狙われた探偵
「聞きましたよ。大活躍だったようですね、一条さん!」
月夜が、満面の笑みを浮かべる。
「いやぁ、なに。あそこには、似たような石ころが転がっていたから、似たような石を伊藤さんに持たせただけだよ。」
「確かに、見た目はただのガラス玉にしか見えませんでしたからね。」
「轟さんから聞いたんだけど、昨夜、一年振りに怪盗シルバーが姿を現したそうだよ!」
「え?」
『見られてたのか!』
月夜は、自分の失態に苦笑いする。
「彼らは、"賢者の石"を巡って、屋根の上で争っていたと聞く。これから、敵対関係になるだろう。」
『鋭いな。』
一条の言葉に、月夜はニヤッとする。二人が話しをしていると、神谷が割って入ってくる。
「先生、そろそろお時間です。」
「ああ。もう、そんな時間か。」
一条は、煙草を消す。
「これから、お仕事ですか?」
「行方不明の捜索を頼まれてね。名前は、野々村忠雄55歳。犯罪関連の評論家をしていた男性だ。よく、ニュースに出てただろ?彼の捜索を依頼れたんだよ。」
『評論家…?』
月夜は、昨夜フューが話しをしていたことを思い出す。近頃、名の知られた警官や探偵やら評論家が、脅迫状を送られて、何人か犠牲にあっていると言う。だから、気をつけろと…。
「僕も行きますよ。車で行きます?」
「いや。近場だから、歩いて行こう。」
一条は、茶色のコートを着ながら言う。
「はい。」
月夜は、少し不安を覚えていた。一条は、顔が知られすぎているのではないかと。
二人は、狭い裏路地を歩いて野々村の住んでいたマンションに向かった。
「月夜君。君、ちゃんと寝てるのかい?夜にまで仕事なんて…。」
「何言ってるんですか。22時には、いつものベッドに横になってるじゃないですか。心配しすぎですよ!」
月夜は、笑って見せる。
「仕事を二つも掛け持ちするなんて、私には真似できないよ。」
一条は、軽く頭を振る。そんな、他愛のない会話をしていると、後ろから一台の車が、一条めがけて猛スピードで走ってきた。
「一条さん、危ない!!」
月夜は、間一髪のところで一条を庇い、路地の隙間へと避ける。
「なっ、なんだ…!?」
一条は、困惑する。月夜は、車のナンバーを見ようとするが、とうに過ぎ去った車は、遠くへと曲がっていた。
「くそっ…!」
見るからに外車だった。色はグレー。明らかに、一条を引こうとしていた。
「一条さん、大丈夫ですか!?」
月夜は、一条に向き直る。
「明らかに、一条さん狙いでしたね。近頃、警官や探偵、様々な評論家が、模倣犯にやられていると聞きます!一条さんも、その確率が大きい!事務所にくる脅迫状も、気を付けたほうがいいですよ!」
「模倣犯…ねぇ。確かに、こんな仕事してると、逆恨みされることが多いからね。事務所に脅迫状が届くようになったのも、一度テレビ番組に出てからなんだ。」
一条は、砂ぼこりを払いながら、冷静に分析する。
「一条さん、危険ですよ!事務所に戻りましょう!」
「いいや。今は、どこに居ても一緒だろう。もしかしたら、今回の依頼もその模倣犯の線が出てきた。なら、一歩も引けないよ!」
一条は、コートの中に入れていた帽子を被り、真剣な顔をする。
「一条さん…。」
「探偵の意地を見せてやる!そう簡単に、殺されてやる訳にはいかないからね。」
一条の決意は固まった。その真剣さに、月夜はそれ以上口を出すことを止めた。二人は、野々村のマンションの中に入った。部屋の中は、特に散らかった形跡はなく、静かなものだった。
「…特に、荒らされた形跡はありませんね?」
月夜が、辺りを見渡す。一条も、一部屋ずつ確かめていく。そして、野々村のデスクの上にあるパソコンに目をやる。それを、起動させる。
「一条さん?」
月夜は、野々村へ送られてきたメールを見ている一条の横に行く。メールのほとんどが、事務所に送られてきているものとまったく似たようなもので、"殺す"だの"消えろ"などの文書が入ったものだった。
