29話 できること
氷川柩岐は北の海を後にし、一人旅に出た。怪世界に転移したときと同じ状況に戻ったわけだが、気分はそのときと真逆。何とかなるとお気楽だった面影は失われた。
肝試しの演出だろうとか、そのうち元の世界に戻れるとか、同じ立場の人が解決してくれるとか。焦らず堂々といられる考え方は当初からあった。そう思える根拠がどこにもなかった頃から。
そして何日も怪世界を旅して、同じ立場すなわち肝試し会場から転移してきた四人と出会った。ヒツギの他力本願は現実味を帯びつつある。普通なら転移当初よりも根拠ができて気持ち的に楽になるはずだが、今ヒツギはそう感じていない。
四人の元から去ったのは、人数が多いと却って動きにくいため。怪世界の交通機関は人力車で、客の定員は二人まで。作戦会議のノイズになるのを避けるため、いの一番にリタイアしてきた。
一人での移動中にこれまでを振り返り、ようやく自覚した。足手まといと思い知るのは、こんなに辛いことなのだと。
最初から候補が何人もいて役目を誰かに任せて自分は暇なのと、候補がいなくて自分が担っていたけど助っ人に託して暇になるのとでは、後者が心苦しい。ヒツギは今まで前者ばかりの人生だったが、怪世界で後者を味わい、それがどれほど悔しいのかを実感した。今の彼には、一人でできることを探すなんて心の余裕はない。
行き先も目的も決めないのはいつものこと。けれども道中で見つければいいと思えたこれまでと違って、見つける意欲が湧かない。
今の所は、作戦を決めた四人がじきに向かうであろう、列島の南西の蘇生の山に向かうのと同じルートを進んでいる。そうすれば何か彼らの役に立つ情報を先に得られるかもしれない。山まで行くか途中で逸れるかは、この先で決めるつもりでいる。人力車は途中で降りて乗り継ぐもの。進路への融通は利くのだ。
けれどもそれだけが成果でいいのかヒツギは悩む。小竹狐行のように妖怪に化けたり次の一手を閃いたりできない。北参道天羽のように声真似で撹乱したり霊媒師として降霊したりもできない。三郷楽阿のように転移してずっと修行を積んできたわけでもない。美南哀月とは会ったばかりだが彼女のように人脈が広くなく、まだ合流できていない人がいて何かしらのトラブルに巻き込まれていたら、その人への理解があることは役に立つから、彼女の方が貢献度が高いにちがいない。
そんな四人と並ぶには、今できることを探すだけでは足りないとヒツギは考えた。もっと強くならないといけない。その強さを得て貢献の土俵入りができると。だが強くなる方法は修行の山にこもることではない。努力して得られる実力なら、悩んでなんかいない。努力とは違う方向から身につける方法を探す。それが彼の旅の目的となった。
「じゃあこの四人で出発だ」
コユキたちが人力車乗り場に着いたとき、ヒツギの姿はなかった。先に行ったかまだ来ていないかは、彼を送る俥夫ではないので分からない。彼が離脱したのは残念だが、立ち直ったとき再会できると信じ、そのときまで別行動すると決意したので、今から彼らも出発する。
問題は人数で、この人力車は三人乗り。遠距離移動は人間の力では無理なので妖怪輪入道が引く都合、俥夫が相乗りするため四人のうち二人しか乗れない。残りは次の便に回る。
「先に二人、次に一人かな。ボクはどっちでもいいけど」
コユキは九尾の狐に化けられるので膝の上に収まる。だから他三人を二組に分けて、そのどちらにでも相席できる。三一か二二かを相談して決める。
「男女別がいいんじゃない?」
「「嫌だ」」
アイリの後者側の提案にラクアとコユキの男子組が反対した。どっちでもいいと言った矢先に何を嫌がっているのかとアゲハは内心コユキに呆れる。だが時間はあるので言い分を聞く。なおアイリは気に入ったルックスのアゲハと一緒がいいので、反対されただけで引き下がろうとはしなかった。
「……へえ。どうして?」
「それは……」
