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狙われた探偵②

 警察署の会議室に、一条が写したローズクイーンの姿とシルバーの姿が写った写真がテーブルの上に広げてあった。

「怪盗ローズクイーンは、女だったのか…!」

 轟が写真を見て驚く。

「ああ。仮面が外れて半分しか写っていなかったが、ブロンドの青目が見てとれる!これで、世界にこの女の顔が手配される!お手柄だったな、一条さん!」

 マットたちは、一条の方を向く。

「いや。さすがに、少し危なかった。危うく銃口に倒れるところでしたから。」

「運が良かったんだよ!二人の怪盗が、争いをしていたんだから!」

「そ、そうですね…。」

 一条は、やれやれと頭をかく。二人の怪盗に夢中になって、我を忘れていたなど、言えない。

「だが、もう一人のシルバーの方は、無傷で正体が分からなかったのは残念だな。」

 マットの言葉に、轟が答える。

「いいえ。シルバーの方は、もう目星がついているんです。奴…、いや、彼女は李周梅。一度、拘束をしたのですが、李の仲間にまんまと連れ去られてしまいました。我々の失態です!また、いずれ捕まえてみせますよ!」

「そうか。どちらも、女だったか…!」

 轟の話に頷いているマットを見て、一条は、あれが李だったのか?と、疑問に思う。

「あの戦闘を見て、ローズクイーンは負傷している。しばらくは、傷が癒えるまで行動を起こすことはないだろう。今のうちに、この女の身元を特定して、指名手配の手続きをする!協力してくらますね、轟さん!」

「もちろんです!すぐにでも、国内に公開しましょう!」

 後日。怪盗ローズクイーンこと、ジェームズ・リナリーの事が、日本だけではなく、全世界に報道された。評判は、SNSでも、ネット上でも波紋を広げた。

 昨夜の仕事が終わり、月夜はヒナコのもとに行った。ヒナコは、明かりを照らし、それを眺めた。

「滅多にお目にかかれない代物ねぇ!七色に光る宝石…。賢者の石とは全く違うけど、言い値で売れそうだわ!」

「やっぱり!俺も、そうだと思ったんだ。」

「でも、変わった人ね。その名取って人物。宝石を盗んでほしいなんて…。」

 李が、首を傾げる。

「もしかしたら、裏競売の関係者かもしれないわね。酔狂な人達が多いから。」

 ヒナコが、言う。

「それはそうと、例の探偵さん、命を狙われているんでしょ?一緒に居なくて大丈夫なの?」

「今は、警察署の中で、多くの警察官たちと会議中だ。さすがに、そこには出てこないだろ。まあ、終わったら合流する予定だけど。」

 月夜の様子を見て、李が笑う。

「本当に、大好きなのねぇ!」

「そ、そんな事…!」

 月夜は、照れて顔を赤くする。自分の気持ちを見透かされて、なんとも言えない。


 一条を狙った模倣犯たちは、まだ捕まっていない者も何人かいた。そして、一条への脅迫状は、エスカレートしていた。

「一条さん。僕思ったんですけど、テレビ番組に出てから脅迫状が届くようになったんですよね?だったら、その時に話した話題の中に、犯人の手がかりがあるんじゃないですか?」

「それね、私も考えたよ。でも、正直あんまり覚えてないんだよねぇ。」

「その時の話題が出て、どんな発言をしたか。その発言によって、犯人たちは一条さんに殺意を沸かせたんじゃないですか?」

「あり得る事だ。なので、その時の番組のDVDをもらってきたんだよ。一緒に、見てみる?」

「はい!」

 二人は、早速映像を見る。そして、一条の発言を聞く。

「…最近の若者は、辛抱がなさすぎる!すぐに、仕事を変えては転々として、最終的に無職になって、犯罪に手を染める者が多すぎる!」

 言っていたのは、すでに死亡している評論家の佐竹要五十歳。

「そうでもないですよ。私の知り合いの二十歳の青年は、頑張って仕事を掛け持ちしています。何かに打ち込めるものがあれば、若者たちも頑張って仕事に専念するんじゃないですか?」