「野々村は、実際に脅迫状がきていたことを、警察に相談していた。そして、犯人は捕まったと聞いていたが…。」
「やはり、模倣犯と言うことですね!」
「おそらく。もう少し、辺りを調べてみよう!」
一条たちは、何らかの形跡がないか探し始める。月夜は、何気なく浴槽へ足を運んでみる。すると、鏡の隅に一つの血のついた跡が残っていることに気づく。
「一条さん!」
月夜に呼ばれて、一条が駆け付ける。
「血の跡です!まさか、ここで襲われたんじゃ…!?」
「考えられるね。それに、見てごらん。床に少しだけ、靴の足跡が残っている!これは、警察を呼んだほうが良いかもしれない。おそらく、彼は…。」
月夜も、その考えにいたった。一週間も行方不明で、マンションには襲われたらしい血痕の跡。命の灯火は…。数分後、轟たち警察が野々村のマンションに駆けつけた。
「一条さん。調度数分前、野々村忠雄の死体が、川辺で全裸の姿で発見されました!」
「なんですって!」
「彼に、脅迫状を送っていた犯人が、口を割りました。"俺たちを捕まえることができるのか?"と。つまり、あなたの言う通り、殺人を楽しんでいる数人の模倣犯の仕業です!そして、あなたも狙われている被害者の一人。確か、先ほど月夜君から聞きましたが、グレーの外車が、あなたを狙ってきたと。」
「ええ。危うく引かれるところでした。月夜君が、危ないところを助けてくれたんです。」
「我々警察の落ち度です。申し訳ありませんでした!」
轟は、頭を下げる。
「よしてください!こうして、私は無事なんです。それに、頼れる助手がいる。」
「我々も、総力を上げて模倣犯たちを洗いざらい探しているところです。くれぐれも、気を付けてください!」
「ええ。顔を知られている分、気を付けて行動するつもりです。それに、心無い犯罪者を、放っておくことは出来ません!犠牲者は出ている。お遊びでは済まされません!奴らの足取りを見つけ出して見せますよ!」
一条は、決意をあらたにする。二人の会話を見ていた月夜は、一条を守りぬこうと、心に決めた。
※
事務所に戻ると、月夜は万全の準備を整えようと、ある考えを実行していた。一人で、事務所の外で黙々と動いている月夜を見て、一条は煙草を吸いながらそれを眺めている。
「…月夜君。君は、一体何をしているの?」
「防犯カメラと、熱感知で電気がつく機械を取り付けています。何かあってからでは遅いので、今のうちにつけておこうと思いまして。一方的にやられるのは、我慢ならないですから!」
「まあ、そうだけど…。」
「玄関前と、車を入れるシャッターの場所と中に、一台ずつつけました!」
月夜の用心に、一条はう〜んと唸る。若い彼に、負担をかけてしまっていいものだろうかと、複雑に思う。
「心構えは必要だけど、どこでそんな装備を手に入れたの?お金もかかったでしょ?」
「心配いりません!仕事を掛け持ちしているから、一条さんが心配することありませんよ!」
『前の高い報酬が入ったからなぁ〜!』
普段、無駄遣いしない月夜は、宇佐美の財産を貯蓄していて、そのおかげで事務所を新しくことができた。それに、"ブラックエンド"の報酬も、仲間に分担しても手に余っていた。大事に使わない手はない。何より、自分の住処と大切な人を守ろうとするのに、躊躇などなかった。すると、パリーンッとガラスの割れる音がする。
「きゃ〜!!」
神谷の悲鳴が聞こえ、一条と月夜は急いで事務所の中に入る。
「神谷君!」
一条が、しゃがんでいる神谷のもとへ行く。月夜が事務所の窓を見ると、大きな石が投げられ窓ガラスが割れていた。急いで外を見ると、一台のバイクが逃げ去るところだった。
『くっそ!今、設置したばかりだから、写ってない!!』
月夜は、歯がゆい思いをする。
「怪我はないかい?」
