18話 挑戦したい
怪世界からの脱出を目指す氷川柩岐と小竹狐行は、妖怪王に辿り着く情報を集めに霊媒師に会いに来た。しかしそこにいたのは、彼らと同じで怪世界に飛ばされた特殊能力者の北参道天羽。地元民に適性があると評価され、霊媒師になるための修行をさせられていた。
「つまり大昔に妖怪王と会った人魚から、今どこにいるか聞きたいってことね」
まずコユキは経緯を伝えた。霊媒師に頼みたいことは、妖怪人魚の霊を口寄せという術で降ろしてもらうこと。それから会話し、かつて会った妖怪王について知っていることを尋ねる。
彼らが怪世界に来たのと同時期に、妖怪が人間を襲う異変が起こった。正確にはコユキが起こしたものだ。人間と妖怪が共存しているようで、実態は人間が都合よく妖怪を利用しているこの世界から妖怪を解放してあげたいと思い、神通力で妖怪を操り人間を襲わせた。妖怪は怖い生き物だと思い知らせるために。
「各地で人間が妖怪を手放して、帰ってこようとした妖怪が人間にやられている。これを止められるのは妖怪王だけだ」
「妖怪王……聞いたことないわね」
「俺も何も知らない」
コユキにとっては妖怪が人間を襲い、恐れた人間が妖怪を野生に帰すことまでは想定内だった。けれども妖怪は野生から人間との生活に戻っていこうとした。だが武力ある人間が妖怪の立ち入りを禁止しており、犠牲になってしまった。本気で張り合えば負けないのに、人間に危害を加えてはならないと躾けられた影響で、一方的にやられてしまった。
コユキはその実態をヒツギから聞いて、原因となった襲撃の中断を指示した。けれども時すでに遅し。全国各地に異変が広まり、手に負えない規模に膨らんでいたのだ。
どうにかするには妖怪王の力が必要だが、その存在をアゲハは知らない。ヒツギも知らず、今まではコユキについてきた。
「ボクはここに来て能力に目覚めたから……それで知ったんだ」
コユキが詳しい理由は、特殊能力が九尾の狐だからであり、化けて実演してみせる。その姿でも会話できることを教えるため、そのまま話した。
「九尾の狐は千年生きる。でも妖怪王はその前から生きている。……姿を見た妖怪は、もうこの世にいないかもしれない」
「それで霊媒師に……」
妖怪王が生きていても、その姿を見たことがある妖怪は寿命を迎えている。少なくとも人魚はそうだと聞いてきた。だから霊媒師を頼りにしているのだとアゲハは理解する。
「人探しなら任せて。好きだし、そういうの」
知らない誰かを探すということならぜひ協力するとアゲハは乗り気だ。彼女の趣味である人探しゲームを現実でやるのだから、気分が上がる。
「知り合いの知り合いの知り合い……って辿っていくと、誰にでもすぐ巡り会えるの。世界は狭いわ」
人に四十四人の重複しない知り合いがいると仮定して、知り合いの知り合いとして繋がる相手は千六百人にもなる。そこから派生すれば世界の人口を超えるには六人経由するだけで足りる。それがアゲハの感心がある、スモールワールド現象だ。
「この世界に知り合いはゼロ人だけど」
「だから聞くんでしょ、幽霊に」
知り合いがいないと繋がる線が始まらないとヒツギは揚げ足をとる。だったら知り合いを作ればいいし、そのために来たのだとコユキが指摘する。
「なんか修行にやる気出てきたわ」
「俺もやるぜ」
霊媒師になれたら繋がりを作れる。モチベーションが出たアゲハは、修行に前向きになれた。するとヒツギが便乗し、コユキは困惑した。
「なんでさ」
「俺もなれるかもしれないし」
「なるほど、じゃあボクも。さっきのリベンジに向けて鍛えて損はないしね」
アゲハの修行についていけば、自分も霊媒師になれるかもしれない。とにかく今は誰かがなれればいいわけで、まずは挑戦したいというのがヒツギの意思。そしてコユキも考え、自分もと仲間に入った。仮になれなくても修行は無駄にならない。滝で遭遇した三郷楽阿の試練を乗り越えられるだけの力をつけたいから、うってつけと考えた。
言われてヒツギはなるほどと思い、三人で修行に向かった。
「まずは断食。頑張って我慢するの」
「それなら余裕だ」
「うんボクらもお腹空かないし」
本来なら食欲に堪えるのは過酷な我慢だが、怪世界に来てからは空腹を感じない。怪世界に来て六日目にして救援の気配がない辺り、現実での時間が進んでいない可能性がある。元からこの世界で暮らしている人間は野菜や動物の肉などを食べているので、彼らのようなよそ者が特殊な体質になっている。
「そのせいで勘違いされたのかもね。修行に向いているって」
そこからヒツギは考えた。もしかしたらよそ者ゆえ食事をしなくて平気な点が、霊媒師になる適性として評価されてしまったのかもしれないと。
ともあれ断食の修行は今の彼らには無意味だ。
「じゃあ滝に入るわ」
アゲハが指差す先にある滝を見て、ヒツギたちは、またあの修行かとため息をついた。
「ボクたちさっきやったばかりなんだ。二分耐えたらクリアってルールで、すごく疲れる」
「誰もクリアできたことないってさ」
滝へ向かいながらコユキとヒツギは、アゲハと会う前の出来事を話す。ラクアは滝で修行しつつ挑戦者を待っており、二人は試しに挑戦してきた。結果は惨敗。触れた相手を過労させる特殊能力を持つ彼に太刀打ちできなかった。
「その主催者はボクらと同じで肝試し会場から来たんだって。お前のことも覚えてたよ」
「あー、あの人……私も話しかけられたわ」
