1話 無計画で来た
キャリーケースを引き、新居へと向かう氷川柩岐。電車を乗り継ぐ最中、すれ違い様に女子中学生三人組の会話が聞こえた。肝試しが楽しみだという、ありきたりなようでゴールデンウィークになぜと疑問に思う会話だ。
ヒツギは引き返し、行き先を変えた。元々新居を訪問するのは明日の予定で、今日はホテルで前泊。その予約はまだだから、寄り道は支障を来さない。ならば新居を目指すのは後回し。彼女らについていき、きっと今日しかできない肝試しの会場を目指す。ホテルの予約は肝試しが終わって帰り道にすればいい。
会場に到着したが、そこにヒツギの知り合いはいない。どんなイベントか、そもそも飛び入り参加はできるのか彼は分からないまま来てしまった。とはいえ待っていればアナウンスがあるだろうし、これから知り合いが来る可能性もある。なんとかなるだろうと割り切り、次々とやって来る参加者を見渡しつつ、動きがあるのを待った。
「あれラクアじゃない? おーい」
三郷楽阿が来たことに気づいた三人組のうち川口青空澄は、彼に気づいてもらおうとして手を振る。知り合いだが来るとは聞いていなかったので、アスミたちにとっては思わぬサプライズだった。
「来てたんだ」
「そっちこそ」
さも偶然会ったように振る舞うラクアだが、彼はアスミたちが来るのを知っていた。SNSでこのイベントを知ったアスミが誘い、美南哀月が行くと返事したのを小耳に挟んでおり、彼もこっそり行こうと画策していた。
面と向かって自分も混ぜてと言うのは露骨。だからラクアは他の人に声をかけて参加し、片想い相手のアイリが来るとは知らなかったふりをする。
「……あー、それで誘ったの」
「しっ」
ラクアに誘われて行くと返事したのは東戸寿々絵だけだった。スズエはアイリがいるのを見て、彼は彼女目当てで肝試しに参加したのだと察した。だが暴露されて恋心がバレては困る彼が慌てて口止めを図る。
「一緒にいるのは……へぇ、もしかして二人って」
「誤解だ。俺は男女平等。皆誘ったら来てくれたのがスズエ一人だけだったわけで」
ラクアとしては参加する口実を作れたら誰が同伴でも関係ない。結果的にスズエと二人きりで来たが、デートではないと釘を刺す。仮に彼女以外の女子でもいっそ男子でも、一緒に来ることに変わりはない。アイリの前で他の女子に気があるような印象を抱かれるわけにはいかないのだ。
「……私は誘われてないけど」
「あっ、それは……」
その皆に自分が含まれていないことをアイリは不満に思った。確かに今はラクアとは違う中学校に通っている。けれども同じ小学校の旧友で、家も彼らの近くだ。校外のイベントなら学校の垣根は越えられる。現に一緒に来たアスミは他校生だ。私立に行ったのを根に持っていて、仲間外れにされたのかとアイリは思えた。
だがラクアにそのつもりはなかった。偶然を装って合流するつもりで誘う相手を選ぶ際に、行くと決まっているアイリを候補から除外していた。行くと知ってたから声をかけなかったなんて正直に答えれば下心が透けてしまい、弁明に詰まった。
「来ると分かってたんじゃない? 誘わなくても」
会話に割って入ったのは田浦夕雅。ラクアたちとは小中学校が違うが顔馴染みの同学年で、しかし参加しているとは知らなかった。
「せっかくならカリンを誘ってよ。四天王仲間だし」
「いや、家遠いし……お前は誘わなかったのか?」
四天王とは特殊能力評価が学年最高級のSランク四人を指す。地域も学校も違うラクアたち六人が知り合いなのは、皆が何らかの特殊能力者として交流を重ねているからだ。
「誘ったらペア組めないかもしれないだろ」
「そうなの? ……え、ペア組むって話あった?」
「ううん。てっきり着いたら分かると思ってたわ」
肝試しはペアで回るが、くじで決めるから一緒に来た人とは組めない。そう主張するユウガに、理論も、そもそもペアで挑むのかも知らないラクアは首を傾げスズエたちに聞く。だがルールを知らないのは皆も同じで、けれどもそろそろ説明があるだろうとは思っていた。
「あの人に聞いてみない? 大荷物だし、脅かし役かも」
