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女神の贈り物と好色騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第十二話 妖精が住む厨房です。

 ぶつくさ言いながら座り込んだままのフォルカーを放置して、厨房へと向かった。


 厨房は赤茶色のレンガと石造り。中央には大きなテーブルが置かれていて、壁際にはホコリを被った大鍋が並んでいる。中世の厨房は暗くて不潔なイメージがあったけれど、床も石だし部屋の端に排水溝らしきものがあるから水洗いできそう。ジークが閉じられていた雨戸を開けると、明るい日の光が窓から入ってきた。


 洗い場には常時水が出てくる金属の管があって、蛇口替わりの木の板でせき止めている。木の板を少しずらせば水がちょろちょろ。大きくずらせば大量に出てくる。ちょっと面白い。


 薪とか石炭とかで火をおこすのかと思ったら、なんと魔法石を使った焜炉とオーブンがあった。

「おーい、ラトリー」

 サタルーシュの呼びかけに、身長三十センチ程の着せ替え人形みたいな女の子が現れた。背中には蝶のような真っ赤な炎の(はね)。オレンジ色の膝まである長い髪をポニーテールにしていて、目は白目がないオレンジ一色。白い布を巻き付けたような服を着て、宙に浮いている。


「火の精霊キッシャーラトリーラだよ。焜炉とオーブンに火を付けて調整してくれる。彼女はトーコ。今日から働いてくれるから、よろしくー」

『女の子なんて久々ねー。仕事がなくて退屈してたのよ。よろしくねー』

 にこにこと笑う火の精霊は可愛い。

「よ、よろしく!」

 木の精霊に火の精霊。まさしく正しく幻想(ファンタジー)世界。凄い、面白い。


 続きの部屋は棚にホコリが積もった食料貯蔵室。木製の扉で区切られた一画は冷蔵室。地面と天井に複雑な魔方陣が描かれていて、魔法石の力で冷やしているらしい。残念ながら冷凍庫はなかった。


「何にもないのねー」

「最近は全員外に食べに行ってるからね。城の出入り業者に頼めばある程度は届けてくれるよ」

「食事作るのは慣れてからにするわ。その前に掃除が必要でしょ?」

 流石にこのホコリまみれの厨房で調理はしたくない。数日間は掃除が仕事のメインになりそう。


 食器棚を開けると惨状が広がっていた。木の食器はカビ跡だらけ。陶器の食器は全部がちょこちょこ欠けている。恐らく銀製の食器は全て真っ黒。


「うわー。銀食器以外は使えそうにないわねー」

「後で食器、買い出しに行こうか。予算はぶんどってあるよー」

 サタルーシュがそう言って、ベストのポケットから小さな革袋を取り出した。

「俺も行く」

 さっきから私の後ろをうろうろしていたジークが言った。

「もちろん一緒に行ってもらうわ。頼りにしてるわよ」

 荷物持ちだけどという言葉は、ジークのきらきらとした目に負けて喉から出なかった。何で大の男がこんなに可愛く見えるのか。頭を撫でたくなって困る。


 厨房を出て、寮のあちこちをサタルーシュに案内される。時々、大小のいろんな姿をした精霊達が現れて挨拶を交わす。


「精霊っているのねー」

 直径十センチの水玉のような姿の精霊たちと挨拶を交わした後、私はしみじみ呟いた。水の精霊は、ぽむぽむとボールのように飛び跳ねながら廊下の奥へ消えた。


「ああ、普通は高位の力が強い精霊でないと人には見えないんだけど、この寮の中は魔法石で発生させる魔力素が満ちているから、力がない精霊も姿を見せることができるんだ。人に見られることが好きな精霊が、この寮の中に留まっていろいろ手伝ってくれるんだよ」


「俺も何度もここに来たが、これ程多数の精霊の姿を見たことはないぞ」

 水の精霊を見送っていたジークがサタルーシュに言った。

「俺も今日はたくさん見てるなー。トーコに挨拶しに出てきてるのかな?」

「異世界人が珍しいから見に来てるだけじゃない? さ、買い出しに行くわよ!」


      ◆


 買い出しメモを持って、三人で王都へと向かう。

 ジークの休みは今日までだし、一人で王都には出たくない。忘れ物のないように買い出ししておかないと。


 ちらりとジークを見ると、毎回目が合う。ずっと私を見ているのかもしれない。目が合うたびに嬉しそうに微笑まれるから恥ずかしいと思いながらも、ちょっと手を繋ぎたくなる。我慢我慢。


