19話 仲間になって
怪世界から帰還するべく妖怪王を探す旅を続ける氷川柩岐たちは、存命の頃に妖怪王と会ったことがある妖怪人魚と会話するために霊媒師になる特訓を続けていた。
これは目隠しして歩き、耳や鼻の感覚を鍛える特訓だ。
「冷たっ」
「これが水の匂いか」
ヒツギは気づけば道を逸れており、足が川に浸かっていた。彼の反応から小竹狐行は近くに水がある現実を受け止め、今感じるものが水の近い環境の感覚だと覚えた。
「じゃあ避けられるか?」
「うわっ、何だ!?」
ヒツギは浸かった足をそのままに後ろを向き、蹴り上げてコユキに水をかける。水の気配を覚えたところで不意にかけられては回避しようがなく、身構えてもいなかったから、何が起こったのか一瞬理解できなかった。
「……くそっ、もっと瞬発力をつけないと」
「そういうのはいいから、遊ばないの」
ヒツギの台詞と体にかかった水の飛び散り具合から、コユキは目で確かめることなく彼にかけられたのだと読み当てた。だが食らってしまった自分を未熟と受け止め、次は避けてみせると決意した。
しかし俊敏性は重要ではないと北参道天羽が咎める。それに水は危険だ。
「うっかり落ちて溺れたら死んじゃうのよ」
「ごめん」
瞬発力を鍛える体で水遊びをしようとしたことをコユキは反省する。だが目を隠しているせいで頭を下げた先にアゲハはいない。
「……でも死にかけたら目覚めるんだし」
「……そうね」
確かに彼女の忠告は正しく、水難事故と隣合わせだ。けれども霊媒師になるために自分を追い込んでいる今、そういう状況に陥るのは効果的なようにコユキは思えた。
そして彼女も怪世界に来る前、死んで生き返った人に地元で出会したので、彼の考えも間違ってないように思う。
「口寄せは向こうの山でやるのなら、行ってみない?」
「そうね。さっきはここでやったから失敗したかも」
修行から話題が逸れたところでコユキはふと考えた。さっき降霊を試したが失敗した。それは実力不足と捉え修行していたが、実際は修行の山で試したから駄目だったようにも思えた。
そしてそれから修行をした今なら、できそうに思う。提案するとアゲハも挑戦する価値はあると考え、ヒツギは二人の意見に賛成した。
「というわけで今から行くんだけど、死者が眠る山に」
「俺は行かないぜ」
出発前にヒツギたちは三郷楽阿を誘った。だが即答で断られた。アゲハに会う前に二人で一度誘ったのだが、そのときも同じ結果だった。ラクアも彼らと同じで怪世界に飛ばされてきたよそ者だが、仲間になってくれない。
彼は修行というお題を出し、クリアできたら認めて同行するというゲームの仲間加入イベントのような挙動をしている。だがそれは彼にも考えがあって、妖怪が人間を襲う異変が起こった外に出る前に修行を続けたいという意思がある。彼が認める実力者となら安心して同行できると考えているからお題のクリアを基準としているわけで、今のヒツギたちはそのレベルに達していない。
「霊を降ろすんだけど、もし取り憑かれたら手を貸してほしくて」
「この子がおかしくなったら思いきり抱き締めて。その手の力で、振り払えるはず」
コユキたちは自分たちがまだラクアの求めるレベルに達していない自覚はある。だが彼に頼みたいことがあると伝えたら誘いに応じてくれるかもしれない。人魚の霊をアゲハに降ろす。彼女を介して霊と会話するとき、トラブルが起こって彼女の容態が怪しくなる恐れがある。
そうなったらラクアの出番。触れた相手を過労させる特殊能力で、アゲハに触れる。彼女もろとも体力を奪われた霊が去っていけば彼女は解放されるのだ。
「俺に移ったらどうする」
「……どうする?」
「なってから考えれば?」
だがラクアは、そうした結果自分が取り憑かれたらどう解決するつもりなのか懸念する。そもそもこれが彼が同行に条件を設ける動機だ。彼の能力は妖怪にも通用する。だが人間相手に触れるのはともかく、得体の知れない妖怪に安易に触れたくないというのが彼の言い分だ。
そして今回の頼み事は彼が懸念する事例そのもので、コユキは言葉が詰まる。ラクアを見捨てて先に進むと言いかけたが堪えた。代わりに咄嗟にヒツギに意見を求めると、彼は無責任な意見を平然とぶつけた。
