48話 忘れまいと
妖怪王になった三郷楽阿が、敵と見做した氷川柩岐たちを狙って隕石を落とす。一つひとつは小さいが、落ちては地面に燃え移り一度は救った怪世界に再びピンチが訪れる。そこへ駆けつけた俥夫の夕雅が火消し能力を持つ妖怪を従えて鎮火してくれた。しかし夕雅は替えの照魔鏡を持っておらず、姿を写してラクアを元に戻す作戦は不発に終わった。
「あれが妖怪王。でも元は俺たちの仲間なんだ。あの鏡さえあれば」
「元の姿に戻せるかもってことか」
「ああ。でもごめん、借りてる間に壊しちゃった」
「いいんだ。それだけ役に立てて嬉しい」
夕雅が持っていた照魔鏡はヒツギが預かって旅をしていて、その過程でヒビが入ったり粉砕されたりして、もう破片しか残っていないのを、実際に見せて打ち明ける。だが夕雅は粉々にされたことを責めない。色々と使ってくれたのが伝わってくる。
それに久しぶりにヒツギと会ったら怪世界での事態が目まぐるしく変動していた。それはきっと彼が活躍した証で、照魔鏡が貢献したと思うと、預けて良かったと思える。
「……さすがに元には戻せないな」
「じゃあ埋めてしまうか。百万年くらい」
「そんなに残るのか」
替えが無いなら今ある物を直すことになるが、到底補修できる状態ではないと夕雅は諦める。彼が無理と言うならそうなのだろうと受け入れたヒツギは、埋めて処分すると提案した。ガラスは土に還るまでに百万年かかる、自然に分解されにくい素材。ゴミを土に埋めたらいつなくなるのか、ヒツギは小学生の頃に夏休みの宿題の自由研究で調べたときに、このことを知った。
「それで、この鏡であいつを写したいけどああやって邪魔してくるから」
鏡の寿命のことで話が逸れたが、替えの照魔鏡がないと困るのは、ラクアの姿を写すために欠片を構えて接近する必要があること。安全に接近する案はあった。だがそれを成功させるチャンスは失われてしまい、ヒツギはそのことも夕雅に相談する。
「あいつが地面に糸を出して、足を封じる作戦だったけど……あの隕石に乗って、ひょいひょい避けてしまうんだ」
「……あの子は妖怪?」
ヒツギが示す先にいるのは美南哀月。彼らが元いた世界には特殊能力を持つ人間がいる。そこと違うこの怪世界に暮らす夕雅には馴染みがなく、糸を足に絡めると聞いて、アイリのことを人間に化けた妖怪女郎蜘蛛かと疑った。
彼女は特殊能力を持つ普通の人間だが、怪世界に来るまで面識のなかったヒツギは、彼女が妖怪かもしれないことを否定しなかった。
「そうかもしれない」
夕雅がそう疑うのなら実際に妖怪であってもおかしくないと考えたヒツギは、アイリが妖怪の可能性はあると答えた。ただこの状況で彼女が人間か妖怪かはどちらでもいいので、話を再開する。
「でも俺たちの仲間だ。襲ってきたりしない」
「そうか。 ……確かにこのデコボコ道じゃあ、この車輪で近づくのも無理だ」
要はアイリが糸を放ってラクアを拘束できるが、それは平地で機能する能力であり、低い足場に乗って回避できるフィールドでは容易に退避できてしまう。夕雅は妖怪輪入道のスピードで接近する代替案を出そうとしたが、そのスピードは体に纏う車輪が自在に動かせて成立するものであり、隕石で不安定な道を狙い通り走るこちはできない。輪入道だけでなく、それが引く人力車にも同じことが言える。
アイリへの対策がそのまま夕雅にも刺さったのだ。だがヒツギは試してみたいと思った。
「……それだ。うまく走れないけど、走ってみよう」
「え!? 弾むしどこ行くか分からねえぞ」
「だろうね。だからあいつにも予測できないはず」
これまでの作戦はラクアの手のひらの上だった。うまくいく自信があっても、そのイメージを彼も掴めていたのか、対策を講じていた。だからこちらがいけると思った作戦は通じないと割り切って、そこで博打を仕掛けてみる。
「うまくいっても対策されるなら、失敗して裏をかく。具体的に何するかは、そのとき考えて」
