44話 役目
妖怪王と対峙する氷川柩岐たち。怪世界に迫る隕石、ヒツギたちを怪世界を乱す悪人と見做し倒そうとする妖怪王寿々絵。時間の限られた問題に直面するなか、何か解決策がないか考えたい派と、怪世界を見捨てて元の世界に帰りたい派で割れた。後者にしても自力で脱出はできない。妖怪王割を倒して、手段を吐き出させるのが手っ取り早い。実現できれば苦労しないが、三郷楽阿は勝つつもりでいる。
「そういえば、さっきよく無事だったな。潰されなくて」
「あー…… 穴掘って潜ったから」
ヒツギは足場にしているのが妖怪王に倒された妖怪ダイダラボッチの背中なのを思い出す。彼は当時肩の上に乗っていたから一緒に降下したので平気だったが、他の四人は地上にいた。皆ピンピンしているが巨体に潰されてもおかしくなかったわけで、無事なのを喜んだ。
今そんな話をしている場合かと小竹狐行は思ったが、我慢してからくりを明かした。確かに下敷きにされるところだったが、以前に妖怪牛鬼に取り込まれたヒツギと勝負した際の応用で、北参道天羽のドリルみたいな巻き髪で、地面に穴を空けて回避した。コユキも化ける特殊能力で第二のアゲハとして穴掘りを手伝い、それから掘り進んで地上に出て四人とも事なきを得たのだ。
「穴掘った……そうだ!」
そんな種明かしをしたところでこの状況の解決に繋がらない。そう思っていたコユキだったが、声に出したのを機に閃いた。迫る隕石に穴を空けて、内部からショックを加えて破壊すれば助かるかもしれないと。
届く高さと亀裂を入れる勢いがあればの話だが、彼らの特殊能力ではできない。ダイダラボッチが起きて、かつ手を貸してくれたら、実現できそうだ。
コユキが巨体に化ける手もあるが、それでは射出されるのがアゲハだけで心許ないし、慣れない体で狙い通り投げられるか分からない。理想は妖怪本人が、アゲハと彼の二人を投げ、ドリルのごとき髪で隕石を割ることだ。
「ボクたちをこいつに投げ飛ばしてもらって、隕石を掘るんだ。落ちる前に割ってしまえばいい」
「へえ、面白いじゃない」
ヒツギはアゲハに化けたまま、髪を回転させて実演を交えて作戦を説明する。特攻隊にカウントされているアゲハも、危険な役回りの印象を受けたが、乗り気だ。
「私飛べるし、余裕あったら拾ってあげる」
「それなら私が……糸をクッションみたいにする」
ネックは射出された二人がそのまま落下するとただでは済まないことだが、アゲハは蝶の羽を生やして空を飛ぶ能力がある。隕石に穴を抉じ開けた後に意識が残っていれば、コユキを抱えて安全に着地ができるかもしれない。そう提案する彼女に、美南哀月は代わりに自分がやると名乗りを上げた。アイリはクモの糸を張る能力がある。
「私じゃ無理だけど……この人にお願いすれば、高い位置でキャッチできると思う」
「……うん。それなら最悪私が気絶してても助かるわ」
アイリが待ち構えていても支えきれない。彼女が吐いた糸を巨体の手に絡めておき、落ちてくる二人をキャッチすれば、糸が伸びて落下の衝撃を和らげてくれる。もしアゲハが飛べなくても安心というわけで、彼女の負担を減らせる。これでコユキたちを救出するプランは強固になった。
「問題は……協力してくれるかだけど」
今大人しく倒れているのは妖怪王からのダメージが残っているからで、回復したらあかりともども再び敵対するかもしれない。コユキの案もアイリの案も巨体を貸してくれて成立するものだから、相手の動き次第では破綻する。
「というわけで力を貸してくれ」
「分かったわ」
コユキたちの会話を聞いていたヒツギはあかりに頼んでいた。彼女は二つ返事で承諾し、巨体の頭の方へ駆け寄った。
「お願い、少しだけ頑張って」
小さな隕石の雨をあかりとヒツギが避けた代わりに足場としていた巨体にダメージが溜まっていった。守れなかった申し訳なさとそれでももうひと頑張りしてもらいたいと強請る罪悪感を自覚しつつも、助かるにはそうするしかない現状を見据えて、起きてと願う。
すると妖怪はゆっくりと体を起こす。乗っているあかりたちを振り落とさないように慎重に、手を差し伸べた。
