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4話 人間と暮らすために

 墓参りを終えた氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)夕雅(ゆうが)が引く人力車に乗り、交差点に戻る。そこからは夕雅と妖怪輪入道が俥夫の役を交代。生首に車輪がついたその姿で、人が引くより速く街中を駆ける。

 夕雅は交差点の手前で一時停止した。すると前の道を別の人力車があっという間に駆けていった。


「他にもいたんだな。初めて見た」

「一方通行だからね。すれ違うことはないから」


 夕雅の指差す先に矢印看板がある。つまりこの交差点は一方にしか曲がることができない。逆に曲がったら他の人力車と衝突しかねない。事故や渋滞を防ぐ交通ルールにより、ヒツギが乗っている間に対向車を目撃しなかった。

 観光目的で乗るのなら一周のルートが決まっており、すれ違うことはない。けれどもこの世界ではタクシーのように乗客が目的地を選べるわけで、それでも他に走っているのをなかなか見かけなかったのは、そばを走ると危ないからだと納得した。


 夕雅は並走していた輪入道に引く役を任せ、置いていかれると困るからヒツギの隣の座席に乗り、発車した。


「確かにこのスピードで衝突したら堪らないな」

「ああ。だから妖怪には頑張って人間のルールを覚えてもらったんだ」


 人間と妖怪の共存は簡単なことではなかった。絆が芽生えたとて人間の思い通りにやってくれるとは限らない。お互いの当たり前が違うから、相手の都合に合わせるための訓練が必要になる。

 今だって標識を理解せず逆走したら事故一直線だ。人間の仕事を任せられるようになるために、苦労してきたのだろう。


「……なのに異変のせいで人間を襲って、信頼を失うのは可哀想だ」


 トラブルを起こせば批判され、人間と共存できなくなる個体もいる。積み重ねた苦労も信用も水の泡だ。本人の過失ならともかく、異変という原因不明の外部要因のせいで台無しにされたら気の毒でならない。そう思う夕雅は、妖怪が人間を襲うという異変が早く収まってほしいと願う。異変と同時期にこの怪世界に来たヒツギも、原因を知らない。ただ自分が寝ている間も異変が起こっていたから当事者でないのは事実だ。



「妖怪って夜に行動するんじゃなかった?」

「野生のうちはそうだね。人間と暮らすために、真逆に変わったケースもある」


 ヒツギが怪世界に来て今日で二日目。初日は夜に来たから、彼にとって今日が初めて見るこの世界の日中。明るい時間帯にも街中から姿を消さず、外にいるのが少し不思議に思えた。

 すると夕雅が答える。人間と活動をともにしない個体は、日中は潜み夜に行動する。かつてそうだった個体が人間の生活に合わせて昼夜逆転することもあり、ここで見かけるのはそういう人間の生活に適応した妖怪だ。


「……妖怪は人間のために、か」


 共存しているというのは聞こえがいい。だがヒツギの思う実態は、人間が満足できるように妖怪を好き勝手躾けている主従関係だ。妖怪が人間を襲撃している現象が起こっているから、都合良く使われている現状に反旗を翻した結果に思えてしまう。異常事態と言っているのは、被害者ぶっている人間だ。


「妖怪の逆襲でしょ、これ」

「……キミにはそう見えるんだ」


 そう感じるのは別の世界から来たヒツギだからこそなのだろうと夕雅は思う。それまではそういう思想が生まれてこなかった。妖怪を一方的に利用していると感じたことはない。


「妖怪に悪い奴はいない。仲良くなって、ともに苦難を乗り越える。ここはそんな世界だ」


 夕雅の反論でヒツギは二人の価値観の違いに気づく。妖怪を恐ろしい存在と思う彼と、悪者ではないと揺らがない夕雅。人間の勝手か共存かの感じ方は、妖怪への先入観によって変わってくるのだと気づいた。


「なら、キミと同じ考えの侵入者が……妖怪の逆襲とやらの指揮をとった。俺はそう思うけど」

「あー……ありそう」


 夕雅はヒツギの言い分が正しいとは思わない。けれどもそういう考えもあるとなれば、思想の暴走から異常事態の発生に走った誰かがいると疑われる。

 それなら妖怪は悪くない。人間に利用されているだけという仮説も否定されない。


 言われてヒツギも、やはりあの肝試しの会場にいた人が他にもこの世界に来ていて、そのうちの誰かが異常事態の関係者だと考えを固めた。人間を襲わせたとは推測していたものの動機が見えていなかったところに、妖怪の解放を目論んだというピースが埋まった。