散らばった隕石の上を人力車で走ると、段差で跳ねたり傾いたりしてどの方向へ進んでしまうか予測具がつかない。うまくいく確率が下がる反面、失敗するパターンが膨大になる。だがその失敗から咄嗟に別の勝ち筋を通せば、ラクアの想定を超えられるかもしれない。
どんな勝ち筋かヒツギには見当がつかないが、夕雅たちならできると信じての提案だ。
「……これは二人乗りだ。俺ともう一人」
「いや、もう一人乗れる」
夕雅はヒツギの提案を受け入れ、誰が決行するか尋ねる。俥夫の彼も含めて二人乗り。だがそれは人間のサイズの話であって、狐という小柄な動物に化けられる小竹狐行は膝の上に収まって定員を無視できるから、採用確定枠といえる。
「ボクはパス。限界だから……途中で元の姿になって弾き出しちゃうかも」
しかしコユキは乗れないと告げる。ラクアを元に戻そうと近づいて記憶を取り戻させようとしたとき、捕まって疲労が溜まった。化けるにも体力を使う。無理して化けて限界を迎えたら、人間の姿に戻って座席を圧迫してしまい、他の二人の邪魔をしてしまう。
それもそうかとヒツギは納得し、二人と一匹で挑むのは諦めた。そして彼が選んだのはあかりだった。彼女と夕雅の二人が乗って、隕石尽くしの道を駆ける。立案者のヒツギは乗れない代わりに何か貢献できないものかと、とりあえず走って追いかけた。
人力車が隕石に乗り上げ、あかりが車体から投げ出される。ヒツギは心配するも彼女と目が合い、大丈夫そうだと悟った。だがラクアは倒れている彼女を狙って隕石を落とすと、夕雅は人力車を引く輪入道に方向転換を指示する。だがやはり別の隕石を踏んで打ち上げられ、だがちょうど輪入道の車輪に当たり、隕石を跳ね返してラクアに命中した。
続けて夕雅は枷を投げて彼にかけた。元々は輪入道が暴走したときに車輪に嵌めて走れなくさせる道具だが、妖怪王の拘束にも役立った。
「今だ!」
続けて輪入道をラクアの正面に向かわせる。そして目が合い、妖怪の能力で彼の魂を抜いた。歓喜したのも束の間、妖怪王の彷徨う魂はヒツギに迫る。彼の妖怪王の器に選び、体に潜り込むつもりだ。だが間に割って入ったあかりが魂を受け止め、代わりに妖怪王になった。
彼女はヒツギをずっと見ていた。だから彼が狙われたらすぐ庇えた。それに怪世界の現地民である彼女が妖怪王になるのは既定路線。別の世界から飛ばされたヒツギたち全員を出口に通すことが目的だから、彼やラクアが妖怪王であってはならない。
「さあ、ここを通れ」
新たな妖怪王になったあかりは、これまでの妖怪王の記憶が宿り、ヒツギたちを怪世界の救世主と見做し、出口を作った。その円形の光はさっきラクアが作ったものと同じ。妖怪王の器が代わったのなら彼は元に戻ったと期待できる。それはコユキたちがもう確かめていた。
「成功だ。元に戻った。やったね」
コユキがラクアを連れてくる。彼は妖怪王に憑依されていたときの記憶がなく、何が起こったのか困惑している。
「あれ、ユウガ? それにアスミも…… 来てくれたのか」
ラクアが妖怪王になってからやって来た夕雅と青空澄は、彼と一緒に肝試し会場にいた二人と勘違いした。しかし二人は彼に覚えがない。
「アカリと一緒で、よく似た別人みたい」
ラクアを知らないのは、彼が友達と勘違いしているから。彼らは元から怪世界に住んでおり、この出口を通る必要はない。彼が自我を失っている間に状況を把握していたアイリが説明する。
説明したときは平気だったが、憑依されている内のラクアに向かって言い放ってしまった言葉を思い出し、彼から視線を背ける。
「覚えてない? 来たのついさっきだけど」
「うーん…… 思い出せねえ」
青空澄たちが到着したのは少し前、ラクアが妖怪王に憑依されている間のことだ。知り合いがやって来たことに気づかなかったのかと尋ねると首を横に振る彼を見て、憑依中の記憶は残っていないと察する。
「実はこの子さっきあなたに向かって」
「待って、言わないでっ」
ならばアイリがラクアに元に戻ってもらおうと叫んだ言葉も覚えていないだろう。憑依されている内は元の記憶を失われていたせいか彼は無反応だったが、元の彼が帰ってきた今、改めて伝えれば双方から面白い反応が見られるにちがいない。そう企んだ北参道天羽はアイリが何と言ったか、彼女の声も真似て暴露しようとしたところ、本人にストップをかけられた。
