前世の私、今の私 (1)
――ねえ、あなたも前世は今と同じように侍女だったの?
「た、大変でございます! お嬢様が頭を打って意識が混濁されております!!」
家中の物がひっくり返るような大声でそう叫ばれてしまえば、いくら幼い身といえど“あ、言ってはダメなことなのね”と気づくわけで。
「何だと!? 医者だ! 国一番の名医を早く呼べ!!」
「あぁ、神よ、私たちの可愛い娘に何と非情な仕打ちをなさるのですか…!」
半狂乱になる両親の姿を見て、二度とその言葉を口にしないと誓った十歳の春。
「君は前世を覚えてるの?」
事もなげにそんな問いかけをしてくる同い年の若人が数日後に現れるなんてちょっとどうかと思うんですよ、運命の神様。
◆
金色に輝くやわらかな髪、透き通るようなアクアブルーの瞳。佇まいだけで気品が溢れ、その仕草は最早一級品の芸術である。まさに神様が理想を詰め込んで作りたもうた最高傑作の人間なのです――と、彼を形容するならそんなところだろうか。
「ねぇ、ベル。早く教えてよ。君は前世でも面白い女の子だったんでしょ」
――口を開かなければ、の話だが。
「あなた、そんなこと言ってると頭の心配されるわよ」
「だって気になるんだもん。君の家、展覧会並みの人の出入りで話題になってたし」
綺麗な顔の幼馴染みが声を上げて笑う。が、こちらは全然笑えない。
医師はまだしも神官や悪魔払い、果ては平民の占い師までが行列を為した我が家は一夜にして首都の話題をかっさらった。
普通の貴族階級であれば「冗談でしょう?」と一笑されるほど馬鹿げた光景なのに、格式高い我が家が騒いだせいで「まさか本当に悪魔が…?」という妙なシリアスさを醸し出しているらしい。
そうしてついには皇宮までこの話題が上った、と。――この国そんなに暇なのかしら。
「……はぁ、噂が落ち着くまで外に出るの控えないと」
「んー、子供が親の気を引くために吐いた噓だったって感じになってるみたいだし、別に大丈夫なんじゃない?」
それが誇張され、元々の評判も相まって“ワガママな癇癪娘”のレッテルが貼られつつあるということを知っている身としては全然大丈夫な気はしない。が、まあ社交界デビュー前の子供ということで噂の風化も早いだろう。どうせ、もうしばらくすれば話題に飢えたご婦人たちが勝手に別の話を取り上げるのがこの世の常だ。
そんなことより、と。急いで部屋の扉を開き周りにメイドたちがいないことを確認してホッと胸を撫でおろした。
我が家では“前世”というワードが数日前に禁句になったばかりなのだ。またそんな話題が出ようものなら両親は今度こそ怪しげなオカルト集団を呼んでくるに違いない。そんなところにお金を落とすぐらいなら道端に落とした方がまだマシである。
――だと言うのに。
禁句ワードをずけずけと話題に上げてくるようなこの無神経な少年が何故我が家への出入りを許されているのか。答えは簡単、彼が私の“元”婚約者でありそれはそれは深いお付き合いがあったからだ。
――……いや普通は婚約が破談になったら出入り厳禁になると思うのだが。ウチの両親に関して言えばそりゃあもう彼の容姿とその他諸々に虜中の虜で。
実の娘の私より構われてるのだから、もういつの世も大事なのは顔なのねと早々に悟ったのである。
「――だと思うんだけど……って、ベル、ちゃんと聞いてる?」
「はいはい聞いてるわよ。私の前世が何だったかっていう話でしょ」
「うん。黒の森に住む魔女? 花の妖精を食べる闇エルフ? それともどこかの国のお姫様を攫うブラックドラゴンとか」
「ヴィード、選択肢に悪意しかないわね」
ほけほけと笑った彼が「そうかな?」などと分かりやすくとぼける。いつもこうなのだ。何かにつけて私を馬鹿にしてくるのがもはや通常運転すぎて、久しぶりにツッコんだ気さえする。
「だって君いっつも女の子泣かせてるじゃん。こんなこわーい顔で詰め寄ってさ」
そう言って私の顔の真似なのか、ヴィードは指で目を吊り上げて歯をイーッと剝きだした。己の顔つきがそこら辺のご令嬢を泣かせてしまうほどキツいのは自覚済みだ。今更そんなことを言われたぐらいで怒りなど湧かない……が。