コユキはラクアも同意見ということに驚き、その理由に興味を持って尋ねた。だがラクアは、好きな子と相席がいいなんて素直に白状できる度胸がなく、かといってごまかす言い訳がパッと浮かばず、質問に質問を返した。
「そっちはどうなんだよ。女子の太腿に触りたいとかだろ」
「お前の膝に乗ると疲れさせられるからだよ」
コユキが反対するのはラクアに触れること。彼は特殊能力で触れた相手を過労させる。滝行中に触れられた瞬間姿勢を保てなくなったのはそのせいで、ラクアが怪世界に来て以来修行を続けていたのも、触れたらどうなるか分からない妖怪を相手にするにあたり体を鍛えておきたいからだ。
移動中に疲れさせられるのは御免だから、他の人の膝がいい。現にヒツギに同行していたときは彼の上に乗っていたし、アゲハと合流して以降もそれは変わらなかった。異性に触れたいなんて下心を抱いたことはない。
「……キモいなぁ」
「うるさい! だいたい、疲れさせるのはオフにできるし」
ラクアは墓穴を掘ったことを恥ずかしく思い、逆ギレしてコユキの意見は通らないのを証明しようとする。触れたら疲れるのは彼が能力を使っている間限定の作用で、常時発している不便な代物ではない。だから膝に乗っても平気で、コユキが拒否する理由は成り立たない。
「ち、力が」
「はあ!? 立てよこの野郎」
だが、コユキは触れられた瞬間に脱力する演技をした。まるでラクアが嘘を言っているように見せかけると、アゲハたちは信じた。濡れ衣を着せられるラクアは一層怒り、腕を引いて立たせようとする。このときも能力は発動していないが、自力で立つ気のない彼には、見た目ラクアが力を奪ったように写る。
「クソッ…… だった、ら……」
コユキは証人にならない。他の正直な人を選ぼうにも、ヒツギはもういない。肝心なときにいない彼を恨み、残る候補がアイリと他の女子しかいないことに戸惑う。好きな子に触れる勇気は出ないし、その子の前で他の女子に触れるのも気が引ける。
「何ともねえよな!?」
「は、はい」
止むを得ず俥夫に触れ、疲れてこないと証明するよう迫った。これでコユキが演技していただけと立証でき、満足した。
「じゃあ二人一緒でよくない?」
それはアイリの男女別移動の提案に反対する理由を自ら潰したのと同義であり、ラクアは自身の行動が間違いだったと後悔した。これがゲームならリセットして少し前の地点から別の選択肢に進んで回避したいが、生憎これは現実だ。怪世界という、妖怪だらけの別世界だが。
『お前と一緒がいいんだ』
「……え? なんか聞こえたけど!?」
ラクアは突然真後ろから聞き覚えのない男声が響いて、妖怪の仕業かと驚いた。だが背後には何もない。だが実は蝶が飛んでいて、これはアゲハの仕業だ。聞き覚えがないだけでその声質は他人が聞いているラクアの声。そしてアイリは彼が発したかのように受け止め、彼に相席を望まれていると解釈し、戸惑った。
「あなたの声よ」
「お前の本音じゃない?」
妖怪の仕業ではないことは仕掛けた張本人として分かっているアゲハは、ラクアが発した言葉に仕立て上げる。実際は彼がそう言ったように特殊能力で見せかけたのだが、コユキの言うように本音がポロッと溢れたということにすれば、それは本人が言ったのと同義だ。
コユキもアゲハの意図を見抜き、便乗してラクアを揶揄う。
「ねえ、聞き覚えあったでしょ?」
「うん。ラクアの声かと」
共謀していることを隠すべく、アゲハはアイリに意見を求める。ラクアの声が聞こえたのは事実だから、彼がそう言ったと思い込んだのは否定しない。その後の言動から、彼が放ったわけではないことも察したが。
「でもその反応、ラクアは言わされたんだよね? 思ってもないことを」
「……そう、そう!」
言わされたのは事実だが、本音なのも事実。けれどもそう認めるのは告白するも同然の行為なので躊躇い、本音ではないことにする選択を取った。
「だよね。いきなり言われてびっくりした」
なおアイリはラクアから片想いされているだけで彼女は彼を、理解ある良い人で自分にはもったいないレベルと認識している。だから一緒がいいのは嘘と言われても心は傷つかず、むしろ本心だったらどうしようかと焦るところだったと思いを垂らす。