「何でよ。元に戻ってもらうつもりで言ったなら、告白の覚悟あったんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
言い触らそうとするアゲハだが、嫌がらせのつもりはない。アイリは自分の意思で、小学生の頃からラクアに対して実は思っていたことを打ち明ければ彼は記憶とともに人格を取り戻すかもしれないと信じて告げた。
それでも効果がなく別の形で彼は元に戻っただけで、声を届ける覚悟をアイリは決めていたのは事実だから、それはすなわち当初彼女が目指したルートに進むのと同義だ。
ラクアはアイリたちのやりとりを聞いてドキッとした。彼女に何を言われたかは思い出せない。だから憶測だが、もしかして好きと告白されたのではないかと期待した。もしそうなら晴れて両想いだが、現実は甘くない。前々から思っていた彼の欠点を言い放っただけだ。届いたら彼は傷つくが元に戻って結果オーライ、届かなければ知らないままで済むのでセーフ、そんな天秤に掛けた叫びだったのだから、元に戻ったのに伝えるのは誰も幸せにならない。
「いいって。恥ずかしいだろ」
そんな真相を知らず浮つくラクアは、いつかアイリがその言葉をこっそり聞かせてくれるかもと期待して、恥ずかしいのは勘違いしている自分だとは思いも寄らず、彼女を庇う。
その態度から、彼が元に戻ったのが一目瞭然。一段落ついたところで、ヒツギはあかりにお礼を言う。
「ありがとう。さっき助けてくれて」
「何のこと? さあ、出口を通りなさい」
「……忘れちゃったか」
危うく妖怪王の憑依先がヒツギになって、今度は彼を助けるための勝負が始まるところだった。阻止してくれたあかりに感謝するも、妖怪王になった彼女はその記憶が失われていた。
ラクアもそうだったから、元の記憶がなくなることは納得する。だがヒツギは胸がズキッと痛む。元の世界に帰るためとはいえ、あかりがあかりでなくなってしまったことに寂しさを覚えた。
「なら安心だね。巨人と乗り込む復讐の心も消えた」
記憶が消えたことをコユキは前向きに捉えた。あかりを妖怪王にするにあたって最も不安だったのが、力を得た彼女がいっそう復讐に燃えること。巨体の妖怪を連れて街を荒らした彼女だが、妖怪王になったことでその意思も消えた。今後は妖怪王の人格が表に出るから、元の彼女が暴れる心配はない。
「帰るんだな。また会おうぜ」
「ああ。いつかまた」
光の円形を潜れば怪世界と、夕雅たちとお別れだ。何かの拍子に再び怪世界に来る機会があるかもしれないから、そのときはまた会おうと約束した。その約束はきっと叶う気がしたから、去ることに未練はなかった。
揃って真っ暗な空間に出たヒツギたち。スマホのライトで照らすと、そこは肝試し会場だった。そして日時を見て、何日も怪世界で過ごしたがやはり現実での時間はあまり進んでいないことに気づく。
それなら焦らなくて大丈夫と考え慎重に入り口に向かうと、他の参加者が揃っていて行方不明だった五人全員の帰還に安堵した。怪世界でそっくりな人がいた何人かも、人力車や泡の話に馴染みがなく、本当に別人だったと納得する。
「これ、あなたの」
肝試しのパートナーでヒツギが転移した場に居合わせた西浦あかりが、彼が置き去りにしていったキャリーケースを差し出す。彼は魔術師あかりと重ね合わせ、彼女と向き合う。
「心配させてごめんな。もう離れないから」
「結構です」
相手があかりだとしても急に距離感を詰めた発言だが、彼女と無縁のアカリは笑顔で距離を置いた。
「おい」
「馴れ馴れしいよ」
そして彼女の保護者のように詰め寄るラクアとアイリに睨まれ、ヒツギは帰ることにした。ポケットにはガラスの欠片。割れた照魔鏡こそ怪世界を歩いた証で、夢でなかったと実感する。彼はあの果敢なき怪世界での冒険を忘れまいと、土に埋めて保管した。




