46話 何が正解で
迫る隕石を破壊し怪世界を救ったことで妖怪王に認めてもらい、妖怪が人間を襲う異変を鎮めてもらった。魔術師あかりと和解して妖怪ダイダラボッチによる侵攻も止まり、怪世界に平和が訪れた。さらに肝試し会場から転移させられた身である氷川柩岐たちが元の世界に戻るための扉も、妖怪王に用意してもらった。
これで一件落着と思いきや、その妖怪王は三郷楽阿に敗れたと同時に彼を乗っ取った。
元の記憶を失ったラクアは、ヒツギたちのように元の世界へ向かう気がなく、次期妖怪王として残る気でいる。思い出してもらえば元の彼に戻り一緒に帰れるかもしれないが、そうなった瞬間に別の誰かが妖怪王にされてしまうかもしれないし、ラクアが作った出口が消えてしまうかもしれない。
そこで元から怪世界で暮らす、つまり出口を通る必要のないあかりが妖怪王になって、出口が消えたら彼女が作り直すことで丸く収めるという方針に決まった。
「信用して平気?」
だがその方針に北参道天羽は待ったをかける。彼女らが元の世界に戻るためには、妖怪王が作る出口が必要。狙い通りあかりを次期妖怪王にさせたとして、彼女が出口を用意してくれるのか、彼女は疑っている。
「こいつ私たちを裏切ったのよ?」
アゲハたち転移者と現地のあかりの出会いは、昨日。当初は妖怪王が氷漬けのまま破壊されたと考えられ、蘇生の山の魔術師を探して旅をしていた。あかりがその魔術師で妖怪王の復活を依頼し、引き受けてくれたように思えたがそれは嘘だった。
あかりにはパートナーの妖怪ダイダラボッチがいる。あまりに巨体で陸地を歩くと地上の人間や妖怪に危害が及ぶから、海へ追いやられた。人間と妖怪が共存する世界なのにサイズを理由に差別されることに憤りを感じた彼女は、復讐心を宿していた。アゲハたちから妖怪王の復活を依頼されたことは、むしろ蘇生させなければ妖怪王が現れない、すなわち復讐を阻止する者はいないと決意するきっかけになった。
そのためにあかりは依頼を引き受けたふりをしてアゲハたちを蘇生の山へ連れていき、人気のない場所で始末を図った。妖怪王を破壊した人物を抱えている彼女らを放っておくと復讐を邪魔されると思い、人造人間などの仲間を使って倒そうとした。それがアゲハの言うあかりの裏切りで、信用しない理由なのだ。
美南哀月はあかりを友達とよく似ていることを理由に信用しているが、他のメンバーはその友達と面識がなく、そういうバイアスはかからない。ラクアなら面識があるが、妖怪王に憑依された今、自分たちのことも思い出してくれない。
あかりは友達と似ているから信用できる、なんてフォローするのは難しいと思い、アイリは口を挟むのを躊躇った。代わりにヒツギに託そうと思い、動いてくれるよう彼に念じた。
「確かに」
「いや、お前は信じてあげなよ」
だがアイリの期待と裏腹に、ヒツギはアゲハの意見に共感した。小竹狐行もアイリと同じくヒツギが信用を促す流れになると予想していたから、周りに流されるなとツッコミを入れる。
周りの意見を正しいと思い込む他力本願なヒツギらしい反応ではある。だが巨体に乗って進軍するあかりの元へ乗り込み、コユキたちの知らぬ間に彼女の復讐心を鎮め、隕石の破壊のために彼女を協力者にした彼は、あかりと一番心を通わせた人なわけで、真っ先に味方について信用してあげるべきだと言われる。
「逆にお前は当たり過ぎだよ。そんな態度じゃお前だけ取り残されるかも」
一方でコユキはアゲハの疑念が過剰なようにも感じる。いくら前科があるとはいえ、それから協力して怪世界を救ったことで改心したと捉えていいはずだし、それでも疑いを向けるなら個人的に嫌われても文句を言えない。もう裏切るつもりがなくても疑われることで機嫌を損ね、気に食わない者は出口を通さないなんて思考に切り替わりかねない。帰還できるかの主導権は妖怪王が握っているのに、手を貸してもらう側の自分たちが悪く言うのは自分の首を絞める行為に等しい。
「……まあ、それと関係なくボクらが帰れるかは怪しいけど」