 一条が、意見を言っている。

『批判どころか、庇護している。』

「…これって、僕の事ですか?」

 月夜が聞くと、一条は、ハハハッと笑う。その後も、映像を見るが、今流行っているウイルスの話し、スポーツ選手の話題、育児放棄の話題など話し合われていた。

「…彼は、残念ですが、もう引退するしかないでしょう。肝心の武器を失い、プロの選手としては、発揮できない。」

 一条が意見を言っているのは、左利きの野球選手、田中純一。メジャーでも活躍していたが、不慮の事故で左腕に大怪我をし、ピッチャーだった彼は試合することが出来なくなり、メジャーから契約解消の通知を受けた。

「私も、同意見です。噂によると、彼はプロとして活躍できなくなってから、奥さんからも離婚話しが出ていると聞いています。先の見えない彼に、着いていく自信がなかったのでしょう。」

 評論家の意見に、一条以外の周りの人間が、うんうんと頷く。

「それにしても、職と家族を失うとは、不運なものです。」

 司会者の男が、締めくくる。

「では、次の話題。不正を働いた議員の…。」

 映像は、また次の話しに花を咲かせていた。

「一条さん。何か、心当たりありますか?」

「う〜ん。反対に、有りすぎて解らない…!」

 月夜は、ズルリとこける。その後も、子育てによる幼児虐待や、育児放棄の話題に入っていた。

「子育てに不安を感じてるのでしたら、親御さんの力を借りたり、幼児施設に預けるなどすれば、良い息抜きになる。お子さんのいない世帯も多くなり、今や年配の方々のほうが、人口が多いと聞きます。子供は宝です。虐待や、殺してしまうなど、犯罪に手を染める前に、冷静に考えてみたらいかがでしょうか?」

 一条は、自分が発した意見を次々と聞いてみる。

「政治家の方々には、もう少し市民の気持ちを感じとる意義をしっかりしていただきたい!不正を働くなど

、もってのほかです。政治家という役職の自覚を持っていただきたいものです!」

 こんなことも言っていたのか、と唸る。いつの間にか、月夜は眠っていて、一条は煙草の吸殻が、服を汚していた。そこへ、一本の電話が鳴る。

「はい、一条です。」

「一条君。犯人の目星がついた!一人は、元メジャーリーグの田中純一、そして主婦の池谷聡子。もう一人は、議員辞職した伍平喜光だ。三人は、今だ逃走中だ!」

 轟の話の最中に、事務所の電話が鳴る。

「一条君?」

「ちょっと、お待ちいただけますか?」

 言いながら、スマホの声をスピーカーにして、電話に出る。

「はい。一条探偵事務所。」

「一条だな。お前の女部下を、人質にとっている。港の3番倉庫まで来い!もちろん、一人でな。サツを連れて来たら、この女を殺してやる!!」

「神谷君は、無事なんだな?」

「今は、まだな。目的は、お前の命だ!早くしないと、海の藻屑にしてやる!!」

 電話は、プツンと切れる。スマホのスピーカーから聞いていた轟たち警察官たちは、ちゃんとその声を聴く。

「…と、言うことです。轟さん。」

「事情は分かった!すぐにでも現地に…!」

「いえ。私が、一人で行きましょう。神谷君の命がかかっている!」

「…分かって。だが、我々も手をこまねいているわけではない!こちらも、うまいこといかせるから、心配せずに!くれぐれも、無茶だけはするなよ!」

「ありがとうございます。」

 電話を切り、一条はソファーで茶々と寝ている月夜を見て、毛布をかけ、軽く頭を撫でる。無事に戻って来ることが出来るだろうか…?そんなことを考えて決意を新たにする。

「行ってくるよ…!」

「ん…?」

 一条は、事務所の階段を降りる。その近くの電柱で見張っていた捜査官が、うん、と頷く。一条は、車庫のシャッターを開けて、車を出した。


 どのくらい寝入っていただろう。月夜は、スマホのバイブ音で眠い目を開ける。

「…ん。一条さん?」

 静かな事務所に、人の気配がないことに気づく。そして、電話に出る。

「…あ、フュー?一体どうし…。」

「バカヤロ!家主が、例の模倣犯から電話が来て、出て行っちまったぞ!!」

「何だって!?」

 月夜は、ガバッと起きて、辺りを見渡す。

『一条さん、なんで俺に声をかけなかったんだ!』

 後悔ここに立たず。月夜は、急いで事務所を出た。

            ※

  一条は、暗い港の三番倉庫に来ていた。そして、ゆっくりと倉庫の扉を開ける。

「約束通り、一人で来たぞ。」

 足音と、声が倉庫の中に響く。しばらく経つと、倉庫の明かりが一気につく。その眩しさに、手をかざす。倉庫の中にある二階には、衰弱した神谷と、両脇に男女二人が立っていた。