一条は、神谷の様子を伺う。
「だ、大丈夫です…。あっ!」
「おっと!」
神谷は、立ち上がろうとして、一条に抱きつく。それを見て、月夜は、ムカッとする。心なしか、神谷は月夜のほうを一瞬見て、ニヤッとした気がした。月夜は、事務所に転がる石を拾い上げ、窓を見る。
『ガラスのほうも、防弾ガラスにしたほうがいいな!』
ある暗い一室で、壁にいくつもの写真が貼られていた。そして、いくつかの人物の写真にバツ印のマジックが書かれていた。どれも、死体で発見された人物や行方不明者ばかりだ。そして、写真の中に、一条のものが飾られていた。暗闇にうごめく数人のうち、一人が一条の写真にナイフを突き刺す。
「許せない!この男…!!」
ナイフを突き刺した人物は、息を荒くして殺気を滲ませていた。
※
ニュースでは、数多くの警官や探偵、評論家の殺傷事件が流れていた。警官殺人ということもあり、都内は多くの警官たちが警備体制を強化していた。
「ハハッ、なんか大変なことになってんな!」
月夜は、フューの言葉に呆れる。
「笑い事じゃねぇぞフュー!実際に、一回ひき逃げされるところだったんだからな!!」
「で、俺が送った装備はつけたか?」
「ああ。ちゃんと、設置させてもらったよ!自分の住処を荒らされたんじゃ、話にならないからな。」
月夜は、フューに防犯カメラなど装備品を発注してもらっていた。
「まあな。家主がいなくなったら、話にならないからな。で、その家主は今何してる?」
「写真と睨み合いっこだよ。過去の関わった依頼で、逆恨みされそうな人物に心当たりがないか、考えてるよ。」
「こりゃ、しばらく落ち着くまで怪盗ごっこはお預けだな!」
「まあな。李からの連絡もまだ無いし、まずは逆恨み野郎を片付けないと、ここを離れられそうにない。」
月夜は、ため息をつく。
「まあ、頑張れや!こっちは、ジェリーがコスチュームの改造で専念してるぜ!」
「びゅ〜!じゅわぁ〜!」
ジェリーの気合いの入った声が電話越しに聞こえてくる。
「また、連絡する。じゃあな!」
月夜は、電話をきり、写真とにらめっこしている一条の元へ行く。
「どうです?目星は、つきそうですか?」
「う〜ん。私が、テレビに出たのは半年前だ。たぶん、それ以降に関わった依頼のどれかだと思うんだが…。」
一枚の写真を手にして、一条はまた考え込む。
「覚えてるかい?二人で依頼を受けた不倫現場を抑えたこと。」
「もちろん!茶々と出会った時のことですから。」
言いながら、ソファーで寝ている茶々を撫でる。茶々は、眠りを妨げられ、大きなあくびをする。
「確か、森下君子さんが、旦那さんの健司さんの不倫現場を抑えくれっていう…?」
「そう。旦那さんの健司さんが、キャバ嬢の七海さん二十三歳とホテルで密会していたという現場を抑えあれね。あの時、君が茶々に夢中になって騒ぎ声を上げたものだから、二人に見つかってしまったよねぇ。」
「そ、そうでしたっけぇ〜?」
月夜は、ギクッとする。
「その後、森下さんたちはどうなったんでしたっけ?」
「君子さんが、私たちの写した写真を健司さんにつきつけて、二人は別れたらしいよ。健司さんは、なんとか寄りを戻そうとしたらしいけど…。」
「森下君子さんは、社長令嬢でしたからね。無職の健司さんが、紐になっていたからお金に困って食い下がるのもわかりますよ。」
『逆恨みに思ってもしかない…?』
月夜は、頭を傾げる。
「う〜ん。」
一条は、また写真と睨み合いを始める。探偵という稼業は、逆恨みされて当たり前か、と悩む。
「犯人は、複数犯です。その中の一人に入っていてもおかしくないんじゃないですか?」
「確かに…ね。」
二人が話しをしていると、十七時になる。デスクに座っていた神谷が、手を止めカバンを持つ。
「では、先生。時間ですので、失礼します。」
「う〜ん。ご苦労さ〜ん。」
