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6話 また会おう

 輪入道の暴走から一夜明け、氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)は街を歩く。街の様子は昨日の朝と変わらないようで、心なしか妖怪が減っているように感じる。夜に大勢見たから余計に減ったと錯覚している可能性も考えたが、それでも少ないのは確かだと実感し、減った理由を一つ考えついたので、それが当たっているのか気になった。


「妖怪って逃がせるの?」


 元からこの世界で暮らす夕雅(ユウガ)に尋ねる。妖怪は元々野生で、人間が友達や仕事仲間として引き取っている。けれどもここ数日の、妖怪が人間を襲う異変を受けて、人間は妖怪を野生に帰したのではないか。街で見かける数が減ったのは、暴走するのを恐れて手離したからではないかとヒツギは考えた。


「逃がせる。逆に気に入ったら仲間にしてもいい。仕事絡みだと手続きは要るけど」

「仲間に、か……」


 仕事で支給された妖怪を勝手に逃がすのは問題になるが、趣味に関しては緩い。野生の個体を仲間にするのも逃がすのも自由だ。仲良くなれば人間と一緒に生活をしてくれる。それはどこの誰であっても関係ない。夕雅はヒツギに、好きな妖怪を仲間にしてもいいと伝えた。

 ヒツギは当初、夕雅のように妖怪のパートナーを決めるつもりはなかった。知らないうちにこの怪世界に飛ばされて、きっと他にも飛ばされた人がいて。彼らに任せてとっとと元の世界に戻るつもりでいた。どうせすぐお別れだから、妖怪や現地の人間と仲良くなる意思はなかったのだ。


 もう三日目になるのに誰の情報もない。けれどもヒツギはそろそろ事態は動くと考えている。この世界を去るのはそう遠い先ではないという考えは変わっていない。


「じゃあ俺は仕事始めるから」

「おう、頑張って」


 夕雅の仕事は俥夫。人力車を引くことが役目。昨日はヒツギを乗せて街を案内してくれた。他にも乗せないといけない客がいるから、ここからしばらく別行動だ。といってもヒツギには他に知り合いを見ていないから、鉢合わせない限り一人での自由時間となる。

 ヒツギにとってのゴールは元の世界に帰ること。そのためには異変が収まらなくてはならない。彼が昨晩の妖怪襲撃騒動の解決に一役買ったことが広まれば、他にこの世界に呼ばれた人の耳にいずれ届く。その人が誰か、どれだけいるのかさえ分からないが、肝試しの会場に人は結構いたし、彼一人が呼ばれたとはあまり考えていない。

 事態が動くのは誰かに知られてからだろうから、今は彼の好きなように過ごせばいいと割り切った。



 そんなマイペースなヒツギの元に烏天狗がやってきた。烏の頭と羽に、人間の腕と足を持つ山伏の格好をした妖怪だ。烏天狗は鞄から手紙を取り出すと彼に差し出し、飛び去っていった。

 彼は目で追うと、烏天狗は他の人にも手紙を渡していて、人は疑いなく受け取っては手を振って見送り、手紙を読んでいる。この世界における郵便屋なのだと納得し、彼もその手紙を読む。

 送り主は城の主で、妖怪の暴走を鎮めるのに一役買ったことを噂に聞いたから、ぜひ城に招待したいというものだった。彼は行くと即決した。となれば早速、夕雅に案内してもらう。今日は客として人力車に乗ることにした。


「この手紙の送り主の所まで」

「遠いぞ……何度も乗り継いでいくことになるが」


 これは人に読まれて困る手紙ではない。ヒツギはよく知らない自分が説明するより手紙を見せて目的地を決めてもらった方が確実と考えた。夕雅は理解したが、ここは西の京に対して目的地は東の京。輪入道の速さでも半日かかる。到底一回で行ける距離ではないから、途中で別地方の管轄の人力車へ移る必要がある。

 夕雅が案内できるのは、途中の街までだ。そこから先は同業者にバトンタッチすることになり、彼は引き返して自分の仕事に戻らなくてはならない。


「俺はここを離れるわけにいかない。乗り継いでからは一人になるぞ」

「大丈夫。じゃあよろしく」


 そうと聞いてもヒツギは動じなかった。一人で見知らぬ街まで行くことに抵抗はない。そんな無計画で無警戒なスタンスだから、ホテルに直行せず肝試しに飛び入り参加して、なぜかこんな世界に飛ばされた。今度も向かう先で予期せぬ事態が訪れるかもしれないが、キャンセルする理由にはならない。

