45話 妖怪王の祟り
時は少し遡り、三郷楽阿はトゥルーエンドとハッピーエンドの分岐点に立っていた。前者こと真実に辿り着くには隕石を巻き髪のドリルで破壊するという作戦が理想通り事が運ぶ必要がある。対して後者こと理想は隕石が落ちて怪世界の滅亡に巻き込まれる前に妖怪王を倒すという実力で結果が決まる。
その実力があることが理想だが、ラクアは自信がある。行動で示そうと妖怪王に飛びかかったが、瞬間移動をする相手を捉えられず、せっかくの特殊能力が意味を成さない。
ラクアが理想を実力で掴もうと奮闘する裏で、氷川柩岐たちは真実を未知数の実力で掴もうとしていた。妖怪ダイダラボッチの協力を得て隕石めがけて放り投げられた小竹狐行と北参道天羽が、髪を隕石に突き刺す。
ラクアはその結果がどうなろうと自身の目的である妖怪王への勝利には関係ないと割り切り無視したが、放り投げるために立ち上がった妖怪の巨体を利用できると考えた。
彼の特殊能力は触れた相手を過労させること。巨体の足に触れ、疲れ切って倒れるのを待つ。安易な瞬間移動では、倒れて潰される範囲からは逃れられないと読んでの作戦だ。
放り投げたコユキたちをキャッチし、屈んで地面へ引き渡すと力尽きた巨体が、ラクアの狙い通り妖怪王の方向へ倒れる。逃げても間に合わないなら能力を使わずとも勝利。王として巨体を支えようとするなら踏ん張って動けない隙に駆け込み、触れて能力を発動して勝利を手繰り寄せる。
後者になるケースを想定してラクアは妖怪王を見張っていたら、無抵抗で下敷きにされるという呆気ない結果を迎えた。楽に勝ててしまったが、これは自力では実現できなかった。
「やったか! これが人間と妖怪の合わせ技。思い知ったか妖怪王」
「お見事。そしてあなたが次期妖怪王よ」
ラクアの勝利宣言に呼応するように妖怪王の声が届き、次の瞬間、彼は意識を奪われた。
隕石の破壊を成し遂げたヒツギたちは、その作戦に参加しない代わりに妖怪王の足止めをすると言い残していたラクアを探した。巨体は妖怪王からのダメージが溜まっており、二度目の転倒はラクアの仕業だとは思っていない彼らは、妖怪王もろとも潰されていないかと心配して捜索する。
なかなか見つからないなか、ヒツギはふと空を見上げた。空にラクアの姿は無かったが、代わりに散らばった隕石の破片の雨が、花火のように輝いてみえた。
立ち止まって天を仰ぐヒツギを見て、現地で知り合った魔術師あかりも視線を追いかける。そこには今まで見たことのない光があった。
「……綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
二人はラクアの捜索を忘れ、隕石の欠片が降る空の輝きを眺め、共感した。しかしじきにあかりの視線は空からヒツギの横顔へと移る。見たことのない現象に目を輝かせ至近距離から見つめられていることに気づかない彼の横顔を、目に焼きつける。
アゲハは良い雰囲気だと感じつつもそれどころではない状況だとツッコみたい気持ちに駆られ、しかし見上げる彼らを見て、空から探せばいいと気づかされた。彼女は特殊能力で蝶の羽を生やし、空を飛ぶ。俯瞰して捜索したところ、巨体の足の近くでラクアの立ち尽くす姿を発見した。
「いたよ!」
アゲハは叫んでヒツギたちに伝え、ラクアの様子を確かめる。妖怪王の姿はないが、彼は何か知っているかもしれない。だが呼びかけても反応がなかった。そして今に至る。
「まあいいや。妖怪王は?」
ヒツギはラクアの様子がおかしいと思いつつも、自分にはどうすることもできないし、コユキたちも原因が分かってなさそうなので、妖怪王の手を借りようと考えた。隕石を破壊して怪世界を救ったが、彼らの目的は元の世界に戻ること。肝試しの最中に怪世界に飛ばされて色々と問題を起こし人間と妖怪が共存する世界を荒らしてしまい、妖怪王の逆鱗に触れて世界もろとも消されそうになったが、それはきっと試練のようなもの。妖怪と協力して危機を乗り越えたから、認めて怪世界を元に戻し彼らを元の居場所に帰してくれるかもしれない。
