている。大きな採光窓があるので、魔法灯(ランプ)は不要なくらいに明るい。

「……誰か来てる?」

 何年も掃除をしていないらしくて、階段にも部屋の中にもホコリが溜まっているのに新しい足跡がいくつも残されている。


 少し開いた窓からそっと覗くと、杏色の髪の少年が屋根の上で眠っていた。

 おそらくはこの少年が、まだ一度も会ったことのないエーベルハルト。袖から覗く腕は異常に細い。


 温かい日差しの中、屋根の上は程良い温かさだけれど掛け布がないか部屋を探すことにした。ホコリまみれの布をそっと畳みながら取り除き、一つ目の木箱を開けて絶望。


「……ちょ……予備のシーツとか、これ、無理」

 木箱に入ったシーツ類は見事に黄ばんで虫の穴だらけだった。シルクが大半だったのが原因だろう。


 他の箱を開けてみると高そうな陶器の食器が大量に出てきた。パーティができそうな程のセットが揃っている。予備のカーテンや敷布、箱の中の布類はほぼ全滅。

(持つと自重で破れるとか、いつから放置されてるんだろ)


「……誰だ?」

 誰何の声に振り向くと、窓から入ってこようとしている美少年。杏色の髪に萌黄色の瞳には、どことなく陰がある。くたびれた生成のシャツに紺色のズボンといういで立ち。


「はじめまして。家政婦のトーコよ」

「家政婦? ……ああ、精霊たちが何か言ってたな」

 溜息にも似た声は幼さを残しつつも少年とは思えない、疲れ果てた老人の雰囲気を醸し出している。


「そういえば、ここに精霊って来ないの?」

 扉を開けてから、ラトリーも誰も入ってこない。

「……その壺に良くない魔法が掛かってる」

「壺?」


 壺なんてどこにも……と思ったら、八十センチくらいの高さの細長い壺の上に、木の板が乗せられていて飾り台のようになっていた。

「あ、これ、壺なんだー」

 ひょいっと板を外して中を覗くと真っ暗。


「おい! 何やってんだよ! 離れろ!」

 エーベルハルトが叫んだ。

「え? 何かマズイ?」

 板を持ったままエーベルハルトの方を向いて、ばちばちと大きな音を立てた壺の方へと視線を戻す。


 壺の中から黒い煙が出てきて、爪のある骨ばった異形の腕を形作った。エーベルハルトが腕を引いてくれたけれど、黒い大きな手が私の顔を掴んだ。目の前が闇に染まる。


 食い込む爪が痛いと思った瞬間、黒い腕が粉々に砕け散って空気に溶けた。


「は?」

 片手で何か黄色に光る魔法を用意していたエーベルハルトが間抜けな声を上げた。


「あれ? 消えた?」

「お前……淵源(えんげん)(つかさ)なのか?」

「違うらしいわよ? よくわかんないけど。召喚時に何か付加されたとかなんとか」


「ちょっと試していいか?」

「何を?」

 そう返した途端にエーベルハルトが用意していた魔法を炸裂させた。無数の木の針が私に向かってきて、全て砕けて消えた。


「……わかった。お前には『女神の贈物』が付与されてる」

 エーベルハルトが目を瞠って呟いた。

「女神の贈物?」

 おや、また大層な何かがでてきたなぁ。夢とはいえ、一応幻想(ファンタジー)世界だからか。


「お前の持つ力は神力に基づいてる。お前は女神に召喚されたんだろ?」

「そんなの知らないわ」

「知らない? 女神の声に答えたんじゃないのか? 女神が異世界召喚する時は、必ず声を掛けると聞いてる。中でも女神のお気に入りになった者には贈物として特殊な能力が付与される」

 興奮したエーベルハルトがそう言うけれど、全くもってさっぱりそんな覚えはない。


『もしもし、ここはどこですかの?』

 老人の声の方を見ると、三十センチの緑のカボチャが壺から出ていた。ハロウィンで見る顔をくりぬいたカボチャが緑色になったカンジ。


「アズディーラ国の魔術師寮です」

『ふむ。名を交換しよう。我は土の精霊ドゥレイクラクソールリーだ。汝の名は?』

「ああ、私はトー……」

 エーベルハルトが名前を答えようとした私の口を手で塞いで、精霊と距離を取った。


「待て。精霊、名を交換するということは、この女との精霊契約を望むのだろう? 契約の条件は何だ?」

『……この国の人間全ての命。わしは理不尽にこの壺の中に押し込まれた。その復讐だ』

「どうみても、この女には無理だろ」

『女神の贈物を持っているのだろう? 支配下に置けば、どうとでも使える!』

 カボチャもどきが口を大きく開くと、泥のような黒い闇が吐き出された。泥はゆっくりと粘菌のようにこちらに向かって動き出す。


「早く逃げろ!」

 エーベルハルトが私を庇って泥との間に割り込んで黄色い光の膜を作った。恐らくは魔法のシールドとかそんな感じ。跳んできた泥のような黒い闇が全て弾かれて消え去った。


(おっと、少年、カッコいい)

