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36話 最大の障壁

 怪世界での旅を続ける氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)は、小竹(こたけ)狐行(コユキ)北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)とともに蘇生の山に到着した。ここでの目的は霊媒師に会い妖怪王の復活を依頼することで、まずは霊媒師を探す。


「一旦自由行動にしよう。時間になったら戻ってきて、後から来る二人と合流だ」


 次の便で三郷(みさと)楽阿(ラクア)美南(みなみ)哀月(アイリ)がここに来る。妖怪が人間を襲ってくる異変の影響で、待たずに先へ進むのは危険だ。かといって待っていても退屈だから、進み過ぎない程度に近辺を散策しておく。


「戻ってこなかったら……何かあったと思って皆で向かう」


 その散策中に異変に巻き込まれる可能性はあるが、そうなったら集合時間に姿を見せないことがSOSを意味する。どの方向へ向かうかを事前に伝え合っておき、それを手がかりに探す算段だ。


「誰も戻ってこなかったら……」

「書き置きに気づいてもらおう」


 問題は三人とも各個狙われたとき誰もラクアたちに伝えることができない。もしそうなったらどうするか考えるコユキに、ヒツギは言葉を残しておこうと提案した。ちょうど近くの船の模型に、誰かの落書きがあって、それが彼に閃きを与えた。

 言われて気づいたコユキたちは、何が書かれているのか気になり近寄った。


「あかり参上、参上……何で二回?」

「落書きじゃない……まあ、何もないよりはいいか」


 読み上げるも、知らない人の落書きという情報しか分からなかった。便乗するにもマナー面で抵抗があるが、何かあっては遅いわけで、最悪の事態を見据えて目印を残しておくことにアゲハも賛成した。

 コユキは同じ単語が二つ並んでいるのが気になりもう一人の名前があるかもと疑ったが、特に何も書かれていない。仮に一つしかなかったところで落書きする意図が読めないのだが、彼らの目当てである魔術師とも妖怪王とも関係があるか分からない以上、今は深く考えないことにした。


「でも書く物がないや」

「だったらこれでどう?」


 しかしペンキがなくては落書きできない。ヒツギは提案したものの手詰まりだと告げたところ、書けないなら彫ればいいと考え、髪をドリルのように回転させて模型に傷を入れた。

 すると彼は閃き、手持ちの照魔鏡を取り出した。それは以前ヒビが入っており、破片をほじくり返して模型を削る。


「結局返さなかったの」

「何も言われなかったしね」


 その照魔鏡は怪世界に来たばかりの頃、ヒツギが人力車の俥夫の一人から預かったもの。彼とはさっき再会したが、次にいつ会うか分からないにもかかわらず、鏡を返さなかった。

 ただ返す意思はあった。向こうから鏡について言及されたら、壊したことも認めて潔く返却する気はあった。だが向こうが忘れているかまだ持っていてもいいと思っているかなら、壊したことも黙っておいて構わないと思い、ヒツギの方から言及することもなくキープしていたのだ。おかげで落書きのペン代わりに役立っており、アゲハが掘る負担も減らせた。


 三人が向かう先を矢印で示し、ラクアたちが来るまでの自由行動を開始した。



 ヒツギが向かった先の墓で、彼は恐ろしいものと相まみえた。掘り起こされた数々の死体は体の一部が剥がれて欠損している。そしてその中心に、縫い目だらけの人型の動く生き物。墓の死体で作られた人造人間だ。

 こんなものを作れるのは魔術師しかいない。そう察したヒツギはコユキたちに知らせに行こうと、目を逸らさずに後退りする。だが人造人間は彼に突進し、彼は吹き飛ばされた。

 大ダメージを負ったヒツギに、人造人間はトドメの拳を振り上げる。彼は一か八か、照魔鏡を掲げてその姿を映した。だが鏡は粉砕され、彼への追撃を僅かに和らげる程度の効果しかなかった。


 コユキは山でミイラと対峙していた。特殊能力で九尾の狐に化けて他の動物に紛れて散策していたところに、包帯まみれの異質な存在を発見し、今に至る。

 木や枝を駆使して機敏に駆け回るコユキを、包帯を蔦代わりに器用に追いかける。コユキは分身して撹乱すると、包帯で分身が薙ぎ払われた。あっという間に本物を特定され、包帯で拘束された。