一条は、写真を見たまま返答をかえす。
『いつも、時間きっかりに帰るんだよな。』
隙のない神谷に、月夜はため息をつく。だが、これでやっと二人きりの時間が出来て気が軽くなる。防犯カメラも、階段を降りていく神谷を確認して、ちゃんとカメラが作動していることをチェックする。すると、神谷が帰った後、車のシャッターの前を、例のバイクに乗った人物が写った事に気づき、目を見開く。
「あ…!」
月夜は、急いで玄関を降りて行く。
「ん?月夜君!?」
一条の声を後に、月夜は逃げ去るバイクを横目で見る。そして、ポケットの中に入れていた小型GPSを、バイクの後ろにつける。
『捕まえたぜ!』
月夜は、スマホに写し出されている位置情報を確認する。と、そこで電話がかかってくる。
「フューか!」
「どうやら、やっこさん捕まえたみたいだな!こっちにも、ちゃんと位置が確認できるぜ!」
「車、出せそうか?」
「路地裏に待機してる。今すぐ来い!」
月夜は、電話を切って走って行った。ボックスカーに着くと、フューがドアを開ける。
「こっちだ!」
言われるまま乗り、ドアを閉める。ワゴンは、急発進してGPSの後を追う。
「月夜ぁ〜!さっき出来た物だけど、試してみる?強化した、パワーグローブに、スピードシューズ!車ぐらい速く走れるよぉ~!」
「ナイスタイミングだぜ、ジェリー!」
ジェリーは、へへへっと笑う。月夜は、出された装備を身につける。
「また、改良の余地があったら言ってねぇ~!」
「おうっ!」
「おい!やっこさん、路地裏で減速して止まったぜ?!」
フューが、合図を送り車を脇に止める。
「ありがとうよ!」
月夜は、ワゴンを出ていく。バイクは、減速した後、ため息を吐いてエンジンを止める。そして、ヘルメットを外そうと両手を上げる。
「オラァああ〜!!」
後ろから、突然空中で拳を振り上げてきた月夜に気づき、ハッと顔を向ける。
「うわぁ~!!」
バリンッという音と共に、ヘルメットが割れてバイクの人物が転げ落ちる。月夜は、その人物に近づくと、壊れたヘルメットを取って慌てふためく。
「ま、待ってくれぇ~!!」
その男は、身に覚えのある男だった。
「犯人は、お前だったか西平健司!!」
「ほ、ほんの出来心だったんだ!!うまい話しがあるからって…!それで…!!」
月夜は、両手をバキバキならしながら近づく。
「この逆恨み野郎が!てめぇで犯した罪を、人のせいにしてんじゃねぇ!!」
月夜は、思い切り顔面に拳をぶつけた。
月夜は、フューたちと別れた後、警察に通報して健司を突き出した。そして、一条の居る事務所へ戻っていき、事情を説明した。
「け、健司が捕まった!?」
「はい!防犯カメラの後をつけて行ったら、信号で止まっていたので、一発かましてやりました!」
月夜は、スッキリした顔をして一条に報告する。
「また、君は無茶なことを…!」
一条は、ため息をつく。
「轟さんが、健司の取り締まりをするそうです。向かいますか?」
「ああ、もちろん!模倣犯の一人だからね。事情を聞き出したい!」
月夜たちは、早速警察署へ足を運ぶ。
一条たちは、健司の取り締まりを見学していた。その顔のボコボコになった姿を見て、痛々しく感じる。
「だ、だってよ。あの探偵のせいで、俺の人生台無しにされたんだ!!君子と別れることになったのだって、あの探偵のせいじゃねぇか!おかげで、文無しになったまって、七海に会うことも出来なくなった!!」
「一条探偵をひき殺そうとしておいて、何を勝手な言い分を行っている!脅迫状も、事務所に石を投げたのも、ちゃんとした罪だ!」
「だ、たってよ。SNSの投稿に、恨みを晴らしたい相手が居るなら、現金を払った上で犯行に及ぶことが出来るって書いてあって、覆面を被った人間から現金をもらって、これであの探偵に目にもの見せてやれと言われれば、それにのるだろ!?で、でも、事務所に石を投げこんなことは認めるが、車でひき逃げなんか出来るわけないだろ!?第一、車を買う金なんてない!ほんの、出来心だったんだ!!」
