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三人の悪女 (3)

「……ねえ、そこのお二人さん。いいかげん私たちのこと思い出してもらえるかしら」


 ヴィオラ様の声でハッと我に返りすぐに振り向けば、彼女はリーナ様と共にデザートを頬張りながら演劇鑑賞のようにこちらを眺めていた。


 半分だけ目が死んでるような二人に「も、申し訳ありません…」と急いで謝ると、ヴィオラ様が棘薔薇姫の名にふさわしく、鋭い言葉を――掛けてくるなんてことはなく。彼女は何故か憐れみの表情でケーキが乗った皿を私に差し出してくれた。そのうえ、


「可哀想に、大変な男に捕まったわね……従順で優しい男が欲しくなったらいつでも私に言いなさい」


 と、謎の助言(?)までもらってしまう。が、


「スコレッティ嬢。ベルに紹介した男は片っ端から破産させるから気をつけてね」


というヴィードの言葉に、ヴィオラ様は肩をすくめた。

 ……いや、そもそもヴィオラ様も一応ヴィードの婚約者候補ということになってるのだから、他の男性と交流してはダメなのでは…?


「ベルちゃん純粋そうねぇ。悪い男にすーぐ食べられちゃいそう。お姉さん心配(しんぱ)ぁーい」

「ねー、フィアトラール家にこんなぽやぽやした子がいて大丈夫なのかしら。あそこを狙ってる家なんて腐るほど多いでしょうに」


 さっきまでの態度とは打って変わって、まるで友人と砕けて話すような気さくな雰囲気となった二人に、思わず目を丸くしてしまう。

 そんな私を見てヴィードがにっこりと、それはそれは爽やかな笑みを向けてきた。

 

「僕が君以外の女性を近づけるのに何の対策もしてないわけないでしょ」

「え、え……???」 


 何一つ状況が理解できてないのはどうやら私だけらしい。


「見てよリーナ。まさか皇太子殿下への好感度がここまで低いなんて……別の作戦にすれば良かったわね」

「そうねぇ。殿下をお助けしてあげようとヤキモチ作戦考えてみたのに――妬かせるどころか殿下にトドメ刺しちゃったみたいでごめんなさぁ~い☆」

「あはは、不敬罪で投獄される前に二人とも口を閉じた方がいいんじゃない?」


 果てしなくカオスになっている現場に疑問符を飛ばしながら、ヴィードの隣の席に腰を下したところで、ようやく私にも分かる説明が()された。


「彼女たちには、あらかじめ契約を結んでパレハの一員になってもらったんだ」


 つまり、このパレハは本当にただの見せかけである、と。

 

「お金たーっぷりもらえるから契約しちゃった♡」

「リーナは良い男がもらえるから契約しちゃったぁ♡」


 ――あぁ、そうなのですね。と、何も突っ込まずに素直に頷いておく。おかしなところが多すぎて一つずつ尋ねる気力すら湧かず、とりあえず先ほどもらったケーキをヤケクソ気味にがぶっと一口頬張った。

「ベル、口にクリームついてるよ可愛い~」と拭ってこようとした愉快犯もどきを完全遮断し、自分で拭きながら改めて顔を上げる。


「質問…というより相談すべきことがあります」


 話の次元が違いすぎてて正直理解は追いついてないけれど、三人にとって納得の結果だということは分かった。……が、重要な問題が私の中で解決していない。


「見せかけと言っても、公的には全員ヴィードリッヒ殿下のパレハということですよね?」

「うん、まあそうなるね」

「でしたら殿下にも以前申し上げましたが、やはり序列問題が起きませんか。

スコレッティ公爵家もフェルドレン公爵家も過去に皇妃を輩出した家柄ですし、我が家だけ優遇されると派閥のバランスが――」


 その言葉にヴィオラ様が反応し「大丈夫ですよ、リーナも私も家に口を出させる気はないので」と、いたずらっ子のように目を細めた。


「ねえ、ベルアンナ様。私たちの人生って結婚という過程は絶対でしょう? 公爵令嬢という身分で独身なんて一族の恥だもの」

「……そうですね。それが生まれた時からの義務ですから」


 だから私は貴族である以上、前世では叶わなかった“名家に嫁いで、子を儲けて、フィアトラール家を繁栄させる”という義務を今世ではきちんと果たさなければならない。それが()()()に教えられた全てだったから。


「もちろんそれで幸せになる女性もいるから全てを否定はしないけれど。でも、少なくとも私は嫌。誰かのために人生を捧げるなんて御免だし、私は私を一番大事にしたいの――だから私は独立して自由を買えるほどのお金が欲しい」


(自由を、買う……)


 前世の公爵令嬢として過ごしていた私であれば、まず間違いなく苦言を呈しただろう。女性は結婚して子を生んでこそ幸せが得られるのだと。――けれど。


 前世で何もかも失い逃げ続けた中で、結婚なんかもう懲り懲りだと、女性たちだけで笑いながら暮らしていた人々と出会った。立場の弱い者を守るために、自ら立ち上がった女性が治めてる領地だってあった。