 恥ずかしくて視線を逸らした先に、不自然に壁に隠れる人影が見えた。気のせいかと思って、少し歩いて角を曲がった後も、人影が追ってきた。サタルーシュは気が付いていないようで、ジークは気が付いているらしい。視線で確認すると、ジークの眉尻が下がった。


「ちょっと、さっきから、何なの? 用がないならついてこないでよ」

 我慢できなくなって、小走りに戻って言い放つ。ついてきていたのはサリアだった。女だからジークは何も言わなかったのか。


「……う。……えーっと。……き、昨日は悪かったわ」

 バツが悪いという顔をしながら、サリアが謝ってきた。


「は? ああ、何だ、謝りに来たってこと? 別にいいわよ。気にしてないから」

 改めてサリアを見ると、背が高くてすらりとしたモデル体型で、二十代半ばの美人。今日も深緑の髪はしっかりと巻かれている。青磁色のワンピースに紺色のベストに茶色の編み上げブーツ。人形のような白い肌は遠くから見ると綺麗なのに、近くで見ると不自然に化粧が厚いことがわかってしまう。


「あの……さぁ……」

「何?」

 突然サリアが私の両手を掴んだ。超至近距離で厚化粧を見てしまって、どん引きするけど強く掴まれてて逃げられない。


「……私にあんたの化粧方法を教えて頂戴!」

「は? 化粧方法?」


「私、二十四歳なの、後がないのよ! あんたみたいに若作りしてでも、結婚相手捕まえたいのよ!」

 サリアの切羽詰まった叫びに苦笑してしまう。若作りと言われても別にそんなつもりはないから、怒る気にもならない。

「二十四歳だったら、これからでしょ? 若い若い」

 私と一歳しか違わないのだから、私を含めて十分若いと思いたい。


「隣のヴァランデールの適齢期は二十八歳までだけど、この国では二十四歳までなのよ!」

 サリアの絶叫に、ちょっと可哀想になった。というよりも、厚化粧を見てられないというのが正直な気分。


「教える程のものでもないけど、知りたいなら教えるわ」

「ありがとー!」

 叫んだサリアに抱き着かれて、私は苦笑するしかなかった。


 目が点になっていたサタルーシュが、昨日の雑貨屋へ行くことを提案してくれた。店主がもっと化粧方法を教えて欲しいと言っていたから、ちょうどいいだろう。ジークとサタルーシュに買い物を一部頼んで、お昼前に迎えに来てもらうことにした。


「とりあえず、化粧落としてみて。それからよ」


 魔女ミサキの作る化粧品は、種類が豊富で品質が良い。化粧落としはクリームタイプとオイルタイプがある。洗顔はおそらく酵素入りの粉末と、あっという間に泡立つ固形石けんの二種類。


「あ。顔を洗う時は横に洗ってね」

「何それ、意味わかんないんだけど」

 サリアがオイルタイプの化粧落としでマッサージしながら聞いてきた。


「普通は手を上下させるでしょ? その時に、毛穴を下に引っ張ってるわけよ。顔の皮膚っていうのは物凄く薄いから、そんな刺激でも影響するの。ほら、お金がかかるわけじゃないから、試しに1カ月でいいから、手を横に動かして洗ってみてよ。クリームとか塗る時も、なるべく手を横に、ね」