事情を聞いていて、警察がため息を吐く。
「その覆面の人物の特徴は?何人いた?何を命令された?」
「わ、分からねぇ!ただ、お前の恨みを晴らすために、力を貸せと言ってきた!あの探偵に恨みを持っている奴が、まだ大勢いるということだ!だから、ひき逃げ犯は、俺じゃない誰かだ!」
「金を貰っただけで、お前は一条探偵の命を狙ったのか!?」
「だ、だって、金がなかったし、あの探偵を追い詰めたら、もっといい額を払ってくれるって言ったんだよ!それにすがって、何が悪い!」
「最初から間違っている。これは、れっきとした闇バイトだぞ!お前のスマホから、何人か特定の人物を洗い出す事は出来た。観念して、務所に入っているんだな!」
健司は、言葉を失う。それを、隣の部屋から見ていた一条と月夜たちは、ため息を吐く。元から、紐だった健司が、金に糸目をつけないことを分かっている。だが、それを促した人物たちは、闇バイトをかき集めて犯罪を起こさせている。模倣犯の人数は、計り知れない。それな、覆面を被っていた人物のことが気になる。SNSから、犯人と犯人が殺した人物がアップされており、自慢気なコメントが書かれていた。
「どうやら、まだまだ事件は解決ではなさそうですね。」
「ああ。そのようだ。」
月夜と一条は、考えながら帰宅した。すると、階段のある壁一面に、(次はお前だ)とペイントされて書かれた文字があった。そして、玄関先の防犯カメラが、銃口で壊されていた。
「一条さん!」
二人は事務所に入り、防犯カメラの映像をチェックする。すると、黒尽くめの人物が、パーカーを深く被って階段を上がってきたと思うと、腰にぶら下げていた拳銃を防犯カメラに向けて放つところが映されていた。
「一条さん。直ぐに轟警部に連絡しましょう!」
「…あ、ああ。」
一条は、戸惑いを隠しきれなかった。
※
一条探偵事務所の検証が始まった。鑑識が、荒らされた壁のペイントや防犯カメラなどを調べていた。
「こちらでも、何人かの犯人を特定して当たっているが、映像に映っている犯人は、いまだに逃走している。防犯カメラに残っていた銃の玉を調べたら、殺された警官の持っていたそれと一致した。殺人鬼は、まだ陰に潜んでいる。事務所の中は荒らされてないようだが…。」
前の事務所のようにダンボールだらけになっていた状態を見て、轟が見渡す。
「あ、ええ。大丈夫です。ちょっと調べものをしていたのでね…。」
一条は、苦笑いする。
「そういえば、月夜君は今どこに?」
「いつものように、別の仕事で席を外しています。」
「そうか。事務所を出る時には、くれぐれも気を付けてくれと言っておいてください!」
「はい。ご配慮、感謝いたします。」
探偵事務所には、見張りの警察が配置される事になった。入り口付近、それにそこに現れるだろう犯人を取り押さえるための、普段着に着替えた捜査官。狙われているのが一条ならば、必ず現れるはず。警備体制も強化していた。
「えっ…?こんな時に、"賢者の石"!?」
月夜は、素っ頓狂な声を出した。
「気持ちはよく分かるけど、滅多にお目にかかれない得物を見逃すの?それとも、ローズクイーンって怪盗にくれてやるの?」
李が、呆れて忠告する。
「く、くれてやる覚えはないないよ!でも、一条さんが次に命を狙われているっていうのに…!」
「大丈夫よ!要は、警察がいるところに探偵さんがいれば、警護しやすいんでしょ?だったら、怪盗シルバーの予告状を出せば、警察と一緒に探偵さんも来ざるおえないでしょ?」
「…まあ、その通りだ!」
「大切なモノを守るんでしょ、怪盗シルバー!?」
李は、月夜の大切にしている人物を心得ている。それに、顔を赤くする。
「わ、分かってるよ…!じゃあ、いつもの通りに頼む!」
