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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第十七話 再びの連環の誓いなのです。

 迷路のような廊下を走り抜けて、医務室へとたどり着いた。

「サタルーシュ! 助けて!」

 ノックなしに扉を開け放つ。


「あれ? トーコ? サリアも、どうしたのー?」

 振り向いたサタルーシュが呑気な声を上げた。今日も裾が長い白衣もどきを着ている。これが医術師の制服なのかもしれない。


「サリアに連環の誓の魔法を掛けて! 緊急なの! ラウレンツ王子にサリアが目を付けられたのよ!」

 私は焦りながら叫んだ。王子の行動をこの国の人間が誰も止められないというのなら、この方法しかない。

「え? えーっと、相手は? ……ここには俺しかいないんだけど」

 サタルーシュが目を瞬かせた。


「こんな軽そうな男と婚約なんて嫌よ!」

 サリアが叫ぶけれど、私は両手を掴んだ。

「王子に処女散らされたら、ますますまともな結婚相手なんて望めないでしょ。サタルーシュ! これって、解除もできるのよね?」

「いつでもできるよー」

 サタルーシュが呑気な声で答える。

「とりあえず婚約して、危機が去ったら解除すればいいんじゃない?」

「……そ、そうね。仕方ないわね」

 蒼白だったサリアの頬に少しだけ赤みが戻った。


「じゃあ、短縮版で行くねー。……サリア、手を繋いでもいいかな?」

「……仕方ないわね。仮よ? 仮なのよ?」

 頬を赤く染めたサリアが可愛い。……とか呑気に思ってる場合じゃなかった。


 サタルーシュの歌うような呪文が部屋に反響する。

 両手を繋いで向かい合った二人の間に光が産まれて、そこから伸びた植物の蔓のような光が左手を繋いだ。


 光が徐々に弱くなりサタルーシュの呪文が終わった瞬間、扉が勢いよく開いて、ラウレンツ王子が入ってきた。

「美しい女性がここに入ったと聞いてきた!」


「あら、王子様。私のことですか?」

 にっこりと笑って返すと王子が怯む。

「呪い持ちのお前のことではない。……隠れなくともよい、私に顔を見せてはくれないか」

 王子はサタルーシュの後ろに隠れていたサリアを目ざとく見つけて呼びかける。


「あらあら、王子様。彼女も私と同じ呪い持ちなのですよ? 婚約者もいますしね」

「何?」


 震えながらサタルーシュの背中から出てきたサリアの左手には、白百合の模様が浮かび上がっていた。


「それが呪いの模様。それでも彼女をお呼びになります?」

「ひぃっ!」

 王子が変な声をあげて後ずさりを始めると、サリアの恐怖は吹っ飛んだらしい。


「お望みでしたら、お相手致しますわ。ただし、アレが腐り堕ちますけれど!」

 サリアもほほほと笑って、左手の白百合を見せつけるように王子に近づく。王子はじりじりと後ずさる。


「く、来るな! 近づくな! そ、そなたも婚約者と仲良くな!」

 捨て台詞を残して、素晴らしい速度で王子が扉から出て行った。


「……助かった……ありがと……」

 サリアが大きく息を吐いた。良かった、ぎりぎり間に合った。安堵で崩れ落ちそうになったサリアをサタルーシュが抱きとめる。


「ちょ。どこ触ってんのよ?」

「えーっと、ちょっとくらいはいいかなーなんて?」


 にっこりと笑ったサリアの平手打ちが、サタルーシュの頬に綺麗に決まった。


      ◆


 サタルーシュがしくしくと泣きまねをしながらハーブティを出してくれた。この世界、紅茶はないのかもしれない。

「連環の誓、すぐに消す訳にもいかないわよね」

 あの王子はどこか粘着質に思える。

「そーね。……ちょっと待って。私もトーコと同じく王城内で呪い持ちって有名になるんじゃないの!?」


「あー、それは仕方ないよね」

 サタルーシュが苦笑しながら答えた。私が呪い持ちだと言ってまわっているのは、ラウレンツ王子らしい。『女好きのジークが呪い持ちの女に捕まった、いい気味だ』と大勢の前で笑っていると聞いて、ブチ切れそうになった。


「王族とか貴族とか狙ってるの?」

「全然」

 サリアがさらりと答えた。それなら王城内で噂が広まっても大丈夫だろう。


「サタルーシュ、誰か紹介できる人いないの?」

「うわ。俺にそれを聞く? 俺が紹介できるのは魔術師寮にいる奴くらいだって」


「フォルカーは却下。他はどんな人がいるの?」

「エーベルハルト、マルクス、グスタフ・ロットナーだな」


「マルクスは却下ね。名前が嫌」

「は?」


「マルクスって聞くと、周囲の何もかも友達すら滅茶苦茶に批判して嫌われた挙句、職を転々として妻子を困窮させて、元貴族の奥さんに献身的なメイドを孕ませて認知せずに里子に出したり、借金に借金を重ねた挙句、自分の人生が上手くいかないのは、社会の仕組みのせいだ、政治が悪い、搾取する金持ちは悪って主張した本を書いたクズ男を思い出すのよ」


「……え? マルクス、知ってるの?」

「まさか本人じゃないでしょうね?」

 万が一にも本人だったら、お前のトンデモ妬み本のお陰で後世の多くの人間が迷惑してると告げて殴り倒したい。


「マルクスは異世界人じゃないし本も出してないと思うけど、概ねそんな感じの男だよ。二年前に離婚されて独り身になったってこの寮に入ってきて、先月ふらりと出て行ったままなんだ」

「戻ってこなくていいと思うわ」

 きっぱりと言い切るとサタルーシュがどん引きしたけれど、サリアも浮気する男は人間じゃないと言い切った。


「エーベルは十六歳。グスタフは二十八歳。ちなみに俺は二十四歳」

 気を取り直したサタルーシュが年齢を教えてくれた。


「グスタフっていう人、ロットナー侯爵家の?」

 サリアの目がきらりと光った。もしかして狙うのかな。

「うん。そうだよー。第三子だから後継ぎじゃないけどね。王城内に魔術工房持ってて、弟子が八人いるよ。ちなみにフォルカーはエルツェ公爵家の第二子。こいつも魔術工房持ってて、弟子が五人いる」


 この国では貴族の爵位を継ぐのは第一子のみで、他の子どもは親が死ぬと貴族ではなくなる。だからそれまでに功績を上げて別の爵位を確保するか、他の貴族の第一子と結婚するか、蓄財して残りの人生に備える。


「サタルーシュは? 弟子いないの?」

「俺、まだこの国で魔術師登録してから四年しか経ってないからねー。登録して五年過ぎたら弟子取ることも許されるんだよ。ま、俺は弟子取るつもりないけど」


「あ! そろそろ帰らなきゃ!」

 サリアがふと目にした時計を見て叫んだ。ジークの部屋にある花時計と違って、こちらは木製の板に数字と花の絵が表示されていて、わかりやすい。変な文字でも、私の目には十七時十五分と読めた。

「じゃ、王子に会ったら困るだろうし、家まで俺が送っていくよー」

 サタルーシュが軽く提案する。

「……し、仕方ないわね……今日はお願いするわ」

 サリアが嫌そうな表情でサタルーシュに答えた。


 とりあえずの危機は脱したけれど、私のせいでサリアを危機に晒してしまった罪悪感がちらりとよぎる。

 ……この夢、まだ覚めないのかな。

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