 そしてアゲハは特殊能力で生やした蝶の羽を使って空から探していると、同じく空を飛ぶ悪魔に狙われた。無数のコウモリが彼女に迫り、彼女も蝶を盾に抵抗するも、体格とパワーで敵わない。こうなったら悪魔の声を真似てコウモリを味方につける反撃を仕掛けたいが、相手は不敵に笑うばかりで声を発しない。四方八方からの猛攻に蝶の羽をもがれ、墜落した。


「散々な目に遭った」

「大丈夫!?」


 三人それぞれ苦労した話を、ようやく到着したラクアたちに語る。特にアイリは心配しているが、彼らは間一髪で助かったので平気だ。


「この人が助けてくれた」

「……アカリ?」

「やっぱり知り合いだった?」


 あかりと名乗る人物が、ヒツギたちの前に現れてそれぞれの敵を追い払ってくれた。彼女の顔を見たアイリとラクアは、知り合いの西浦(にしうら)あかりと思い込んだ。その反応でコユキは、彼女も自分たちと同じで肝試し中に怪世界に飛ばされた人と確信した。

 だが当のあかりは、アイリに迫られ距離を取る。彼女はアイリもラクアも知らない。二人の友達とそっくりなだけの、元から怪世界で暮らす人なのだから。



「お前も覚えてるだろ? 肝試しのペアなんだし」

「そうだっけ?」


 ラクアはヒツギにアカリの心当たりがないか尋ねた。彼らがペアになっていたことはアイリから聞いた話で、それは事実。けれども彼はピンとこない。肝試しは飛び入り参加でそもそもあの島に着いたばかりで知り合いは少ない。たまたまペアになった初対面の人を、暗闇で少し一緒に過ごして、突然飛ばされた怪世界に来て何日も経って、思い出すのは難しい。

 けれども彼がそう言うのなら本当のことなのだろうと受け止め、アカリのことを思い出してみた。


「ああ、留学に行きたいって言ってた子か」

「嘘……知らない」

「そう? じゃあ違う話か」


 飛び入り参加ゆえにキャリーケースを引いて肝試しに参加したことで、ヒツギはアカリから話しかけられた。その際彼女は実は留学してみたいと語っていたことを思い出し、もしあかりが彼女と同一人物なら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないと期待したが、そうとはならず、そしてアイリにショックを与えた。

 ラクアも留学の話は初耳で、知り合いなのに知らなかった二人の反応から、行きたいと言っていたのは記憶違いだったのかもしれないと自信を失くす。


「いつ!? どうして」

「アイリ、その話は後だ。お前は西浦あかりじゃないのか?」

「うん……名前だけは同じだけど」

「そうか、悪い。別人とそっくりでさ」


 ラクアは知り合いと瓜二つなだけの赤の他人だと受け入れ、勘違いしたことを打ち明ける。別人のことだと分かり、あかりは安堵した。


「もしかしてあの落書きはお前が?」

「……知らない。君たちの知ってる子じゃない?」


 あかりという名前といえば模型の落書きを思い出したコユキは、彼女が犯人かと尋ねるも、否認された。一方ラクアはアカリが残したかもしれないその落書きが気になり、詳細を求める。


「何これ」

「こっちはボクたちが書いたってか掘った。もしあのままやられていたら、どこにいるか伝えられないから」


 あかりは落書きをしたときにはなかった傷痕が気になり、それはコユキたちの仕業だと自白する。彼女に助けてもらったおかげで目印としての役目を果たすことはなかったが、助けてもらえず倒れたままだったら、落書きを目印に探しにきてくれると期待できた。そういう可能性を残すための策だと明かす。


「こんな大事そうなものを……」

「仕方ないじゃん。何かあってからじゃ遅いんだし」

「まあ……スマホも使えねえしな」


 だからといって掘って文字を表すのは駄目ではないかとラクアは頭を抱える。だがこうしておかないとメンバーが逸れるリスクがあったとコユキが弁明する。

 怪世界ではスマホで通信できないから、伝言板に残すしかなかった。ラクアは彼らの言い分を受け止め、ともあれ無事で良かったと思った。



「アカリ、こんなことするかなぁ……するか」


 アイリは落書きの名前と、同名だが自分が犯人ではないと言い張るあかりから、これを残したのは知り合いの方のアカリかもしれないと考えたが、居場所を知らせるためにこんな手段に走るのかが腑に落ちない。それに参上が連続して書かれているのも気になる。

