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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二話 好色なんて聞いてない。

 初めて乗るヒッポグリフの背中は意外と快適。スカートでは跨げなくて横座り状態で、後ろに乗るジークの片腕でしっかりと支えられている。


 羽ばたきは空に駆け上がる時だけで、あとは滑空状態。私たちの前には何か空気のシールドのようなものがあって、相当な速度が出ていても頬に当たる風は弱い。


 広い森を過ぎると、一面が緑色の畑や果樹園が見えてきた。農作業をする人々が、こちらを指さして見上げている。

「あの畑って、何育ててるの?」

 休みの日に親戚の家で農作業の手伝いをしていた身としては、とても気になる。

「この辺りの領地で一番収穫量が多いのは小麦だな」

「へー。あれは?」

 南国風味の巨大なハートの形の葉っぱ。一枚の葉が二メートルくらいあって、作物の高さは三メートルはありそう。西洋風の柔らかな色彩の田園風景の中、そこだけが異様にツヤツヤした濃い緑色が広がっている。


「タジイモだな。葉は食えないが、地下茎を食う。見た目は悪いが、俺は美味いと思う」

「そうなんだ! 楽しみ!」

 ジークが美味しいというのなら、きっと美味しい。そんな気がする。


 様々な作物が実る畑や果樹園、畜舎を過ぎ、やがて荘厳な建物が見えてきた。まさにお伽話のお城。丘の上に建つ白いお城はいくつもの塔があって、高い塀で囲まれた広い庭もある。丘の周囲には、様々な色合いの賑やかな街並みが広がっている。

「中央が王城。周囲は王都と呼ばれている」

「王都の人口って何人くらい?」

「……去年の税収から言うと、大人が約八万人。子供は免税されているから総人口はわからないな」

 それは結構な人数だと思う。見えている建物の数に対して、少々多すぎるような気もする。

「国の人口ってわかる?」

「それは国家機密だ。周辺国と比べると、国土の広さに比べて人が少ないからな」


 賑やかな街の中、大き目の建物がぽつぽつと見えてきた。城に近づくにつれて、大きな建物が増えて行く。

「あの大き目の建物って何?」

「あれは貴族の上級町屋敷(タウンハウス)だな。基本的に貴族は領地にある領地屋敷(カントリーハウス)に住んでいるが、社交の季節になると王都に滞在する」


『よく見えるように、王都を一周してやろう』

「ありがとうございます!」

 魔獣ティラーの計らいで上空をゆっくりと旋回すると、賑やかな王都の中、静かに佇む屋敷がよく見える。


「素敵ー!」

 屋敷は美しい生垣や柵で仕切られていて、噴水や庭園があるものもある。その大きさは様々でも、すべて豪邸という印象。


 そうして優雅な遊覧飛行を終えた私たちは、美しい城の中庭へと向かった。


      ◆


 巨大な城の中庭は学校の校庭よりも遥かに広い。芝とは違う雑多な短い草が地面を覆っていて、あちこち削れて地面がむき出し。周囲にはぐるりと木々が植えられている。羽ばたきながらの滞空飛行から地面に降りた魔獣からジークの手を借りて降りると、建物や木の陰からの視線を感じる。


「ティラー、いつもありがとう。……心から感謝している」

『どうした、ジーク。いつもどおりで良いぞ。いつでも気にせず呼んでくれ』

 ジークはティラーの首を撫で、感謝の言葉を告げている。二人の姿を見ていると、言葉がわからなくても心は通じていると思う。


 魔獣は現れた時の逆、赤い光の糸になって解けて消えた。その姿が完全に消えた後、陰に隠れていた人々が姿を見せた。


「ジーク! お帰り! ……その女性は?」

 青い短髪に緑の瞳、ジークと同じ深緑色の軍服のような服を着た大男が走ってきて、声を掛けてきた。その体格は、まさしく絵に描いたような騎士っぽいけど、私の好みとは遠い。


「俺の運命の女性だ」

「お前の運命の女って、本当にいたのか……まぁ、そうでなければ魔獣が乗せないよな」

 二人の会話の意味が全く理解できない。このまま流したら何も聞けないような気がして、口を開く。


「魔獣が乗せないというのはどういう意味ですか?」

「あの魔獣は誇り高くて、戦って勝ったジークしか乗せないし、誰も近づけなかった。女子供が近づくと消えてしまうし、男が近づくと鋭い爪で攻撃してくる」

 だから皆、建物や木の陰に隠れていたのか。遠巻きに見ている人々が十数名はいる。


「俺はバルベ。第二騎士団の騎士だ。よろしく」

「私は渋……」

 答えようとした私の口を、ジークの大きな手が塞いだ。


「……トーコ、家名を俺以外に名乗らないでくれ」

「おっと、家名持ちの女か。この国では、家名持ちの女は呪われやすいんだ。魔術防護を受けてないなら、ジークの言葉に従った方がいい」

 フルネームだと呪われやすい。何となく、そんな設定の物語を昔読んだ記憶がある。そう考えているうちに、ジークに抱き込まれた。それはもうべったりと貼り付くように。不快とはいかないまでも人前では恥ずかしい。これは習い覚えた痴漢撃退術を披露すべきかと考える。