「神谷君!」

 一条が声をかけるが、意識が無いのか返答は返ってこない。

「待ってたぜ、探偵さんよ!たかが探偵風情が、少し有名になったからって、調子こいてんじゃねぇ!!おかげで、俺の人生お先真っ暗だよ!!」

 メガネの男が、言葉を発する。元議員の伍平喜光だ。

「あなたの、主婦の日常を知らない人間に、批判されるなんて…私の苦労も知らないくせに!許せないんだから!!」


少しふっくらした体格のおかっぱ頭の女は、池谷聡子だ。もう一人は…?と辺りを見渡すと、不意に後から細身の男がバットを振りかざし、一条の後頭部を思い切り殴る。

「がっ…!!」

 一条は、その場に倒れる。後頭部から、血がしたたり落ちていた。

「簡単には、殺さない!よくも野球人生終わりだなどと、身勝手なことぬかしてくれたな!!」

 た…田中…純一…か。と、薄れゆく意識の中で認識する。


 月夜は、急いで事務所の外に出ると、車が無いことに確認する。

「車で行ったのか!これじゃあ、どこに行ったのか、見当もつかない!」

 戸惑う月夜の前に、フューが車で来る。そして、手招きする。

「乗れ!」

「た、助かるぜ、フュー!」

「警察の奴ら、信用出来ないぜ!模倣犯は、五人。一人、警察のトップのほうで糸を引いている奴が居る!」

「え!?なんで、そんな事…!」

 フューが、コードレスイヤホンを指差す。

「密かに、盗聴してたんだぁ!例の警部さんたちは、上からの命令で、別の立て籠もり事件とやらに向かった!人員が足りないとかなんとか行って、家主さんに着いて行った捜査員たちも、全員招集がかかっちまって、誰もいやしない!警部さんは、なんとか粘っていたけど、縦社会の警察には、規則は破れないな!」