 この世界の人間と妖怪の関係を聞いたヒツギと似た感性の持ち主が、きっと全ての元凶だ。


「じゃあ俺も指揮をとる。そしたらどこかでそいつと鉢合わせる」

「……止めろ。余計に手がつけられなくなりそうだ」


 ならその元凶と接触するには、同じように行動すればいい。似た感性の持ち主なら、思うがままに行動してこの世界を混乱に陥れ、いつかお互いの存在に気づく。その出会いがヒツギが元の世界に帰るきっかけになるかもしれない。

 そう思った彼だったが、一歩間違えれば夕雅の危惧する通り余計に大事になってしまう。元凶を突き止めて平穏を取り戻したいのに、相手が増えるなんて堪ったものではない。ヒツギの提案に反対し、彼の行動を未然に防いだ。

 対してヒツギは強硬手段に走るつもりはない。今朝みたいに輪入道が暴走したら、騒ぎに乗じて有言実行する算段だ。いつ暴走するか、するときどんな状況になっているか、予測の立てようはない。考えたところでできることは多くない。その瞬間にあるものを利用する方がいい。だからその場の勢い任せだ。



 それから二人は日中の街を巡った。各地で妖怪が仕事を手伝ったり人間の子どもと遊んだり、人間の生活に溶け込んでいる。妖怪は種類によって体格や能力が違い、その多様性は人間よりずっと豊富だ。空を飛んだり力持ちだったり、行動から妖怪の性質を見てとれる。

 この世界では、もはや生活に妖怪は必要不可欠となっている。人間にできないが妖怪にならできることばかりだ。


「車はないのか?」

「これがそうだけど」


 ヒツギは乗用車を見かけないことが気になって夕雅に尋ねた。だがこの世界の人にとっては、この人力車が交通機関の要だ。人間が科学力で生み出しヒツギの世界では当たり前のように流通している車は、ここにはない。

 ない理由に思い当たる節がある。妖怪の力を頼れば人間は頭を使わなくて済む。速く走るエンジンを発明しなくても、妖怪のパワーとスピードに頼れば移動手段を確保できるのだ。

 妖怪が人間の生活に溶け込んでいる反面、人間が科学で生み出した物はこの世界に多くない。妖怪が引くための人力車を作れば、エンジンで動く車は要らない。そんな世界で妖怪が人間との共存を拒否するようになったら、生活は成り立たなくなることだろう。


 ヒツギはふと思った。妖怪がいなくて当たり前の彼の世界と、いることが当たり前のこの世界。後者から妖怪がいなくなったら前者になるのだろうかと。

 きっとならないと彼は思う一方で、なってほしいと信じたい気持ちもある。もしかしてこの異変は、首謀者にとっても想定外の事態なのではないかと考えた。

 妖怪に人間を襲わせたのは妖怪を自由にするためで、それによって人間は妖怪に頼らない生活に変わるだけと考えた人がいた。けれどもここまで生活に馴染んでいると、いなくなったら生活に支障を来すにちがいない。


 異変の元凶あるいは他にここに来た人がそのことを自覚したら、計画は間違いだったと気づいたり呼びかけたりすることだろう。そうなれば妖怪に人間を襲うのを止めるよう呼びかけ、異変は収まり元の生活、人間と妖怪が共存する生活が帰ってくる。そうなれば一件落着で、きっとヒツギは元の世界に帰ることができる。彼は何もしていないが、どこかの主人公が二日で解決してくれれば十分だ。

 ヒツギの予想は的中し、何事もなく陽が沈んだ。輪入道の暴走も今朝の一度きり。移動中に休憩や夕雅と俥夫役を交代したりと行動の変化を与えても、妖怪は人間の指示に従った。辺りの妖怪も人間を襲うことはヒツギたちの行く先では起こらず、夕雅の願った平穏な一日だった。もしかしたら元凶が事態を重く受け止め、襲撃の中断を指示して徐々に鎮静化しているのかもしれない。


 とはいえヒツギは妖怪の暴走を機に元凶の模倣をしてみたかったので、未遂に終わりそうで肩透かしを食らった。だが反対に夕雅は、夜になったこれからが本番だという心構えで彼に忠告した。