 けれども一回り上の私としては、逃げる選択肢はない。ワンピースのポケットを探って、硬い手触りを握り込む。


「何してる! 早く!」

 エーベルハルトが保っていた黄色の光の膜が消えて膝を付いた。顔色が真っ青。


『これからが始まりだ』

 カボチャが大きく口を開けた。まだ泥を吐くのだろう。

「喰らえ!」

 口が大きすぎて、ぽいっと魔法陣が刻まれた魔法石を投げると簡単に入った。

『何だこれは?』

 カボチャもどきは不快な顔をして口をつぐんだ。


「我、発火を命ずる!」

 発動呪文を唱えると、カボチャの口と目から炎が噴き出した。


『!?』

「それが第一段階(ファースト)

 うろたえる精霊に向かって、にやりと笑う。最初はこけおどし。温度も低くて炎の見た目の派手さだけ。


「我は命ずる! 踊れ! 炎の中で!」

 カボチャの全体が炎に包まれて、ごろごろと転がり回る。第二段階(セカンド)の炎はカボチャの周りを包むだけで、他を燃やしたりはしない。


『熱い! やめろ!』

「ふっ。そろそろ焼きカボチャ? 大丈夫。貴重な犠牲は無駄にはしないわ! 丸ごとプリンにしてあげる! トドメに第三段階(ラスト)の呪文詠唱するわよ!」


『た、助けてくれ!』

「人間に悪いことしないって、その名に誓いなさいよ。そしたら解除を考えてやってもいいわ」

『わかった! 誓う!』


 思っていたよりもあっさりと土の精霊は誓いを立てた。


「ふ。かぼちゃ頭ね。何が詰まってんの?」

 指でこんこんと叩く。ぶすぶすとあちこちが焦げ臭い。今日の晩御飯にカボチャグラタンを作ろう。


『……わしは出て行く』

 口をへの字にしたカボチャがぼそりと呟いた。

「何言ってんの? あんたみたいな馬鹿、簡単に外に出す訳ないじゃない。しばらくこの寮で暮らしてもらうわよ」

 解放するなら、まずは皆に聞いてからだと思う。人間に害を及ぼさないように制限を掛けてもらってから。


「そうねー。悪さしないように、とりあえずロープか何かで縛っておこうかなー」

 私がつぶやくと突然、床に白い光の丸い魔法陣が浮き上がった。

「は? 何これ?」

「神力の術式だ!」

 魔法陣は一瞬で消え去って、何もなかったような静寂が訪れた。


『……今、この建物と契約が結ばれたのだが……』

 カボチャが愕然とした声を出した。

「は? 冗談だろ? 物に憑依じゃなくて、契約!?」

 土の精霊の言葉に、エーベルハルトが信じられないと叫びを上げた。


『……我が名に誓って嘘は言っていない。……この建物から動けない』

 緑色のカボチャが、心なしか青くなったような気がする。


「へー。だったら、この寮が焼けたりつぶれたりしないように護るしかないんじゃない?」

「お前、そんなに軽く言うなよ。精霊が人間や魔性と契約じゃなくって、物と契約なんて聞いたことねーわ」

「扉の精霊リカルドは?」

「あれは自らの意思で憑依してる。何の契約もしていないけど、長い年月が固着させて動けないだけだ。こいつは今、明らかに契約した」


「えー、でも、仕方ないわよねー。私のせいじゃないしー」

 エーベルハルトは私が何かをしたと言うけれど、私は何もしていない。


「俺、何かとんでもない女を見てる気がする……」

 エーベルハルトが遠い目をして呟く。


「ま、とりあえず、お茶でもしない? 美味しいドーナツあるわよ」

 にっこりと笑うとエーベルハルトが溜息を吐いた。


 とりあえず、この異常に細い少年にほどほどの肉を付けてもらいたい。餌付けがちょっと楽しみでうふふと笑う。

 まだ、もうちょっとだけ、この夢、楽しみたいな。

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