 結婚なんて端からする気などないとばかりに、己の実力で周りを認めさせた女性たちがたくさんいた。――だからこそ、心から思う。


「素敵なお考えですね。ヴィオラ様ならきっとやり遂げられることでしょう。もしいつか私の力が必要になった時はいつでもお声がけください」


 結婚だけが女性の幸せじゃないことを今の私は知っている。だから、彼女の在り方を否定するつもりなど毛頭ない。


 私は彼女のように道を切り開くことは出来ないけれど、それでも――いや、だからこそ彼女を応援したい。公爵令嬢という同じ立場の彼女が自由に生きる姿を見てみたい。


「……まさか、筆頭公爵家の公女様に肯定していただけるとは」


 と、呆けたように言葉を発したヴィオラ様の横で、リーナ様が「変わったお嬢様ね」と優しく微笑んだ。


「――ヴィオラが明かしたから、私も対等に明かしておこうかしら」


 そう言って、優雅にティーカップを置いたリーナ様は佇まいをガラリと変貌させた。


「私は彼女の逆。結婚して家を取り仕切る方が楽だと思ってる。この世の中、女に全然甘くないって思ってるからヴィオラほど強くは在れない。でも私は末娘で姉さんたちより良い縁談は望めないの。

 このままオマケのように、適当な家に嫁がされるなんて絶対嫌。何もかも我慢して全部姉さんたちに譲るなんて死んでも御免よ。――だから私は私の能力だけを見て、正当に評価してくれる理解者(パートナー)が欲しい」


 ――これで私たちのこと、ちょっとは信用してくれた? と、リーナ様が艶やかな薔薇のように微笑む。

 見惚れてしまうほど綺麗なその笑顔と、彼女たちが明かしてくれた願いに心臓が熱くなった。


 なんて――羨ましい。


 願いを叶えようと立ち向かう彼女たちの勇気が羨ましい……そう、思ってしまった。私が何かを望むなんて、あってはならないと思っていたのに――。


「ベルちゃんはそういうの感じたことないの? 家に抑圧されてる感覚とか」

「……考えたことすらありませんでした」

「ふーん、それで貴女が幸せならそれも一つの道だけど――」


 頬杖をついたリーナ様が蜂蜜色の目をニッと細める。


「考えるという行為を放棄しての結果だとしたらお勧めしないわ。――私たちは、ただ飾られるためだけに生きるお人形さんじゃないんだから」


 ――その言葉に心臓がドクンと揺れた気がした。


 私の人生に、私の考えは必要なかった。父も母もそれを望まなかったから。ただ綺麗に飾られている人形でいることが私の人生にとって必要なことで、父と母が喜んでくれるなら私はそれで幸せだった。それが私の“普通”だ。


 いつだったか、前世でヴィードリッヒ殿下に言われたことがある。


『ベルアンナ、君はもっと自由に生きていいと思うよ』


 その時は言葉の意味が全く分からなかった。何も不自由なく暮らしているのに。何一つ心配なことも不安なこともないのに――なぜ、彼は痛ましそうにそんなことを言ってきたのか、全く理解することは出来なかったのだ。


(……今なら少しは分かる気がする)


 あれは普通のことではなかったのかもしれない、と。――でも、私にとってはあれが親からもらった愛情の形だ。父と母に愛された、フィアトラールの最高傑作として生きてきた時間が私を形作っているのだ。……それを全部否定されてしまったら私の何かが壊れてしまいそうで、少しだけ息が苦しくなる。


「ベル――ベルアンナ、そんなに難しく考えなくていいよ」


 不意に、隣からヴィードの声が聞こえる。


「フェルドレン嬢も言ってただろう? 君が幸せならそれも一つの道だと。

 考え方の全てを無理やり変えなくても、君自身が本当の意味で納得できた時に自然と答えが見つかるんじゃないかな」


 ――だからそんなに焦らなくていいよ。生き方に正解なんてないんだから、一緒にゆっくり探そう、ね?


 そう言った彼は私を落ち着かせるように両手をギュッと握り、アクアブルーの瞳を優しげに細めた。全てを包み込んでくれるような、その穏やかな声音に何だか泣きそうになって、でもそれを上回るぐらいとても心地よくてホッとする声だ。


 いつもだったら彼の言葉に反発していたかもしれない。けれど、この時だけはその言葉に救われた気がして。素直にコクリと頷くと「ん、いい子」と彼はそっと私の頭を撫でてきた。……完全に子供扱いされてて悔しいが、今だけは見逃そう。


「ありがとうございます、ヴィードリッヒ様」


 へらり、と頬が緩んでしまったのが自分でも分かる。普段はちゃんと令嬢らしい微笑みを崩さないよう意識できてるのに。この時ばかりは表情が言うことを聞いてくれなかったので、あまり人様に見せられるような顔ではなかったかもしれない。――その証拠に。


