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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十一話 精霊たちは奇想天外な存在です。

 ジークは私がポニーテールにするのがお気に入りらしい。結んでいる姿が見たいというので、目の前で結ぶとさらに喜んだ。

「トーコは今日も可愛いな!」

 頬ずりと頬にキスは朝の日課になりそうな勢い。

「はい。今朝はここまで」

 唇のキスは関係が深くなりそうで、まだ止めている。


 ジークと一緒に魔術師寮の厨房に入って、料理の準備を始める。

「ジークはそこに座ってて」

「ああ。何か手伝うことがあったら言ってくれ」

 何故かジークは上機嫌。上着は掛けて、生成のシャツと黒のトラウザーズで椅子に座っている。


『トーコ、ジーク、おっはよー。さっきパンと牛乳が届いたわよー』

 ひらりと火の精霊ラトリーが現れた。今日も上機嫌で可愛らしい。

「おはよう、ラトリー。焜炉の火をお願いしてもいい?」

『任せて!』


 主食のパンは王城のパン焼き室で焼かれる物を分けてもらうことになった。町のパン屋だと前日焼かれた物になるけれど、王城内ならすぐに届けてくれる。昨日煮込んでおいた野菜スープに塩辛いソーセージを入れて、胡椒で味を調える。大きな平たい鍋で目玉焼き、冷蔵室で冷やしていた野菜サラダに、ゆでてほぐしておいた鶏肉とチーズを乗せた。いつもジークが食べている量より少し多めに皿に盛る。


「お待たせ。食堂に……ジーク、素敵な帽子ね」

 慌ただしく調理が終わって、振り向いてジークを見ると赤い頭の上にキツネに似たオレンジ色の精霊が丸くなっていた。三又のしっぽがジークの顔の横に垂れている。


「振り払っていいのか、このままにするべきなのか、どうしたらいいのかわからん」

 そう言ってジークが笑いながら首を傾げるけれど、精霊は微動だにしない。しっぽがたらりと垂れるだけ。


「重いの?」

「全然」

 ジークの魔力属性は、光と火の二種類らしい。魔法を発動させる時の青紫の色と、属性は全く関係がないのか。

『その子は私と同じ火の精霊よー。すっかり居座ってるわねー』

 ラトリーがぺちぺちと叩いてみても、キツネ姿の精霊は動かない。


「ま、いいわ。料理ができたから食堂に行きましょ」

「二人だけなら、ここでいいだろう」

「厨房でいいの?」

「ああ」

 そう言って、ジークがやたらと嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑む。えーっと。何だろう。私も物凄く恥ずかしくなってきて目が泳ぐ。顔が赤くなっているかもしれない。


 今朝のメニューは大きなソーセージ入りの野菜スープ、大きな目玉焼き、野菜サラダにはフレンチドレッシングと手作りマヨネーズ。軽く温めたパンと手作りバター。


 カトラリーの使い方を説明しながら、ジークと食事を始める。最初は戸惑っていたジークも、便利だと言って積極的に使い始めた。塩辛いソーセージは野菜スープの中に旨味と塩味を放出していて、ちょうどいい味。


「あ、野菜は光の精霊に浄化してもらった水で洗って、闇の精霊に悪い物が付いてないかチェックしてもらったから、生で食べても大丈夫よ」

 野菜サラダに一瞬躊躇したジークに説明する。果物は生で食べることもあったけど、野菜は必ず火を通してあったから、生野菜を食べることはないのだろう。


 ジークの頭の上のキツネもどきは、一応食べやすいように気遣っているらしい。しっぽがジークの背中側に移動している。オレンジのもふもふした帽子のようで可笑しい。


「トーコの料理は美味いな」

 ジークはしみじみと噛み締めるように呟きながら、お替わりもしてくれた。味が薄いかもしれないと思って、テーブルに出しておいた調味料も、目玉焼きに少しだけ塩胡椒を振っただけで追加することはなかった。


 仕事へ行くジークを見送って厨房を片付ける。ジークの頭から離れて厨房をふわふわ浮いていたキツネもどきの精霊は、ふらりと窓から出て姿が消えた。


『私たちは、この寮の外に出ると人の目に見えなくなっちゃうのよ』

「それは残念ね」


 人語を話せるのは長い時間を人の隣で生きている精霊で、誕生して間もなかったり、人とあまり関わったこなかった精霊は人語は理解しても話すことができない。ラトリーやリカルドは城が建てられる前から、この付近に住み着いていて魔術師寮が出来た直後に引っ越してきた。


 精霊たちは様々な姿形をしている。ラトリーのように人の形で翅や翼がある者、リカルドのように物に憑いている者、魚やキツネ、動物の姿の者、木や花、植物の姿の者、水玉だったり、宝石のような結晶体の姿の者もいる。纏う色を見れば大体の属性がわかる。


