31話 自分を変える
怪世界での旅を続ける氷川柩岐は、途中西の京に立ち寄り、再会した夕雅と街を巡っていた。すると街が騒然とし出し、ここからさらに西の地方で大規模な山火事が起きたとの情報がヒツギたちにも届いた。
「火事!? すぐ行く」
「駄目だ! 余計にヤバくなっちまう」
夕雅は俥夫仲間からの報告を受け、すぐに駆けつけようとしたがその仲間に引き留められた。伝えたのは、むしろ行かないよう連絡網を回すためだった。
「火事の原因は輪入道。先に消火に向かった仲間が、火を大きくしてしまった」
消火に夕雅たち俥夫が向かう理由は、彼らが火消しに適した妖怪を連れているから。彼ら人間に遠方まで人力車を引く力はない。だから生首に車輪のついた体を回転して走る妖怪輪入道を仲間にし、引かせている。しかしこの妖怪、車輪は火の玉を纏っている性質により火事を起こすリスクがあるので、対策として俥夫は火消婆などの妖怪も連れている。
この怪世界では最近、妖怪が人間を襲う異変が起こっている。輪入道が暴走し辺りを燃やし、消火に向かった俥夫を乗せた別の輪入道がさらに燃やした。ミイラ取りがミイラになるが如く、消火しに行くと消火される側になり、マニュアル通り救援に向かうのが却って規模を悪化させてしまっている。今回は下手に向かわない方が、被害を抑えて対処への近道に繋がる。
「だから行っては駄目だ」
別の作戦を立てるまではこれ以上突っ込まない方が、被害を抑えらえる。それで夕雅に待機の指示が来た。問題は、その作戦に目星が立っていないことだが。
「……今すぐ雨を降らせられたら」
「大丈夫だ。俺の知り合いたちが来る」
大雨なら鎮火できるが、狙って降らせるこちができないのに作戦とは言えない。別世界から転移してきたヒツギは特殊能力者だが、この状況を打破できる能力は持ち合わせていない。だが転移者は他にもいて、少なくとも四人ヒツギは知っている。そして彼らも、今この方面に向かっている。
人力車での移動が主な交通機関のため、定員の都合ヒツギは自分の意思だけで離脱し先行して出発した。後から来る四人は、もうじき到着して火事のことを知るにちがいない。彼らが向かう列島の南西部、蘇生の山への道が封鎖されたのだから、無視するはずがない。
そしてあの四人ならきっと解決策を思いつく。信じて待っていればいいとヒツギは夕雅に告げた。
ヒツギは安堵した。夕雅と再会して西の京に立ち寄っていなければ、火事の現場に巻き込まれていたかもしれない。寄ることは当初の計画になく思いつきで決めたのだが、そのおかげで回避できたことを自画自賛する。これが無計画な旅の醍醐味。いきあたりばったりの選択が正しかったと実感する瞬間は気持ちが良いものだ。
「またいるね」
「本当だ」
小竹狐行と三郷楽阿は乗り継ぎ地点で北参道天羽と美南哀月を発見した。彼らがヒツギの言う四人の仲間で、人力車の定員の都合でアゲハたちが先に出発していた。目的地はまだ先なので待たずに進んでてもよかったのだが、スマホなど連絡を取り合う手段がないのと、訳あってペアを変えたくなったときに、後から着くコユキたちを待つ必要がある。
ラクアは後者を期待して、人力車を降り事情を聞く。
「組分け変える?」
「火事だって。この先で」
ヒツギの予測通り、四人はこの先の火事の話を俥夫から聞いた。ラクアはアイリと一緒に乗れるチャンスではなかったことに落胆し、それはそれとして不穏なニュースの詳細が気になる。先に着いていたアゲハたちは事情をラクアたちに連携する。
「この車輪のせいで、大きな火事だって」
アゲハは輪入道の火の玉を指して火事の原因を伝える。この妖怪が暴走することは彼女らもさっき移動中に目の当たりにしたので、炎を纏いながら高速で駆け回る光景は容易に想像できた。
「現場に向かおうにも、これじゃん」
「そうか……火元に急ぐには火が要るから被害が広がるんだ」
アゲハは再び火の玉を指差す。コユキは現場の状況が気になる。妖怪の仕業なら元凶への対処に向かいたいが、そのためには炎の妖怪の協力が必要。迂闊に野次馬が増えると事態は悪化する。離れた距離から対処するしかない。