「了解!」
李は、笑いながら答える。電話をきり、月夜はまだ事務所へ戻って行った。
「何!?二つの予告状が届いた!!」
轟は、一条のほうを向く。
「一条君。こんな時だというのに…。」
「ローズクイーンと、シルバーですね?私も、お供しましょう!」
轟は、うん、と頷く。
「私たちと居たほうが、警護しやすい!そのほうがよかろう!」
月夜は、内心ホッとする。月夜に気づき、一条が声をかける。
「月夜君。仕事のほうは大丈夫かい?」
「ええ。今夜は大丈夫です!一緒にいられます。」
月夜の言葉を聞いて、一条もホッとする。
「今夜中に、神谷君にはしばらく休暇をとるように連絡しておくから、犯人が捕まるまでは、二人きりだ。」
「はい!」
こんな時だというのに、月夜は二人きりだと聞いて内心嬉しかった。
「一条君。予告状には、明日の夜と書かれていたらしい。朝になったら、連絡を入れるから、指定の場所へ二人で来てくれ!」
「分かりました!」
鑑識も終え、警護する捜査員を残して、轟は警察署へ戻ることとなった。一騒動終え、一条はため息を吐く。
「あの、一条さん。僕、昼間は仕事を手伝うことができるんですけど、夜は…。」
「もう一つの仕事かい?」
「あ、あの、でも…!」
「私の事は、心配しないで専念しなさい。それも、大事な仕事だろ?」
「は、はい…。」
月夜は、うつむく。今は、あまり一条の傍を離れたくない。命を狙われていると分かっているのに…。一条は、月夜の頭に手を当てる。
「昼間も、夜も轟さんたち警察が居る。そんなところに、わざわざ犯人も現れないだろ。マットさんのようなFBIも居るんだから。それに、一人で事務所に居る方が滅入ってしまうよ。」
「一条さん…。分かりました。」
『この人だけは、失いたくない…!』
月夜は、一条を命がけで守ろうと思った。
「あの、一条さん。今夜は…。」
「ん…?」
月夜は、照れながら言う。
「…今夜は、一緒に…寝てもいいですか…?」
月夜の言葉に、一条はキョトンとする。そして、不意に笑い出す。
「良いのかい?警察の方々が、聞いているよ?」
盗聴器越しに聞いていた外の捜査員たちは、軽く咳払いする。
「か、構いません!傍にいないと、不安で眠れません!」
一条は、月夜の頬を撫でる。
「君も、意外と心配性なんだな…。」
月夜は、顔を赤くする。言っていて、恥ずかしくなる。だが、意見を変えるつもりはなかった。
「旅館の時のように、解放してやることはできないよ?」
「えっ…?」
『あれは、夢だったんじゃないのか!?』
高笑いする一条の背中を見て、月夜は全身が赤くなる。
夜の二十三時。一条のベッドの中に、二人いた。背中を向けて寝ている一条の背中に、月夜は手を回す。
『広い背中…。』
一条のつけているコロンの香りが、月夜を落ち着かせる。
『この人を、兄さんみたいに失いたくない…!』
回す腕に力が入る。
「眠れないのかい?」
不意に、一条が声をかける。
「いいえ。そんな事は…。」
軽く笑いながら、一条が月夜のほうに向きを変えてくる。
「私も、同じ気持ちだよ。君を、失いたくない…!」
「一条さん…!」
一条は、月夜の背中に手を回す。
「私にも、守らせてくれないか?今回の事も、簡単に殺されてやるつもりはないと言っただろ?二人で、この壁を乗り越えよう!」
「一条さん。…はい!」
外で聞いていた捜査員たちが、頬を赤くする。
「そういう仲だったのかよ…!」
※
朝になり、何事もなかった一条たちは、轟が指定した場所へ行く。そこは、立派な豪邸だった。広い庭に噴水があり、まるでイギリスの貴族の屋敷に来たかのような感覚を思い出させた。その豪邸の門の前で、轟たちが待っていた。
「おお。来たか一条君!」
轟が、手を挙げる。
「家主の名取和人さんの所に案内する。」
轟は、インターフォンのボタンを押す。