      ◆


 玄関前と廊下を掃除して、各部屋の前に出された洗濯物籠から中身を洗濯袋に移して王城内の洗濯場へと向かう。王城の端、日当たりの良さそうな場所に洗濯場はある。外には木の柱にロープを張り巡らせて、タオルやシーツ、シャツなどの生成や白の洗濯物がはためく。色物や服は室内にある乾燥室で丁寧に乾かされる。


 洗濯機なんてものはないから全て手洗いで、かなりの重労働。若干女性がいるのは、王妃や王子妃、貴族、城に常駐する女性達の衣類を洗う為に雇われている。ここで働く女性は全員既婚者だから、王や王子に声を掛けられることはないらしい。


「おはよーございまーす!」

 洗濯場に入って挨拶すると思いっきりぎょっとされた。洗濯室で働くのは九割が男性で、しばらく無言の世界が広がる。

「……そ、そこの棚に置いておいてくれ!」

 声が裏返りながら、一人の中年男性が叫んだ。


「はーい。あ、大丈夫ですよー。普通にしてる分には呪いが移ったりしませんから」

 たぶん皆が引いているのは連環の誓のせいだろう。にっこりと笑っておく。

「ほ、本当なのか?」

 叫んだ中年男性が確認するように聞いてくる。声が震えているのがちょっと可笑しい。

「本当ですよ? 私を襲うと呪われるんです」

 首を傾げて、いつもより増し増しの笑顔で念を押す。

「そ、そうか」

 中年男性の安堵の声が聞こえて、洗濯室に充満していた緊張感がなくなった。


「近づくと呪われるって噂だったけど、違うんだな」

「それ言ったの王子でしょー? あの人、私に断られて意地悪になってるんですよ」

「そうか。誘いを断る未婚の女なんて貴族以外は今まで誰もいなかったもんな」


 王と王子たちは、貴族の女性には声をあまり掛けないらしい。貴族たちが国を支えているということは理解しているのだろう。力の弱い一般国民を狙うというあたりがさらにムカつく。頭おかしいとかいうレベルじゃない。

 応じた女性たちはかなりの手当と楽な仕事を貰っている。生きていく為に仕方がなかった女性もいるだろう。この国では魔女以外の女性の賃金は安くて、どれだけ頑張っても、一人で細々と生きていく程度しか稼げない。魔術師寮の家政婦の仕事は特殊環境だから高額提示されているけれど、本来はもっと安い。


      ◆


 寮に戻って、管理人室で魔法石を砕く準備をする。部屋は暗いから魔法灯(ランプ)を付けるけれど灯りは絞られている。明るい光は砕いた魔法石の力を奪ってしまうので、可能な限り暗い環境が作業に適している。複雑な魔法陣がいくつも描かれた大きな木箱のふたを開けると、中には七色に輝く魔法石。


 壁際の机には卓上用のハンドプレス機を一メートルに大きくしたような装置が取り付けられていて、十五センチの皿の中に魔法石を乗せて、レバーに体重を掛けて固い石を砕く仕組み。


 魔法石はいろんな色をしていて透明な赤や青、水色、緑色と、一つとして同じ色はない。サイズは直径1センチくらいから三センチ。砕いた瞬間、ウインド・ベルのような澄んだ金属音がして光る粉が散る。何故かは分からないけれど、その光景は綺麗で切ない。


 魔法石は砕いて放置すると光で魔力が消えてしまう。カップ一杯程になった砂を銀の楕円形の深い大皿に盛って、巨大な砂時計の前に急ぎ足で向かう。


 砂の供給は不思議。決められた場所に立つと床に描かれた魔法陣が光り始める。皿を掲げるようにすると、砂がふわりと浮き上がって砂時計のガラスを通過して中に納まる。砂同士が惹きあって力の大きな方へと呼ばれるらしい。七色に光りながら砂が浮かび上がって、皿の上の砂が綺麗に消えた。


 この作業をする時には、周囲に精霊は近づいてこない。ラトリーによると、この寮にいる精霊たちは力が弱いので砂と一緒に呼ばれてしまうことがある。どうなるのかは教えてくれなかったけれど、悲しそうな顔をしたラトリーの様子から結末は想像できた。


      ◆


 戻ってきたジークとお昼ご飯を食べる。朝のスープの残りにトマトを加えてミネストローネ風にした物と、パンに切り込みを入れて焼いた肉や薄切りソーセージとチーズと野菜をたっぷり挟んだサンドイッチ。