「俺らだって何が起こるか分からないまま進んでいるんだ。一緒にノープランで進もう」
「いい加減な奴だな……嫌だ」
何かあったときの対策を練っておくのは悪いことではないとヒツギは思う。だからこうしてラクアに頼っているわけで、けれども全部の対策を用意するのは無理と考える。今の状態で山に向かっても、口寄せに失敗して無駄骨に終わったり、成功しても目当ての情報を得られない可能性はある。けれどもそうならなくて済む案は思いつかない。うまくいけばいい。いかなかったら残念で、その後どうするか考えればいいという心構えだ。
だがそのスタンスをラクアは気に入らなかった。他人事と思って簡単に言ってくれるのを腹立たしいと感じる。
「まあ、信じてみるか」
「……ありがとう」
そしてラクアは折れて、同行に心が揺らいだ。まさかこんな誘い方で乗ってくれると思わなかったコユキは、オーケーしてくれたラクアと、その結果に導いたヒツギにお礼を言う。なにせコユキが、妖怪が人間を襲う異変を引き起こした元凶。彼の手に負えなくなった尻拭いに手を貸してくれる人に感謝が尽きない。
「そういえば二人乗りだった」
「帰る」
口寄せの山は遠いので、人力車で移動する。問題は二人乗り、しかも俥夫含めて二人なので客は一人しか乗れないこと。定員オーバーと知ったラクアは、その無計画な進行に怒って引き返してしまった。
これはヒツギも失念しており、対策が思いつかない。出発できないのなら誘っても仕方がないのだ。
ラクアが去ったところで問題は残る。コユキは九尾の狐に化けて膝の上に乗れるからいいとして、ヒツギとアゲハはどちらか一人しか乗れない。
「二人で行ってきなよ。俺は要らないだろう」
霊媒師のアゲハが行かないわけにいかない。対してヒツギの役割は彼女に霊力を送り込むことで、それはコユキ一人で事足りるかもしれない。そう考えた彼は、自分が残るからと席を譲った。
「三人乗りのを待つのは?」
「あるんだ。じゃあ待つよ」
アゲハは三人乗りの人力車が来るまで待てば揃って行けると提案するとヒツギたちは賛成した。急ぎではないし、行けるなら行きたい。
目指すは北の山。妖怪輪入道が引く人力車で、人間よりずっと速い。移動中にアゲハは二人に、目的地の山について話す。彼女は怪世界に来てから、修行の合間にその山に行ったことがあるのだ。
「そこは、あの世に最も近い場所。長い山道を進むわ」
「へえ……墓が大量にあるの?」
「いや、そういうわけではないわ。骨は納められたりしてるけど」
「行くまでが大変な場所だしね。お墓は地元にあって、たまにそこに行くくらいだろうね」
ヒツギが期待するような墓の山はない。体を離れた魂がその山を訪れるから、それに会いに来る。
「ガスが漏れてて、お花も駄目になっちゃうから」
「ああ、火山ガスか。なるほどね」
かつて噴火した影響で今もガスが噴出している。植物には辛い環境ということもあり、お供えの花も傷ついてしまう。だから代わりに風車が添えられている。
「無事に帰れるかな」
「まあ今まで無事なのも奇跡というか」
「言えてる」
アゲハの話を聞くとまるで地獄のような場所に思え、何か起こらないかコユキは不安になった。だがヒツギは怪世界に来た時点で、どうなるか分からない状況だったので今さらビビるものではないと開き直る。その心構えにコユキは励まされ、一行は山に到着した。彼は狐から元の姿へ戻る。
「聞いてた通りの雰囲気だね」
植物が少なく、あちこちに石がある。あいにく空は灰色で雲に覆われている。不規則に立てられた風車は、装飾ではなく、多くの来訪者が残していったものだと実感させられる。死者の魂とやらは見えないが、あちこちに潜んでいても不思議ではないと感じる。カラカラと鳴る風車は風が吹いたのが原因と思いつつも、その魂の仕業ではないかと錯覚する。
ともあれ目的は山頂で口寄せだ。道中の雰囲気に怖気づいてはいられない。ヒツギたちは人力車を降りて、歩いて進んでいく。
「三余り」
「三途の川ね」