とはいえアゲハがここでストップをかける気持ちは分かる。あかりを信用するということは、今出口を抜ければラクア以外は確実に帰還できるチャンスを捨てて、彼を元に戻す試練に挑む覚悟を決めることだ。あかりを信用する以外にも、他の段階もすべて思い通りにできてこそ成立する作戦。
自信がないなら今行ける人たちだけで確実に帰還する方が確実に助かる。
「私はラクアを見て思い出せた。ラクアもきっと……」
その自信はラクアと前々から知り合いのアイリが持っている。彼女は怪世界に来た当初、肝試し会場にいた面々とは離れた地方にいて、数日後にやって来たヒツギたちを敵と見做して攻撃した。だがラクアの姿を見て攻撃を止めた。同じように今の彼も、アイリを認識すれば元通りになるかもしれない。
そんなアイリがいるから、ヒツギたちも作戦は成功させられると自信を持てた。
『ねえ、私のこと分かる?』
試しにコユキが特殊能力でアイリに化け、アゲハは能力で彼女の声を真似て彼の口元から発する。まるでアイリ本人が問いかけているように連携し、ラクアの反応を窺う。
だが彼女の笑顔に惚れた彼は彼女の真剣な眼差しを見ても何も響かず、むしろ敵と見做して両手で相手の肘を押さえ込んだ。そして力を込め、締めつける。体に触れたときはヒツギたちは効果があったと錯覚したが、悶えるコユキとラクアの力みようから彼の危機だと気づいた。
想定外の反撃に藻掻くコユキ。アイリは咄嗟に能力を使い、ラクアの足をクモの糸に絡めた。これで足が地面に貼りつき、動けなくさせた。
同時に、元の世界への出口が消えた。
「逃げて!」
糸に足を取られてもラクアは手を緩めない。アイリの能力は元の彼が知っている。けれども食らっても元の彼に戻らず、足は動かせずとも地面に触れていない上体は自由で、コユキを離さず腕だけで追い詰める。
コユキは力を振り絞り、今度は狐に化けた。人間よりずっと小柄でラクアからの拘束をすり抜け、着地して距離を取る。
偽物のアイリで試したのがいけなかったのかもしれないが、本物か関係なく迫った時点で敵視されていたら化けて体を縮められるコユキでなければ脱出できなかったわけで、何が正解で何が駄目だったのかはっきりしない。
確かなのは妖怪王を敵に回してしまい、脱出するための出口も消えてしまったこと。もう後戻りできない。
「本物が行けば思い出すかもしれないけど……あんなの見たら近づくの怖いでしょ?」
今度はアイリ本人が近寄ればラクアは彼女のことも自分のことも思い出すかもしれない。だがそれを試すにはリスクがあるのを目の当たりにした。もしまた敵と捉えてきたら、本人であっても容赦なく、捕まってコユキと同じ目に遭うかもしれない。
ラクアに顔を見せることをアイリに試してもらいたいが、危ないから嫌と言われても仕方ないと思えた。幸い決断を急がなくていい。彼女が能力で彼の足を封じてくれたから、彼の間合いに入らない位置でじっくり作戦会議ができる。
「怖いけど…… 私がやられたら自由に動けるようになっちゃうから」
「確かに」
アイリは勇気を出そうとしたが、うまくいかなかったときにアゲハたちに危害が及ぶことを恐れ、断った。ラクアの足を糸で粘着させられるのは彼女が制御できるうち。攻撃されて体力が減ったら効果が薄まり、脱出されてしまう。皆の安全を確保するためにも、アイリは安全圏にいたいと思う。
「なら私が……勝てばいいのよね?」
そこであかりはラクアを倒そうとした。彼が思い出して元に戻らなくても、彼女が彼を倒せば、妖怪王の地位を彼女に渡すという目的は達成される。それで彼が元通りになるかは不明だが、アイリが近づいて思い出してもらう作戦よりはリスクが少ない。
相手が妖怪王でも、足が動かせない今なら勝てると思えた。
あかりは人造人間たちを呼び出し、ラクアを殴らせる。だがまだ疲労が残っているのと、彼自身が頑丈なので、なかなか倒れない。そのしぶとさは彼が怪世界に来てから滝行を続けて会得したものだろう。回避力ではなく根競べに強い彼にとって、足枷などデメリットではない。勝てるつもりだったが雲行きが怪しくなってきた。
