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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十話 魔獣はふかふかのクッションなのです。

 凶悪顔の男が背もたれの無い木の椅子に座ってドーナツをもそもそと食べている。頭には、長い尾をひらひらさせた金魚に似た紫色の大きな魚がでっぷりしたお腹で乗っていて、右肩には極楽鳥に似た極彩色の鳥。左肩には小さな白いひげの老人たちが座って居眠りをしていて、時折滑り落ちていく。


「グスタフ、重くない?」

「何がですか? トーコさん」

 グスタフが静かに返してきた。グスタフが十個目のドーナツを手に取ったけれど、それでもテーブルの上のドーナツは減っているように見えない。


「頭と肩に精霊が乗っているのは気が付いているわよね?」

 笑いながらサリアが聞く。


「はい。この寮の中ではいつものことですから。重さは感じません。僕の魔力属性は水と土で、精霊曰く『磁場が合う』ということらしいですね」

 デリカシー皆無の馬鹿男だと思ったグスタフは意外と普通に話せる。高慢さもないし、さりげない気遣いも見せるから最初のアレさえ無ければ良い男に見えたかもしれない。


 この世界の魔術師は生まれた時から一つから三つの魔力属性を持っているらしい。火・木・土・水・風・光・闇と七つの属性があって、基本的に使えるのは属性に則した魔法のみ。持っていない属性の魔法を使う時には、大規模魔法陣や長い呪文、宝石、さまざまな代償が必要になる。


 十個目のドーナツを綺麗に食べ終えた後、弟子の為に少し分けて欲しいと言うので、残りのドーナツの半分程を籠に入れて渡した。


      ◆


「あの求婚さえなければ割と良い男だとは思うんだけどねー」

 グスタフを見送って厨房の扉を閉めたサリアが呟いた。私と同じことを思ったのか。


「グスタフ狙うんじゃなかったの?」

「私、圧迫感のある大きな男って苦手なのよ。グスタフは見た目でお断りよ」

「へー、それじゃあ、サタルーシュは? 背は高いけど細身じゃない」


「あ、あ、あ、あれは顔と頭が軽そうだから完全にお断りよ! 昨日だって、たまたま目が合ったうちの母親に『こんばんはー』って、軽ーい挨拶して帰ったし! あの後、家族全員に彼氏かって聞かれて困ったのよ!」

「へー、何て返したの?」

「彼氏じゃない、知り合いとしか言えなかったわ」


 サリアの顔が赤い。おやおや。これは脈ありと見た。もじもじとエプロンを指で弄っているサリアは可愛くて弄りがいがありそう。


「でも、仮だけど婚約者でしょ?」

「そ、そ、そ、そんなこと言っても、仮よ。仮。私は軽くない婚約者を早く見つけて、取り消してもらうわ!」


「トーコ、俺のドーナツあるー?」

 サリアの宣言の直後、ノックもなく扉を開けたのはサタルーシュだった。サリアは一瞬慌てた顔をしたけれど平静を装った。


「……昨日はありがと」

「いいよー。俺も散歩になったしねー。今日はいつ帰るのー?」

「そろそろ帰るわ。納品も終わったし」

「じゃ、今日も送っていくよー」


 おやおやおや? サタルーシュも脈あり? なーんてことを考えたけれど、サタルーシュは顔色一つ変えずに、いつもの調子。


「結構よ。まだ今日は日も高いわ」

 サタルーシュの言葉に一瞬躊躇したサリアが断りの言葉を返す。

「だってさー王子が強制解除方法とか調べてたらマズイじゃん?」

「え、そんなのあるの?」

「あるよー。散歩のついでだし送ってくよー」


 サタルーシュの軽いけど少し脅すような話にサリアが折れた。サリアのバスケットは化粧品がいっぱいなので、ドーナツとクッキーを小さめのバスケットに入れて持って帰ってもらうことにした。


