01
「おい、なんだよここ!?」
そばで聞き覚えのない声が聞こえて、目を覚ましたぼくが見たのは、天井だった。
それだけ聞くと当たり前のように思えるけど、天井はとんでもない高さにあって、しかも天使のような絵が描かれている。
絶対にぼくの住んでいる四畳半のアパートではない。
どこだここ!?
慌てて身を起こすと、周りには複数人の男女がいて、同じように目覚めたばかりのようだった。ぼくはこっそりと数人の顔を盗み見るけど、見覚えのある者はひとりもいない。
みんなぼくと同じ大学なんだろうか? 二十歳くらいの人が多そうだけど……。
「は? あんたたち誰?」
ぼくより大胆に周りの顔を確認して、金髪でウェーブヘアの、服装も口調もギャルのような印象の女の子が言った。
明らかにぼくより交友関係が広いであろう彼女も、誰とも面識がないみたいだから、みんな初対面なんだろうか……。
ぼくは立ち上がって周囲を見回す。そこは体育館くらいの大きさの部屋だった。ぼくたちが寝かされていた床には赤いフカフカの絨毯が敷かれ、大きな窓からは太陽の光がサンサンと差し込み、天井にはシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
どこのお城だよ、これ……。
「おまえ、よだれ垂れてんぞ。汚いな」
「あっ、すみません」
いきなり金髪の男から指を差され、慌てて口元をぬぐう。男はピアスをつけ、派手な格好をし、地味なぼくとは正反対の生活をしてきたであろうことがうかがえる。
「マジ? 無理なんだけど」
先ほどのギャルもぼくに軽蔑した目を向けてくる。服装などを見てどちらも苦手なタイプだろうと予想していたが、本当に苦手なタイプの人間だった。
まあぼくに得意なタイプの人間がいるのかと聞かれると、いないのだけど。
「すみません……」
とりあえずぼくは頭を下げる。
見知らぬ場所で、ぼくは謝ってばかりいる。
「そんなに言わなくてもいいじゃないですか。寝てるときなんて、みんなねごとを言ったりいびきをかいたり、きっとひどいもんですよ」
見かねたのか、制服姿の女の子がかばってくれた。その子は眼鏡をかけ、真面目そうな印象で、金髪の二人のような人間ばかりでないことにぼくは安堵する。
「なんだよおまえ。ちょっとからかっただけじゃん」
「それな。うざいんだけど」
そんな女の子に金髪の二人が言い返す。それに対して女の子がさらに言葉を返そうとする雰囲気があって、ぼくが止めに入ろうかと逡巡していた、そのとき、
「目が覚めたか」
急に威厳のある声が聞こえて、みんなが一斉に振り返った。そこには玉座のような椅子があり、威厳のある声の持ち主だろう、高齢の男性が座っていた。
「突然呼び出してすまない。ワシはこの国の王のライエッカである」
玉座のようなじゃなくて本当に玉座だった。確かによくよく観察してみると、ライエッカと名乗った王様は王冠をつけ、ひげをたくわえて、どこからどう見ても王様である。格好だけでなく、思わずひれ伏してしまいそうな貫禄もあった。
「家臣のコプムと申します」
王様の隣に立つ小柄な男性がそう名乗った。王様に家臣って、もしかして海外に連れ去られてきたのか!? 行方不明の人は海外に連れ去られてることがあるって聞いたことあるし……。
ぼくたち、一体どうなっちゃうんだろう!?
とぼくは冷や汗をかいていたのだが、
「オッサン、どういうつもりだよ!?」
「マジ、ジジイって無理なんだけど」
金髪の二人は気後れすることなく、王様に声を荒らげる。
「うむ。なぜ呼んだのか説明しよう――」
「これって誘拐だかんな!?」
「それな。てか通報したいのにスマホないんだけど」
「ちょ、ちょっと待って、話を聞いて……」
二人に責め立てられ、王様もしどろもどろだ。さっきまで感じていた威厳もどこかへ消えてしまった。
やっぱりヤンキーやギャルって王様でも苦手なんだな……。
なぜだかほっとしていると、王様は気を取り直すようにこほんと咳をして。
「まったく。なぜそなたたちをこの世界に転移したか説明しようというのに、異世界人は人の話を聞かんのだな」
ん? 転移? 異世界?