「あー、はいはい。見せつけんなよ。誰も盗らないからよ」

 苦笑するバルベの声で、ジークの手が緩んだ。美形騎士に執着される私、という状況は中々に気分が良い。困り顔で淡く微笑みながらも、内心にやにやしてしまう。


「ジーク、朝飯まだなんじゃないのか? 彼女も腹減ってるんじゃないか?」

 まだ朝なのかと空を見ると、白く小さな太陽が赤と緑の月の横で輝いている。不思議な光景だと思った時、唐突に私のお腹が鳴り響いた。

「あっ……えーっと、そ、その……」

 気まずい。結構盛大な音がした。お腹に意識が向いたからなのか、空腹感が湧いてくる。夢の中でも食い意地が張っているのかと恥ずかしくなってきた。せめてもっと可愛い音にしたかった。


「ほら、一緒に食べてこいよ。今日の訓練は俺が替わってやるから心配すんな」

「ああ、感謝する」

「ありがとうございます」

 人の良さそうな笑顔のバルベに礼を告げ、ジークと私はその場を後にした。


      ◆


 王城の中に騎士の食堂があった。素朴な土壁と石組の床。五十畳はありそうな広い部屋に木製の長いテーブルと長椅子が並んでいて、どこか学食のような雰囲気が漂う。食事をしている人は数人で、キナリ色のシャツに茶色のズボンとブーツ、腰にエプロンを巻いた男性給仕がいる。


「騎士って少ないの?」

「いや、皆、昼まで寝ているだけだ。……しばらくすると満員になる」

「昼まで? 何それ、職務怠慢じゃないの?」


「王の活動時間が夜だから、勤務時間が遅いんだ。俺は朝の勤務にしてもらってる」

「ふーん。昼夜逆転の王様とかって、めんどくさいわねー」

 このファンタジー世界なら、王様は吸血鬼! とかそういう設定ありそう。日を浴びたら灰になるとか。


 出てきたのは、大きな木の椀に入った強烈な塩味のヨーグルト雑穀粥。


『……ね。とんでもなく不味いんだけど』

 食べ物の味がある夢は初めてで、強烈に残念な味がした。一応周りに聞こえないように声を潜めてジークに告げる。

『口に合わないか……栄養豊富とは聞いているが、俺も苦手だ』

 ジークも小さな声で答えた。

 とんでもなく不味い。凄まじく不味い。ジークが普通の顔をして細長いパンですくって食べているのが不思議としか思えない。周囲を見回しても、普通の顔で食べている。


『その肉、ちょっと分けて』

 人間、食べ物が合わないとイライラするのは仕方ない。ジークには五十センチサイズの巨大な鳥もも肉の焼物が付いていて、声を潜めながら奪い取る。

「……くっ……何なの、この塩辛さは……」

 一口かじって後悔した。辛い。塩辛い。焦げた鳥皮をめくって、内部の味が薄い場所を指でちぎって、スプーン替わりの細長いパンと一緒に口にする。


「フォークとかナイフってないの?」

「何だそれは?」

 素で返されて愕然とする。そうか、ここは中世ヨーロッパ設定なのか。カトラリーもないとか、そこまで設定を作り込まなくていいと思う。まぁ、机が皿替わりじゃないだけマシか。

「私の無意識設定、すごく怖いわー」

 見たこともない情景が目の前に現実感を持って広がっている。食事に味も匂いもあるし、この木のテーブルだって、叩けば固い。


「ご馳走様でした」

 たとえマズくても、食事は食事。皿を下げに来てくれた給仕に笑いかけると、何故か驚かれた。そして走って逃げられた。

「……どういうこと? 何か顔についてる?」

「給仕に声を掛ける若い女は王城にはいないからな」

 ジークが溜息混じりに答えた。

「え? 女性の使用人っているんでしょ?」


『……未婚の女はほぼ全員、王と王子たちのお手付きなんだ。手当ももらってるから、威張っている』

 ジークが声を潜めた。

『ねぇ、王様最低じゃない。大丈夫なの? この国』

 私も声を小さくして聞く。夜に起きてて、さらに女狂いの王なんて終わってる。

『宰相と大臣達が替わりに働いている』

『うわ、可哀想ー』

 そうか。この国の王様は飾りなのか。まぁ、夢だし、どうでもいいけど。


      ◆


「団長に報告に行くから、一緒に来てくれないか」

 食堂を出た後、ジークの真剣な顔に、圧倒されながら頷く。美形が真剣な顔をすると怖い。妙な迫力がある。

「こちらだ」

 何故か手を握られて案内された。城の内装を見ると、たぶん近世ヨーロッパ。歴史なんてよくわからないけれど、どこかテーマパークの中にいるみたいで楽しい。


 途中で、数名の騎士と思しき男性達に声を掛けられた。

「副団長、とうとう女連れでご出勤ですかー。いくら女好きって言ってもそれはないですよー」

「百人目ですか、それとも二百人目?」

「俺も毎晩、とっかえひっかえしてみたいっす!」

 下卑た冗談ばかりの挨拶に半眼になるのは仕方ないと思う。毎晩、とっかえひっかえと聞くと、どんなに好みの美形でも信用は地に落ちた。


「お前らには関係ねーだろ! 悔しかったら、お前らも女連れて来いよ」

 大きな口を開けて自信たっぷりに笑って冗談を返す姿は、百戦錬磨の女好き。


 運命の女は私。その他の女は遊びで踏み台。そんな優越感は気持ち悪いだけ。

 私の好みは一途に私だけを愛してくれる人。それだけで良かった。


 ……好色設定なんていらないのに。

 っていうより、この夢、いつ覚めるんだろう。

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