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39話 警戒が緩んだ

 夜が明けて移動を再開した氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)たちは、ついに蘇生の山に到着した。これから登り、魔術師あかりの儀式を見届ける。


「ついに妖怪王に会えるのね」

「どんな姿だろう……氷の中は全然見えなかったし」


 目的は妖怪王という、怪世界の妖怪を統べる存在の復活。ヒツギたちが転移させられた怪世界で起こった、妖怪が人間を襲う異変を止めてほしいと頼みたい。

 数日前までは北の海で雪女に氷漬けにさせられていたが、そうと知らず美南(みなみ)哀月(アイリ)が掃除してしまった疑惑があり、大移動して蘇生を依頼することになり、今に至る。

 期待して進む北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)たちを先導するのは、彼女らと違い元から怪世界の住人である魔術師あかり。背を向け真っ直ぐ進む彼女の目には迷いがあった。


 彼らは恐ろしい連中だ。妖怪王が消えていたという事実だけで驚かされたのに、妖怪王に匹敵する支配力で妖怪が人間を襲う異変を起こした元凶や、かつて氷漬けにされた妖怪王を粉砕した破壊者がいる。

 あかりはこれからこの五人を敵に回そうとしている。妖怪王の復活という依頼に応えるのは嘘。支配者がいないのはあかりにとってはチャンスで、今こそ野望を成し遂げるときだと企んでいる。


 だから野望の邪魔をしてきそうな彼らはここで始末しておきたいが、怪世界へ多大な影響をもたらした実績のある彼らに騙したことがバレたらただではすまないと、あかりは危険を感じる。


 だがあかりは山を登るにつれて思い出が蘇る。人間と妖怪が共存していた頃、巨大な妖怪ダイダラボッチと友達になり、体に乗せてもらい山や海に連れていってもらい、夕焼けやウミホタルの光を、綺麗だねと共感していた日々。光に照らされる横顔を見るのが好きだった日々。けれども人間や小さな妖怪が危ないから海に隔離されて失われた日々。

 すべてを敵に回してでもそれを取り戻したら、世界は明るく映るかもしれない。そう思ったあかりは、野望ために本性を現した。



「そういえば、昨日はごめんね。いきなり襲われて、怖かったでしょう」

「ああ……いや、お前が謝ることじゃないよ。むしろ助けてくれたし」


 コユキとアゲハとヒツギには心当たりがある。アイリたちを待っている間に自由行動をしていたら、ミイラや悪魔、人造人間が迫ってきた。そのときあかりが助けてくれて、それが彼らとの出会いだった。

 襲われる前に助けてくれた方が良かったが、高望みという自覚はあるし、少し間に合わなかっただけで責めるわけにもいかない。

 だがあかりが謝ったのは別の理由がある。あのミイラたちは彼女の仲間だ。目を離した隙に見慣れない人たちを攻撃していたから、責任者として止めに入ったし、改めて謝った。


「そういや狙われたんだっけ。どんな連中なんだ」


 三郷(みさと)楽阿(ラクア)はアイリと同じく後から来た側で、ヒツギたちに何があったのかは話で聞いただけ。触れた相手を過労させる特殊能力を持つラクアは、触れることは可能な妖怪なのかが気になり、また狙われたときに備えて尋ねた。


「ああ、こういうの」


 襲われて必死だったので記憶は曖昧だが、ちょうどその敵が現れたので、まさにこれだと指して答える。少し経って、敵が迫っていることを自覚し、焦った。


「うわっ、さっきの!」


 彼らは人造人間、悪魔、そしてミイラに囲まれた。自由行動の時間にその内の一体に襲われたコユキは、また襲いに来たと察して身構える。ヒツギとアゲハもそれぞれ一体に狙われたことがある。そのときは颯爽とあかりが助けてくれたから、構える前にまず助けを求める。

 だが彼女は傍観して動かない。


「さあ皆、邪魔者をやっつけて」


 そう呟くとミイラが包帯でラクアを拘束し、身動きを封じる。さらに人造人間がアイリを背後から両腕を掴んで持ち上げ、支える。彼女は足をばたつかせるも地面に届かず、抵抗できない。

 残るコユキたちは二人を助けるか他の敵を狙うか考えようとするも、悪魔が使役するコウモリたちに包囲されて迂闊に動けなくなった。



「縛りつければ怖くない。あなたが昨日教えてくれた」


 ラクアは包帯を解こうとするも、無機質な拘束に彼の特殊能力は無力。これが人造人間による確保だったら徐々に敵を疲れさせて拘束が緩むのを待つことができるが、物が相手では効果がない。