だがそれは後回しにせざるを得ない。アゲハたちよりも先に向かっていてここにいないヒツギのことが心配だ。
「でも行かせてくれ! 友達がピンチかも」
先に着いたアゲハたちもヒツギの状況を知らない。コユキは彼が火事の現場に巻き込まれている可能性を恐れ、延焼を覚悟で現地に案内してほしいと頼む。だが断られた。
「私が雪を降らせられたら……」
「雪……雨だ。雨を降らせよう」
アイリは移動する前まで妖怪雪女の能力を持っていた。だが彼らとの合流を期に力を失い、今は元々の特殊能力しかない。他の三人も各々の特殊能力を持っているが、水を大量に用意できる効果はない。
彼女は能力を失ってなければ、吹雪で消火できたのにと悔やむが、その発言がコユキに閃きを与えた。能力で雨を降らせられなくても、妖怪の力あるいは儀式によって実現できるかもしれない。それなら現場に向かえなくても平気で、もしそこにヒツギがいても遠くから助けられる。
「南西になら行ける? そこに雨乞いの滝壺がある」
コユキは妖怪九尾の狐に化けられる。アイリと違い、仲間と合流しても妖怪の能力は顕在。そして千年生きる狐の記憶をも得たことで、怪世界の地理や習慣を把握している。
彼が提案したのは、通行規制されていない当初とは逸れるルートを進むことで、雨乞いの儀式をする場所に行けて、そこで実践する作戦だ。行けることは俥夫に確認し、試す価値はあると考えた。
「人食い蛇がいて……代償は払うけど」
しかしリスクはある。祟りを誘うことで雨が降るわけで、祟りを受ける人が出る。妖怪を人間から解放しようと人間を襲わせた異変を起こした張本人であるコユキは、もはや自分の手に負えない事態で妖怪王に何とかしてもらうしかなく、辿り着くために自身を生贄にする覚悟は決めている。今がそのときと考えたが、アゲハは嫌な予感がした。
「それ、あいつが知ったら……」
「あり得るかも」
雨乞いの話がヒツギにも伝わっていたら、今の彼なら自分の身を捧げにいくかもしれない。そう推測するアゲハにコユキは頷いた。彼も今のヒツギならそうするような気がする。
ヒツギはこれまでの旅で自分を足手まといと感じつつあった。最初は一人で、やがてコユキやアゲハと合流して行動を続けていたが、ラクアやアイリも加入して人力車の人数的も仲間は増えれば増えるほど良いというわけにもいかず、一番要らない自分がいるせいで彼らの行動を遅らせると決めつけて離脱した。
そんな評価を抱いていないコユキはヒツギを引き留めたかったが、彼が自力で立ち直るのを信じ、出ていくのを見送った。だが立ち直る前にこの事態に直面したら、自分が生贄になるべきと決めつけて突入しているかもしれない。もしそうなっていたら、見送ったのをずっと後悔する。無事でいてほしいと願う。
「行こう。まだ間に合うかも」
「じゃあペア変えよう。お前は先に行け」
ラクアはコユキの意欲を受け止め、さっきまでと違い彼を早く現地に向かうよう促した。なお本心はアイリが入れ替わりで後発になって相乗りできるチャンスと思ってのことであり、そうなるのを期待して鼓動が速まる。
「じゃあ私たちと行きましょう」
だがラクアの期待と裏腹に、入れ替わりではなくコユキの移動だけで話がついた。彼は狐という小さな体に化けられるので定員を気にせず乗れる。つまりラクアは一人になった。だがそれを誰も問題視しない。アイリも彼なら一人でも大丈夫と信用しており、この瞬間を彼と相乗りのチャンスなどと下心は芽生えていない。
結局ラクアは一人で後発で向かうことになった。
「……じゃあな」
コユキはこれがラクアと最後の会話になることを想定し、別れの言葉を告げて去った。
「一人で大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。ラクア強いし」
アゲハは怪世界に来る前も含めラクアとは会ったばかりなので、彼を一人で置き去りにしたことを不安に思う。現に一人にさせたヒツギが、危ない目に遭っている可能性が高い。
