第二十五話 氷は魔術師に作らせるのが一番なのです。
朝、ジークを送り出した後に少し顔を赤らめたサリアがやってきた。
「トーコ、おっはよー!」
「おはよー。今日はどうしたの?」
「き、今日から、ここで家政婦で雇ってくれるって……サタルーシュが……」
「嬉しいわ! 人手が物凄く欲しい所だったのよ!」
ふむふむ。サタルーシュ、よくやった。このまま二人が上手くいけばいいと思うのと、人手が出来るのは嬉しい。
「でも、昨日の今日で、家の仕事は大丈夫なの?」
「その……サタルーシュが両親に話をしてくれて……高給だし、帰りは必ず送り届けるからって説得してくれたのよ」
「へー、サタルーシュ、意外としっかりしてるのねー」
「そ、そうね。別人みたいにきちんと話をしてたわ……」
サリアの顔が赤い。何この、中学生の初恋みたいな甘酸っぱさ。面白過ぎる。散々弄り倒した後、一緒に仕事を始めることになった。
◆
「はーい、注目ー!ここに、黒板を設置しました!」
数日後、食堂の入り口に小さな黒板を掛けた。朝・昼・夕・夜・おやつに予備欄が三日分。必要な日の欄に名前か略称を白墨で記入してもらうことにした。
「ちょ。君らは食べられないでしょ!」
低木の姿をした精霊が、白墨で何かを書こうとしたので止めてみる。
「何か作って欲しいお菓子があるんじゃない?」
サリアが笑うので、最後まで書くのを見守る。
『クッキー!!』
「なんて書いてあるの?」
精霊の書く複雑な文字はサリアは読めないらしい。ふむ。ならば作ってさしあげよう。
厨房に戻ってクッキー生地を用意して伸ばす。抜き型なんてないから、小さなナイフでいろんな形に切り抜く。
「トーコ? 何その形」
「これは、ハート」
「心臓? 何か意味あんの?」
サリアが首を傾げる。サリアは学校には行っていないけれど家庭教師が付けられていたので、読み書きもできるし臓器も基本は理解している。サリアの家は雇っている人数も多くて、雑貨屋というより総合商社というべき規模。
「ふっ。私の世界では、心臓には心が宿ってる。つまりは心を意味するのよ。この形を男にあげる! すなわち!」
「何……? …………私の心をあげるってこと?!」
「さらには私を食べてってことよ!」
「いやあああああ! 何それ、恥ずかしー!」
サリアと二人で小学生のようなやり取りをしていると「ふっ」と馬鹿にしたような溜息が聞こえたので振り向く。
「あ、いたの? フォルカー」
そうだ。さっき、ミルクティが飲みたいとかいうので、カップケーキと一緒に出したんだった。部屋に持って行かずに、厨房の隅っこで椅子に座ってもそもそと食べているから、すっかり存在を忘れてた。
「あ、食べ終わったら、その洗い場に置いておいてねー」
「ちょ。トーコ、お貴族様に何てことを!」
サリアが一応咎めるけれど、にやにやと笑っている。サリアもここ数日で、フォルカーの性格が理解できているらしい。きっと食べ終わったら、食器を洗って拭いて出て行く。
「ね! 他に意味がある形ってないの?」
「そうねー。何がいいかしらー」
厨房の隅を暗くしている男を放置して、サリアも私もクッキー生地を切る作業に戻った。
◆
「トーコ、おはよー。バニラビーンズ届いたから持ってきたわよー」
サリアの勤務時間は朝食後から夕方まで。帰りはサタルーシュが送り届ける。夕食は必ず家で食べるというのがサリアの両親が出した条件なので、寮の夕食には参加できない。
まだ魔術師の弟子たちは食堂にこないけれど、人手ができたから全員におやつやサンドイッチ、ホットドッグを毎日配っている。
「ありがとー。あー、氷が欲しいわねー」
バニラの甘い匂いを嗅いだら、アイスクリームが食べたくなってきた。
「氷なんて冬に作る物よー? 誰か出来る人いるー?」
サリアの呼びかけに水の精霊と闇の精霊が頑張ってみてくれたけれど、力が弱くて水の表面が辛うじて凍る程度だった。
「そうだ!」
閃いた私は鍋を持って三階に駆け上がった。
◆
「フォルカー! 氷作って!」
両手は塞がっているので、足で扉を蹴り開ける。この時間ならきっと眠っているだろう。寝惚けてるどさくさ紛れに魔法で氷を作ってもらう計画。
カーテンを閉め切った暗い部屋の中、小さなテーブルで魔法灯の光で熱心に手紙を読むフォルカーの姿があった。
「ん? フォルカー?」
声を掛けてみたけれど、手紙に集中しているのか私に全く気付いていない。そっと近づいてみれば、テーブルの上に置かれた箱の中には、様々な花が描かれた封筒が沢山入っている。
「フォルカー!」
「!?」
大声で名前を呼ぶと、がたたたたん! という音を立てて、フォルカーが椅子を倒して後ろに下がった。手に持った便箋は大事そうに胸に抱いている。
床に落ちた一枚の封筒を拾おうとすると、フォルカーが触るなと叫んで氷の球を投げてきたので、鍋で受ける。
「フォルカー? この封筒に触れられたくなかったら、この鍋いっぱいに氷を作って。大きさはこのくらい」
指で三センチ程の輪を作って、にやりと笑う。
「くっ……」
悔し気に顔を歪めたフォルカーは、紙につけペンで複雑な魔方陣をあっという間に書いた。魔法陣に右手を乗せて、呪文を唱えると、鍋の中が水色に光って氷が沸いてきた。
鍋いっぱいに氷を作った後、フォルカーは出ていけと静かに告げた。そっと封筒を拾い上げてゴミを払う仕草は、やたらと丁寧。よっぽど大事な手紙なんだろう。フォルカーは封筒に手紙を入れて箱に入れ、箱は本棚の空いている場所に戻された。
「……まだいたのか?」
銀縁眼鏡の中央を指で押し上げて、フォルカーがとげとげしい声を投げてきた。
「ありがとー。また、次もよろしくねー!」
一応感謝の気持ちを述べておく。不穏な空気に、慌てて扉の外に逃げだして階段を駆け降りた。
「もう来るなー!」
フォルカーの絶叫が寮に響き渡った。
◆
「トーコ……魔術師に魔法で氷を作らせるって、聞いたことないわ……」
鍋いっぱいの氷の出処を聞いてサリアが呆れた声を出した。念のため、闇の精霊にチェックしてもらうと、食べても安全とお墨付きをくれた。
魔法で作られた氷は解けにくいらしい。鍋に塩を加えて、銀の大きな深皿にアイスクリームの材料を入れて、氷で冷やしながら棒でかき混ぜる。出来上がった素朴なアイスクリームの匂いを精霊に分け与えれば、極上以上の味になる。
「おいしー! 何これ!」
一口食べたサリアが叫びをあげた。
「アイスクリームよ。このままだと溶けちゃうし、どうやって持たせようかしら」
悩んでいると、風と闇の精霊たちが冷蔵室に魔法石を一つ置いてくれれば温度を一定にできると提案してくれた。
それならばと調子に乗って大量のアイスクリームと果汁を使ったシャーベットを作った。泡だて器も冷凍庫もない。便利な現代世界とは違って不便なことばかりだけれど、皆で一緒に考えればなんとかなるのが楽しい。
この夢、もう少し続くといいな。