「じゃあ、一条さんは、本当に一人で…!?場所は分かってるのかよ!?」

「ばっちり!港の三番倉庫だってよ!今なら、まだ間に合うんじゃねぇ?」

「頼む!」

『無事でいてくれ、一条さん!』

 今は、祈る事しかできなかった。


 神谷は意識が戻り、手を縛られ、冷たい床に転がされていた。そして、その横には、血だらけで頭から血を流して倒れている一条に気づく。

「せ、先生…!?先生!!」

 うつ伏せになっている一条は、手を縛られて、意識が朦朧としていた。

「…うっ。…や、やあ、神谷…君。無事?」

 薄っすらと意識が戻り、神谷のほうに目を向ける。

「ご自分の心配をしてください!こんな…!こんな、酷い…!!」

 神谷は、涙を流す。

「…ごめんなさい、私のせいで…!」

「な、にを、言ってるんだい…?君は、私の…秘書…だろ?」

「先生…!!」

 話もそこそこに、横からバットを持った田中が姿を現す。

「気がついたかい、先生よ!」

 言って、一条を蹴り飛ばして仰向けにする。

「ぐっ…!」

 一条の顔は、殴られた跡が残っていた。

「俺の左腕が、使い物にならないかどうか、確かめてみろよぉ〜!!」

 田中は、バットを投げ捨てて、一条の顔を何度も殴る。

「ぐっ!はっ…!!」

 一条は、なす術がなく、殴られ続ける。

「オラオラ〜!感触はどうだ!?」

 殴り続ける田中の腕を、伍平が止める。

「あまり、やりすぎるな。すぐに死んじまったら、意味がないだろ?」

「くっ!分かったよ!」

 田中は、一条から離れる。

「じっくり。…そう、じっくりだ!」

 伍平は、銃を構えて、一条の右太ももを狙い撃つ。バンッ!と言う音と同時に、一条の声が響く。

「がぁあ〜!!」

「先生ー!!」

 神谷が、悲鳴を上げる。

「痛ぇだろ〜?俺たちの怒りは、こんなもんじゃないぜ!?」

 一条の太ももからは、大量の出血が流れる。

「次は、右腕…!」

「がっはぁ!!」

 一条が、苦痛の表情を浮かべると、伍平が、ヒヒヒッ!!と奇妙な笑い声を上げる。

「いやぁああ〜!!」

 血だらけの一条を見て、神谷は泣いて崩れる。

「さあ、次はどこに…。チッ!弾切れか!!」

 伍平は、池谷を探す。

「おい。聡子は、どこに行った?」

 伍平と田中が、周りを見渡す。すると、倉庫の扉が開く。

「なんだ、聡子…。」

 池谷の首に、一つの黒いグローブをつけた一本の腕が見え、気を失った池谷は、口から泡を吹いてその場に倒れた。

「!?」

 そして、月夜が姿を現す。

「だ、誰だ…!?」

 伍平は、銃を構えて発砲しようとするが、弾切れだということを忘れて、何度も引き金を引く。田中は、ただ漠然と月夜を見ていた。息を切らしてたどり着いた月夜は、ゆっくりと二階に登って行くと、血だらけになって倒れている一条の姿を見て、一気に怒りが頂点を達した。

「…貴様ら…!許さねぇ~!!」

 スピードブーツの速さに、二人は姿を捉えることが出来ず、立ちすくむ。そこへ、容赦ない月夜の拳が炸裂する。バットで防御しようとした田中は、バットごと粉々に吹き飛ぶ。

「ぐあぁあ〜!!」

「ふうっ!!」

 吹き飛んだ田中の身体中を、パワーグローブが炸裂する。それを見ていた伍平は、慌てて拳銃に弾を入れようとするが、手が震えてうまく入らない。ボコボコになった田中を見て、月夜は次のターゲットに目を向ける。その殺気に、伍平はアワアワと震える。月夜は、ゆっくりと伍平の方へ歩いて行く。ようやく、拳銃に一つだけ弾を入れた伍平は、泣き崩れている神谷の首に腕を回して、頭に銃口を向ける。

「くくっ、来るなっ…!こ、この女が…。」

「知るか…!!」

 月夜は、猛スピードで向かって行く。

「ち、ちきしょう〜!!」

 伍平は、月夜に発砲する。弾は、月夜の左頬を掠めるが、構わず攻撃を食らわす。

「でやぁああ!!」

 月夜の拳は、思い切り伍平の右頬を捉える。

「ぶふっ…!!」

 間髪入れずに、顎にもう一発食らわす。伍平は、宙を舞い、顎の骨と歯が全て抜け落ちる。

「!!」

 伍平は、ボロボロになって冷たい床に転がり落ちる。まだ、怒りは収まらないが、そこにストッパーがかかる。

「そのぐらいにしておけ。せっかくの証人が、死んじまうぞ!」

 バスクが、傍へやって来る。

「だ、誰…?」

 突然現れたバスクを見て、神谷が困惑する。

「悪いが、寝ててもらうぞ。」

 バスクは、神谷の後ろ首を叩く。すると、神谷は気を失う。

「俺たちの正体がバレるとまずいからな。」

 月夜は、一条の元へ行く。

「一条さん!一条さん!!」

 いくら声をかけても意識を戻さない一条に、月夜は焦る。

「かなり、酷くやられているようだな。どれ、見せてみろ。」

 バスクが、一条の様子を伺う。

「出血が酷い…!止血しないと危ないな。」

「バスク!どうにかならないか!?」

「応急処置をしておく。救急車は、フューが呼んでおいた。すぐに来るだろう。」

 仲間の対応に、月夜は心強く思う。

「ありがとう。助かるよ!」

「まだ、油断は禁物だ!この男の出血は多い。早く、医者に見せることだ。俺は、退散する。月夜、防具を変えておけ。バレたらまずいからな。」

「ああ…!」

 しばらくすると、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。

「それと、ジェリーが常連の警察に、置き土産をしておいた。警察も、ここへ駆け付けるだろう。」

「分かった!」

「お前は、タクシーに乗ってここへ来たとでも言っておけ。」

 月夜は、うん、と頷く。今は、こんな目に合わせてしまった一条に、申し訳なく感じていた。

『…俺が、絶対に守ると決めたのに…!』

 自分一人の力が足りないことを実感した。

            ※

 一条が病院に運ばれ、まだ銃の弾が体内に残っていた為、手術が行われた。出血も酷かったため、長い時間かかった。月夜は、手術室の外で、生死の境い目を彷徨う一条が、無事であるように祈る事しか出来なかった。数時間後、一条は命をとりとめた。だが、意識はまだ遠のいていた。


