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合理性と雑談の融合

作者: 稀Jr.

「おはようございます」

「おはようございます!!!」

「今日も一日、がんばりましょう!」


いつもの午前9時の朝礼が始まる。部屋の隅にあるお立ち台に室長が立ち、マイクを手にして元気よく挨拶している。まるで、日本の小学校の校長先生のようだ。フランスの校長だったらどういうだろうか、ラフなシャツのまま、ネクタイもせずに椅子に座っているかもしれない。アメリカの校長だったらどうだろうか。カーボーイハットにジーンズを履き、土足のブーツを机に上げながら「ヘイ、野郎ども、元気か?」と問うところだろう。中国だったら人民服をして天安門広場に掛かっている肖像画のようににこやかに手を振るところだろう。コンゴったら広いサバンナの向こうから砂埃にまみれたジープでやってくるかもしれない。ハワイだったらアロハシャツを着ながらフラダンスのリズムで挨拶をするところだろう。

どちらにせよ、元気に返事をせねばなるまい。


「はい!!!」


そうしないと朝が始まらないのだ。室長の。

室長は、席に着くなり白シャツ軍団を集めた。白シャツに灰色のネクタイがこの会社の典型的なスタイルだった。お客の前にぴちっとノリ付けした白シャツで立ち、お客のニーズを先回りして答え、素早くその場で提案してプロトタイプを決め、即時に契約を決めた後は「お代わりは如何すか?」が、K 社の営業スタイルである。営業軍団、いや整然とした軍隊といってもよい。自動小銃は持たないけど、顧客のハートを打ち抜く営業トークを武器にしている。後方には数億円に及ぶ営業システムがある。AI を含めて、瞬時にして答えを引き出すスマートフォンとタブレットを持ちお客の牙城に乗り込んでいく。トラブルは何処にあるのか、何か困ったことはないか、困ったことがなければ、まずは困ったことを準備して、つっこんでいく。左の営業が困りごとを見つければ、右の営業が解決策を探し出す、後ろの営業が契約書を書いている間、前面の営業が常にお客の脳髄に弾丸トークを打ち込むのである。まるで、戦場のようだ。人は洗脳のようだというかもしれないが、苦情が来たことはない。顧客満足は 99 %を越えている。時には100%を越えることもある。数学的にそんなことはあり得ないという経済学者もいるが、いや、あり得るのだ。時に客が分裂してしまって、数が増える。それにより100%の満足度を達成する。

営業のバックにいるのは兵站だ。補給線が長く続くと、防衛に手間がかかってしまう。しかし、瞬時に送られる情報を盗聴される恐れはなく、ときに短時間で作られるプレゼンテーションは、白シャツバイク便で客先に届けられる。


「あ、そこのところが・・・」


とお客の言葉が終わる前に、白シャツ部隊が反応する。頭で考えるのではない、感じるのだ。反射を利用しろ。人間の限界を超えるのだ。室長は叱咤激励する。無理難題を白シャツ営業部隊はなんなく乗り越えていく。


一方で、開発部隊がいる。営業から持たれされ、既存の工場にない組み合わせ、世界にない組み合わせは、自社の開発部隊が担う。開発の制服も白シャツである。営業よりも少し明るい灰色のネクタイをしている。開発部隊も負けてはいない。世界にないならば作ればよい。ニーズがはっきりしなければ、作ってはっきりとさせればよい。お客の思考を常に先読みをして、お客が思いもしなかった組み合わせを作り出す。営業部隊が取り込んだ情報は、即座に開発部隊に伝わる。それはテレパシーといってもよい。かつて、SF 小説にはテレパシーが有効な手段であったが、今ではスマートフォンで足りる。だから、いまの時代にはテレパシーはいらないのだが、それは違う。何かと、お客の感情を察知し、お客の片頭痛は脳腫瘍の傾向すら察知するのだ。目の動きからお客の考えを読み解く。右と左の白と黒の動きから、お客の YES/NO を感じておる。YES ならば Go だ。No は言わせない。No という言葉は営業部隊の辞書にはないのだ。それは乱丁と人はいうだろう。しかし、そんなことはない。K 社の営業部隊は素晴らしく動き、年収はン千万を超える。30歳を前にして、家と墓を同時に建てるぐらいの資金を得られるのだ。お台場の高層マンションのトップに美しい妻と子供たちがまっている。将来は安泰だ。ここで白シャツ部隊として働き働き働き続ければ、俺の未来は明るい。会社は世界に進出し、宇宙に進出する。100年も200年も続くだろう。将来は月の土地を買ったっていい。月の核融合炉の株を買って悠々自適な暮らしをするのだ。もう、こんな働きバチな白シャツ蟻はやめて、ワインを片手に。


「M 君 … M 君、大丈夫かね?」

「ふがふがふが」


目の前に室長が立っていた。室長はパリッとした白いシャツに赤いネクタイを締めていた。攻撃色だ、と俺は咄嗟に思い、青くなった。


次の日、俺は馘になった。


【完】

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