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38話 旅のはてに

 怪世界での旅を続ける氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)たちは、魔術師あかりに案内されて蘇生の山を目指していた。だが日が沈もうとしており、妖怪が活発的な時間帯になる。


「今日はここに泊まりましょう」

「賛成。また襲われたら困るもんね」


 あかりは悩んでいた。素直にヒツギたちを案内すると、自身の野望を邪魔されかねない。何か対策を打たないといけないが、空が暗くなったおかげで考える時間を確保できる。途中の宿で一泊し、続きの移動は明日に回そうと提案した。

 すると小竹(こたけ)狐行(コユキ)が同意した。コユキとヒツギ、そして北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)は、バラバラに行動していた際にミイラたちに襲われた。そのときあかりに助けてもらったわけで、彼女がこれ以上の行動は危ないと判断したのなら、素直に従うことにした。


 宿は二部屋。男女三人ずつに分かれた。男子のヒツギとコユキは、旅をともにした日数が多く、何度か同室で寝泊まりしている。だが三郷(みさと)楽阿(ラクア)とは今回が初めてで、この三人だけの空間は新鮮に感じた。


「なんか修学旅行みたいだな」

「だね。三人とも別々の学校だけど」


 誰かと一緒の部屋で過ごすのは怪世界に来て初めてのラクアは、年に一度の宿泊学校行事を思い出す感覚だと呟いた。だがコユキの言うように、三人はこれまで別々の学校に通っていた。肝試しに行ったからこうして出会ったわけで、それが無ければこうして夜をともに過ごす機会は訪れなかったかもしれない。

 だがコユキはふと疑問に思った。留学してきたヒツギは、これからどこの中学校に通うのか。


「お前はどこに住むの? あそこに来たってことは、もしかしてボクの家の近く?」

「いや、島の反対側。あそこは全然遠い」


 ヒツギは留学で島に着いたばかりで、ホテルを目指す最中に会場へ向かう参加者とすれ違い、会話が聞こえて興味を持ち、方面を変えた。普通ならたまたま向かうホテルの近くで肝試しをやっているのが見えたから寄り道したと考えるところで、もしそうなら会場近くに住むコユキが通う中学校に彼が編入するのはあり得る話。そう期待したが、実態は遥々遠くに寄り道しただけで、新居も編入先の学校も、コユキやラクアと離れた地域だ。


「なんだ、残念」

「まあいいだろ。能力者になったんなら、これからも関わる機会はある」


 家や学校は遠くても、彼らには特殊能力者という繋がりがある。島でずっと暮らしていて先月能力者になったラクアが、今後何かしらのイベントで再会する場面は来ると語る。


「けど一緒に泊まるのは早々ないからさ。それに修学旅行と違って先生はいない。つまり何やっても怒られない」


 雰囲気が宿泊学習を彷彿とさせることを言いたいわけで、他校生だとか同級生になるかもだとかはどうでもいい。ラクアはどうにかして、彼らに女子部屋突入を提案させたい。自分から進言するのは疚しいと思われてしまうが、彼らに付き合わされたことにすれば逃れられる。女子部屋にいる好きな子に会いに行くため、学校行事では禁止される行動に走るよう誘導する。


「よし、肝試し再開だ。消灯時間も部屋移動も自由だし」

「そうだけど……」

「ゲームしたいけどネット使えないしなあ」


 ラクアはコユキの言い分に納得した。確かに部屋や宿の外に出たり深夜まで明かりを点けるのは修学旅行では叱られる。だが彼がしたいことは別にあり、そちらへ寄せたい。

 一方ヒツギは宿でゲームという、これまた中学校の修学旅行ではできない遊びを思いついた。しかし怪世界で通信ができないから、せっかく自由に持てても満足に遊べない。だがその発言はラクアに閃きを与えた。


「そうじゃん! これでどうだ? 女子部屋の写真を、バレないように撮ってくる」

「面白い。やるか」


 電波がなくてもスマホのカメラは使える。オフラインでできる遊びとして、そして当初集まった目的の肝試しと重ねて、ラクアは提案した。

 そのスリルある勝負にコユキは乗り気だ。ヒツギも二人がその気なら自分もと便乗し、ラクアはしたり顔を浮かべる。さっそくじゃんけんで順番を決めて、撮影成功か否か、写真の質などで競うことにした。