西浦あかりが指差したのはヒツギ。キャリーケースを引く音で彼の存在に気づいていた。あれだけの荷物を持って来るのは、道具の要る運営関係者にちがいない。彼に聞けば何か分かると思い、初対面だが提案した。
アカリが向かう先にいる彼の佇まいを見て、ユウガはふと感じた。初めて見る人が目立つ、この感覚。二ヶ月前の別のイベントでも味わった。きっと今回は彼がキーマンになる。そう直感した。
「じゃあ私はあの子に」
アイリは初対面の美少女を発見し、挨拶もとい質問しにいった。
「その荷物、お化け役の人ですか?」
「ううん、引っ越しの荷物」
「えっ……そうですか。勘違いしてすみません」
アカリはヒツギに尋ねたが、彼は関係者ではなく情報を掴めず撤退した。なぜ肝試しに持ってきたのか謎が残ったとラクアたちに報告した。
一方、知らない暗い街に降ろされ呆然としていた北参道天羽はアイリに声をかけられた。
「あなたも参加者!? 凄く美人っ」
「あの、私……人を探してて」
「どうぞこっちにっ、お話しましょう」
気分が上がったアイリに流され、アゲハは肝試しの参加者扱いされてしまった。彼女以外の五人の中に、知り合いはいなかった。
だが世界は狭い。知り合いの知り合いという風に辿れば六人程度で行き着ける。早速尋ねようとしたが、間が悪く皆の注目はある一人に持っていかれた。
「ようこそ、ボクの肝試しに。ボクはコユキ、よろしく」
企画者の小竹狐行がようやく現れた。コユキもまたヒツギたちと同学年の中学三年生。主催でもある彼が、意気揚々と説明する。
「えー、まずなんでお盆でもないこの時期にって話だけど……イベント企画会社って、一年通して活動するものでして」
死者の魂を成仏させるとか、夏は怖い話を語り合う風習があるとかで、肝試しの時期は夏なのが一般的。けれどもそれだけでは仕事が足りないのがイベントプランナー。他の季節にもイベントを開催する。このことが、コユキが五月連休に肝試しを計画した背景にある。
「よその会社とのコラボイベントは、お互いの都合により時期が決まる。今月末、とある廃校で肝試しイベントをするって話があるんだ」
鉄道会社とのコラボで妖怪電車が走る。そんな月末のイベントを見据えて時期を選んだという、想像以上に真っ当な理由にラクアたちは感心する。コユキとも初対面だが、計画性と行動力を気に入った。
「……で、ボクは妖怪役として申し込みたいから、練習台を集めたってわけ。ついでに脅かし仲間も募集中」
「それが狙いか。面白いじゃん」
月末のイベントにはコユキも参加する。脅かし役として輝くために標的相手の実践練習が必要だ。それで肝試しを開催したと明かした。加えて脅かし役の仲間にしたい人がいたら声をかけるつもりでいる。
そんな真意を聞いたラクアは、このイベントはプレイヤーを満足させることより、クリエイターの力試しが趣旨だと理解した。それが悪いとは思っていない。むしろコユキの振る舞いから学びたいとやる気が出た。
「さて、ルールの説明だけど、くじでペアになって、地図の通り一周してね。特殊能力の使用もオーケー」
ついに判明した二つの要素にラクアは燃えた。組みたい相手は当然アイリ。そして能力の使用を許可されたということは仕掛け人もそうしてくるにちがいない。何が起こるか分からないワクワクが止まらない。
なお肝心のくじの結果はというと、ヒツギとアカリ、 アイリとアスミ、アゲハとスズエ、そしてラクアとユウガに決まった。アゲハはくじを引くつもりがなかったが、彼女と組みたいアイリに押されて参加してしまった。そのアイリは願い叶わず落胆している。
「誘った人と組めないって言われたときは焦ったけど……アイリと組めて良かったっ」
アスミはアカリかアイリとペアになりたかった。アカリは先にヒツギとペアに決まったので、アイリとなりたいと念じてくじを引き、叶えて喜んだ。そのせいでアイリとラクアはがっかりしたのだが、彼女は気にも留めていない。
ヒツギとアカリの挑戦。彼はキャリーケースを抱えて、タイヤの音を消した。だがそれでも揺れてタイヤが底に当たったり中身が動いてぶつかる音が響く。やっぱり持ってきたのは失敗だと思いつつも、それはアカリとの会話の種となった。
「その荷物、本当に引っ越しのなのね」