「………何してるの、ヴィード」


 自分の両目を手で押さえながら、地面にうずくまって呻いてる変人がそこにいた。何か前にも同じ光景を見た気がする。


「こうでもしないと僕の理性が迷子になりそうなんだ。大丈夫、すぐ治るからちょっと放っておいて」


 何を言ってるかまるで分からなかったので、唯一理解できた彼の言葉通り放っておこうと思う。


「どうやら私たちのお節介なんて必要なかったみたいねぇ、リーナ」

「ほんとにね。惚気でこっちが当てられちゃうわ」


 くすくすと笑っている彼女たちに“心外です”という表情だけ返しておく。

この人たちは揶揄うのが好きな性分だというのがこの短い時間の中でもよくよく分かった。いちいち真に受けてたら大変だ。


「やだぁ~怒らないでベルアンナ様。ほら、私が持ってきた美味しいマカロンあげるから」


 そう言って、ヴィオラ様は私の目の前に丸っこくて可愛らしいピンクのお菓子を差し出てくる。――この光景も前に見た。セレスティナ様にもしていただいた“あーん”というやつだ。

 一度経験したので戸惑いはない。ましてや皇后陛下という最高位の女性にしてもらったのだから――と、特に何も考えずパクリとそのままいただく。もそもそと口を動かせば、なるほどこれは他人に勧めたくなるほどの美味しさだと納得した。


「――…え、かわい。え、何この素直な生き物」

「……ベルちゃん、こっちも美味しいわよぉ。はい、あーん」


 リーナ様の声につられて、ぱかっと口を開ければ黄色くて甘くてツルツルとしたものが舌の上に乗せられる。前世で妹が食べてたものはこれだろうか。こっちも初めて食べたが、何という素晴らしい美味しさだろう。


「ヴィオラ様もリーナ様もさすが、食への造詣が深くていらっしゃいますね。どちらも非常に美味しいです」


 リリアたち用に調達すべく後で店の名前を聞いておこう――と考えていたところで「リーナ、私ちょっと考えがあるんだけど」「奇遇ね。私も考えがあるの」と二人が何やら密談を始め、しばらくしてすぐにこちらを振り返った。


「――ねぇ、ベルちゃん。私たちって公的にはパレハの一員とはいえ、目的が別だから別に争う必要がないじゃない?」

「え? ええ…そうですね」

「むしろ協力者として仲良くしていくべきよね。三大公爵家の娘たちが手を取り合う姿なんて社交界で一番の話題性があるもの」

「そ、そうですね…?」


 何故か肯定することしか許されない圧を感じる。


「仲良くなるなるためには、まず名前の呼び方から変えるべきよベルちゃん」

「そうそう。私も貴女をベルって呼ぶから、私たちのことは――お姉様、って呼んでみて」


 何とも急な話に困惑したものの、「ヴィオラお姉様…リーナお姉様…?」と二人を呼びかければ「「完璧…っ!」」と声を合わせて返された。


「はぁぁ~~妹がいたらこんな感じだったのかしら。私の家、生意気な男ばかりで可愛いの“か”の字もないのよねぇ」

「あら、ヴィオラ。女ばかりだと陰険で殺伐とした毎日になるわよ。この子は特別枠なんだから捻くれないように大事に育てないと」


 左右に密着するほどの距離感まで迫られ、思わずドギマギしてしまう。二人の甘くて良い香りが直接的に感じられるほどの近さに顔が赤くなりかけたところで――「はい、もうおしまい。サービス終了でーす」と後ろから腕が伸びてきた。


「僕の婚約者を誘惑したら即刻契約違反と見なすから」


 ようやく正気に戻ったらしいヴィードの声はやや不機嫌そうだ。

 “契約”という単語が出た途端に左右にいた二人は素早い動きで私から離れ、降参するかのように手を挙げていた。さすが実利主義のお姉様たちである。が、ヴィオラ様は口をムッと軽く尖らせた。


「別に減るものでもなし、私たちにも癒しを分けてくださればいいのに」

「ダメ、減る。僕と過ごす時間を確実に減らされる。これ以上減ったら泣く」

「……思ったより切実でしたのね、殿下」


 ヴィードの言い分に何とも言えない表情を浮かべた二人は、それ以上は何かを言うこともなく素直に引き下がった。……ここ最近は頻繫に会いすぎてるのでもう少し機会を減らしてもいいのではと伝えるつもりでいたのだが、口に出さなくて良かったかもしれない。


 そんな風に和やかに過ごしていた折、遠巻きに待機していたヴィードの従者が近くまでやって来たかと思えば「皇太子殿下、パレハの皆様。そろそろお時間です」と一礼してきた。


「ああ、もうそんな時間なんだ。じゃあ行こうか――ダンスレッスンに」


 ヴィードの言葉に私の中で少しだけ緊張が走る。

 穏やかな時間がどうかこのまま続いてくれますように、と心の中で願いながら私は足取り重く席を立った。

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