「な、なんだよ異世界人って!」
「そなたはシンヤだな。これから説明するから、少し静かにしてくれるか」
「ど、どうして俺の名前を知ってるんだよ!」
金髪のヤンキー風の男はシンヤという名前らしい。
「マジ? ウチの名前も知ってんの?」
「そなたはアイルであろう」
「うわ、こいつストーカーじゃん。きも」
ギャルの名前はアイルというらしい。二人の名前を知っているということは当然ぼくの名前も知っているだろうし、ここにいる全員の名前を知っているのだろう。
まあとにかく、王様にさっきの言葉の意味を説明してもらわないとなにもわからない……。
なので、ぼくは早く王様の話を聞きたかったのだけど、
「わかったぞ、これドッキリだろ!?」
「は、ドッキリ? マジ?」
シンヤとアイルはちっとも黙ろうとしない。それどころか、
「なあみんな、絶対どこかにカメラがあるぞ!」
「マジ? 肖像権の侵害じゃん」
と部屋の中を歩きまわり始めた。
なんなんだよ、こいつら……。
と、ぼくはかなりうんざりしてきていたのだが、もちろん注意することなどできず、二人の動きを見守ることしかできなかった。そのとき、
「お前ら、うるさいぞ」
という声が聞こえた。小さいけど威圧感のある声。おずおずと目を向けると、30歳くらいのスーツを着た男が片膝を立てて座っていた。
「ああ!? なんだおまえ!」
その声を聞いて激昂したシンヤが、男の鼻と自分の鼻がこすれ合うほどに詰め寄り、にらみつける。
「おまえ、ヤッてやろうか!? ああ!?」
そしてそうすごむが、スーツの男はひるむことなく、シンヤから目を逸らさない。
「ちょ、ちょっと、やめましょうよ」
先ほどぼくをかばってくれた制服姿の女の子が取りなそうとするが、
「あんたマジ空気読めないね。学校でも嫌われてんじゃない?」
アイルが女の子の肩を掴んで、押さえ付けてしまう。
ぼくも止めに行きたいのだけど、足が凍りついたように動いてくれない。他にも、一緒に転移してきたであろう男女がいるのだけど、男のほうはあぐらをかいて座ったまま、眠っているのか目をつむっているし、女性のほうはしゃんと背筋を伸ばし目も開いているのだけど、腕を組んだまま動く気配がない。
ど、どうすればいいんだ……。
そうして、実際には一瞬だったのだろうけど、ぼくには何倍にも長く感じられた時間が過ぎたころ、スーツ姿の男が、シンヤの目を見据えたまま言った。
「少し黙れ。あのじいさんの話を聞かせろ」
そのまま、しばらく二人は身じろぎもせずにらみ合っていたが、やがて目を逸らしたのはシンヤだった。
「あ、ああ……。わかった……」
興奮していたシンヤがどこか怯えるような表情をしている。
あのシンヤを引かせるなんて、スーツ姿のあの男は何者なんだ……?
大事にならずほっとするのと同時に、どこか気掛かりに思っていると、王様の「そ、そなたはレイジだな」という声が聞こえてきた。
「申し訳なかった。怪我はないか?」
「ああ。それより早くこの状況を説明してくれ」
「あ、ああ、そうだね……」
先ほどシンヤとアイルにもしどろもどろになっていた王様だが、レイジという男にも気圧されたようにうなずいて、
「い、一応言っておくけど、じいさんって呼ぶのはやめてね……」
と小さな声で言い添えた。
……あんな王様に威厳を感じていた自分が恥ずかしい。
思わずそんなことを思ってしまうぼくだった。
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