君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもながと 思ひけるかな
ミスって削除してしまっため再投稿します。
大竹つぐみはその日、昼休みに学校の空き教室にいた。高校に入学して一年と数ヶ月、その教室に入ったのは初めてだった。なぜつぐみがそんなところにいるかというと、最大の友人の中野結愛に呼ばれたからだ。つぐみが窓に背を向けてもたれていると、そこに結愛が来た。
「どうしたの? こんなところに呼び出して」
つぐみはそう問う。
「来てくれてありがとうね。要件っていうのはこれ」
そう言って結愛はポケットからカッターを取り出す。それはつぐみが数日前から失くしていたもので、もう半分諦めていたものだ。
「それっ。結愛が持っててくれたの?」
「そうだよ。まあ持っていたっていうのはちょっと違うか」
「どういうこと?」
「これ、つぐみの筆箱から取ったの」
つぐみは一瞬思考が硬直する。それは一番仲の良かった友達に裏切られたからだ。
「え、、どういうこと? 言ってくれたらあげたよ?」
「ああ、欲しかったわけじゃないよ。ただ私はしたかったことがあるだけ」
そう言いながら結愛はこちらに近づいてくる。頬は笑っているが、目は全く笑っていない。とても不気味な笑顔だ。
「な、なに?」
そうして、つぐみと結愛が最大限近づいたところで結愛はチキチキとカッターの刃を出し、自らの左手の内側を切った。そしてそのカッターをそのまま落下させる。突然のその行動に、つぐみは思わず狼狽えてしまう。
「え、、ちょっ、、何してるの……?」
その次に聞こえてきたのは、耳をつんざくような悲鳴だった。
「っきゃああああああ!」
つぐみは一体一体何が起こっているのか判らず、頭の中が真っ白になる。そんな中、ドアから数人の女子が入ってきた。それは全員同じクラスの人だと直ぐに判った。ああ、私は嵌められたんだと直感的に気づくことができた。
つぐみはそこからしばらくの間、何も考えることができなかった。弁明するのも無意味に思えて、気づけば職員室に連れていかれそうになっていた。退学か停学だろうな。つぐみがそう諦めていると、それに待ったをかける人がいた。
「待て。少しおかしいんじゃないか?」
それは同じクラスの学級委員長やっている、そして、つぐみの幼馴染の十六夜忍だ。
「な、何? 明らかにこの子がカッターで切りつけた。それしかないでしょ?」
「まず一つ聞きたい。つぐみはどちらの手で手首を切りつけた?」
「右手。何か関係ある? 今はどうでもいいでしょ」
「いいや、大いに関係ある。つぐみが結愛の左手首を切りつけるのは困難だ。血の飛び散り方からして、内側に切られたのだろう。傷も、内側の方が広くなっている。これは勢いがついた証拠だろう。外側に向けて切られたのならまだしも、内側の切るのは至難の業だ。それに、切った後カッターを落としたのなら聞き手の右側に落ちるものだろう。しかし、カッターは結愛から見て右側に落ちている。滑らしたとは考えずらい。それに、つぐみはこの間からそのカッターを無くしたと言っていた。刃の減り方から見て、それは無くしていたカッターだろう。今日も一応探していたな。昨日部活に行く時も、どこか、心が落ち込んでいるような感じだった。これは見つかっていなかったと考えて妥当だろう。これらの状況証拠から、自作自演の線が濃厚だと、俺は思うが。どうだ? 今の説明に何か間違っているところはあったか?」
忍はそう捲し立てるように言った。その全てが筋が通っていて、つぐみからしたら救世主のように見えた。
「動機が、、ない」
それまで口をつぐんでいた結愛が突然口を開いた。しかし、忍はその言葉をバッサリ切り捨てた。