だが彼女を安心させようと、彼とは長い付き合いのアイリが胸を張って答えた。能力者としても、そうなる前の強さや賢さとしても、頼もしい彼なら平気だと思える。
「ボクたちも信じよう。あいつもきっと、一人でも大丈夫だって」
逆にヒツギのことは、怪世界に来る前の彼を四人とも知らず、判断材料に乏しい。けれどもコユキは、アイリがラクアを信じるのと同じくらいヒツギのことを信じたいと思った。いくら彼がメンタル的に追い込まれていても、捨て身の精神を貫くなんて思えてこない。雨乞いの適任者が現れるのを待つべきだと踏み留まることだろう。
とはいえ彼も何か役に立てるよう現場に行ってから考えるつもりで動いているかもしれず、その結果事故的に生贄にさせられる可能性は否定できない。そうなる前に合流できればいいと願い、雨乞いの滝を目指す。
「着いた。けど……」
人力車を降り、コユキたちは鳥居の前に到着した。ここを下れば雨乞いの滝と、そこに巣食う人食い蛇がいる。儀式への入口に、ヒツギの姿はない。だがすでに先に進んでいるかもしれない。それに雨で火事の対処も早く始めたい。彼らはラクアを待たず、三人で乗り込んだ。
「この鏡……あいつのだ」
「ってことは来たか、鏡だけ持ち去られたかね」
滝の前には誰もいない。だが不自然に置かれた鏡をコユキが発見した。ヒビが入っており、それはヒツギの持っていた照魔鏡だと確信する。照魔鏡は妖怪の正体を暴く道具で、彼はずっと携帯していた。その効果によって彼らは何度か救われたわけで、彼は物を地面に埋める癖はあってもみすみす置き去りにするとは思えない。
アゲハは鏡がここにある理由として考えられる線を二つ挙げる。生贄にされた後なら、前者に当てはまるので、そうであってほしくないと願う。
すると辺りの木々が騒がしくなり、コユキたちは周囲を警戒する。ラクアが駆けてきたにしては速すぎるし、音の大きさからしてもっと大きな何かが潜んでいる。そして飛び出したのは妖怪牛鬼。クモの足に牛の頭を持つ、人を食べる妖怪だった。
「逃げて!」
「待て! あれは……」
アイリは特殊能力を使いつつアゲハたちに撤退を促す。彼女は踏み込んだ足からクモの糸を広げ、その糸に触れた牛鬼の身動きを封じる。糸は後方のアゲハたちにも向かうが、粘着の影響が出るのは敵と認識した相手だけ。自身や味方が触れる分には支障を来さない。
だがコユキは逃げる前に、牛鬼の腹に何かが張りついていることに気づく。よく見るとその正体は、ヒツギだった。食われたというよりは取り込まれたという表現が近い状態で、少し前にここで何かが起こって捕まったと推測した。雨乞いの生贄の線も考えたが、分からない今は救助を最優先に動く。
「目を覚ませ! ボクたちだ!」
コユキはヒツギに意識を取り戻すよう呼びかける。すると彼に反応があった。
「……ああ、久しぶり」
「大丈夫だ。今助けるっ」
ヒツギがやけに冷静に返事をしたことに、コユキは戸惑いつつも安堵する。しかし意識はあるだけでじきに生贄として妖怪に飲み込まれてしまうかもしれないから気を抜けない。問題はどう救出するかだが絶対に助けると約束し、逃げずに構える。
「助ける? 俺は自分の意思でこうなった。強くなるために」
だがヒツギは助けなんて求めていないと答える。彼にとってはコユキやアイリのように妖怪の力を得たような感覚であり、吸収されるとか生贄になるという感覚はない。単純に、強くなりたくてこの姿になったという認識だ。今までの足手まといの自分を変えるために、妖怪の力に縋ったのだ。
そんな真相をにわかに信じられないコユキたちは固まった。だが不敵に笑うヒツギを見て、これは彼の望んだ形だと思い知らされる。生贄になった手遅れの結果でも、未遂ながらそうするつもりなほどに追い詰められていたわけでもなかったことに安心した反面、妖怪の力に溺れて立ちはだかる現実を受け入れがたい。
「強さなんて要らない! 元のお前を取り戻せ!」
コユキたちはヒツギに強さを求めたことはない。勘違いだから、その力を手放して帰ってくるよう呼びかける。だが彼は応じない。目の前にいるのが仲間と理解していても、強さを発揮してみたい欲に駆られ、倒そうと決意した。