 彼の能力に対して完璧な対処法だが、それを教えたのは昨夜ともに過ごしたアイリであり、あかりは彼女を見て微笑む。

 話が聞こえたラクアはアイリのことを内心恨むが、原因は彼にある。バレずに女子部屋を撮影する肝試しに参加した彼が、男子や妖怪を警戒してアイリが特殊能力で張っておいたクモの巣に捕まった。

 彼を帰した後、罠にかかってみっともなかったという感想に対し、アイリが彼をフォローした。彼は本当はとても強い。パワーはあるが物での拘束に弱いだけで、実力は高いと彼を持ち上げた。

 その説明が実は敵だったあかりに利用されてしまったわけで、ラクアが覗きにいったせいでこうなったのだ。


「そしてあなたは浮かせると糸を出せない」


 そしてアイリが踏み込んでクモの糸を広げるのを見ていたあかりは、体を持ち上げて足を地面に触れさせなければ糸は出せないと読んで、力持ちの人造人間に対処を任せていた。想定通り、彼女は足掻くので精一杯だ。


「どうしてアカリが……」

「だから、あなたたちの友達とは別人よ」


 アイリもラクアも、危機的状況以上にあかりの急変に動揺している。彼らの知り合いの女子に彼女がよく似ているから、別人なのに本人に裏切られたような感覚があり、ショックを受けていた。そしてこれもあかりの想定通り。友達に似ていて自然と警戒が緩んだところに、本性を露にしてインパクトを与える。

 きっとヒツギもびっくりして自分から目を離せないでいるだろうと期待してあかりは視線を向ける。だが彼は彼女の本性をすんなり受け入れており、彼女は残念がった。


「……でもあなたはあまり驚いてないようね」

「え? まあ、俺はその子をよく知らないし」


 ヒツギにとっては肝試し会場で初対面の、くじ引きでペアになった相手で、彼が持っていたキャリーケースを見て留学に興味があるという会話を交わしただけの相手だ。その子とそっくりなあかりが味方を装った敵と判明しても、そうだったのかと気持ちを切り替えられた。

 ただアイリたちの反応を見るに、相当衝撃的だったと察しがつき、驚くべき真実として受け止めるようにした。


「妖怪王を復活させてくれる約束じゃ……」


 あかりがアイリの友達に似ているかはどうであれ、妖怪王を復活させてもらいに登山していたわけで、その途中で突然、実は仲間だった人造人間たちに襲わせたのかが謎だ。どうして裏切ったのかヒツギは尋ね、彼女は真意を明かす。


「私のパートナーは、大き過ぎて追放された。だから連れ戻す。妖怪王がいなくなった今、復讐を邪魔する者はいないわ」


 あかりにも妖怪のパートナーがいた。けれども自由にさせると周囲に危害が及ぶから、移動を制限された。妖怪と共存する日々を奪った連中にいつか仕返ししたいと思っていた彼女にとって、反乱を阻止してくるであろう妖怪王を始末してくれたのは絶好のチャンスだった。

 けれども彼らは妖怪王の復活を望んでいる。素直に頼みを引き受けてチャンスを棒に振るのは嫌だ。かといって断っても別口から成し遂げるかもしれないから、そうなる前に彼らを仕留めると決意したのだ。  


「奴を消してくれてありがとう。でもここからは敵だから」


 自分と野望とは無縁なところで妖怪王を潰してくれたと聞いて、あかりは彼らに感謝している。けれども彼らの役目は終わった。むしろ彼らの行動は野望の阻止を招くから、情けはかけない。

 山の中なら誰にもバレず仕留められる。引き受けるフリをして人気のない場所へ引きつけたから、後は彼らを倒すだけ。

 厄介な二人はすでに追い詰めた。残り三人の実力は会って間もないこともあり把握できていないが、包囲されて手出しできない程度と推測がつく。



「分かったよ。じゃあボクらが勝ったら約束通り復活させてね」

「いいわ」


 コユキはあかりの本性に怒りが湧くも、野望のために突っ走るのはかつて彼も通った道で、他人事とは思えず頭ごなしに否定ができなかった。考えれば彼が妖怪に人間を襲うよう仕向けた結果、彼女のパートナーだった巨大な妖怪を危険視され引き離されて、彼女を復讐に走らせたのかもしれない。