以前にも彼が私の真似をした際、同年代の女の子達や大人達に“お可愛らしいですわ!”と褒めちぎられていたのをふと思い出した。相も変わらず世の中は理不尽の極みである。
「期待されてるとこ悪いけど特に面白くないわよ。私の前世は普通の公爵令嬢だったもの。今と同じね」
ベルアンナ・フィアトラール――奇しくも前世と同じ名前を授かり、黒くてウェーブがかった髪も若草色の目も前世と変わらず、生まれた場所も地位も全く同じの今の私。もしかして大人になった私は長い夢だったのかとも思ったが、あれを夢と呼ぶにはあまりに記憶が生々しい。……それに、目の前の少年が記憶と同じく私の前に現れたせいで単純な夢だと決めつけられなくなったのだ。
(……まるで時間が巻き戻ったみたい。でも、私が知ってる前の世界と同じ人間がこの家にいないのが謎なのよね)
住んでいる家に馴染みはあるのに、両親が違う。兄妹も違う。周りにいる侍女もメイドすらも、何もかも違う。それなのに私は私のままで。
物心がついた頃から頭に残ってる、私ではない私の記憶と同一の人物など、この家に関係していない者ばかりだ。
こんな奇妙な体験をしてるのが私だけなのか、はたまた周りの人間にも“前の記憶”というものがあるのか。ふと気になってつい先日、侍女のリリアに例の質問を投げかけてみれば――タイミングが悪かったせいもあるがこんなに大騒ぎされるなんて思ってもみなかった。
(この家の皆は私に興味なんてなかったはずなのに――)
「じゃあベルはどこかの貴族のお嫁さんになって最期は三人の子供と孫に見守られながら天に昇ったのかな」
「何そのやけに具体的な例……」
「お母様が読むご本にそんな感じのお話があったんだ」
もともと大人びてマセた発言が多いなとは思っていたが、そういう理由か。と納得しつつ、改めてヴィードに視線を移すとバッチリ目が合い天使の微笑みをもらってしまった。
さすが世の中の女性という女性を落としてきた顔。本当に綺麗な造形で羨ましい。生きる宝石と謳われるのも過言ではないその顔はやっぱり世界で一番――――嫌いな顔だわ。
「……ベル。もしかしてまた不機嫌になっちゃった?」
「いいえ。残念だけど不機嫌そうな顔は生まれつきなの」
紅茶を一口飲んでニコリと笑顔を浮かべてみる。多分、目の前のヴィードの表情から察するに私は上手く笑えてないのだろうなと悟った。まあ、私の表情筋は素直なのでしょうがない。
「話を戻すけど僕はそういう人生の終わり方、割と好きだよ。死ぬまで愛する人の傍にいられるなんて素敵だよね」
「…まぁ、ロマンはあるわよね」
――そんな純愛、現実だったら皆無に等しいでしょうけど。
そう声に出そうとしてギリギリとどまった。ヴィードの機嫌を損ねるとそれはそれで面倒なので、言い返すのは程々ぐらいがちょうどいいのである。
ヴィード――ヴィードリッヒ・フォン・アストリア。忘れもしない前世の私の婚約者だった男。――私を捨ててアストリア帝国の皇帝となった男。
前世と今世では私の周りにいる人間が皆違う、だから安心していたのに。
八歳の時に持ち上がった婚約話で、知らぬ間に顔合わせをセッティングされたうえ何の予告もなくこの顔を見た時の心情を察してほしい。未だに今世の中で最悪ランキング堂々の一位だ。あの時自制してこの男を張り倒さなかった自分をものすごく褒めたいレベルである。
そうして穏便にかつ確実に、もう金輪際そんな話が上がらないよう、皇家から“こんな娘はいらない”と婚約破棄させようと徹底的に素行の悪い娘になりきって、ようやく今願いが叶ったというのに。
二年ぶりにまともな生活ができるわと喜んでいたところで、婚約が破談になった翌週に会いに来るこの男の神経は昔と違い随分と図太いものであった。
「で、どうなの?」
「何が?」
「だから、君の前世の最期。愛する人と添い遂げられたのかって話」
「――子供たちに囲まれてはいたけど夫はいなかったわ。ほとんど修道院でお世話になっていたし出会いなんてそんなに無かったもの」
「……へぇ、それはそれは」
何とも夢のない終わりだね――とでも言いたいのか。少しだけ口角が上がったその顔にこの紅茶を投げつけられたらどれだけスッキリするだろうか。いやまあ不敬罪で捕まりたくないのでそんな無謀なことはしないけど。