そのためには会って帰り道へ導いてもらう必要があり、ついでにラクアの様子を見てくれれば、全部解決すると思ってのヒツギの提案だ。
「……もしかして倒した? 帰る方法、聞けなくなったんじゃ……」
妖怪王が見当たらないのはラクアが倒したからなのではないかと考えた美南哀月は、同時に元の世界への帰り方を知る術も失ってしまったのではと懸念する。彼はいの一番に隕石の対処を諦め、落ちる前に妖怪王を倒して滅亡する怪世界から避難するつもりでいた。だから足止めではなく勝つ気で張り合っていたと考えられる。
だがそれが裏目に出て、避難方法を得る前に倒してしまったバッドエンドではないかと思えてきた。
「いや、俺が新しい妖怪王だ」
ついにラクアが喋ったが、その様子は従来の彼ではなかった。演技ではないと証明するかのように、元の妖怪王寿々絵が持っていた能力である隕石落としを、彼も実演して見せた。コユキたちが破壊した物ほど巨大なものではなく、地面が削れる程度の小さい隕石で。
すると空間に割れ目ができて、扉のようなものが浮かび上がる。これは寿々絵も使わなかった能力だが、かといってラクア自身が持つ能力でもない。その現実が彼が彼でなくなった事実を突きつけてくる。
「王は代々受け継がれてゆくものだ。先代を破った者は、バトンを受け取る義務がある」
「……長生きしてたんじゃなく、世代交代してたのか」
妖怪は人間よりずっと長生きな種族がいて、それらより前から存在する妖怪王が今も存命の理由に、コユキは納得した。人魚の肉を食べて不老不死になったとか、雪女に言い寄って氷漬けにされることで肉体を維持したとか色々と考察してきたが、実態を知って納得した。妖怪王を討った者が次の妖怪王になる。代が途切れることがない、いわば妖怪王の祟りだ。
それなら寿々絵が倒されても新たな妖怪王ラクアから情報を聞ける。帰還手段を絶たれたわけではないと希望が見えてきた。
「人間と妖怪が協力して、よくぞ私の試練を乗り越えたものだ。望み通り元に戻し、お前たちを帰してやる」
そう言って妖怪王ラクアは発生させた扉を指差す。
「これ、肝試しのとき見た気がする」
その扉は円形の光でできており、怪世界へ飛ばされた直前に見たものと同じだとアゲハは言った。入口と同じということは、これは出口。ラクアが脱出ルートを出してくれたのだと皆は納得した。これでめでたく脱出できるが、気になるのは彼のこれからだ。
「……ラクアは、帰るよね?」
「俺は妖怪王。ここに残るのが役目だ」
アイリは恐る恐る尋ねた。悪い予感が的中し、妖怪王にされた彼は元の彼に戻らず、一緒に脱出もしない。ここでお別れになってしまうことにショックを受けた。彼女らを見捨てて自分だけでも元の世界に帰ろうとして妖怪王に挑んだ彼が、怪世界に残ることを望んでいるはずがない。寿々絵を倒して新しい妖怪王にされ、元の意識を奪われたからこう言っているわけで、彼の本心ではないと思える。
「……でも、スズエもいなくなっちゃったなら……お別れしないといけないのかな」
寿々絵はアイリの旧友でラクアの幼なじみの東戸寿々絵と瓜二つだが、彼女は同一人物と思い込んでいる。スズエの正体が妖怪王だったのも驚きだが、ラクアがスズエを倒したことで消滅してしまったのなら、仮にラクアを連れて帰ってもスズエはもう元の世界にいない。
スズエがラクアに倒されたことで人間として過ごしていた元の世界に戻れないことはもう覆しようがないのなら、彼もここに残るべきなようにも思えてくる。
なおスズエ本人は怪世界に来ておらず肝試し会場に残っており、怪世界ほど時間が進んでいない元の世界で行方不明になったラクアたちを心配して待っている。妖怪王とも一切無縁だ。
アイリがラクアとの別れを覚悟しつつある一方で、コユキたちもこれからどうするか話し合っている。ラクアが妖怪王になったことを受け止めて彼以外だけで帰還するか、しないか。しないなら何をするか当てがあるわけではないのだが、まずは意見を求める。
「あいつは妖怪王に憑依されてまでボクらを庇ってくれたんだ。置き去りになんてできない」
「確かに何度も助けられたものね。元通りにしてあげたいけど……」