「…はい。」
「警視庁の轟です。名取さんに、お取次ぎください。」
「どうぞ。」
声の後、門がゆっくり開く。
「では、参りましょう。」
轟の合図で、一条と月夜たちは後に続く。残りの警察官たちは、門の外に待機した。
『宇佐美の豪邸と、良い勝負になるほど豪華な場所だなぁ〜。』
月夜は、豪邸の中を見てそんなことを思う。三人が、メイドに案内更されて廊下を進んで行くと、中央で細身のリーゼントの髪型をした三十代ぐらいの男が、両脇にメイドをはべらせていた。近くには、マットもいた。
「ようこそ。お待ちしておりました。」
轟は、その男と握手をかわす。
「一条君。彼が、依頼主の名取和人さんだ。」
「名取です。あなたのお噂は、聞き及んでいます、一条探偵!」
二人は、握手を交わす。
「これは、どうも。一条です。」
「早速、ご案内いたしましょう。私の持つ"賢者の石"のもとへ。」
『片目が青いな…。』
後ろで見ていた月夜は、そんなことを思った。名取が案内した場所は、どこからでも入りやすいようなラウンジの中央だった。そのガラスケースの中に、一つの丸い黒い石が飾られていた。普通に見れば、ただの黒い石だ。四人は、う〜ん、とその石を見る。
「これが、"賢者の石"…?」
デジャヴだろうか…。と、皆思う。
「まあ、見ててください。」
名取は、ラウンジのカーテンを開ける。すると、その光で先ほどの黒い石が七色に輝きを放つ。
「おお〜!」
三人は、声をあげる。いくつもの色に輝きを放つ宝石は、見たことがなかったが…。
『これも、ハズレだ。』
月夜は、心の中でガッカリする。だが、この石も売ったら言い値がつくのは確かだ。
「どうです。美しいでしょ?」
「た、確かに…。」
轟は、目を細めて言う。
「今回は、怪盗二人がこの宝石を狙っています。このような場所に置いては、死守しずらいのでは?」
マットが言う。すると、名取が笑い出す。
「構いません!有名な怪盗たちに、目をつけられることこそ、この宝石の価値が上がると言うもの!」
「では、あなたはこの宝石が、"賢者の石"ではないと知っていたのですか?」
一条が質問する。
「ええ。おっしゃるとおりです!私の宝石に怪盗が、命がけで奪いに来ることこそ、価値が上がるというものです!」
『なんて、身勝手な言い分だ!道楽者の考えることは分からねぇ!だが、またあのローズクイーンと対決出来るなら、損ではない!』
月夜は、フッと笑う。
「あなたの言い分は、分かりました。では、この宝石を餌に、怪盗ローズクイーンとシルバーを捕獲させていただくとしますが、よろしくですか?」
轟が、言う。
「問題ありません。好きに使ってください。」
四人は、呆れてしまう。そして、豪邸を後にする。月夜は、時間を見た。時間は、十五時を指していた。
『そろそろ、準備が必要かな…。』
月夜の様子に気づいた一条は、声をかける。
「仕事の時間かい?行ってきて構わないよ。」
「えっ…?でも…。」
「周りには、こんなに警察がいる。それに、FBIの人たちもいるんだ。大丈夫だよ。」
一条は、月夜の背中を押す。
「無理だけはしないでくださいね!ローズクイーンは、簡単に人を殺すと言われていますから!」
月夜は、再度忠告する。
「はいはい。行ってらっしゃい。」
一条は、軽く手を振る。
「もう、緊張感がないんだから!」
言った後、フューたちのいる車へ向かった。
※
フューたちとの会議は、十分にできた。月夜は、今回の得物について洗いざらい話す。
「賢者の石じゃない!?なら、取っても意味がないじゃないか!」
「そうでもない。偽物だが、競売にかけたら、それなりの値段はつくだろ!それに、あちらさんは奪ってくれって言ってるんだ。それに、ローズクイーンとの勝負も待ってる!この前の実験で、ジェリーの作ってくれた防具は完璧だ!いつでも相手できる!この前のリベンジと洒落込もうぜ!」
