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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十二話 求める理想はそれぞれなのです。

 朝食はジークと二人きり。昼食はサタルーシュが加わって三人で。夕食にはグスタフが加わったので、食事は食堂で取ることになった。

 夕食のメニューは、謎肉の煮込み、温野菜サラダ、チーズたっぷりの野菜グラタン、野菜のピクルス、パン。謎肉は豚肉に似ているけれど物凄い固い肉で一晩煮込んで柔らかくなった。この世界の男性は肉が主食なのかというくらい食べる。細身のサタルーシュですら一キロはぺろりと食べる。ジークは二、三キロくらい。私はどれだけ頑張っても三百グラムが限度。……この三年、あまり肉料理が食べられなかったから、その反動でこんな夢を見てるのかもしれない。


「このカトラリーという物は非常に便利ですね」

 少し教えただけで、グスタフは優雅にカトラリーを使いこなしている。大男のくせに妙に動作が綺麗。今日はグスタフの頭の上に直径十センチ程の水玉姿の精霊が三個乗っているけれど、ジークとサタルーシュの頭には誰も乗っていない。時折、もぞもぞと水玉が位置を交換するのが面白い。


「薬とか作る時にスプーンみたいな物を使ったりはしないの?」

「匙はあるのですが、薬の為、量を計る為の道具であって食事に使うという発想はありませんでした」

「おかしな話ね」

「そもそも、食について固執することは無作法であり、無知の極みと教えられてきましたから特に考えることはないのです」

 成程、これがこの世界の貴族の食に対する考え方なのか。


 それにしてもこの世界の設定は細やか。大雑把な私の脳内にしては、隅々まで行き届いている。就職してから本を読むことも少なくなって、映画を見に行くこともなかった。漫画を読むこともないし、想像力なんてほとんどない。まるで、誰かの夢の中にいるみたい。


 隣に座るジークをちらりと見ると目が合う。ピンと立った耳と、ぱたぱたと喜ぶ尻尾の幻影が見えそう。顔と体は好みだけれど、この犬のような従順さは頂けないと思うのに、気分がイイと思う自分がいる。ジークの情けない顔と姿に興奮するとか……実は私、変態だったのかも。


 夕食の後半はやっぱり酒飲みになる。ジークもサタルーシュもよく飲む。グスタフはグラス一杯のワインでほろ酔い。私は休肝日にして牛乳を飲む。

「トーコさんのドーナツとクッキーが美味いです。弟子に分けるのが惜しくなる自分が情けない」

 おっと、どうやらグスタフは酔うと愚痴って泣くタイプ。そっと新しいグラスに牛乳を注いでクッキーを添えて薦める。


「クッキーには牛乳が合うから試してみて。材料が手に入ったら、もっといろいろ作るから楽しみにしててよ」

 まー、いろいろって言っても、家庭で作るおやつ程度だけれど。


「僕も早く妻が欲しいです。できれば料理を作ってくれる人がいいです」

 凶悪顔がほろりと崩れる。鋭い目がとろりとして、頬がほんわりと赤くなっている。結構可愛いとは思っても、ちっとも萌えない不思議。


「そういえば魔術師って、魔力持ってる人とは結婚できないんでしょ?」

 サタルーシュがそんなことを言っていたことを思い出した。


「全くできない訳じゃないよ。夫婦の営みをぎりぎりまで減らせば可能。ヤると相手の精神に影響を及ぼすからねー。知り合いの魔術師は年に二回だけだってさ」

 サタルーシュが肩をすくめて、野菜グラタンを口に入れる。どうやらホワイトソースが気に入ったらしい。


「グスタフって、誰にでも求婚してるんでしょ? 相手が魔力持ちならヤらない覚悟があるの?」

「誰にでもという訳でもないのです」

 そう言って、グスタフはシャツのボタンをいくつか開けてペンダントになった小さな金属板を取り出した。三センチ程の銀色の丸い板には、びっしりと魔法陣が刻まれている。


「魔力を持つ人間を判別する符です。三歩以内に近づけば反応します。近づいて反応しない女性に求婚しています」

「あ、そう。準備良いのねー」

「求婚しても誰もが断って去っていくのです。何故なんでしょうか」


「それはそうよ。会っていきなり求婚なんて、性質の悪い冗談としか思えないもの。からかわれてるって怒るわよ」

 牛乳を飲み干してワインに手を伸ばそうとしたグスタフに、ドーナツを手渡してグラスに牛乳を注ぐ。めんどくさそうなので、絶対に酔わせないと密かに誓う。


「いきなり求婚じゃなくて、先に会話よ。何度も会って会話して、相手も結婚してもいいなーと思ってくれるようになってから求婚よ。あー、それで、そんなペンダント持ってるっていうのは隠しなさいよ」


「何故ですか?」

「道具使って選別されてたっていうのは、女は嫌うのよ」

「そうですか……」

 微妙に凹む凶悪顔に苦笑してしまう。それから何故か、女が嫌がることについて語る羽目になった。


      ◆


 翌日の午後、サリアが珈琲豆とふくらし粉(ベーキングパウダー)を届けてくれた。珈琲豆は箱の中にいくつかの小さな布袋が入っていて、ご丁寧にすべての袋の口が細い麻縄でぐるぐる巻きにされて封蝋してある。

「これを作ってるのは風変りな魔術師の一族らしいわ。香りが逃げないように魔法で閉じ込めてるんですって」


 豆が入った袋を全て取り出すと、底に平たい袋が入っていた。中身は薄い和紙のような紙で折られたコップ。子供の頃に折り紙で作った覚えがある。ちょうど二、三人分のドリップ用のペーパーフィルターのサイズ。