「これで男子が来ても大丈夫」


 一方の女子部屋は、美南(みなみ)哀月(アイリ)が男子陣の潜入を予防する罠を張って女子たちを安心させていた。アイリの特殊能力はクモの糸を張ることであり、部屋の前を通ったら足が離れず身動きできなくなるという算段だ。


「……これ私たちも引っかかるんじゃ」

「ううん、大丈夫。仲間だし」


 アゲハは頼もしいバリケードだと安心する一方で、これでは自分たちが部屋を出るときに困らないか懸念した。だがアイリは心配ないと言う。彼女の糸は、仲間と判定した相手には効果がないよう設定できる。逆にアゲハやあかりを捕らえるための設定もでき、アゲハはそれを懸念した。


「じゃあ敵と設定したら」

「……この部屋に閉じ込められるね。……しないよ!」


 旅の仲間のヒツギたちを罠にかける設定ができるのなら、設定次第では自分たちも罠にかかるのではと察すると、それがアイリに疚しい発想を与えた。部屋中に糸を張って、動けない二人を自由にできる。だがそんな行為に走っては駄目だと自戒し、手を出さないと宣言した。


「良かった。その反応は本物ね。てっきりあの狐が化けてないかと」


 するとアゲハは却って安心した。アイリらしい挙動を見られたから、コユキが特殊能力で彼女に扮して女子部屋に侵入しているわけではないと確信した。


「あなたも本物でしょうし」


 成り行きで同行した故か、あかりがやけに静かだ。会ったばかりでよく知らない人にコユキが変装するとも思えないし、ここに彼が紛れていることはないとアゲハは思う。


「まさか助けに来られないための糸だった?」

「違うから! 変なことしないから!」


 外に糸を張ったことでこれから紛れることもできないわけで、それはコユキたちが自分たちを助けようと突入することもできないようにしたのと同義でもあり、罠という建前でアイリの独壇場になるよう仕掛けるのが目的ではないかと疑う。そんなつもりはないと懸命に否定した。


「ちょっと外に」

「ほら怖がっちゃった」


 だがあかりは部屋から出ていってしまう。アゲハは彼女がアイリを警戒しての行動かと推測し、アイリもそう受け止めて悔しそうに見送るが、実際の動機は違う。


 少し経って、部屋の外で誰かが転倒したような音がした。慌てて出てみると、あかりが糸に粘着されて突っ伏していた。


「ごめん、助けて」

「おかしいわね。女子は効かないはずだけど」


 アゲハは瞬時に察した。あの様子のあかりがすぐ戻ってくるとは思えず、もしそうだとしても糸に捕まるはずがない。となるとここにいるのは偽物、すなわち彼女に化けたコユキだと見破った。



「はあ? 女子部屋の写真!?」


 拘束して目的を吐かせたところ、男子陣の不埒な勝負の存在を知り、アゲハは唖然とした。アイリがまともに思えるレベルで疚しい連中だと呆れる。


「ボクを解放してくれ。ボクが戻らなきゃ後の二人が警戒して来なくなる。トラップは秘密にしておくし」

「そうね。あなただけじゃ不公平よね」


 コユキはじゃんけんの結果先鋒になっただけで、ヒツギかラクアがこのポジションに就いていても同じ結果を迎えたと言い張る。そして罠の存在は彼らに暴露しないことを条件に拘束を外してほしいと頼んだ。すぐ戻れば二人は罠を疑わない。順調に盗撮に成功してきたと思い込み、そして罠を踏む。

 連帯責任で罰を食らわせてやるために、アゲハたちはコユキの交渉に応じた。



「ただいま。次どうぞ」

「自信あり気だな……」


 約束通りコユキは糸の罠を黙っておき、二番手のラクアは疑うことなく出発した。写真は撮れなかったがそれは一巡したらせーので見せ合うルールにしたので、バレて未遂に終わったことは隠し通した。

 そしてラクアはコユキの演技に騙され、レベルの高い一枚を撮ってやろうと燃えている。そして派手にすっ転び、アゲハとアイリに見つかってしまった。


「あいつらに唆されたんだ!」


 ラクアはバレてしまったことに焦り、せめてもの足掻きでヒツギとコユキに擦りつけようとする。自分は乗り気ではなかったが無理やり参加させられたことにすれば、アイリからの印象が悪くなるのを抑えられる。現時点で彼女から冷めた視線を向けられているが、まだ挽回できると信じて弁明する。