「動機だぁ? そんなもん今はどうでもいいだろ。どんな動機があろうと、お前が自分の腕を切りつけてつぐみを嵌めた。それが事実だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ。それに周りの目を見てみろ。動機なんてまるで気にしていない」
忍がそう言うと、結愛は床にへたりこみ、泣き出してしまった。
「どうしてこんなことしたんだ?」
忍がそう聞くと、結愛は右上を見ながら、しゃくりあげながらも言葉を紡いだ。
「私には好きな人がいて、、でもその人はつぐみのこと好きで、、それに私なんかよりもずっと仲が良くて。ああ。なんで私じゃないんだろう。って思ったら、、無意識にカッター取ってて、、でもつぐみは優しいから! 素直に謝れば許してくれるって判ってて! でも、その優しさが、逆に辛くて。ならもういっそのこと、使える状況を最大限に使おうと思ったの。つぐみを下げて、私がそれに乗じて近づけば、付き合えると思って、、」
その言葉を聞きながら、忍は結愛に近づき、話終わると同時に結愛の頬を右手で目一杯叩いた。そして叫ぶように言う。
「馬鹿野郎! 人を下げる前にまずは自分を磨け! 話はそれからだ! 最後まで諦めずに好いて貰えるように最後まで努力を続けろ! それでも無理なら今回の行動に走ったって仕方がない。ただな、他人を、そして何やり自分をそう簡単に傷つけるんじゃねえ。それが露見しちまったら、お前の人生は終わりなんだよ」
その言葉はどこかさびしげて、自分に向けて言っているような心からの叫びだった。
「なあ、つぐみ。頼みがあるんだがいいか?」
「何? 先生になら言う気ないけど」
「わかってたのか? 俺からしたらありがたいが、いいか?」
「結果、誰も被害被らなかったらわけだし。許さないっていうのは私の自我でしょ? 私は結愛が悪いとは思えないの。だからいいよ」
「助かるよ。だ、そうだ。もう二度とこんなことするんじゃねぇぞ」
そう言って、忍は右手を振りながら、教室を出て行った。それを見て、他の面々も教室から出て行った。それを見て結愛は壁にもたれ掛かった。そして、つぶやく。
「忍君は変わらないなぁ」
そう。この物語は、女子人気の高い学級委員長、十六夜忍の話でもなく、その幼馴染、大竹つぐみの話でもなく、他でもない、私、中野結愛の物語である。
*
ある日、その公園には三人の子供がいた。忍君と私、結愛である。この時私達は中学三年。夏休みのことだった。私達はとても仲が良く(尤も、夏の初めに仲良くなっただけの仲だったが)、互いに家に遊びに行くくらいには仲が良かった。勿論、つぐみともすぐに仲良くなった。そもそも、二人が遊んでいるところに、私が入るようになったのだ。その日はとても暑かった。ニュースでも、今季1番の暑さになると予報しており、その通りになった。こんな時に外に入れるはずもなく、私の家に行くことになった。その間、私たちは他愛もない言葉を交わす。
「しっかし、ホントに暑いな」
「そうだねぇ。でもまぁ私は忍君と一緒にいれて嬉しいよ」
「そうかい」
「そうだよ。この間まで友達いなかったんだから」
それは紛れもない私の本音だった。公園にひとりぼっちでいた私に声をかけてくれた。これだけでも恋心を抱きのには十分すぎるだろうが(私だけかもしれないけど)、そこから彼のいろんな姿を見て、さらに好きになって行った。それまで人を恋愛的に好きになったという経験がなく、どう関係を詰めていけばいいのか私はわからない。だから私はしばらくは普通に接することにした。変に勘付かれるよりかはいいだろう。
しばらく歩き、私たちは横断歩道を渡ろうとしていた。その時、横断歩道の奥に女の子が歩いていた。ふと何気なく左側を向くと、トラックが猛スピードで走ってきていた。まるで女の子のことが見えていないように。位置的に、今からブレーキをかけても間に合わない。運転席を見ると、寝ている。居眠り運転だ。忍くんはトラックに気づいていない。もう迷っている暇はない! 私は気付けば駆け出していた。