 封蝋を壊して縄を解いた途端、厨房に焙煎された珈琲の良い匂いが広がって、精霊たちも騒ぎ出す。


「何? 初めて嗅ぐ匂いよ? 香ばしいというより、焦げ臭くない? 炭?」

 サリアが興味深々で豆を見つめる。コーヒーミルはないので、風の精霊に細かく砕いてもらって粉にして、銀食器や調理器具を駆使してペーパードリップで珈琲を淹れる。


「そばかすが気にならなくなってきたけどさー、次はほくろが気になってきたのよねー」

 サリアは牛乳入りの珈琲を飲みながら、唇の下にある小さなほくろを指さした。サリアは初めて口にした珈琲を苦いと騒いで、それでも飲んでみたいと言うので砂糖と牛乳をたっぷり入れた。


「私の世界では、口元とか目元にあるほくろって色っぽいって言われてて、昔はわざと黒い紙貼ったり、ペンで描いたりしてたのよ」

 私は物凄く久々にブラック珈琲。この香りと苦みがいい。昔お気に入りだった豆とは種類も味も違うから、エスプレッソ程ではないけど濃いめに仕上がった。


「色っぽい?」

 サリアが頬に両手を当てて、壁の鏡を見に行ってのぞき込む。


「……そう言われればそうかも。ふーん。言葉一つで気分が変わるのね」

「どうしても取りたいなら、方法あるけどね」

「そんな方法あるの?」


「ひまし油と重曹混ぜたクリームをほくろに付けて少しずつ皮膚を溶かして取るの。かなり痛いし、しばらく手入れが必要なのが面倒なのよね」

 ひまし油と重曹で作るカソーダは強力すぎるピーリングジェルみたいなもので、付けただけで痛くて私には合わなかった。日に当たらないようにするとか、後の手入れもいろいろとめんどくさい。

「痛いのは嫌だわ。ま、色っぽいって思われるなら、いい物よね」


「サリア、彼氏できたの?」

「五連敗目よ。化粧変えてから男は寄って来るんだけど、単にやりたいだけとか、稼ぎが少ないとか、既婚者だとか、話してみたら即刻お断り案件ばかりよ! はー。同年代の稼ぎの良い男はもう嫁とか婚約者いるのよねー」


「一年の稼ぎがいくらくらいが希望なの?」

「このくらい」

 サリアが指で希望金額を示した。

「ちょ。それ、目標高すぎない?」

 ジークの年収には届かないけれど、この国の一般国民の平均年収の倍額。


「目標は高く! と思うんだけど、男臭いから騎士は嫌なのよねー」

「え? ジーク狙ってたんじゃないの?」

「ジークは顔がいいし、色っぽいから許容範囲だっただけよ。それに本命がいるってずっと公言してたしね。周りにいた女の子たちもわかってておごってもらってたし。ジークってさ、夜中近くになると本命が待ってるって言って帰ってたらしいんだけど、トーコに会いに行ってたの?」


「さぁ、それはどうかしらね」

 どうとでも取れるようにと含み笑いでサリアに答える。毎晩ロープで三階まで登ってましたなんて、自分のことじゃないけど恥ずかしい。


「サタルーシュはどうなの? 魔術師って結構もらってるはずよ」

 サリアが口ごもる。おや。他の男には稼ぎを聞けても、サタルーシュには聞けないのか。


 サリアが帰るので廊下を歩いていると、ちょうどサタルーシュが階段を降りてきた。

「あれ、サリア、こんにちはー。来てたんだー?」

「の、納品に来ただけよ。もう帰るわ」

 サリアが口をとがらせて答える。おや。これはツンデレ? 顔がにやにやしてしまう。


「あ、俺も町の魔道具屋行くから、送ってくよー?」

「結構よ!」

「王子に会ったら困るよねー?」

「う……それは困るわ……」


 サリアとサタルーシュが並んで歩く姿を見送る。手が触れるかどうかの微妙な距離は変わらない。にやにやと眺めていると、十三歳くらいの緑の髪の美少年が近づいてきた。生成のシャツに茶色のベストと茶色のズボン。清潔ではあるけれど、あまり上質ではないので、きっと一般国民だろう。


「こんにちはー。手紙を持ってきましたー!」

「はーい。ありがとー。……って、こういう時チップとかいるの?」

「え? いえいえいえ。僕はちゃんと代金を貰っています。間違いなく届けたという印だけ頂ければ充分です!」

 少年が慌てて叫ぶ。


「印鑑?」

『管理人室に置いてあるぞ』

「うわっわわわわ!?」

 リカルドの声と姿に驚いて少年が尻餅をついたので、慌てて助け起こす。初めて精霊を目にして涙目になっているのが可愛くて、判を捺すついでに小袋に入れたクッキーを持たせて帰らせた。


「ふむ。宛名は……フォルカー?」

 手漉きの封筒のあて名は優美な文字で書かれていた。封筒の端に可愛らしい花が描かれていて、差出人の名前はなし。


「女から? まっさかー」

 いきなり女に手を上げた男だから、こんなに可愛い手紙をもらうような相手がいるとは思えない。きっと妹とか家族の誰かからだろう。三階まで上がるのがめんどくさいので、精霊にお願いすると風の精霊が届けてくれた。


「さーって、晩御飯、何しようかなー」

 私は腕を回しながら厨房へと歩いて行く。


 まだ、この夢、覚めないといいな。

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