「ありがと。結局手伝えなくて何か申し訳ないわ」

「大丈夫。お菓子の処分を手伝ってもらって物凄く助かったわ」


 玄関から見送っていると、サタルーシュがさらりとサリアの重い方のバスケットを持つのが見えた。並んで歩く微妙な距離が微笑ましい。


「さてと。これ、どうしようかな……」

 精霊たちに食べてもらうつもりだったから、本当に作りすぎた。反省しながら、机の上のお菓子を見つめる。ジークの分は、別に確保してある。


「あ、そうだ」

 思いついた私は、玄関の外へ出た。


      ◆


「えーっと。何だっけ? 確かジークは…………我が声に応えよ! 魔獣ティラー!」

 出会った日のことを思い出し、私は空に向かって叫んだ。

『おチビさん。一体、何を呼ぶつもり…………まさか…………』

 私の背後で、扉に同化した木の精霊リカルドラートリューが息を呑む。


 目の前の地面に赤く光る魔法陣が現れて、赤い光の糸が異形の姿を編み上げて行く。程なくして身体の前半身が(ワシ)、後半身が馬の、銀色のヒッポグリフが現われた。馬より巨体で、頭頂部まで二メートル以上ある。

『トーコ、何か用か?』

「あ、来た来たー!」

『馬鹿な。召喚魔法なしで魔獣を呼び出した?』


「ティラーって、人間の食べ物食べられる? それとも食べ物の気だけ食べるタイプ?」

『……物によるが、食べることは可能だ』

「あ、じゃあ、ドーナツ食べてみない?」


『おチビさん、儂は魔獣を通すことはできんぞ』

「あ、まぁ、大き過ぎるか。……ティラー、小さくなって」


『……トーコ、正気か?』

『おチビさん、正気か?』

 魔獣と精霊の言葉がかぶった。そうはいっても、ここは私の夢の世界。ご都合主義で行かせてもらう。


「小さくなったら、この扉も通れるでしょ?」

『いや、この精霊殿の言っている意味は違うと思うが。我が内部で暴れる可能性があると危惧されているのだろう』

「ティラーって、暴れないでしょ?」

『あ、ああ』

「いいでしょ、リカルド」

『…………承諾しよう』

 不承不承でも、二人の言質は取った。魔獣の前身が赤い光に包まれ、小さくなっていく。見上げる大きさだった姿が、四十センチ位になった。


「…………ワシじゃなくて、ミミズクになるの?」

 赤い光から現われたのは、妙に丸っこい、ふわふわ銀色のミミズク。ぬいぐるみと言われても違和感のない丸さ。

『失礼な。ミミズクではないぞ』

 ぷんすか。そんな感じで羽角(うかく)が動いて可愛い。とことこと、偉そうに歩く姿も可愛すぎる。


「か、可愛いっ……」

『……初めて聞く言葉だな』

「え、誰も可愛いって言わなかったの?」

『……この姿を晒したことはなかった。いや、そもそも小さくなったことなど無かったからな。……ジークには言うなよ』

 それは残念。きっとジークも可愛いと思うだろうし、この姿なら、常時一緒に行動することも可能。

 

 自動で開いた扉へ向かって歩いていたティラーが立ち止まった。

『……トーコ、運んでくれ。この姿で歩くのは時間が掛かりすぎる』

「はいはーい。喜んでっ」

 両手で持ち上げて、ぎゅっと抱きしめると、ふかふかのぬいぐるみの感触。


『ト、ト、トーコ! な、何をするのだっ』

「あ、ごめんごめん。あまりにも可愛くて」

 鳥系の匂いがするのかと思ったら、日向で寝ていた猫と同じ匂いがした。突然頬ずりしてしまったのは、反省している。

 

『おチビさんは、命知らずだな』

 苦笑する精霊に笑顔を返して、私は魔獣を抱えて厨房へと向かった。


      ◆


 魔獣は精霊たちに歓迎されつつ、ドーナツを食べて帰って行った。


 入れ替わるように戻ってきたサタルーシュは微妙に凹んでいた。ドーナツが美味い美味いと言いながらも、時折溜息が入る。何があったのか聞いてみたいけど、今度サリアに会ったら聞こう。