「こんなにショック与えても駄目か。さすが、ずっと修行してた奴だ」
一向に元のラクアに戻らず、ヒツギは首を傾げる。元の意識が眠っていたら衝撃で目を覚ますかもと期待していたが、そうなる気配はない。しかし粘っているもののダメージは溜まっており、力ずくで倒す方針が間違いだとは思えなかった。
「修行……いや……うん。それだ。離れて!」
コユキはヒツギの呟きからヒントを得て、今度は妖怪ダイダラボッチに化ける。そして水を掬い、ラクアの頭上で滝のように浴びせた。彼の強さの原点、怪世界に来てからどんな妖怪が相手でも通用するように鍛えていた滝行の日々を思い出させるために。
コユキはこの作戦を思いついたとき、水で糸が濡れて粘着力を失いアイリの拘束を解いてしまう問題があることに気づき、最初は決行を躊躇った。だがヒツギなら後のことを考えず実践すると思い、彼の真似をしてあえて問題点に気づいていないふりをして、無計画に行動してみた。あかりと仲間の妖怪を巻き込まないよう呼びかけてから、ラクアを水浸しにした。
アイリは念のため糸を再度展開して足止めを試みる。しかしラクアも彼の周囲もずぶ濡れでは、糸が地面を這っていかず彼に届かない。そして彼もあれだけの衝撃を受けておきながら、倒れず元にも戻らない。そのうえ糸から解放され自由になる、最悪の展開となった。
「まずい! 動けるようになったぞ」
コユキはこうなると予想できていたとはいえ、自分でピンチを招いたことに焦る。そしてヒツギの反応を窺う。彼ならこんなときどうするのかを知ろうとして。
「まあ、あれだけダメージが入ったから平気でしょ」
当のヒツギは余裕そうだった。ラクアを解放してしまったのは裏目に出たとしても、滝のような水を食らわせて彼を消耗させるのは狙い通りにいった。拘束を維持してジリジリ追い詰めるよりも、解放する勢いで一気に削った方が結果的に早く勝利を掴めると考えている。
だが彼はダッシュしてコユキに迫る。化けた巨体の足にしがみつき、能力で過労させて彼を転倒させようとする。倒れる方向次第では地上のヒツギたちが巻き込まれてしまうからコユキは堪えるも、徐々に足の力が抜けていく。
あれだけ負荷をかけられてなお動けるラクアはどれだけ体力あるのかと僻むも、これが妖怪王の器と受け止め、コユキは負けを受け入れた。しかし相手の思惑通りにはなるまいと抵抗し、元の人間の姿に戻りながら倒れて、巨体が地面に打ちつけるのを防いだ。とはいえコユキ自身への負担が軽減できたわけではなく、再び巨体に化ける余力は残っていなかった。
コユキがコロコロ姿を変えるのを見て、ヒツギはふと思った。怪世界に来たばかりの頃に人力車引きから託された照魔鏡は、本来の姿を写す特殊な鏡。それがあればラクアの姿を写して妖怪王になる前の元の彼に戻るのかもしれないが、あいにくもう粉々で破片しか持っていない。
「この鏡を使えたら、いけるかも」
その破片をヒツギは取り出す。小さいが目に寄せれば瞳くらいを写せる。ラクアの正面に詰めて差し出せば、写したときの反応を確かめられると考えた。
「それさっき試してくれない?」
アゲハの言う通りだ。ラクアが足止めされているうちなら、安全に近寄って検証できた。解放してしまった今では、彼はいくらでも逃げることができる。
とはいえヒツギも閃いたのはラクアが自由になった後のことで、むしろ解放したことによるコユキの立ち回りがきっかけで気づいたことだから、気づけただけ前向きに捉えている。
「でも手遅れってわけじゃないよ」
確かに閃きが遅かったせいで手間がかかることになったのは事実だとコユキも認める。けれども面倒になっただけで諦めるレベルではないとポジティブに捉える。
そしてアゲハも呆れているだけで諦めてはいない。彼らに協力する意思がある。
「そうね。ここまで来たんだし」
長かった怪世界の日々が、ここの頑張り次第でようやく終わりを迎えられる。そう感じるから、どれだけ遠回りでも乗り越えようという気になれた。




