21話 一人じゃ無理だ
怪世界からの帰還を目指して龍の列島の旅を続ける氷川柩岐と小竹狐行は、あの世に最も近い山にて、北参道天羽に降霊の口寄せを依頼した。しかしアゲハは憑依され、妖怪ろくろ首のように首が伸び、振り回してヒツギたちを襲ってきた。
九尾の狐に化けて神通力で妖怪を操れるコユキは、暴走を止めるためにその力を脳に響かせるべく、首を絡ませ頭を下げさせようとした。だが作戦は失敗し万事休すと思いきや、アゲハが自我を出して足掻き、コユキたちを山のふもとへ飛ばし、逃がしてくれた。
二人の目的は、アゲハへのリベンジを果たし、憑依から解放すること。そして妖怪人魚の霊を降ろした彼女と会話し、妖怪王の情報を聞くことだ。まずは勝つため、コユキは敗北した課題と向き合う。
その課題とは、精神力。憑依されたアゲハは長い首を活かして頭を自在に動かし、あらゆる方向から声をかけてくる。彼女は自前の特殊能力で人の声を真似することができることもあり、二人をお互いの声やそこにいない人の声で惑わしてくる。ならば首が伸びた先、頭がどこにあるか目で追っていれば平気というわけでもなかった。これも彼女の能力で、蝶を介して遠くから声を出せる。発した声が彼女の操る蝶から出力され、それは首が伸びなくてもできる芸当。首と頭を警戒するほど、死角から声真似で動揺させられてしまうのだ。
もう負けないと誓ったコユキは、対策を考えた。それは味方を信じること。いない人はいないと割り切り、援軍には期待しない。そんなこと言うはずがないと信じれば惑わされない。
けれども独りではない。ヒツギがいる。彼となら乗り越えられると信じるコユキは、修行の山での特訓を思い出し、目を瞑って歩く。水の気配を感じたら方向転換する。風が吹くとカラカラと音が鳴ってビビるも、それは風車が回る音。これしきで動揺しては駄目だと自分を叱り、不意に鳴ってもビビらなくなるように精神力を鍛える。
一方でヒツギは何もしていない。彼はさっき負けたときのことを振り返り、悩んでいた。彼もコユキと同じことを課題と認識している。けれども別の解決策を考えている。ベターな案と自負する一方、堂々と相談できるようなポジティブで立派なものではない。
「後ろから声とか音がすると、自然とビックリしちゃうね」
「えっ……ああ……」
「ほら、今みたいに」
コユキは目を開けて、ヒツギに特訓の感想を共有しようと背後から声をかける。どんな声や音かは関係なく、意識の範囲外から聞こえると動揺してしまう。こっそり背後に回って語りかけたらその感覚を分かってくれると思ったら、期待通りの反応をしてくれた。その反応でコユキは自分が特段未熟なわけではないと思い、元気が出た。
だがコユキは、浮かない顔のヒツギの様子が気になった。さっきの勝負で先に倒れたから、その後ヒツギに何があったかを知らない。落ち込むような何かがあったのかと心配する。
「あれ? いつものポケーっとした顔は?」
ヒツギは計画性がない。普段から思いつきで行動や発言をする。何も考えてなさそうな顔の彼らしくない表情をするわけを尋ねる。
「……今度はお前一人で行ってきて」
「怪我したのか? どこだ?」
「いや、平気。元気。元気ではないか」
ヒツギは具合が悪いわけではない。気落ちしているから元気が出ない。体は何ともないから、行けないことはないと伝える。だがコユキは、なぜ元気でないのか気になる。
「俺がいなければ、あの声は惑わしだって分かるでしょ? 俺がいるから、本人か迷うわけで」
コユキの課題と特訓は、さっきと同様ヒツギと一緒にアゲハと勝負する前提で考えられている。だがそもそ彼が行かなければ、本物の彼の声が聞こえるわけがなくなる。聞こえたらそれはアゲハの声真似一択に絞れるから惑わされる可能性を潰せる。そして彼がいないデメリットは、さっきの勝負を振り返る限り、ほとんどない。
だからヒツギは、行かない方が確実に勝てると思っているのだ。
「というか俺が余計なことしなければイケるでしょ」
ヒツギは西の京で人力車の俥夫から預かった照魔鏡を唯一の武器としている。その鏡は写した者の正体を暴く効果があり、それでアゲハを元の姿に戻そうとした。しかしその前にコユキの姿を写してしまい、九尾の狐に化けて神通力で暴走を鎮める作戦を破綻させてしまった。それをヒツギは余計な行動と自覚しており、決定的な敗因をもたらした利敵行為と受け止めている。