 誰かと感想が同じとき、頷くだけでなく相手の言葉を復唱する癖があることは知っているから、誰かが落書きして便乗してそう書いた可能性はあると考え直す。だとすると参上が二回書かれている謎が解けるも、アカリの名前しかないのが気になる。


「先に誰か名前を書いて、後で自分だけ消したとか」

「うーん…… とりあえず、ここにアカリが来てるかも」


 アイリは到着する前にラクアと推測していた。これまで合流した人は肝試しの主催者のコユキと、ペアの片割れ。だからヒツギと組んでいたアカリは巻き添えを食らっていないと推測していたが、名前が書かれているのを見ると、そんな法則はなかったようにも思える。

 なおあかりは自分が嘘をついたせいで誤解されていることを理解するが、白状する度胸はなかった。


「ところで魔術師は? 何か分かったか?」


 果たしてアカリは来ているのか。はっきりさせればアイリを安心させられるが、そんな余力があるとは思えない。そんなラクアは本題に戻し、蘇生の山と妖怪王を復活させられる魔術師に関する情報を得られたかと尋ねる。

 その点はラクアたちが到着してから進めるつもりでいたが、自由行動の間に収穫はあった。


「墓で死体を動かしていた奴がいた。きっと魔術師だ」

「同感。ボクらを襲った連中も、そいつの仲間かも」


 コユキは人造人間がまだ姿を知らない魔術師と関係があると考えており、コユキも自分やアゲハを襲ってきたミイラや悪魔も同様だと推測している。負けはしたものの魔術師に辿り着くヒントに触れた可能性が高いから、成果は得られた。



「魔術師を探しているの?」

「ああ。妖怪王を復活させてもらおうと」

「妖怪王を!?」


 ラクアが魔術師の情報を掴もうとしているのを聞いたあかりは、彼らの目的に興味を持った。すると彼はペラペラと語り、彼女は妖怪王がいなくなったことに衝撃を受けた。


「復活って、退治されたってこと!?」

「ごめんなさい。私が氷漬けのまま破壊しちゃったみたいで……」


 消した容疑者筆頭のアイリが謝る。彼女は怪世界に来て、訳あって雪女の能力を得ていた。そして掃除が苦手な彼女は、吐息で凍らせて脆くしてから壊せば何でもすぐに処分できることに気づいた。そしていつの間にか昔妖怪王が氷漬けにされていた氷塊もうっかり粉々にしてしまい、結果倒してしまい復活が必要になった疑惑がある。

 だから魔術師に会って蘇生を頼みたい。そんな目的を聞いたあかりは、企んだ。



 妖怪王がいない今、世界征服のチャンス。魔術師あかりは海で眠る妖怪ダイダラボッチに合図し、列島に乗り込むよう黙って指示を出した。

 あかりはかつてその妖怪をパートナーとし、一緒に暮らしていた。山から太陽が沈むのを眺めたりウミホタルが光るのを見たりするために山へと海へと楽々連れていってもらい、光の綺麗さに共感する日々は充実していた。

 けれどもあまりに大きいため動けば人や妖怪、建物を踏み潰し、被害をもたらすからと海の中へ追いやられた。


 人間と妖怪が共存する怪世界なのに、危険と決めつけ共存を禁止される妖怪もいる。それを許せないあかりは、最大の障壁だった妖怪王が関係ないところで消えてくれたのをラッキーと捉え、今こそ逆襲のときと覚悟を決めた。

 だがそんな野心は表に出さない。険しい表情で黙り込んだのをアイリに心配されると、何でもないと笑顔を返した。チャンスに昂る一方で、こんな反逆を起こそうとすることへ不安も抱えている。けれどもそれらの感情を隠し、平気だと嘘をつく。


「魔術師なら、蘇生の山に行くといいよ」


 そして妖怪王が消えたことを教えてくれたラクアたちにもう用はない。やがてダイダラボッチが寄ってきたら騒ぎになる。彼らに反抗されて計画を阻止されては困るから、山へと誘導し、始末してしまおうと目論んだ。


「ありがとう。行ってみようよ」

「案内するわ」


 アイリはアカリを探したいが、情報が足りない今は魔術師探しを優先するべき。そもそも探すのは自分が妖怪王を破壊してしまったせいだから、駄々を捏ねて後回しにするわけにいかない。五人はあかりに誘導されて、蘇生に山を目指し始めた。

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