十九時の鐘の音がなり、透明になり豪邸内へ侵入した。ラウンジの中央には、偽物の賢者の石が堂々と飾られてあった。
『お言葉通り、有効に使わせてもらうぜ!』
シルバーは、静かに宝石を手にする。と、同時に、外側の窓ガラスが、バリーンッ!と割れて、ローズクイーンが現れる。
「待ってたぜ!」
「させない!」
ローズクイーンは、左手に持った刃物を構え、襲いかかってくる。シルバーは、グローブで防御する。刃物対策は、万全だ。刃物の通らないグローブに、ローズクイーンは、一目置く。そして、隠していたスモーク弾を投げる。
「姿を晦まして、攻撃してくるつもりか!だが、そうはさせないぜ!」
シルバーは、窓を割って外へ逃げる。それを見て、チッと舌打ちしたローズクイーンは同じく外へ向かう。外にいた轟たちやマットたちが、身を潜めていた。
「出てきた…!」
動こうとする轟を、マットが止める。
「まだ、手を出せない!あいつらが、本気で殺し合っている!下手に入ったら、こちらが痛い目に合う!」
マットの言う通り、二人の戦闘は見ているしかないほど激しいものだった。マットと轟の横で、一条はカメラを取り出し必死にシャッターをきる。こんなに堂々と、日が沈みかけた時間帯に姿を現す怪盗たちの姿を残しておかない手はない。シルバーの防御の強さに、少なからずローズクイーンは焦りを感じている。攻撃の強さが、それを物語っている。
「攻撃は、最大の防御と言うが、防御は最大の攻撃だ!」
シルバーは、思い切り切り込んでくるローズクイーンの動きを受け止め、刃物を折る。その勢いで、ローズクイーンは後ろへ跳ね返って仰け反る。
「ヘヘッ!」
シルバーは、折れた刃物を見て驚くローズクイーンの動揺を見て笑みを浮かべる。
「まだまだだぜ!!」
素早い動きで近づいてくるシルバーの攻撃に、ローズクイーンはなんとか避けるしかなかった。今まで、自分より強い相手と出会ったことがないのだろう。防戦一方になり、戸惑いを感じている。
「オラァ〜!!」
ボディーに、パワーグローブの一撃が入る。
「くはっ…!」
よろけるローズクイーン。あばら骨に、ヒビが入ったらしく、鈍い音がする。たまらず、横腹を押さえる。
「まだだ!!」
シルバーの二撃目は、ローズクイーンの仮面の半分を割った。そして、長い金髪と青い目の素顔が見えた。その素顔を見て、シルバーはギョッとする。
「お、女…!?」
「くっ…!」
その後ろから、カメラのシャッター音が聞こえる。一条が、近くの木陰に隠れていた。
『なっ、なんであんなとこりに…!?』
シルバーは、動揺する。ローズクイーンは、素顔を撮られたと思い、左ももに着用していた小型の銃を手に取ると、一条の方へ向かって行く。
「させるか!!」
シルバーは、ローズクイーンの首と銃を持った左手を上に上げて制する。と、同時にバンッ!と一発の銃声がする。
「今だ!!」
マットたちは、動きを見せる。
「早く逃げろ!!」
シルバーの一言に、一条は頷いてその場を立ち去る。警察たちやFBIが動き出した事を知り、シルバーはローズクイーンを投げ飛ばして、姿を消した。
「今回は、俺の勝ちだな!」
「くっ…!」
ローズクイーンは、負傷しながら、マットたちが近づいて来ることを理解して、スモークを使って素早く立ち去る。
「クソッ!後一歩のとこりだったのに!!」
轟とマットたちは、歯がゆい気持ちになる。
「奴は、負傷している!まだ、近くに潜んでいる可能性がある。探せ!!」
マットが、FBIの人間に捜索をさせる。
一条は、カメラを握りしめて、消えていった。シルバーの消えて言った方向を見る。
「シルバーが、私を助けた…?!」
危うく、ローズクイーンに撃たれそうになったところを、彼は"逃げろ"と言った。
「シルバーは、男性…?」
李周梅だと言われていたが、あの声のトーンは、明らかに男の声だった。