もちろんヒツギに妨害の意図はなかったが、コユキを写したらどうなるか想定していればもう少し慎重にやれたはずだと反省している。無計画で突っ走ったせいでこの結果だ。次回は気をつけるだなんて軽い受け止め方では、また何かで迷惑をかけかねない。だったら留守番するのが無難だと考える。
「一人じゃ無理だ。今だってお前の反応のおかげで、ボクは気持ちが楽になれた」
「どういうこと?」
「後ろから声をかけたことだ。驚いてくれて嬉しかった」
だがコユキは一人で勝負に挑むのを拒否する。そして彼にはヒツギが必要な理由を告げる。それがどういう理由かヒツギは分からず聞き返す。聞き返してもよく分からなかった。
「なんだそりゃ」
「確かに合理的だよ。一人なら仲間の声で迷わない。……でもボク一人じゃ駄目なんだ」
コユキもヒツギの意見には納得している。勝つことを考えるなら、こちらの負け筋を潰すのは良い作戦だ。だがコユキは懸念している。彼に頼らず自力で解決すると、強引な手口になってしまわないかを。それは目先のことだけ考えれば一件落着かもしれないが、ここは通過点。怪世界からの脱出は先が見えていない。
コユキは深呼吸して懺悔する。ヒツギの意見がなければ、アゲハを見捨てて通過しようと考えたことを、彼に打ち明けた。
「人魚の霊をあいつに降ろそうって言ったとき、お前は危ないと言っただろ?」
「言ったっけ」
「言ったんだよ」
修行の山から移動する間に忘れていた程度に、ヒツギの言動は思いつきで発生している。だがコユキはしっかり覚えている。彼の一言のおかげで考えを改めることができ、過ちを繰り返さずに済んだから。
「ボクならそんなの無視してた。目的を果たせれば、犠牲は厭わない。でもそんなんじゃ、妖怪王に頼んでも聞いてくれない」
コユキは怪世界で妖怪が人間を襲う異変を起こした張本人だ。そうすれば妖怪を人間から解放できると思ったし、人間は表の、妖怪は裏の世界を生きるのが望ましいと小学校の国語の授業で意見を持った。
だが妖怪が自分たちを手放した人間の元へ帰ろうとしたり、その結果危険な妖怪を通すのを阻止する人間の手にかけられたりしたのは想定外で、自分で異変を起こしておきながらもはや歯止めが利かない規模に広まった。
妖怪王に事態の収束を依頼するために、一刻も早く会いに行きたいのが本心だ。だから過程は、手段を選ばず早い手口でいきたい欲が出る。
そんな思考の奴が妖怪王に頼んで、素直に聞いてもらえるとは思わない。むしろ罰を受けるだろうと察している。そんな未来に辿り着かないためには、ヒツギのような軽い考え方ができる人が必要だ。
「だからさっき、結果的に良かったと思う。お前がボクを妨害してくれて」
確かにヒツギにとっては想定外の仲間割れだったかもしれない。けれどもそうせずコユキの想定通りにアゲハに勝てていたら、神通力で彼女を苦しめてこちらは目的を果たすという、悪者みたいな突破を決めていたかもしれない。それはコユキの考える、罰を受ける未来へ近づくルートだ。
ヒツギはまさか邪魔したことに感謝されると思わなかったのでコユキの言葉に戸惑う。だが彼の意見が間違っているとは疑わず、そういう捉え方もあるのだと考えを改めた。かといって、まだ同行する決断へは揺らがない。
「お前には計画性がない。自分では欠点だと思ったかもしれないけどね……大して考えてないのなら、何が起こっても受け入れられるってことだろう」
「はい」
ヒツギはコユキの言葉の前半まで聞いた時点で頷き、最後まで聞いて相槌を打ってから内心疑問に思う。計画性があると、何が起こるか予測して自分はどうすれば目的を果たせるかの筋道を立てられる。だが不測の事態を前に動揺し、そうなったときどうするか迷い、計画は崩壊する。
けれどもヒツギには崩壊する計画がない。だから突然行動できて、窮地でも思考が乱れない。何が起こっても、そういうものだと割り切って次の行動ができるのは、コユキは自分にない彼の強みだと評価している。
「思い通りにならなくても、まあいいやで済ませられる度胸がボクは欲しい」
