23話 巡り会える
怪世界を脱出するため旅を続ける氷川柩岐たちは、北参道天羽が降霊した人魚から妖怪王の行方を聞き、次の目的地は龍の列島における北の海に決まった。
これからはアゲハも同行する。彼女は以前まで霊媒師への適性から修行の山への滞在を強いられていたが、この日々は終わりにしたい。単純に修行が辛いし、彼女もヒツギと同様に怪世界へ飛ばされてきた立場。いつまでもこちらにいるわけにはいかないから、霊媒師として残るのは無理だと伝えにいく。
ここはあの世に最も近い山。アゲハが向かう修行の山とヒツギたちが向かう北の海は逆方面だ。同行すると決めた矢先に、別行動が望ましい場面に直面した。
「お前は一度戻るとしても、合流どうしようか」
「首伸ばせば探しやすいぜ」
「できないわ」
怪世界に来るときにスマホは置き去りになったので、ヒツギたちは離れたときの連絡手段がない。どうやって再会しようか悩む小竹狐行に、彼らの特殊能力を活かして解決できないか考えたヒツギが、アゲハの特徴を利用したアイディアを提案する。
それは彼女が憑依されていたときに妖怪ろくろ首のように首が伸びたことを活かして物理的な目印になることであり、だが今はできないと彼女は首を横に振る。霊が去って元の自分に戻ったときには縮み、伸ばせなくなっていた。
「……まだ痛いんだけど」
「あれだけ振り回していればねえ」
降霊している間は人格を乗っ取られた感覚で記憶は薄いが、伸ばしていた首に痛みが残っている。伸ばしたうえに頭を振り回したり地面に叩きつけたりしていたから痛むのは仕方ないと目撃者は語る。
「じゃあボクが大きな妖怪に化ければ」
ヒツギの案をヒントにコユキは実現方法を思いついた。首を伸ばせるのはアゲハだけではない。他の人間や妖怪に化ける特殊能力を持つ彼なら、かつての彼女の姿をイメージして化けて、首の長い目印になれる。そしてこの方法ならろくろ首にこだわらなくていい。体の大きい、離れていても居場所が分かる妖怪に化ければいいのだ。
「ただ、お前が探す側になっちゃうけど」
「平気よ。探すの好きだし」
懸念点は目印になるのがコユキということで、探して移動する負担がアゲハにかかってしまうこと。男が率先して探すべきと思いつつも、彼女の目印がないからできない。
だが彼女は気にせず、むしろ探すことに乗り気だったのでコユキは安堵した。この後の流れが決まったところで、いよいよ出発だ。
「じゃあ行ってくるわ」
「……俺も行く」
先に到着した人力車は、アゲハが向かうエリアが管轄の三人乗りだった。これに乗るので一旦別れを告げると、ヒツギは彼女と一緒に戻ると決めた。遠くまで人力車を引くのは妖怪の役目で、その間は俥夫が相席する。来たのが二人乗りだったら彼が乗る余裕はない。
あるいは北の海方面のが先に来たらそれに乗るつもりでいたが、どちらでもなかったから、急遽予定を変えてみた。
「ついでにあいつ誘ってみる」
「あいつって、滝にいた奴か?」
アゲハが向かう修行の山は、一度ヒツギとコユキも寄ったことがある。そのとき遭遇したのが三郷楽阿。彼らと同じく怪世界へ転移させられた人だ。別行動なのは人力車の定員オーバーだからというのもあるが、一番の理由は修行を続けるためで、転移してからずっと滞在している。
なおコユキは狐に化けて人の膝の上に収まるので定員を気にせず乗ることができる。中学生にしては体格ががっしりしているラクアは無理だ。
アゲハが霊媒師を辞めて元の世界に帰る旅に出ると街の人に伝えるついでに、ヒツギはラクアに声をかけることにした。待たずに北の海に行けるなら彼は放置しておくが、たまたま彼の元に行く道が先に現れたから、そうしようと思ったのだ。
「そっちに頼めばいいじゃん。お前ら三人は乗れないだろ」
「……ああ、そうか」
それならアゲハに頼んでラクアに伝えてもらえばいいとコユキは意見を出す。ヒツギでないと駄目な理由はないし、もしもラクアが同行すると答えたとき、三人で北の海に向かうことになる。一台に乗り切れない問題が発生するのだ。
自分が行かない方が良い理由を理解したヒツギは、思いつきの提案を取り止めた。
「……でも、ボクも行ってみよう。下手に別行動するのも危ないし」