「まあ今はいいわ。あと一人もとっ捕まえて、そしたら全部吐いてもらうから」


 誰が主犯か突き止めるのは後回し。ここでラクアを尋問して、帰りが遅いことがヒツギに警戒心を芽生えさせてしまうと罠にかけられないかもしれない。コユキのときと同様に、捕らえた証拠だけ確保して帰らせた。

 帰り道、ラクアはアイリにどう言い訳しようか考えつつ、先に行ったコユキが成し遂げた顔で戻ってきたのを思い出した。きっと彼も罠でバレて、けれども他二人を巻き添えにするために罠のことを黙っていた。彼女らに加担せず男の友情を選んでいれば、罠を踏む前に撤退できた。そうしたら自分だけ途中で良心が引き留めたと言って回避むしろ好感度アップを狙えたはずだ。


 コユキのことは許せないが、今さらヒツギだけを守ろうという気はない。彼の味方をしてもアイリからの印象は良くならないから得ではない。恨んでいるコユキと同じことをすると自覚したうえで、無事撮影したと嘘をついてヒツギを嵌めてやろうと企んだ。


「俺の勝ちだな」


 ラクアは部屋に戻ると得意気に嘘を吐く。するとヒツギは真に受けて出発した。きっと頑張っても彼に勝てない。そう勘違いし、勝負へのやる気が失せた。すると行き先を変えてみたくなり、目的を女子部屋から宿の探索に切り替えた。



「あれ、何してるの」

「わっ……あなたさっきの」


 ヒツギは廊下で黄昏れるあかりを発見し、声をかけた。どう彼らを出し抜いて妖怪ダイダラボッチを呼び出すか悩んでいた彼女は、野望を探られた気がして驚いてしまった。だがヒツギは野心に勘づいたわけではなく、彼女を見つけたのは偶然だ。


「適当に歩いてたけど、お前も?」

「そ、そうよ。あの部屋……ちょっと居心地が悪くて」


 あかりは嘘を言っていない。アイリに何されるか分からなくて警戒していたのは事実だ。だがヒツギはそんな事情を知らないわけで、けれども彼女の発言を疑わなかった。


 一方アイリたちはヒツギがなかなか来ないもので、ラクア辺りが罠を暴露して彼だけは守ったと思い込んだ。待ち構えていると知って突っ込むはずはないから、来ないのは納得だ。


「俺も一時期そんな気分だったぜ。皆みたいに役目が見えなくて」


 居心地の悪さならヒツギも感じたことがあると語る。能力面でも頭脳面でも体力面でも人脈面でも、怪世界攻略に他の四人ほど貢献できていないことがコンプレックスだった。それなら彼らが各々の役目を果たしている間にサポートし、いざというとき彼らが実力を活かせる環境を整えることを、自分の適性を踏まえた役目だと受け止めた。


「見えないなら見つけるんだ。この旅のはてに」


 果たしてその役目を担えるかは分からない。それならとにかく進むことが役目に近づくために必要なことと考える。現に思いつきで行き先を変えてあかりと二人きりで会話する機会を得たのも、思いがけない形で後々彼女の役に立つかもしれない。


「そのときが来たら、世界は光り輝いて見えるかも」

「光り……」


 太陽やウミホタルの光は綺麗で、一緒に見て気持ちを分かち合うのが毎日の楽しみだったことをあかりは思い出す。あの日々を取り戻したいと、彼女は思いが高まった。

 そうと知らないヒツギは、言葉のあやで世界は明るくなると表現しただけで、彼女のモチベーションを上げるつもりはなかった。


「明日も頑張るか。じゃあおやすみ」

「え、ええ……おやすみなさい」


 明日は蘇生の山への移動が再開だ。修学旅行みたいだと浮ついている場合ではなく、しっかり休んでおかなくてはならない。すぐに部屋へと引き返し、これが今日最後の会話になるのでその挨拶をした。あかりはヒツギに振り回されつつも見送り、自分の役目を見つめ直して彼に倣い体を休めに部屋へと戻った。

 その途中、なぜヒツギは自分たちの部屋ではなく別の道へ進んでいたのか疑問に思った。コユキとラクアのように女子部屋の盗撮しにいってアイリの罠にかかるはずだったのだが、そうなっていた形跡や態度は見えなかった。

 適当に歩いていたという彼の発言を思い出し、無意識に回避する能力があるのかもしれないと警戒しておくことにした。

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