「ふーん。よくわかんないけど、そうしてみるわ」


「ファンデーションはないの? 白粉だけ?」

「何それ? 白粉を塗るのが普通よ?」

 サリアも店主もかなり白粉を塗り込んでいたらしい。一回では落とせずに、三回目でようやく落とせた。


 よく泡立てた石けんで顔を洗ってもらうと、サリアの鼻と頬にはうっすらと気にならない程度のそばかすが浮かんでいる。

「ちょ。ほくろが消える程塗ってたの?」

 驚くことに、サリアも店主もほくろが見えなくなる程に白粉を塗り込んでいた。


「ここでは、ほくろも消える程白粉塗るのが普通なの?」

「そう。それが普通よ。だから、トーコのほくろ見て驚いたわ」

「でも白浮きしないって、すごい白粉よね……」

 店主は物凄い色白。透けるようなという表現がこれほどぴったりな人はいないと思う。サリアも白いけど店主程でもない。


「魔女ミサキの白粉は魔法が掛かっていて、使う人の肌色に変化するんです」

 店主の説明に目が飛び出るかと思った。魔法で色を調整してくれる白粉なんて、現実にあったら絶対欲しい。試しにちょっと手に塗ってみたら、一瞬きらりと光って肌になじんだ。まさしく夢の白粉。値段もそんなに高くない。後で買って帰ろう。


「洗ったらすぐに化粧水たっぷり肌に叩き込んで、乳液で包み込む。あ、乳液はケチっていいけど、化粧水はケチらないで」

「私、いつもこの化粧水も乳液も入ってるクリームなんだけど」

 そう言ってサリアが広口の緑色の瓶を指さした。


「へー、オールインワンゲルもあるのかー。凄いわねー。オールインワンでも、最初に化粧水叩き込んでおくと、もっとしっとりするわよ」

 夢のくせに凄いというか、元コスメオタクの私の夢だから化粧品も豊富なのか。


「いつも白粉って、どうやってはたいてるの?」

「はたくっていうか……パフで何度も重ねるだけよ」

 店主が手の甲で実演してくれたけど、パフで白粉をべったりすくって肌に乗せて擦り込む。肌になじんだ上に、さらに重ねる。ほくろまで消すと、かなりの厚みになるのに、なじむからすごい。


「成程ねー。この白粉が高性能すぎるから、ついつい重ねちゃうんだー」

 魔法で肌になじむから、どれだけ重ねてもなじむ。無理矢理と言ってもいい程なじむ。現実でもあったら買い占めたいくらいに高性能。


「まずは下地に日焼け止めを塗って、それから白粉ね」

「日焼け止めって何なの?」

「太陽の光っていうのは、肌を老化させるのよ。これを塗っておけば、多少は防げるの。私は今、日焼け止め塗ってるだけよ」


「は? 信じらんない! 白粉塗らずに外なんて歩けないわよ!」

 サリアの叫びに店主も頷く。

「化粧が厚くて不自然な顔だっていうのは分かってるんでしょ? 白粉を塗るなとは言わないから、見てて」

 パフですくった白粉を揉んで、適当に粉を落として調節してからサリアの肌にふわりと乗せる。均一には塗らない。


「白粉重ねすぎると、顔が平らにみえちゃうのよ。私の世界だと立体感を強調する為に茶色で影をわざわざ描く化粧法もあるのよ」


「落ち着かないわ……そばかすが見えてるじゃない」

 サリアが不満顔をする。もともとあまり目立ってはいなかったけど、本人は気になるものだろう。


「目立たないようにするから、ちょっと待って。……頬紅っていうのはないのかしら」

 呟くと店主が棚の奥から丸い容器に入った頬紅を出してくれた。年に一つ売れるか売れないかという物らしい。


 クリームタイプのミルクティ色のアイシャドウを指で軽く叩いて伸ばす。濃い茶色のアイシャドウを使って、細い筆でアイラインを引く。毛抜きのような形のビューラーでまつげをカールさせると、目がぱっちりと大きく見えた。オペラピンクのクリーム口紅を指で薄く薄くぼかして、大きな筆でふわりと頬紅を掛けると、そばかすから視線が逸らされて目立たなくなった。


「これ何? 全然違う!」

 手鏡を覗き込んでいるサリアを放置して店主の化粧を行う。アイシャドウはベージュを薄く伸ばして、太めのライン風にグリーン。伏目が綺麗なのでまつげはそのまま。赤の口紅、ほんのり頬紅で完成。


 サリアも店主も元々美人だから、劇的に変わる程でもないけれど随分と自然な化粧顔になった。本人たちには衝撃的な程の仕上がりらしい。鏡を覗き込んでは、笑みがこぼれる。


 さすが、元コスメフリークが見る夢。自分の知識が役立つのは夢でも楽しい。

 もう少し、この夢、続くといいな。


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