「うん。そしたらあの出口が消えちゃうかもしれない」
アゲハもラクアのおかげでここまで来られたと理解していて、妖怪王になった彼は元の彼の意思と違うことにも気づいている。降霊した自分と同じで憑依状態から戻すことは可能と考え、そうして元の彼に事情を伝えてから改めて向き合う方がいいというのがアゲハの意見で、コユキも同じだ。だがこれには問題があり、ラクアが元に戻ると妖怪王としての彼が作った出口が維持できなくなる疑惑だ。
今脱出すれば確実に帰還できるチャンスを見送るのは危ない。下手したら誰も帰れなくなってしまうので、悩ましい。
「お前はどう思う? ボクらがいない、お前だけがこの場にいると仮定して」
「俺だけ? ……ああ、置き去りにできないってのは賛成。出口が消えたら、そのときはそのとき考える」
ヒツギはコユキの問いかけに少し困惑したが、これが彼らと合流前、すなわち自分一人でこの状況に出会していたらどう決断するのか聞かれていると察した。
ヒツギは計画を立てるのが苦手で、自分より周りの意見を正しいと思いがちだ。だが一人でいるときは無計画に行動するわけで、その思考はコユキたちの想像を超える。それが結果的に思いがけないプラスをもたらすかもしれないから、知りたくてコユキは仮定しての意見を求める。
ヒツギも彼らの何かしらの閃きに繋がればいいと期待し、もし自分一人しか影響しない状況ならばラクアを元に戻せないか試し、その結果出口が消滅したなら別の帰還方法を考えると答えた。
「じゃあそうしよう」
するとコユキはヒツギの意見を採用した。それは脱出よりもラクアを元に戻すことを優先し、それで帰れなくなったら仕方ないと割り切るという博打。そもそもどうすれば元通りになるかさえ不明だ。
「いいの? 今行けば助かるのに」
「ボクたちはね」
まさか採用されると思わなかったヒツギは、確実に帰還できる機会をスルーしてまで試していいことかと確認する。コユキたちもそれは分かっており、けれども皆で帰還する可能性を諦めないから、賭けに出ると答える。
「決まりね。勝てなくてもいい。ラクアに思い出してもらう」
アイリは他のメンバーと比べてラクアとの付き合いが長く、彼に勝つのは難しいのを一番理解している。それでも彼に思い出してもらえば自力で憑依から解放されるかもしれない。
怪世界に来た当初、アイリは妖怪雪女の能力を得て暴走していた。別人のような姿で彼女の正体に気づかないラクアと対峙した際、最初は彼と認識できず冷気で攻撃してしまった。だが彼だと気づいたら鎮まり、雪女の能力も失った。
きっと今のラクアも同じ状況で、彼女らを知り合いと認識できていない。よその世界から来た人たちとしか見ていないから敵対せず出口を提供してくれている。
元の彼に戻るよう迫れば敵と見做して攻撃してくるかもしれないが、自分たちのことも思い出してくれて元の彼に戻ってくれるかもしれない。そうなると信じて、出口を失う覚悟で彼と向き合うと決意した。
それにアイリは以前ラクアと約束した。彼女が妖怪になって襲ったように、いつか彼も妖怪の力を得て襲いかかるかもしれない。そうなったら顔を見せてくれれば、思い出して襲撃を止めてみせると彼は言っていた。
だから約束を守り、彼を見捨てない。真っ直ぐ向き合って、仲間だと思い出してもらえるよう粘る。
「これで勝ったら誰かが妖怪王になるのかな」
「その可能性は……否定できない」
ラクアとの勝負を始める前、ヒツギはふと気づいた。もし目論み通り彼を元に戻せても、それは妖怪王が消えることを意味するわけで、戻せたきっかけを生み出した一人が次期妖怪王にされる展開が来るかもしれない。それでは堂々巡りで、いつまで経っても終わらない。
「……なら、私がなる」
あかりが名乗りを上げた。彼女は元から怪世界で暮らしており、出口を抜ける必要がない。すなわち妖怪王になるデメリットがヒツギたちと違って無いのだ。その提案にヒツギは納得したが、まずは周りの反応を見る。すると彼に視線が集中していて驚いた。
「……え、俺が決めるの?」
そう確認すると次々と頷かれた。彼は後で考えることにした。