「どうし、、そう言うことかよ」
忍くんは私が女の子を抱えた時にトラックの存在に気付いた。忍くんも駆け出していた。しかし、私はもう間に合わない。せめて女の子だけでも。そう思い、私は女の子を投げ飛ばす。女の子は何が起こったか判っていない様子だったが、私は微笑みかけた。忍くんが何かを叫んでいるようだったが、それは私の意識が飛び始めた時だった。
*
私は重い瞼を開ける。一番最初に魔に入ったのは白い天井だった。体を起こそうとすると、頭に激しい痛みが走った。
「いっつ」
私が呻き声を上げると、隣から声が聞こえてくる。
「起きたか」
「うん。おはよう忍くん。何日経った?」
「三日。結愛がバカなことをしてからもう三日経ったんだよ」
「バカなことって何?! 忍くんはあのまま見殺しにしろっていうの?!」
私は忍くんの言い草に思わず語気が強くなる。しかし、それにより酷い頭痛に襲われ、頭を押さえた。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと落ち着いた。それで? 忍くんの言い分を聴こっか」
「ああ。俺が言いたいのはな、別に結愛が行かなくても良かっただろってことだ」
「どう言うこと?」
私が聞くと、忍くんは怒気を含んだ声で話しだす。
「アホか! 結愛よりも確実に、俺の方が足は早いだろ! 言ってくれれば、俺が行って助けてた! 結愛がしたのは。自己犠牲以外の何物でもねぇんだよ! これでもし結愛が死んでてみろ! あの女の子はどう思う! 私が殺したって思っちまうもんだろ! 判ったらもう二度とこんな真似すんな。今度は俺が、誰も傷つけずに助けてやるから」
最後の言葉に私は思わずときめいてしまう。私もちょっとは反省してるけど、忍くんにこんなこと言ってもらえるなら言って良かったと、私はそう思うのだった。
*
カッターの事件の日のホームルーム後。私はクラスメイトの男子に話しかけられていた。
「なぁ頼むよ。掃除当番変わってくれ。うちの学校日直の二人でやるけどさ、今日もう一人が休みじゃん?一人でやってちゃ確実に遅れちまうんだよ。俺次遅刻したらバイトクビになっちまう。ここはどうか! 俺を助けると思って」
なんとも理不尽なお願いだ。しかし、気づけば周りが全員私たちに注目している。ここで断って仕舞えば、私は最低な目で見られることになるだろう。向こうからすれば、幸い、私には今日何の予定もない。やるしかない、か。
「判ったよ。バイト行っておいで」
「マジで!? 助かる! じゃあ頼んだ!」
そう言って男子は教室からあ出て行った。もしかするとバイトは嘘だったのかもしれないが、それはそれでいい。自分が損をする分には、それで。そこから私は掃除を始めて行く。勿論、一人でするのには限界があるが、なんとかなるだろう。そうしてしばらく私が掃除を進めていると、ドアの方に人影が見えた。一瞬、先生かと思ったが、その人物は意外な物だった。
「遅い」
それは忍くんだった。
「どうしたの忍くん。何か用?」
「一緒に帰ろうと思ってたのに全然来ないから心配したんだよ。もう一人の日直は?」
私はあんなことがあったのに待ってくれていた忍くんの優しさに少し驚いた。普通もう話さなくなると思うんだけどなぁ。
「今日休み。そもそも私今日日直じゃないしね」
「はぁ? 押し付けられたってことか。俺あの時も言ったよな。自己犠牲はやめろって」
「でも、自分一人で他の人が全員幸せになるならそれで良くない?」
「はぁ、変わんねぇな。手伝うよ」
忍くんは、用具入れから箒を取り出し、掃き出す。しばらくは無言の時間が続いたが、突然、忍くんが話しかけてくる。