自分にない強みなのは現時点の話。コユキはヒツギに倣って身につけたい。だから課題は彼と一緒に乗り越えたい。一人で挑むのを避けたいから尚更だ。
ヒツギと協力すればうまくいくという保証はない。考えても答えは出ない。答えは勝負の中にある。無計画な彼のアクションが閃きをくれるはずだとコユキは信じる。
「無計画な行動で、予想外の攻略法へ導いてくれ」
そう頼んだ。だが自信のないヒツギは戸惑う。普段なら迷わず、彼の信じる自分を信じてオーケーと言えたことだろう。けれどもそんなスタンスが迷惑をかけるという思い込みが彼の葛藤を引き起こす。
けれどもこうして迷っていると、自分もコユキもアゲハたちも、怪世界から脱出できず、元いた世界は恐らく止まったままだ。自分にしかできない役目なら、誰かが代わりに担ってくれるなんて淡い期待に逃げることはできない。ヒツギは決心した。もう一度二人で山頂を目指し、憑依されたアゲハの暴走を平和的に止めてみせると。
「分かった。今度は助けよう」
「……そうだな。勝つんじゃなくて、助けよう」
自ずと出た言葉は勝利ではなく救出だった。それを受けてコユキは、自分が勝利に固執していたと自覚する。ヒツギの言う通り、助けたい気持ちが大きいことが重要だ。
再び山頂を目指す二人は作戦会議と雑談をしながら歩いていた。
「照魔鏡を見せれば、元の姿に戻る、か」
「多分。お前にも効くデメリットもあるけど」
一度目の敗因はコユキがヒツギの掲げた照魔鏡を見てしまったこと。本来の姿を写すその鏡によって彼は九尾の狐に化けていたのが人間に戻され、すぐ化けられないくらいのダメージを負った。だがヒツギがそうした狙いはアゲハに鏡を見せることであり、憑依された状態から解放させられると思っての判断。勝負の最中に思いついたこの作戦は彼に伝えていなかった。
鏡を向けたこちらを見るよう言葉に出したらコユキだけが反応してしまったため、彼の妨害をしただけの結果で終わってしまった。
そんな流れだったことを、登りながら弁明した。事情を聞いたコユキは納得しつつ、その作戦は悪くないと思った。リベンジの際も、照魔鏡はヒツギに使ってもらいたい。もちろんその瞬間は、鏡を見ないようにする。
「ところでロープウェイとか無い? 負ける度にやり直すの面倒なんだけど」
「この世界の科学力じゃあ、まだ無理だよ」
ヒツギは話題を変えて、リベンジに行くまでの手間を減らせないかと愚痴を溢す。勝負の場の山頂から負けてふもとへ飛ばされたのは、トドメを刺さないためにアゲハが自我を絞り出して逃がしてくれた結果らしいが、再戦するにも山頂へ飛ばしてくれたら楽なのにと思う。
これがゲームだったら親切設計でボスの手前までショートカットが用意されて、何度再挑戦することになっても容易に行き来できるのだろうが、これは現実で、都合の良い仕掛けはない。
加えてこの怪世界は人間が妖怪と共存すると言いつつ、面倒事を妖怪の得意分野に任せている。主な移動手段が妖怪輪入道の引く人力車なレベルだ。山を歩かず登り降りできるロープウェイなんて、発明されているはずがない。ヒツギたちがいた現実では考えられない。
「まあ、そんな世界でも妖怪と人間は仲良く暮らしていたんだ」
妖怪への負担が大きい現状を変えたいのがコユキの願いだ。だが妖怪を人間から解放するだけでは良い方向へ変えられない。だから一度、異変によってめちゃくちゃにして、妖怪王の力で妖怪の襲撃を止める。元の世界に戻ったようで、以前より良くなると期待する。
そのために二人は妖怪王を探し、彼を知る妖怪の霊と会話するためにアゲハを助けに向かうのだ。
「戻ってきたぞ。勝負だ」
山頂に着いて再びアゲハと対峙する。コユキは九尾の狐に化けて分身を繰り出す。分身へとアゲハの攻撃を誘導させて、伸ばした首が絡まったときがチャンス。ヒツギは好機を逃さないよう照魔鏡を取り出す。
『ちょっと待って!』
「どうし、た……」
再戦が始まった直後、ヒツギの焦った声にコユキは戸惑う。だがそれはアゲハの罠だった。声真似であり、彼は鏡を構えている。そして鏡に写った姿を見たコユキは、またしても体が炎に包まれ、すぐ消火するも力も奪われ元の姿に戻ってしまった。