 エーベルハルトに挨拶を、と部屋に案内されたけれど、部屋の中には誰もいなかった。扉の木の精霊リカルドに聞くと、早朝出かけてまだ帰っていないということだった。


「ま、そのうちでいいかー」

 サタルーシュの言葉で今日のお仕事終了。ジークの為のドーナツを少し持って帰ることにして、残りは冷蔵室に入れた。


      ◆


 ジークの勤務時間よりも早めに終わったので、部屋に戻って、寄せていた物を少しずつ片付ける。まずは明らかにゴミとわかる物とわからない物を分けて空き箱に入れ、埋もれていた服やタオルを拾って洗濯袋に入れる。


「何これ? ロープ?」

 窓枠の下、丈夫な金具に太いロープが結ばれていた。緊急脱出用かと思ったけれど、妙に使い込まれた感がある。


 階下のゴミ置き場と洗濯室を何度か往復すると、部屋の中が随分すっきりしてきた。そうこうしているうちに、ジークの仕事終わり時間になったので部屋を出て待ち合わせ場所へと向かった。


      ◆


「あーん」

 ジークの膝の上に横座りしてドーナツを口に運ぶ。

 食堂で夕食を食べて部屋に戻り、ジークが部屋に置いていたワインを飲みながらのドーナツ大会が始まった。


「お腹いっぱいじゃないの?」

「いつも腹八分にしてる。トーコのドーナツは美味いからいくらでも食べられる。トーコもよく飲むな」

「お酒は別腹よ?」

 淡いオレンジ色のワインはすっきりとしていて飲みやすい。ジークと二人で半分近くを飲んでいる。瓶の大きさは二リットルのペットボトルに近いサイズ。瓶自体も重いのでジークがカップに注いでくれる。


「ジークもやっぱり甘いお菓子は初めて食べるの?」

「いや、何度か町で食べたことがあるが、こんなに美味くはなかった」

 残りのドーナツをぱくりと食べて、ぺろりと指を舐められるとくすぐったい。


「町ではお菓子が売ってるの?」

「茶色くて丸い焼き菓子のヘーフェと、薄い黄色の柔らかい菓子のスィッヒしか知らないが、他にもいろいろあるらしい」


「……もしかして、女の子と一緒に食べたの?」

 意地悪く問いかけると、ジークの眉尻が下がった。図星か。

「俺はもうトーコだけだ」

 抱きしめてくる腕にかぷりと噛みついてみる。

「……どうして今まで、したことなかったの? 女の子から、もててたんでしょ?」


「俺は……トーコに出会えるのを待ってた。五歳の時からずっと女神に毎日祈ってた。娼館や宿屋に連れて行かれることもあったが、いつも窓や裏口から逃げてた」

「逃げる? どうして?」

「間違っても他の女に手を出したくなかった。ずっとトーコを待ってたんだ」


「でも朝帰りしてたとか言われてるでしょ? 外で夜明かししてたの?」

「……毎晩出かける時は、窓からロープを垂らしてた」

「もしかして、窓の下にくくりつけてあるロープ? お酒飲んで三階までロープで登るなんて馬鹿よ?」

「もうしない。もう夜は外に出ない」

 抱きしめられて、縋りつかれるような声が心地いい。


「今まで無事で良かったわ」

「何回か落ちたことがある。下の芝生が柔らかいから助かった」

「……絶対禁止だから」

 これまでは運が良かったんだろう。というより私の夢だから都合良くって感じかな。


「トーコは昼から何してたんだ?」

「精霊たちとドーナツとクッキーを作っていたわ。そしたらサリアが来て……グスタフっていう人最低よ。いきなりサリアに求婚して、断られた途端に私に求婚してきたわ。もちろん断ったわよ」

 途中からジークの顔色が変わって、ますます情けない顔をするのでちょっと嬉しいと思ったけれど、ちゃんとフォローを入れておく。誤解されたい訳じゃない。


「妬いてるの? 大丈夫。私はジークだけよ」

「俺はもう独りでは生きていけないが、トーコは独りでも生きていけるような気がする」

 ジークが大きく息を吐く。いい大人の男が不安に震える姿が堪らない。


 どうしよう。ジークが泣きそうな顔がとびきり愛しくて……高揚感が気持ちいい。

 まだ、この夢、覚めなくてもいいかな。

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