 だからどちらが正しいか、勝負で決めることにした。あかりとその仲間を彼ら五人で倒したら、当初の約束を守ってもらうという条件を課して。


 するとあかりは迷わず応じた。すでに優勢な状況というのもあるが、どのみち歯向かう彼らに勝てないようではたとえ妖怪王がいなくても野望は果たせない。そうと決まれば早速、残りの三人も狩りにいく。

 

 ヒツギたちを閉じ込めるコウモリたち。人造人間もミイラも手強いが、あかりさえ倒せばそれらを指示する者はいなくなる。そうと彼女も理解してか、悪魔をそばに配置して奇襲に備えている。

 人造人間はアイリを無力化しているが同時に両手が塞がって動けない。前向きに考えれば、彼女が身を挺して敵一体を足止めしてくれている。魔術師あかり本人に戦闘力がないとすれば、対処すべきはコウモリたち、ミイラ、そして悪魔だ。


 コユキは特殊能力で九尾の狐に化ける。人間よりずっと小さく身軽な体で、コウモリの包囲網をすり抜けようと飛び込んだ。

 だが着地地点へ瞬間移動して先回りした悪魔が、コユキを押さえ込んだ。火の玉を射出し攻撃するも、コウモリが悪魔の盾となり、拘束からの脱出は防がれてしまった。


『離していいわ』


 決着はついていないのに相手を解放するよう指示のあかりの声を聞いて、人造人間はアイリから手を離した。突然解放され蹌踉めいて着地するも、瞬時に足を踏み込んで人造人間の足を糸で地面に張りつかせた。


「ちょっと、逃がしちゃ駄目っ」

「あなたがいっぱい喋るおかげで、声を真似られたってわけ」


 アゲハは蝶を操り、あらゆる声をその蝶から発することができる。人造人間に解放の指示を出したのはあかりに見せかけたアゲハで、勘違いさせて彼女から手を離させるのが狙いだった。すぐに本人に気づかれてしまうが、地上はアイリの能力が活きる。その一瞬で反撃に転じ、まずは人造人間を対処した。

 こうして解決できたのはアゲハの能力のおかげだが、能力があっても声質を知らないと声を真似できない。知るためには本人が喋るのを聞く必要があるのだが、頼まずたくさん喋ってくれたおかげで素材は集まった。

 野望を語ったのが相手に勝機を与えたのだとアゲハが煽ると、あかりは悔しがりつつ次の手を打った。


「もう一度捕まえて!」


 足を封じて勝った気になったのか、アイリは着地してから逃げていない。その場から動かずとも腕を伸ばせばもう一度拘束できる距離なのを見逃さず、そのまま持ち上げるよう命令した。

 アイリが解放されたのは一瞬で、また同じ状況に戻ってしまった。そればかりかアゲハの手の内を知られてしまい、もう同じ手口は効かなくなってしまった。盤面は同じなのに使える手札が減ってしまった感じだ。


「その口、邪魔かも」


 あかりはミイラに包帯でアゲハの口を塞がせた。不用意に喋れなくしておけば、声を真似され撹乱されるのを防げる。蝶を野放しにしていても、発声の源を封じておけば、声を知られていても真似できないから関係ない。


「あなたは敵じゃなさそうだから……助けてあげようか?」


 残るはヒツギだが、彼の実力は野望の阻止ができるほど厄介ではないとあかりは思う。

 うまくいく自信がなくても、進んでいたら光は見える。そんなスタンスの彼のことは気に入っているから、他の四人を始末するなか見逃してやってもいいと思った。それに厄介事を回避する運がありそうな彼のことは、能力的に脅威でなくても、敵に回したくない。


「一緒に景色を見てみようよ」


 あかりは自身の野望にヒツギも加担しないかと誘ってきた。やりたいことは巨大な妖怪に連れられて高い山や遠い海から光を見るという安全な活動だ。移動中に人間や妖怪を巻き込む可能性はあるが、危害を加える意思はない。

 その景色と、光に照らされる彼の横顔を見たい。そんな願いを込めて誘った。

 だが怪世界から脱出するための旅をここで終わらせたくない。無力化された四人に反撃の糸口を見つけさせることが役目だとヒツギは自覚している。


「遠慮します」

「……残念ね」


 ヒツギとは違う形で出会えたらよかった。そう思うあかりは、彼を倒す覚悟を決めた。

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