「よし、皆準備を」
ヒツギの合図で、飛ぶ二人は手に、受け止めるアイリはもう一方の手に向かう。人間と妖怪が共存して世界に危機に立ち向かう体制が整った。
ヒツギはラクアに作戦を伝えにいく。特に彼に何か頼むわけではないが、巨体が起き上がることを伝えないといきなり転がり落ちかねないし、伝えることで彼が何か案を出してくれるかもしれない。
やりとりを聞いていた寿々絵は、同じく聞いていながら仲間の元へ向かう気のない、変わらず自分と勝負する気のラクアに言い放つ。
「あなたは何の役にも立たないわね」
隕石の対処を諦めて自分だけでも助かろうと妖怪王を倒すことを最優先に考えるラクアは、諦めず妖怪と協力すれば対処できると考えたコユキたちに必要とされていない現実を突きつける。
だが彼は気に留めず、呼びにきたヒツギにも気づかない。
「失敗したら皆も役立たずだろ」
作戦に必要な役割でも、作戦が失敗したら貢献したとは言えない。成功するとは思えないラクアは、その作戦に自分が要らないと言われても気にならないと強がる。協力したけど失敗したのなら、それは協力しないのと同じだというスタンスだ。なお寿々絵は彼の考えに賛同しかねない。
「俺の役目はお前を倒すことだ。あいつらがどうなろうと関係ない」
ラクアは隕石をどうにもできないと現実的に考えており、自分たちが怪世界に飛ばされた人間、すなわち外に帰る場所がある立場であることを利用し、落ちて滅びる前に脱出するべきと思い至った。そのために鍵を握っているであろう妖怪王を追い詰めて、帰還する手段を探る。仮に彼らの狙い通り隕石の衝突を免れても元の世界に戻らないといけないことに変わりはないわけで、彼らの結果はラクアの目的に作用しない。
「どうかしら? 本当はあっちが正解だと思ってない?」
だが寿々絵はラクアに尋ねる。元の世界に戻るためにするべきことと向き合っている乗のは、彼と彼以外のどちらに見えるかと。彼は言葉に詰まり、考えた。
ラスボスを倒す道と世界を救う道。前者は勝利の爽快感を得られるが、後者と違って怪世界に来た使命を果たした心地がしない。これがゲームなら、前者はとりあえずクリアするハッピーエンドで、対して後者は制作者のメッセージを感じるトゥルーエンド。
ラクアは自分以外がトゥルーエンドに辿り着こうとしているなか背を向けていいのか、迷いが生じた。
肝試しの会場にいた人の一部が怪世界に飛ばされた。その意味に気づかないまま旅を終えて帰還して、それでいいのか。妖怪と協力して危機を乗り越える経験を得る方が価値のある旅と思えるのではないか。自分が役立てることはないと決めつけるには早いのではないか。
思い留まるラクアは、ヒツギに声をかけられた。
「そろそろ起き上がるぞ! 落ちる前にぶっ壊す」
「分かった」
ラクアはヒツギの連絡をもうすぐ足場が不安定になる合図として聞き入れ、興味のない素っ気ない返事をする。
「俺は、お前が邪魔しないよう食い止める」
そう寿々絵に宣言するラクアはヒツギたちのための自分の役割に気づいた。それは寿々絵が彼らの妨害をするのを防ぐこと。せっかく妖怪と協力して隕石を破壊しようとしても、彼女に邪魔されたら水の泡だ。そうならないよう彼女を足止めすることで、彼らの役に立てる。そう答えを出した彼は、ヒツギの呼びかけに頷くだけだった。
ラクアは考え直したように見せかけて目指す先は何も変わっていない。妖怪王を倒すという使命は据え置きで、動機も脱出はそのままに味方の間接的サポートを付加しただけだ。
「妖怪王が邪魔するかもだけど、あいつが止めてくれる」
「助かるな。余計な心配しなくて済む」
ラクアに伝えただけで一人で戻ってきたヒツギは、彼の言葉を連絡した。彼が妖怪王の足止めという陰ながらの支えをしてくれることにコユキは感謝し、いよいよ行動を開始する。
あかりの合図でダイダラボッチが起き上がり、コユキとアゲハ、アイリを抱えて立ち上がる。地上に残る彼女とヒツギは、背中を滑るように地上に待避した。