コユキは合理的に考えるより、ヒツギの無計画な案を採用してみたいと思った。ラクアを説得する必要があるのにアゲハに押しつけるわけにはいかないし、先に北の海に行くのが安全とも限らない。それにコユキは化ければ定員の枠を取らない。彼が同行しても、一人乗れない問題は二人に増えるわけではない。
「二回に分けて乗ればいいだけだし」
定員問題についても一度に乗れないのであって、次の便で行って現地で合流すれば済む話。そう割り切って三人で乗り、全員で一度修行の山に戻った。
「口寄せには成功したけど、私ここの人じゃなくて…… 帰らないといけないから、ここを出るわ」
せっかく霊媒師になれそうな人間が現れたのに去っていってしまうことに、街の人は落胆する。
「でもいつか、生きてる人と亡くなった人を巡り会えるようにするから。もちろん妖怪も」
アゲハが約束すると、彼らは笑顔で見送った。この宣言はでまかせではない。人探しが好きな彼女は、人を経由して地上のあらゆる人に行き着く理論の応用で、故人の霊にも辿り着けるよう霊と霊の人脈を繋げたい夢を持つ。そのために彼女は出身である天界から降りて、知らない人だらけの地上での生活を始めた。
降りて早々に怪世界に飛ばされたのは想定外だが、元の地上に戻らないとその課題研究が進まない。
けれども夢が叶ったら、どんな霊にも少ない人脈で辿り着き、訪問者に会わせてあげることができる。怪世界にも干渉して、現地の人の願いを叶えると約束した。霊は人間だけでなく、妖怪も。
「凄いねあいつ。本気なのが伝わってくる」
「良いよね。壮大なこと言ってみるのって」
アゲハの宣言をコユキとヒツギは内緒で陰から聞いていた。修行が大変だからもう逃げたいという気持ちを表に出さず、前向きな気持ちで去ることをアピールしてみせた彼女に、思わず唸った。
確かに叶えるまでの道は長い。途中で挫折するかもしれない。けれどもできると信じて聞き手に期待させることは、ヒツギは好きだ。
「とにかく大丈夫そうだ。行こう」
主張の甲斐あってアゲハは旅立ちの許可を得た。支度をしている間にヒツギたちはラクアの元へ向かう。本来は彼女が事情を伝えている間に彼への連絡をしてくるはずだったのを、説明が気になって後回しにして覗いていたわけで、バレずに済ませるために急ぐ。
「人魚の霊と話してきたよ。苦労したけど」
「取り憑かれたときは助けてほしいと思ったけど、何とかなった」
半日ぶりにラクアに会った二人は、あの世に最も近い場所での用事は済んだことから話す。元々彼を誘ったのは、もしも憑依されたときの切り札になるから。ラクアの特殊能力は触れた相手を過労させること。憑依した霊を払うには効果的だが、触れた彼がどうなるか読めない危険な役を任されたくないからと同行を断られた。
未熟なうちにリスクを背負いたくないラクアは、一人で修行を続け、妖怪に触れるのも怖くないと自信を持てるようになろうとしている。彼の修行をクリアできる実力があるなら味方として信頼できるので同行してもいいという条件を課しており、けれどもヒツギたちはクリアに失敗している。
元々は人間と妖怪が共存する怪世界だったが、彼らが転移させられたのと同時期に妖怪が人間を襲う異変が広まった。ラクアが妖怪相手に慎重なのはそのためだ。元々の得体の知れなさに加え、向こうが襲ってくるかもしれないのに、触れて効果が出る能力を安易に使いたくない。
アゲハが霊に憑かれて襲ってきたときはラクアが駆けつけてくれるのを期待していたが、宣言通り彼は不在で、ヒツギたちは一度敗北して再挑戦で暴走を止めた。
だが降霊の話は済んだこと。今は次の目的を伝えることが先なので、その本題に移る。
「北の海に行くけど一緒にどう? どうやらそこで妖怪王が凍ってるそうだ」
「なんで? というか俺、氷は溶かせないけど」
ラクアの過労は生き物にしか通用しない。金属に触れても錆びたり曲がったりしないし、氷は砕けない。無機物相手には本来の筋力でしか抗えないのだ。
「じゃあ泡も割れないか」
「そんな軟弱じゃねえよ」
そうなると妖怪人魚の泡に閉じ込められた人の救助にもヒツギたちと同様で無力と考えられる。だが人魚の肉を食べて不老不死になった人間が仲間の報復でそうなったことを知らないラクアは、シャボン玉さえ割れないへっぽこかと馬鹿にされたと思い込み、ムッとした。