 ジェリーは、立て籠もり事件の真っ只中にいた轟に、"一条宛"と書いてあった茶色い封筒を渡してあった。その中には、模倣犯に命を奪われた、一条の知り合いの探偵、小沢啓二が残して逝った、手紙と写真が入っていた。それを受け取った轟は、急いで警視庁へ戻り、現場をスワットに任せて去っていた。

「主防犯が判明した!これより、犯人を逮捕しに行くぞ!」

 轟たちの部下は、はい!と返事をした。

「な、なんだね、君たちは…!?」

 制止する警察たちを退き、轟たちはある人物の場所へ足を運んだ。

「まさか、あなたが伍平喜光と密着があったとは、松平博信警視長官!」

「一体、なんのことだ?」

 松平は、冷静を装っていた。

「あなたは、模倣犯に紛れて、証拠をもとに金銭を揺さぶってきた探偵、小沢啓二の命を奪った!個人情報流出など、伍平たちに情報を流し、数多くの人間を死に追いあった!」

「証拠は?」

「証拠なら、ここにあります!」

 轟は、一枚の写真を突きつけた。そこには、SDカードを伍平に手渡す、松平の写真が写っていた。

「更に、同族殺しを伍平に促し、武器を手に入れさせたあなたは、そのニュースを見て危機感を感じた小沢が、最も信頼していた一条彰探偵の手に、封筒が渡された事を知り、模倣犯たちに命を狙わせた!今回、不自然な立て籠もり事件招集も、あなたが指揮したものだ!言い逃れはできませんよ!」

 轟の言葉に、松平は笑みを浮かべる。

「たかが、一枚の写真。たかが一人の貧乏探偵の証拠など、信用にならんよ。」

 松平の言葉と共に、多くのお偉い方が肩を並べて現れる。

「轟警部補。あなた、警視庁官に歯向かうとはどういうことかね?たかが少しの犠牲で、騒ぐことじゃない!」

「警部総監!!」

「それとも、君は何かね。他の部署に飛ばされたいのかね?」

 松平の周りを、トップクラスの警視庁長官たちに気圧されて、それ以上話しをすることは出来なかった。

「くっ…!失礼いたしました!」

 轟は、拳を握りしめ、その場を立ち去って行った。

「上に居れば、何をしても許されるということかっ…!?」

 自分の力の無さに、悔しさを滲ませた。結局、警視庁官の罪は、もみ消されてしまった。


 一条が、意識を失ってから、三日が経っていた。月夜は、傷だらけの一条を見て、ただ目が覚めるのを待つしかなかった。そこへ、神谷が様子を見にくる。

「…先生の様子は?」

 月夜は、何も答えなかった。もとはと言えば、神谷が不注意に拉致されたせいで、一条が一人で出向くことになったのだ、と許せるわけがなかった。

「…ご、ごめんなさい!私が、捕まったばかりに先生がっ…!」

 月夜は、初めて月夜に声をかけて、その言葉が謝罪だった。

「…出て行け…!」

 神谷は、ハッとする。

「お前の顔なんか、見たくない!!」

 自分の顔も見ずに言う月夜の言葉に、神谷は目じりが熱くなり、いたたれなくなって病室を出て行く。

「…そんな、…言い方は…良くないんじゃないかな?」

 ゆっくりと、目を開けて一条が言う。

「一条さん…!?」

「女性には、優しく…しないとね…。」

 言いながら、にっこりと笑う。それを見て、月夜は、涙を滲ませる。

「いきなり、なに言ってるんですか一条さん!危うく、命を落とすところだったんですよ!?もう、心配ばかりかけないでっ…!」

 笑って言おうとしたが、一条の姿を見て自然と涙が溢れてきてしまい、顔を埋める。隣で顔を埋める月夜に、一条は左手を頭に乗せる。

「…月夜。」

「…もう、駄目かと…思った…!また、失うかと…!!」

 一条は、そっと頭を撫でる。

「顔を上げて、月夜。」

 月夜は、グスンッと、鼻をすする。

「やだっ!不細工な顔してるから…。」

「いいから、上げなさい。」

 一条に言われるまま、月夜は涙だらけで鼻の赤くなった顔を見せる。それを見て、一条は、フッと笑う。

「私も、もう駄目かと思ったよ。君に、会えなくなってしまうのかと…。」

「もう、何も言わずに…何処かに行ったりしないでください!不安で、気が狂いそうになる!こんな思い…!!」

「悪かったよ。私も、君を守りたかったんだ。危険な場所に、連れて行くわけにはいかなかったからね。だが、反省しているよ。置き手紙でも、残しておけば良かったと、後悔している。」