「それでさ、何であんなことしたわけ?」
「あれ、さっきも言わなかったっけ? 私の好きな人が……」
私のその言葉は忍くんに遮られてしまった。
「それは建前だろ? 結愛は自分のためにあんなことしないだろ。それにあの時お前右上見てたじゃん。嘘つく時って右上見るもんなんだよ。だから判ったってわけ。で、何であんなことしたんだ? 言いたくなきゃ言わなくてもいいんだけど」
まさかバレてれるとは思わなかったなぁ。そっか、右上を見るんだ。今度からは左上向いて、、いや、嘘つくことないし大丈夫か。
「あのさ、私ってモテるんだよね」
「なんだ自慢か?」
「いやそんなんじゃなくてさ、私こないだラブレターもらったの。私その人のこと結構知ってんだよね。だって、つぐみの好きな人なんだもん。流石にOKするわけには行かないよ。それでさ、もし私がつぐみを陥れようとしたって知ったらつぐみの方に行かないかなぁって」
「ってことは俺がくることまで予想通りだったってことか」
「ううん。それは完全に予想外。そもそも私の計画では明日張り紙で私の自作自演だってことを公表するつもりだったんだから。でも、忍くんがきてくれて逆に良かったかな。多分、あの子たちが噂流してくれてるでしょ」
「それはない」
私はそう断言する忍くんが少し引っかかった。女子なんて噂大好きな生物なのに言わないなんて。
「なんで言い切れるの?」
「俺が言うなって言ったからな。俺は教室出た後、あいつらが出て来んの待ったんだ。そんで、大体の想像を話した。つぐみは既に判ってたよ。それで結愛に怒ってもいた。私のために腕切りつけてって。それに、結愛の力を借りなくても付き合ってみせるって意気込んでた。他の女子も、好きな人ができた時にフォローしてやるって言ったら二つ返事で了承してくれた。だから結愛が苦しむことは何もないんだよ」
私はその言葉を聞いて泣き出してしまう。しかし、この涙は昼休みの、演技の涙ではない。心から、喜びの涙だ。
「でもさ、忍くんはなんでそこまでしてくれるの?」
私は涙を引っ込めながら問う。
「い、言わなきゃダメ?」
「私も辛いこと話したんだ。忍くんも言うのが公平でしょ?」
「うっ。聞いても笑わない?」
「もちろん」
私がそういうと、忍くんは目を逸らしながら言った。
「好きなんだよ。結愛のこと。あの事件の日からずっと。痛いくらいに優しいとこも、正義感の強いところも、ほっといたら怪我でもしそうなところも。全部、大好きなんだよ」
私は止めた涙がまたブワッと溢れ出した。あわや体の水分が全てなくなるくらいの大泣きだ。
「えぇ。泣くほど嫌だった?」
「逆だよ。私も! 大好き」
私はこれから幸せな日々が待っている。そんな気がした。
おまけ
「そういえばさ、あの時のビンタ全然痛くなかったんだけど、どう言うこと?」
「あー、あれな。流石に体裁を取るためとはいえ女子の、しかも想い人の頬は叩けないよ。手はほっぺで一瞬止めて首を横に動かすだけに留めて、音は膝を思いっきり叩いたよ」
「器用だねぇ。そうだ! 私のこと一回思いっきり叩いてみてよ!」
「え? もしかしでM?」
「そんなんじゃなくて! もし私が悪い人に絡まれた時に助けられるのかなぁって。だからお願い!」
「いいんだな?」
忍くんはそう言いながら私に近づき、頬を叩いてきた。それは案外強くて、思わず固まってしまう。数秒経ってもまだ頬はヒリヒリしている。私は顔をあげ、忍くんの方を向いて言った。
「いたぁい」
「もう、だから言ったじゃん。ああもう、こんなに目も頬も腫らして。可愛い顔が台無しだ」
「え、今なんて言った?」
「目も頬も腫らしてって」
「違うよ! その後。判ってて言ってるでしょ。ねぇもう一回言って!」
「やぁだよ」
「言ってよぉ」
そこからしばらく、私たちは教室の中をぐるぐると走り回るのだった。
Fin.