話を脱線している場合ではない。妖怪王の氷漬けには面白い背景があるようなのだから、その話が先だ。
「なんか雪女をナンパしてノーされたらしいんだ」
「……それで凍らされたのか?」
王という立場から、封印されて氷漬けと思い込んでいたラクアだったが、実態はノベルゲームのモブ男のような挙動だと聞いて困惑した。だが吐息で凍らせるイメージの雪女である点から筋は通っているので、経緯は想像できた。とはいえ野次馬になる気は起きない。試しに氷に触れてと頼まれても断るつもりだ。
「よほど美人なんだろうね。気にならない?」
「いや別に」
だがコユキは別の理由で誘ってきた。妖怪王さえ惚れるほどの美貌に興味はないかと。だがラクアは応じない。彼には好きな女子がいる。
「彼女いるの?」
「いや……でも好きな人はいる」
噂に聞いただけの美人、しかも妖怪に惹かれたなんて知られたら印象が悪い。そんな姿勢からリア充かと誤解されたが、現状は恋の一方通行だ。そう聞いてコユキは安堵した。
「死んじゃった?」
「生きてるよ!」
なおヒツギは以前、意中の女性と死別した人力車引きの男と怪世界で出会ったので、ラクアも似た境遇かと尋ねた。しっかり生きていると彼は強く否定した。
「でもその子、ここに来てないでしょ? バレないって」
「そうだな」
来ていないとは限らないとラクアは思っている。その子は彼やコユキたちと同じく肝試し会場にいた。こちらへ飛ばされてきたという情報はないが、可能性がゼロではない。だから雪女に会いに行ったのを知られてしまうかもしれないのだが、そう答えれば片想いの相手があの会場にいたことを白状するも同然のこと。
そうなれば候補が絞られ特定されかねないと考えたラクアは、会場にいないと嘘をついた。
「……もしかして一緒に来た子?」
「違うが?」
「他の子と来たの? 好きな子いるのに」
コユキはラクアが肝試しにその子と来ていたような気がして尋ねたが彼は正直に否定した。連れは幼馴染の一人だ。だがその結果、好きな相手ではない女子と来たことが知られてしまい、彼は追求されるのが嫌になる。
「いいだろ、俺のことは! とにかく行かねえ」
ラクアは二人を追い払う。どれほどの美人か気になるなんて不純な動機に乗せられるのは御免だ。それに元々、彼は自分が認めるレベルの人に付き添うと決めている。
「でも俺の修行をクリアできるなら」
「あー、まだ無理」
「行きたいなら素直に言いなよ」
そのレベルに達したのなら同行を決めるテストを受けさせてやるが、ヒツギたちは断った。確かに一度失敗してから、ラクア抜きで憑依されたアゲハとの勝負に勝つくらいに成長したが、まだ修行をクリアできる実力に達したとは思っていない。
だからまだリトライしないと返し、さらにコユキは修行を建前にしているのではと煽る。本当は美人が気になるけどそれを理由に同行したくないと見栄を張る。だから修行で認めたのを理由に仲間になったことにしたがっているように見受けられた。そのためには彼らにリトライしてもらう必要があり、そうしてほしいのならお願いしてはどうかと問いかけた。
「男子だけの秘密だから」
「関係ねえ。俺は残る」
「まあいいぜ。とりあえず俺らは行くから、北の海に」
このことはこれから合流するアゲハには内緒にするとコユキは約束するも、結局ラクアは動かなかった。だがヒツギの目的は自分たちの行先を彼に連絡することだ。そうしておけば後で彼が来たり、他の誰かと会ったときにこの情報は役に立つ。
「長い首が目印ね」
「……おう」
連絡手段がないから、方面が分かっても合流は難しい。そこで目印になるのが、アゲハとの勝負から着想を得た、ろくろ首のような長い首。憑依された彼女はそうなったが今はできない。けれども化ける特殊能力を持つコユキが代わりになれる。実演してラクアを驚かせた。
「来ないってさ」
ラクアに断られたことをアゲハに伝え、戻ってきたときと同様、この三人で北の海に行き、氷漬けの妖怪王を探すことに決まった。妖怪が人間を襲う異変を止めるため、彼らの旅はまだまだ続く。