 もう、会えなくなってしまったら、最後の言葉も言えなくなってしまうと、そんな事を思わせた。

「俺にも、守らせてください!こんな、苦しい思いはしたくない!」

「お互い様だね。ありがとう。」

 一条の笑顔を見て、ようやく月夜も笑顔を見せる。

「…もう、こんなにボロボロになって、なんて様ですか?」

 包帯だらけの姿を見て、呆れる。

「言葉も無いよ。私は、戦闘向きじゃないからね。やられる一方だった。」

「自慢になりません!少し、護身術でも習ってみたらどうです?」

 一条は、首を傾げる。

「…気が向いたら…ね。」

『やる気無しか…。』

 二人がやり取りしていると、トントンと病室のドアを叩く音がする。

「はい、どうぞ。」

 一条が返事をすると、轟が顔を出す。

「大変なところ、失礼するよ。」

 一条の怪我の具合いを見て、轟は頭を下げる。

「今回は、本当に申し訳なかった!!上の命令とは言え、君を護衛することが出来なかったとは…!」

「気にしないでください。こうして、月夜君に助けられて無事に生還したんですから!」

 月夜は、少し目を背ける。

「君に危害を加えた、田中、伍平二名は、全身骨折なの重傷で、まだ、話しも聞けない状態になっている。もう一人の池谷は、意識を取り戻して、昨日取り調べを受け、犯行を認めたよ。とは言え、今回の事は、警察内部でも起きていた事件だ!詳しく話したいところだが、私の地位では、詳しく話すことが出来ない。君宛に届いていた、小沢探偵の証拠品をつきつけたが、簡単に跳ね除けられた!せっかく、命がけで守ろうとしていたのに、役に立たず、申し訳ない!」

 轟は、あの茶封筒を渡す。それを、動けない一条に代わって月夜が受け取る。中身を見ると、松平警視庁官と伍平の密着した写真と、手紙が入っていた。手紙には、(命が狙われているかもしれない。私に何かあったら、これを証拠につきつけてくれ!)と書かれていた。

「小沢探偵の無念。しっかりと受け取りました。同族である轟さんたち警察は、手が出せないのはよく解ります。ですが、メディアを使えば、大騒ぎになるでしょ?」

 一条は、ニッと笑う。

「一条君!君は、また危険なことを…!?」

「今は、昔と違い、パーソナルコミュニティの時代です。どんなゴシップも、流せば国民たちが黙っておかないですよ!」

「もう、今ネット上で写真送って分散しちゃいましたぁ!」

 月夜が、タブレットを使って見せる。早速、次々と書き込みかまされ、炎上状態。すると、それを見逃さないメディアはいないだろう。SNS上で、次々と書き込みがされていた。

(警察、ドス黒!!)

(警視庁官とか、トップが犯罪揉み消すとかどうよ?!)

などなど、更に、ネットニュースにも早速書き込みがされていた。

"警視庁官、元議員伍平喜光と裏取引!"

 轟は、唖然とする。

「これで、いくらトップの模倣犯でも、ただではすまされないでしょ?」

「轟さんの無念。ここで、晴らしましたよ!」

 一条たちが、ニコリと笑う。

「持つべきは、戦友…ですな!こちらも、忙しくなるでしょう。しばらく、また会えなくなりますが、それまで、傷を癒してください!」

「ええ。また!」

「お大事に!」

 轟は、敬礼して病室を去っていった。

「警察の人達も、大変だねぇ〜。」

「なにせ、上下社会ですから。深い根がはびこんでいるんじゃないですか?公務員ですし…。」

「公務員ねぇ。それが嫌で、私は逃げ出したんだよなぁ…。」

 フッと昔のことを思い出す。

「とりあえず、ゆっくり休んでください!」

「ああ。専念するとしよう!…それにしても、煙草を吸えないのかぁ〜!」

 一条は、ガッカリする。

「ついでに、止めればいいじゃないですか?」

「それが出来たら、苦労しないんだけどねぇ〜。」

『あ、まったくやめる気してないわ。』

 月夜は、呆れる。

「今から、事務所に戻って、入院の支度してきますね!それまで、ゆっくり静養しててください!」

「ああ。分かってるよ。若いナースたちに、手厚く看病してもらうよ。」

「一言多いですよ!」

 月夜は、ムッとする。それを見て、一条は笑い声を出す。病室を出た後、月夜はドアの前で背もたれながら腰を下ろした。

「…良かった。無事で…!」

 月夜は、安堵して腰を抜かした。

            ※

 あれから、ニュースで話題になった模倣犯の殺人は、松平の辞任で解決していた。テレビカメラの前で、警視庁関連の三人が、深々と頭を下げる。三ヶ月の間、警察の捜査で、模倣犯たちの多くが逮捕され、裏サイトは閉鎖された。そして、松葉杖をつきながら、一条がようやくリハビリの甲斐あって、動けるようになった。