同時期にラクアも滑走し、寿々絵に飛びかかる。触れてしまえば彼は特殊能力で相手を過労させられる。起き上がるタイミングを利用した速攻の作戦だが、そう来ると予測していた寿々絵は瞬間移動で避けつつ姿を眩ませる。
巨体が腕を振り、アゲハと彼女に化けているコユキを投げ飛ばす。空高く打ち上げられながら二人は髪を回転させ、ドリルを突き刺すように隕石に激突した。
隕石は空中で破壊され、怪世界は守られた。手を取り合って喜ぶヒツギとあかりだが、英雄の二人が失速し落下を始め、緊張感が走る。
ここでアイリの出番。彼女は特殊能力で糸を出し、巨体の指に絡める。クッションを広げるようにコユキたちの落下地点に手を伸ばし、糸が衝撃を和らげる。打ち上げられた二人は無事に回収されたのだ。
巨体は屈んでアイリも含め三人を地上に降ろすと、あかりはお礼を告げる。人間と妖怪が協力して成し遂げたことに喜んだ次の瞬間、巨体は力なく倒れた。
「まとめて潰すのが一番楽だわ」
これはラクアの仕業。迫っても瞬時に逃げる寿々絵を捕捉するのは骨が折れる。だが巨体が立ち上がったのを見て、倒せばどこに逃げても当てられると考えて、巨体に触れて過労させていた。巨体は疲れに耐えて役目を真っ当したが、終えたときに限界を迎えてしまった。
結果、寿々絵は巨体に押し潰された。そうと知らないあかりたちは巨体の容態を心配する。
「ギリギリだったんだろう…… ボクらを抱えたまま倒れないよう堪えてくれたんだ」
妖怪王に攻撃されて一度倒されており、無理を言って隕石対処に協力してくれた。いよいよ限界なのも無理はないと悟ったコユキは、自分たちを巻き込まないよう解放するまで我慢してくれたと解釈し、感謝した。
そして自覚した。自分たちが助かる方法ばかり考えていて、巨体が崩れたらどうするか考えてさえいなかったことに。
今考えてもどうすれば助けられたか思い浮かばないし、時間に余裕がなかったから慎重に見直す意識がなかったのも事実。人間と妖怪が協力すると言いつつ、結局人間の都合ばかり考えてしまうのは変わっていなかったと思い知った。
一方ヒツギは辺りを見渡し、ラクアと寿々絵の姿が見当たらないことが気になった。彼は妖怪王の足止めをすると言って殿を務めていたが、両者の姿がないからどうなったのか読めない。
そして探している方向が巨体の倒れた向きと同じなことから、二人まとめて下敷きにされたのではないかと嫌な予感がした。コユキたちも一度目の転倒で潰されそうになり、そのときは穴を掘って待避した。だがラクアに同じような芸当ができるかというと、そうは思わない。
いざというときに逃げられないからこそ、得意の拘束力を活かし、妖怪王を道連れにしたのかもしれないとヒツギは思い、皆に意見を求めた。
「あいつらの姿が見えない」
「そういえば…… まさか、この下に!?」
揃って見当たらないことを呟くと、コユキたちも同じことを考えた。しかしすぐに巨体を起こすことは彼らにはできない。潰されてしまった可能性と向き合いつつ、どこか離れた場所で無事でいてほしいと願い、手分けして探す。
「ボクらを助けるために……」
なかなか見つからず、諦め半分でコユキが呟く。ラクアは一人だけ助かろうとしていたが、本当は仲間のことを考えていたのではと思えてきた。自分たちや妖怪王を苛立たせるような自分本位な発言をしていたのも相手のヘイトを一身に引き受ける狙いで、妖怪王が自分たちの作戦の妨害をしにこないよう考えての言動だったのかもしれない。
無事に隕石も破壊して、ようやく元の世界に戻れるかもしれないという段階まで進んだが、ラクアの犠牲ありきの成果と思うと、素直に喜べなかった。
「いたよ!」
だがしばらくして発見報告が上がった。巨体過ぎて捜索範囲が広かっただけで、コユキが諦めるには早かっただけの話だ。その巨体の足の辺りでラクアの姿を見つけると、叫んで皆に居場所を伝える。だが彼の様子が変で、呼びかけても振り向こうとしない。そして寿々絵の姿はなく、彼に尋ねても返事がない。
そもそもラクア本人なのか疑わしいほど、雰囲気が違った。