一方でラクアはまたも告白の機を逃したことを後悔するも、コユキやアゲハみたいなじゃじゃ馬の前で恥ずかしい思いをしなくて済んだだけマシだと前向きに落ち込んだ。
そして結論は、アイリの提案以上の案が出てこないのと、乗り継ぎのタイミングで合流して場合によっては組分けを変えるという方針に定まり、レディーファーストということでアゲハとアイリが先に人力車に乗った。コユキとラクアは見送り、次の便を待つ。
「お前あの子のこと好きでしょ」
「分かっててやったな」
ラクアはコユキに図星を突かれ、ごまかすのは諦めた。バレるのは仕方ない。アイリに届いていないだけで小学生の頃からあちこちに勘づかれている程度に隠すのが下手な自覚はある。問題はこの恋心をイジりのネタにされることで、先に行った彼女に聞かれる心配がない今、しっかり釘を刺しておく。
「認めるけど! 次やったら黙らせるぞ」
「はいっ」
口封じも厭わないと、ラクアは腕を振り上げて威嚇する。過労がどれだけしんどいか身を以て知っているコユキは、おちょくるのを止め二つ返事で頷いた。
「どうして好きなの? あっちの子の方がかわいいと思うけど」
「お前が狸嫌いだからそう見えるだけだろ」
ラクアはアイリが好きだが、アゲハの方がかわいい点には同意見。だがそう答えればその差を覆す惚れ要素を深掘りされかねない。だからここは、コユキがバイアスを無意識にかけているからに過ぎず、かわいさ自体は見劣りしない、ということにした。彼はアイリが雪女の格好をしていたとき、衣装的に目立つ腹囲を揶揄して正体は狸だと罵倒した。狐に化ける彼だから化け妖怪つながりで狸を毛嫌いし、その一族のような体型なだけでアイリを敵視しているから、その先入観で他の女子より劣って見えている。そういうことにして、ラクアはアイリに固執する理由をごまかした。
「……確かに、よく見るとかわいかったかも」
ラクアの言う通りかもしれない。そう考えるとアイリも劣らずかわいかったと鞍替えするコユキに、ラクアは嫉妬の舌打ちをかました。十中八九アゲハの方がモテる。アイリを選ぶのは、幼い頃に笑顔を見た自分だけだという特別感、独占欲に駆られる彼は、浅い関わりで彼女に好意を寄せる男が気に入らないのだ。
「……何よ、ジロジロ見て」
「ご、ごめんなさい。でも、やっぱり可愛いなって」
人力車に乗ったアイリは、隣に座るアゲハの顔に見惚れていた。髪から甘い香りが漂い、目つきは鋭い。整った顔をずっと眺めているだけで満たされる気分だが、見られる側は落ち着かなくて気に入らない。褒められてもむしろ身の危険を感じる。
「見た目で判断するのは良くないわ。私、凄くテキトーだから」
本来は先月あの島に行くはずだったのを、行ったことにして家に篭りゲーム三昧だった程に、アゲハは素行が悪い。一月遅れの結果、怪世界行きの巻き添えを食らったと思えば、もはや罰と割り切れる。
そんな人を見た目だけで気に入ると悪い影響を受けると忠告した。
「私も適当だよ。掃除も料理もできない。勉強だってラクアの方ができるし」
中身に欠点があってもいいとアイリは笑って流す。私立の進学校に通っているが彼女より成績の良い人はいる。特にラクアには勝っている所が何もないと自虐的に呟く。
「でも特殊能力は強いから……何かあったら私が守るね」
「……そう。なら目を離さないでくれると助かるわ」
だが先月特殊能力が目覚めて、アイリは自分なりに強みを持てた。妖怪が襲ってきたら、その力でアゲハを守ると約束する。今まで近寄りがたいと思っていたアゲハは彼女への認識を改め、気が済むまで見つめてていいと許可した。
「俺らも行くぞ」
「……そうだね」
次の便にラクアとコユキが乗る。今度こそヒツギは来るかと期待していたが、姿を見せないまま時間を迎えてしまった。余計に待ってアゲハたちと別行動の時間が長引くのもリスクがあるので、仕方なく出発した。