「久しぶりの住処だねぇ〜!」

 一条は、ゆっくりと階段を上がって行く。その後ろを、荷物を持った月夜が歩く。

「壁の落書き、綺麗に直ってるねぇ!防犯カメラも、付け直したの?」

「今度は、カメラも進化してます。拳銃の弾も通らないガラスにね!それに、不審者らしい人物が映ったら、防犯ブザーが鳴るようになっていますよ!」

 月夜の徹底振りに、一条は頭をかく。

「そんな、無駄遣いしなくていいんだよ?事件も解決したことだし。第一、探偵は今回のように逆恨みされてもおかしくない稼業なんだから。」

「だからですよ!世の中物騒になってる!こちらも、防戦一方じゃいられません!」

 月夜の決意は、隙がなかった。一条は、意見を言うのを止める。

「じゃあ、我が家に入りましょうか!」

 ゆっくりと、ドアを開けると、デスクに座っていた神谷が、パッと椅子から立ち上がる。

「お帰りなさいませ、先生!」

「ああ。ただいま!」

 松葉杖の姿を見て、神谷はシュンとなる。

「あ、あの…。私、先生がお戻りになってから、言おうと思ってたんです!私の不注意で、先生をこんな目に合わせてしまって、私…!」

 一条は、神谷の頭をポンと叩く。

「言ったでしょ。大切な秘書である君を助けに行っただけなんだから、気に病むことはない!そんな理由で、ここを辞めるつもりなら、許さないよ。私も、身体を張った意味がない!」

「…先生。でも…!」

「今まで通り、秘書の仕事頼むよ!君が整理整頓してくれてるおかげで、事務所の中もこんなに綺麗に片付けられている。頼みにしているんだよ?」

「先生…。ありがとうございます…!私、精一杯務めさせていただきます!」

 神谷は、涙を拭う。

「うん、それでいい!」

 てっきり辞めると思っていた神谷が、一条の言葉で心を入れ替えてしまい、内心月夜は気に食わなかった。

『また、こいつと、顔を合わせるのかよ…!』

 自然と、目じりにしわがよる。

「一条さん。荷物、片付けておきますね!」

「ああ。すまないね。」

「今日、退院したばかりなんですから、部屋で横になっていてはどうです?」

「う〜ん。そうだね。少し疲れたから、横にならせてもらうよ。」

 一条は、月夜の提案を受け入れて、自分の部屋で休むことにした。姿が見えなくなると、間を置いて、急に神谷が月夜に話しかける。

「…と、言うことになったので、あなたがどう思おうと、私はここで働くことになりましたから。」

 月夜は、顔を見ない。

「そりゃ、良かったな。」

 気のない返事を返す。

「それに、先生の事も、諦めるつもりはありません!」

「はっ…!?」

 急な言い分に、月夜は思わず神谷を見る。

「あなたたちが、どのような関係であっても、私も先生を諦めるつもりはないと言ったのです!先生が、命がけで助けてくれた命、彼のために使います!!」

 月夜は、口をヒクヒク動かす。

「やれるもんならやってみな!こっちとら、二年も前から二人でやってきたんだ!俺が先輩!お前は、単なるお茶くみの後輩だ!それに、この事務所は一条さんのために作り出した!彼を想う気持ちなら、負けないぜ!!」

「私だって、負けません!!」

 二人は、睨み合いをする。

『やっと、本性を出しやがったなぁ〜!!』

 月夜は、新たなライバルを見つけることとなった。

「あの〜…。」

 不意に、横から煙草を吸いながら、二人を眺める一条が、部屋のドアを開けて見ていた。

「そういう話しは、本人が居ない時か、寝静まった後でしてくれるぅ〜?」

 まだ、睨み合っている二人を見て、一条はため息を吐く。

「仲良くなったようで、何よりだよ。」

 一条は、ドアを閉める。









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