 食べている途中にサタルーシュが現れた。ジークが一瞬残念そうな顔をしたけれど笑顔に戻る。

「ジーク、トーコ、おはよー。美味そうな匂いするねー」

「おはよう。サタルーシュも食べる?」


「食べる食べるー。今から町に出るの面倒だと思ってたんだよー。買い置きの非常食でも食べようかと思ってたら良い匂いするから降りてきたんだー」

 ジークとサタルーシュが美味いと褒めながら食べてくれるのは、どこかくすぐったくて嬉しい。


「お米があったら、もっといろんな料理が作れるんだけどねー」

 パンを主食にするとどうもメニューが考えにくい。今日の夜ごはんも何にするかまだ悩んでいる。


「ん? 米って酒の材料だよね? 俺の祖国のほとんどの酒は米でできてるよ。食べることはないけど、酒は美味いよー」

 三つ目の大きなサンドイッチに噛みつこうとしていたサタルーシュが言った。


「味噌とか醤油とか海苔とか昆布とか煮干しとかかつお節とかある?」

 思わず身を乗り出してサタルーシュの襟首をつかんで揺さぶる。このご都合主義の夢なら、サタルーシュの祖国に和食材料がそろっているかもしれないと期待。


「ト、トーコ、く、苦しー」

「あ、ごめん」

 あれ。サタルーシュが苦しそうな顔をしてもちっとも萌えない。


「味噌と昆布は聞いたことあるよ。他はわからないなー。要るなら送ってもらえるか聞いてみるよー」

 サタルーシュが明るい声を出した。

「え? いいの?」

「実家に手紙書く理由がなかったんだよねー。ずーっと音信不通だったし、きっかけになっていいかなーって」

 目を泳がせながらサタルーシュが呟く。何となく主目的が違うような気がする。完全に勘だけど。サタルーシュが町に行くと言って出て行って、ジークも仕事に戻って行った。


      ◆


「トーコさん、もし時間があれば昨日のドーナツを作ってもらえないだろうか。費用は出します」

 そう言ってグスタフが厨房に姿を見せた。


 昨日のドーナツを弟子に食べさせた所、やたらと魔術の習得効率が上がり、グスタフ本人も頭がすっきりとしていて魔術行使の調子がいいらしい。


 何か特別な物が入っているのかと問われたので、材料も調理手順も全て見てもらった。変な物は一切入れていないことを証明するため。


「料理というのは魔術に通じる部分がありますね。材料を混ぜ力を加えて結果を得る。同じ材料でも同じ結果になるという保証はない」

 グスタフが凶悪顔で静かに語るけれど、頭の上には大きな紫の金魚もどきの精霊。口の端にドーナツの欠片と砂糖が付いているので、何もかもが可笑しい。


『グスタフ、トーコのお菓子の匂いは私たち精霊に力をくれるのよ!』

 顔が怖いからと言って、グスタフから遠ざかっていたラトリーがひらりと飛んできて、口の端の汚れを指摘した。少し頬を赤らめたグスタフがそっと手巾を取り出して口元を優雅に拭く。


「人の食べ物を受け付けない精霊がドーナツの匂いを力にする……同時に何かこのドーナツに変化が起きているのでしょうか。見せて頂けませんか?」

 グスタフのリクエストで出来上がったドーナツの匂いは精霊たちに分けられた。


「見た目は変わりませんが味が変わっていますね。昨日食べたドーナツと同じ味になりました」

 二個目のドーナツを口に入れたグスタフの指摘に、そうかと理解する。きっと、精霊に匂いを分け与えたことがやたらと美味しくなった理由。スモーキークォーツの結晶の姿をした闇の精霊が、ドーナツには悪い物は入っていないと保証してくれた。


 籠いっぱいに出来たてのドーナツと昨日焼いたクッキーを入れて渡すと、グスタフは上機嫌で王城の魔術工房へと向かって行った。


      ◆


 夕食はジークとサタルーシュが席に着いた。相変わらず場所は厨房の調理テーブル。メニューは巨大な鶏のモモ肉を骨ごと煮込んだ具沢山のシチューとトマトと玉ねぎのオムレツ、具沢山のサラダに焼きチーズにパン。

 アルコールランプに似た形の携帯焜炉でチーズをあぶって、とろりとした所で厚切りにしたパンに乗せる。パンにはガーリックバターやハーブを混ぜたバターを塗っているから味が変わって飽きない。


 サタルーシュが部屋から秘蔵のワインを持ってきて、夕食というより飲みが主体になった。さらにはクッキーも酒の肴に加わる。


「クッキーも美味いねー。グスタフが言ってること俺もわかるよ。俺も昨日からやたらと魔術行使の調子がいい」

「きっと精霊たちのお陰ね。感謝しときなさいよ」

「俺はいつも感謝してるよ? な、ラトリー」

『えー。サタルーシュの感謝って、いつも軽いんだもの。真剣には思えないわー』

 ラトリーの言葉でサタルーシュが皆から軽いと思われていることを知って笑ってしまう。


 精霊たちの話を聞きながらの長い夕食というより酒宴を終えて、ジークとサタルーシュに手伝ってもらって片付け終わると真夜中に近い時間になってしまった。


 夢は自分が過去に見た物が再現されているというけれど、精霊たちは奇想天外の姿形で面白い。

 この夢、もうちょっと、続くといいな。

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