プロローグ
女がいる。
女は小さな露店で野菜や果物を売っている。
周囲に人影はない。
近づいていくと、気配を感じたのか、女が顔を上げる。
そして、目が合ったその瞬間――女は動きを止めた。
顔から感情が抜け落ち、呆けたような表情になる。
これが、催眠にかかった証拠だ。女は命令通りに動く操り人形となる。
女の年齢は、20代半ばだろうか。髪が長く、美しい。
だけど、それ以上に目立つのが胸の豊満さだ。つけているエプロンが悲鳴を上げんばかりに大きく、盛り上がっている。
また、その胸の豊かさを際立たせるように、腰回りはすっきりとくびれ、引き締まっている。
ごくりと唾を飲み込む。
下に目を向けると、並べられた野菜や果物が目に飛び込んでくる。種類は少なく、形の悪いものばかりだ。
女に目を戻す。
意を決して、操り人形となった女に、命令する。
「……この果物をひとつくれ!」
ぼくが指で示した果物を、表情を変えぬまま、女が手に取って渡してくる。
「ごめん! ありがとう! いつかお金は必ず払うから! 本当にごめん!」
ぼくはそう言い捨てて、きびすを返し、建物の陰に隠れる。
そして顔を半分だけ出して、女のようすをうかがうと、すでに催眠は解けていた。女はきょろきょろと周囲を見回して、少し首をひねったが、そのまま仕事に戻った。
そのようすを確認して、ぼくは走ってその場を去りながら、もらった果物をひと口かじる。
異世界にきて一週間。ぼくはこのようにして生きながらえていた。
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