「夜だがもう少し続けるぞ」

「ごめん、もう眠い」


 パトロールとしてはここからが本腰を入れる時間帯なのかもしれないが、ヒツギは元気を使い果たしていた。観光して一日が終わろうとしており、これから色々起こると言われても気分が上がらない。こうなるくらいなら昼間に人力車で寝ておけばよかったのだが、彼にそこまで計画性はない。

 ずっと起きていたし外は暗いし、体が睡眠を求めている。その眠気を吹き飛ばすように、異変は起こった。一日走っていた輪入道は疲れを見せるどころか逆に元気に炎を広げ、地面を燃やした。タイヤ痕が炎の筋となり、その上を走る人力車に燃え移った。今日で二度目の延焼に、夕雅もヒツギも目が冴えた。


 ヒツギは朝はすぐ飛び降りたが、今回は残る。降りることで夕雅のできることが増えると考えたのだが、それは彼のことを知らない一度目だったから。もう一人の仲間の妖怪、火消婆を呼んですぐ消火すると分かっている今、危険を冒して飛び降りる必要はない。

 だが夕雅はなかなか動かない。このままでは体に火が迫って危険で、ヒツギは呼びかける。


「さっきの呼ばないの?」

「夜に火消婆は危険だ。一気に暗くなる。二次被害がどうなるか」


 夕雅は消火のタイミングを見計らっていた。一度目と違い今は日没後で辺りは暗い。だからあちこち火を灯して歩いたり今の中で過ごしたりしている。そして火消婆はそれらの火もまとめて壁があろうと消してしまうわけで、輪入道の対処に意識を割かれて各地でのトラブルを引き起こしかねない。

 そうなることも輪入道の延焼も防げる瞬間を、夕雅は待っている。それか輪入道が自我を取り戻し暴走を止めてくれるのでもいい。しかし火は刻一刻と迫っている。


 だが結果として輪入道が人力車から離れるのが先だった。人力車は横転し、ヒツギと夕雅は転げ落ちる。咄嗟に火からは離れたが、問題は輪入道の暴走だ。


「中に入るよう呼びかけるんだ! 家なら暗くなっても大丈夫だから」


 夕雅はヒツギと協力して近隣の人間と妖怪に避難を呼びかけた。次々と動く事態にヒツギは言われるがまま行動する。暗くてもしばらくじっとしていれば安全という判断には賛成であり、走って通行人に呼びかける。

 出歩くと輪入道に見つかり、魂を奪われる。自分の経験を語り、注意喚起して回った。


 夕雅は周りの人が屋内に移動したのを確認し、輪入道を探す。追いつくのは無理だが、通った瞬間を狙って火を消せばいい。この街は道が碁盤のように並んでいる。視線の先の道のどこかを横切れば、その瞬間が視界に入る。夕雅は火消婆を呼び、背中合わせで道を監視した。彼が発見したら火消婆に伝え、逆を向いてすぐ火を消させる。


「いたぞ!」


 発見したのは夕雅。幸い輪入道は妙に遅い動きだったので火消婆が振り向きざまに風を吹くのは余裕で間に合った。だが火は消えず、ゆっくり視界の陰に消えた。間に合わなかったはずはない。今朝のように広範囲に遠くまで一瞬で消せるはずだ。なのに効かないということは、あれは本物の輪入道ではない。ここは照魔鏡の出番と判断し、妖怪の正体を写す鏡を取り出して確かめに向かった。


「次は消さなくていい。こいつで確かめる」


 事前に火消婆には、今度は輪入道を見ても火を消さないよう通達する。正体が怪しいから、代わりに鏡で見るためだ。

 じきに輪入道が突っ込んできて、夕雅は鏡を構える。もう一度火消婆の能力を試して効果がなかったらチャンスを無駄にしてしまうと考えての行動だったが、さっきより速い回転に、これは本物の輪入道だと気づいたがもう遅かった。

 夕雅は妖怪と目が合い、魂を奪われた。同時に輪入道も彼の鏡に写る自分の姿を見た。だが何ともない。フグが自分の毒で死なないのと同様、見た者の魂を奪う成分を弾く体質が備わっている。輪入道同士向き合ってもお互い魂を奪われないのはそういうからくりがあるからなのだ。

 夕雅がダウンし、火消婆は様子を見る。だが心配してもどうすることもできない。火を消す力だけでは、人間を救うことは不可能だ。

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