 そして夕雅とはお別れとなることにも躊躇いはなかった。


「そういえば、昨日のお墓って無事だった?」

「ああ。あの道は平気だったよ。暴走してもルールを守ってくれたおかげでな」


 引く役を輪入道を任せ、夕雅はヒツギの隣に乗る。そのとき聞いたのは、夕雅の思い入れのある墓の安否だ。昨夜はこの輪入道が暴走して街中に炎を撒いたが、それは体の車輪に纏う炎からの燃え移り。走らなかった道では火事にならなかったため、墓は綺麗に残っているのを夕雅は確かめてある。

 妖怪は人間と共存するために人間のルールを覚えた。輪入道のスピードで通っていい道と方向。守らなければ他の人力車と衝突したり通行人を巻き込む事故になる。

 暴走しても体に染みついたルールは破らなかったことを、夕雅はパートナーとして誇りに思う。そう聞いてヒツギも安堵した。



「へえ、普通に郵便で」

「ああ。一晩でもう広まったみたい」


 今度は手紙のことを夕雅に相談する。烏天狗に渡されたのもこの世界では一般的なもので、ヒツギの活躍も事実だからこの手紙を怪しいとは思わない。噂になることは彼の狙い通りなので、早くも叶って好都合だった。


「この異変は、全国で起こっているのかもしれない。キミが来た意味はきっと……」


 夕雅は妖怪が人間を襲撃する異変の規模は思っていたより広く深刻な事態だと察する。だから東の京でも動きがあり、そこにヒツギを招いた。最初は異変の始まりと彼が現れたタイミングの被りから彼が元凶ではないかと疑ったが、一晩拘束する間も異変は起こり、冤罪と信じた。

 それからの彼の活躍から、むしろ異変解決の鍵を握る存在と思えた。夕雅は自身の力が及ぶ範囲では引き続き異変解決に励む。一方でヒツギに託したいと願った。


「この鏡、使ってくれ」

「え、いいの? 予備あるのか」


 夕雅は途中までしか付き添えないから、照魔鏡をヒツギに託した。その鏡は昨日ヒツギも使った。夜の街を駆け回る輪入道は、暗闇で炎が目立つ。鏡を使って複数の方向を見るために借りたが、それは夕雅が輪入道の能力で魂を奪われて気絶していたため。元気になった今、彼がいざというとき使えないことになるのを承知で預かるのは気が引けた。とはいえ実は鏡がまだあるのなら、受け取ることに抵抗はない。


「……ああ」

「じゃあありがたく」


 夕雅は嘘をついた。妖怪の正体を見破る特別な鏡などいくつも持ち合わせていない。けれどもまだあると言えばヒツギは受け取ってくれると思い、本当のことは秘密にした。案の定彼は堂々と受け取り、夕雅は手離した。

 それでもいいと思ったのは、彼の方がうまく使ってくれると信じての判断だ。


「で、これ何?」

「見えなかったり姿を変えたりする妖怪を暴く道具だ」


 ヒツギは交差点に立って傾けてカーブミラー代わりに使ったが、それは本来の用途ではないと感じている。夕雅がいるうちに聞いておきたいと思ったところ、やはり特別な鏡だった。


「昨日キミと二手に分かれた後、こいつに火消婆が効かなくてな……もしかしたら偽物かと疑ったけど、二回目は本物だった」


 夕雅が昨夜この鏡を使おうとした。輪入道がトラブルを起こしたときに備えて火を消す妖怪を連れている。日中はその妖怪の力ですぐ鎮めたが、夜は一度効かなかった。輪入道の暴走に便乗して偽物が現れたと考えた夕雅は、次見かけたときに消火ではなく鏡で見破ることを優先した。けれども今度は本物で、鏡に写しても姿は変わらず、目が合って魂を奪われ気絶した。それからヒツギが鏡を抱えた彼を発見したという流れだ。


「偽物……そういえばこれ持ってたとき、変なことが起こった。青い炎が上がって、狐がいた」

「じゃあ正体は狐だな。正体バレてそうなったんだろう」


 偽物か確かめるための鏡と聞いてヒツギは思い返した。鏡越しに輪入道を見つけたとき、炎が激しくなってすぐ消えた。現地に駆けつけたときは妖怪を見失ったものの、燃えた場所には白い狐がいた。