「ああ。留学してきて」
「留学!? 実は私、興味があって……」
参加者の一員でいる辺り、中身は肝試しと関係ないと理解できた。ただなぜわざわざ持ってきたのかの疑問は残る。するとヒツギは自分の立場を明かす。引っ越しのつもりで外出していたが寄り道した結果、行き場のないキャリーケースがここにある。
するとアカリは留学というワードに食いついた。肝試しそっちのけに、ヒツギに聞くチャンスと捉えた。
「行きたいけど、他のメンバーに迷惑が……」
「気にしなくていいんじゃない? 俺も無計画で来た」
アカリは夏休みに留学したい。けれども旅立った間、ラクアたちとのゲーム作成から離れることになる。応募期日を目前に、駄目なことかもしれないと思い、思いを伝えられずにいた。
だがヒツギは平然と彼女の意思を応援した。彼自身、周りを気にせずこの島に来た。そしてトラブルなく来られたから、自分を良い例だとアピールする。
「選んだ道を後悔するかは進んでみないと分からない。だから今行きたい道を行く。そんな気持ち」
「今行きたい道……うん、ありがとう!」
ヒツギの一言でアカリは決心した。この肝試しが終わったら、ラクアたちに相談すると。だが無事に終わったらの話だ。
「この道通れそうだ」
「ちょっと、そっち違うっ……」
ヒツギはコースアウトを自覚したうえで、突っ切れないか試しに踏み込んだ。アカリが引き留めようとしたとき、大きな円形の光が彼の前に現れた。そして彼だけを吸い込み、光は消えてキャリーケースが落下した。
まだ名前を聞いていないから、叫んで反応があるか確かめる。しかし声も姿もない。
「勝手に入ってごめんなさい! 消えた演出、ですよね!? ……出口、先に行ってますっ」
脅かし役のコユキでもいい。返事が欲しいがアカリの声だけが響く。彼女はもはや笑うしかなく、ヒツギの荷物を抱えて早歩きで出口に向かった。
「ねえ、この荷物持ってた人来て……る……」
アカリが出口を抜けると辺りは騒然としている。彼女に気づいたアスミが、心配して駆け寄った。
「アカリ、無事だったのね」
「うん……でもペアの人が」
「……これで四人目ね」
アカリはぞっとした。そしてアスミの発言の意図に気づく。まず彼女とペアだったアイリが見当たらない。悪い予感が当たっていないことを祈り、尋ねた。
「……ねえ、アイリはどこ?」
聞かれたアスミは首を横に振る。アカリは察した。きっとヒツギと同じように、突如姿を消したのだと。
「やり過ぎよ……」
「そう言ってやりたいけど、あの主催の子も居ない。彼も含めたら、五人が行方不明」
「それも遠くにね。私でも居場所が追えないくらい」
スズエは人の頭上に数字が見える。それはその人が失恋するまでか寿命を迎えるまでの期間を示している。少なくとも今日それがゼロになる人はいなかったが、離れたり物陰にいても誰がどこにいるかは見えるのに、その五人の数字が見えなくなっている。
だからこの近辺にはいない。どこか遠くに飛ばされたと考えられてしまう。
「いなくなったのはアイリ、ラクア、主催のコユキに、今日会った二人」
その二人とはヒツギとアゲハのこと。併せてコユキも、スズエたちはよく知らない。誰の仕業で姿を消したのか見当もつかない。
「……大丈夫かなあ」
「楽しんでない!?」
アカリは本心では心底不安だが、逆に笑ってしまう。それを見たアスミは不思議なこの状況を他人事のように面白がっていないかと困惑したが、アカリにその気は一切ない。能力で本心と表情が逆になっているだけだ。それをアスミも知っているが、半月前に知り合った程度ではまだ慣れていない。
「……あれ、ここは」
ヒツギは見知らぬ街にいた。いや、さっきまでいたのも見知らぬ街ではあるのだが、肝試しのルートから逸れたとは思えない明るく賑わった街に戸惑う。
人は大勢いるが、会った覚えのない人ばかり。名前を知らないペアのアカリは近くにいない。見渡したとき、不思議な生き物を目にした。一つ目の人間に、ひとりでに歩く傘。現実で見るのは初めてだが、一目で妖怪だと理解した。
妖怪がいて、人間は平然としている。そんな奇怪な世界に、ヒツギは踏み入ったのだ。