アーチ状の赤い橋。その看板をヒツギは断片的に読み、アゲハに正しい名前を教えてもらう。現世とあの世の境にあるとされる川に架かる橋だ。噂には聞いていたがヒツギとコユキは本物を見るのは初めてだ。
「そしてそこに木に服を吊るすと、しなり具合で罪の重さが分かるそう。本当は渡った後にすることだけど」
実際は渡った後に服を吊るす。善人には橋が架けられ、それ以外の人は自力で川を渡る。後者は服が水に濡れるため、水を吸って重くなったことが門番にバレて地獄行きが決まるという仕組みだ。
「渡ったら二度と戻れなくなるから、渡る前に試せるのか」
「本当だ、結構違う」
コユキは三途の川が何たるかを知っており、訪れた人が渡らず吊るせるわけを推測した。そしてヒツギは元の服と滝行に用いた道着を吊るして見比べ、濡れた後者の重さをその目で確かめる。
次に見かけたのは湧き水。三ヶ所の竹筒から冷たい水が流れている。看板には不老水と書かれていることから、摂取すると寿命が延びると読み取れた。
「これは飲める水。一口で十年長生きできるようになるわ」
「俺はいいかな。喉は渇いたけど、普通の寿命でいたい」
アゲハの解説はヒツギの推測した通りで、それは特殊な水だった。自然の水を飲んでみたい好奇心はあるが、寿命が延びるのは嫌なヒツギは我慢する。そして不老不死になる別の手段を思い返し、悲しい気持ちになった。
「……この水を飲めたら、人魚を殺して不老不死になる人間が現れずに済んだのかな」
その手段は人魚の肉を食べること。怪我を治すためや未来を見届けたいとかで不老不死を欲し、人魚に手をかけた人間を見てきた。彼らがこの湧き水の存在を知っており、すぐ手に入れることができていたら、人魚が犠牲になることはなかったのかもしれない。だがもう手遅れで、犠牲になった人魚がいる。
コユキも彼と同じ気持ちだったが、人間の怪我はコユキが妖怪に人間を襲うよう操ったことが発端であり、元凶は自分であることを受け止め心が締めつけられた。
それから登って頂上に着いた。空に近くなり、あの世に最も近い場所が現実味を帯びる。修行の山で試したときと同じやり方で、三人は口寄せに挑戦する。
アゲハが霊媒師としてその身に降霊し、ヒツギとコユキは限界に追い込んで覚醒したときに感じるエネルギーを彼女に分け与える。
二人が手を伸ばすと人魚の霊が現れる。湧き水を通ったときに人魚のことを思い返した影響で、さっきより二人のイメージがシンクロした。その霊をアゲハの体と重ね、彼女に憑依させる。その彼女は天界へ意識を向け、様々な霊を感じる。そこから彼らが求める、妖怪王を知る人魚へ辿り着くため、姿や雰囲気を参考に、いくつかの霊を選んで経由する。そして目当ての霊を見つけると、彼らと会話させるために降霊を試みた。
体を貸すから、話してほしい。そう頼むべく、その霊に声をかけようと、アゲハは空へ空へと意識を向ける。両手を広げて空を仰ぎ、叫んで力を込める。
コユキは再び九尾の狐に化け、火の玉を発して彼女に浴びせた。すると彼女に宿る霊力が一層高まり、頭が打ち上げられた。
「やった、成功でしょ」
「いや違くね!?」
予想外の事態にヒツギは、無知ゆえ予想できないだけでこれが正しい挙動だと受け止めた一方そんなはずはないと捉えるコユキは異常事態と認識した。やはりラクアを呼んでくればよかったと後悔するも、今は二人でどうにかするしかない。
よく見ると首はしっかり繋がっている。首が伸びただけで千切れてはいなかった。そして伸びて空高くへ行った頭部が、勢いよく降ってくる。彼らは咄嗟に避けたものの、頭部は地面に穴を開けた。
アゲハ自身にも大ダメージに思え心配したが、彼女の様子は変わらない。そして巻き髪がドリルのように回転している。固い地面を削ったのはそのせいかと察し、掠るだけでも危険と判断した。さすがにヒツギも非常事態と考えを改めた。
「……とりあえず落ち着かせるんだ!」
コユキの指示にヒツギは頷く。以前人魚に狙われたときは彼の九尾の狐としての神通力で騒動を鎮めた。今回も同じように解決を目指すため、彼のサポートに入ると決心した。