 死んだふりをしていたことには気づいたが、現象と夕雅に聞いた話から、輪入道に化けていたのを暴かれて倒れていたのではないかと考えられた。


 その考察を夕雅は肯定した。別人に化けて持ち前の高い知能で混乱を招く九尾の狐がいることは知っており、照魔鏡はその対策の道具だ。異変に便乗してイタズラをしているのなら、今後も重要な道具だ。


「じゃあなおさら二人それぞれで持っていた方がいいな」

「あ、ああ。異変の元凶もそいつかもしれねえ」

「え? 妖怪に悪い奴はいないって言ってたじゃん」


 夕雅は照魔鏡の重要性を自覚して、手離してヒツギに託したことに迷いが生じた。けれども彼に使ってもらいたい気持ちは変わらない。予備を持っていると嘘をついたまま、各々所持していればどちらに出現しても対処でき、異変の元凶であれば解決に近づくという利点を提示する。

 その主張にヒツギは首を傾げた。墓は大事な人を供養した思いと繋がりの場所。命を奪ったのは物の怪であり、傷心の夕雅に寄り添ったのは妖怪だから、悪い妖怪はいない、異変は妖怪の仕業ではないと言い張っていた彼が、九尾の狐が元凶だと言うのはおかしいと感じた。

 これは夕雅のミス。鏡が一つしかないのを隠し通してヒツギに渡すために口実を作ろうとしてうっかり言ってしまったものだ。


 そうと知らないヒツギは、その鏡に夕雅を写した。しかし何も起こらず、写るのは彼の姿だけだった。


「てっきり狐が化けてるのかと」

「本物だ。変なこと言ってしまったけどな」


 九尾の狐が夕雅に化けて、本人なら言わないことでボロを出したと疑ったヒツギだったが、予想は外れた。本人と証明された以上、疑っても仕方ない。そして疑惑を抱かせてしまった自分に非があると夕雅は頭を下げる。



 やがて夕雅の管轄の東端に到着した。そこでは別の輪入道と同業者が待っており、夕雅は彼に事情を伝えた。城の主に招待されたヒツギを連れていってほしいと頼むと、快く承諾した。


「俺は戻る。後は任せたぞ」


 夕雅はヒツギを見送る。最後まで鏡がこの一枚だけなことは黙っていたが悔いはない。そしてこれが最後のやりとりになるのを察し、堂々と手を振った。

 一方でヒツギは思うところがある。城に着いたら手紙を出すとか、用が済んだらまた乗り継いで戻るとか。約束してから出発する手はある。


「また会おう」

「……おう、またな!」


 そして一番良いと思ったことを約束した。できる目途が立っているわけではない。けれども不可能ではないし、皆の力なら実現できる。そう信じるヒツギは、また会いにいくと告げた。その言葉に夕雅は心を揺さぶられ、再会を果たそうと決心した。気持ちいい別れを経て、ヒツギは先へ進む。



 長い移動を終え、すっかり夜になった。ヒツギは城の前に到着した。正面には門番が並んで道を塞いでいる。だがこの手紙はフリーパスも同然。彼は堂々と門番に見せて、通してもらおうとした。


「主の言いつけゆえいかなる者も通さない」

「いや、その主に呼ばれてですね……」


 ヒツギはあてが外れた。手紙を見せても門番は動かない。話が行き届いていないのか、そもそも偽の手紙なのか。分からないが、彼の目的は城に入ることではない。事態が動くことだ。

 誰かが噂を耳にして彼を呼んだ。そのための手紙なのはきっと間違いない。なら待っていれば何かが起こる。そう考えたヒツギは門番との交渉を諦めた。


 まずは寝る場所を探したい。ヒツギはこの世界に来てからまともに眠った記憶がない。輪入道に魂を奪われて、目が覚めたら朝だったのが二回も続いた。夕雅と別れて乗り継ぎも終えたから三回目はないだろうが、宿の探し方を知らないのは問題だ。

 中へ通してくれれば色々おもてなししてくれるだろうから任せていいのだが、入れないのでは駄目だ。


 ヒツギは城をスルーして更に東を目指した。だが橋が通行止めになっている。聞くまでもなく、先に進めないと分かる。考えた末、彼は野宿を決めた。朝になったら道が開けているかもしれない。分からないことだらけでも前に進んでいるのは確かだと噛みしめて、気楽に一晩過ごした。

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