ラクアはアゲハが頂上にいることを知っていたから、逆に彼女も彼を知っているのではと睨んだコユキの予想は的中。彼女は彼と会話した記憶があると呟いた。
「もしかしてお前も挑戦した?」
「いえ、してないわ」
その返答はコユキにとって残念だった。挑戦したことがあったら攻略のヒントを見つけられるかもしれないが、そうでないなら仕方ない。
「そうか。クリアできたらあいつも仲間になってくれるみたいでさ」
「そうなの? なんかゲームのキャラクターみたいね」
勝負に勝てたら仲間になるという条件が設定されているかのような挙動だとアゲハは思った。ともあれ彼女はヒツギたちが滝行をする目的を理解した。
「滝に打たれて憑かれない精神を身につける。そうすればそれもクリアできるはず」
「……疲れるはゼイゼイ言う方の意味だよ」
コユキは少し考えて、アゲハは"疲れる"と"憑かれる"を勘違いしていると推測し、的中した。彼女はラクアの能力を知らないから、憑依される方で捉えていた。だから精神を磨けば乗り越えられると発言したが、過労させる能力への耐性はつかないというのがコユキの考えだ。試練クリアへの道は遠い。
「ああ、そっち。てっきり悪霊をまとわりつかせてくるのかと」
「滝みたいな激しい場所には寄ってこないさ」
「でもそれいいんじゃない? あいつを悪霊と思えば」
妖怪があちこちにいる怪世界だ。悪霊が潜んでいても不思議ではない。だがそういうの無しに、あれはラクアの特殊能力だ。そしてコユキの考えは、水が打ちつけ人間でも過酷な環境へそういう類が寄ってくることはない。ラクアは自前の能力というのがハッタリで実は妖怪の力だとは、考えにくい。
だがヒツギの考えは、ラクア本人を悪霊と思い込んで挑むこと。そうすればアゲハの言う強固な精神を得たら、悪霊の手のようなものに触れられても耐えられると想像した。
「ありだな。能力への対策って思わないで特訓するのは」
コユキはヒツギの考え方に賛成した。実態は悪霊ではなく能力だ。けれどもあえて別のものと思い込むことが攻略に繋がったら面白い。それに滝行のモチベーションも上がる。つくづくヒツギはこじつけが上手いなと感心する。
口寄せのできる霊媒師になるため。ラクアの試練をクリアするため。三人は修行を始めた。
揃って水に浸かり滝に入る。水の勢いに潰されないように必死で余計なことを考えられなくなり、精神と肉体を鍛える。目を開ける余裕はない。暗い視界に痛む体。そんな極限状態に追い込まれたそのとき、感覚を研ぎ澄まさなくてはならないと脳が判断したとき、力が漲るのを感じた。
「……なんか、目覚めた」
「ボクも」
「うん、私も」
お互いの様子は見えていなかった。けれども同じ感覚を味わったと思えた。今ならもしかしてと思い、各々念じて口寄せを試す。滝から出て死者の魂を想像し、自身に憑依させる。コユキは九尾の狐としての記憶を、アゲハはこれまでの霊媒師を目指す修行を、そしてヒツギは土の気配を。各々強みを活かせる手段で降霊を目指す。
そして偶然にも同時に叫んで手を伸ばすと、三点が交わる先に人魚の霊が現れた。だがイメージした姿がバラバラだったせいで一体とはならず、腕や頭や鰭が多い奇妙な姿が出現した。
「なんか出た!?」
「……けど失敗だよ。多分、全員がシンクロしないと」
こういう未知の現象への理解はコユキが早い。重なれば綺麗な姿になるものだと、ヒツギとアゲハは納得した。つまり修行を重ねてエネルギーが高まったら、降ろしたい霊のイメージが具体的になり、他人とのズレがなくなる。ぴったり重なったら降霊は成功だ。
今回は失敗だが、かといって再挑戦はできない。覚醒状態はもう終わってしまっていた。目覚めたという感覚が、体に残っていない。
「もう一度やるにはまたあの感覚を掴まないと……体を限界に追い込まないと」
「厳しい修行とは聞いてたけど、納得だわ」
成功に近づくためには、覚醒状態に入ることを繰り返す必要がある。それは体を肉体的にも精神的にもプレッシャーをかけることが条件で、やる度に大きな負担がかかる。
今や霊媒師がいないのも、素質を見出されたアゲハが過酷な修行を課せられているのも、納得の難しさだと実感した。
「でも呼び出すだけじゃ駄目なんだ……憑依させないと」
まず降ろすまでも険しい道だが、それがゴールではないとコユキは言う。その霊を誰かに憑依させないと会話ができず、妖怪王の情報を聞き出せない。問題は誰に憑依させるかで、この中で一番適任なのはアゲハだと考える。
「……できる?」
「まあ、人になりきるのは得意よ。私、色んな声出せるし」
アゲハは自身の特殊能力を二人に明かす。蝶が舞い、一頭を口元に当てる。そして喋ると、別の蝶から彼女と異なる声色で出力された。まるで電話のように離れた場所から聞こえてきた。
「声もシンクロさせられるってことか」
「普段は聞いたことないと駄目だけどね」
だが今の声はアゲハがイメージした声質。声を知らない人を見て、その人の声を真似ることはできない。それはもう聞くことのできない面識のない故人の声を再現できないことを意味する。
けれどもその霊を明確にイメージできたら、自然と声も分かるかもしれない。そして声も再現することが口寄せの成功に繋がるのなら、適任が自分という自覚はある。
「じゃあ降ろした霊をお前に押し込めば……一体化できるかも」
「でもそんなことしたら危ないんじゃない?」
成功するかもしれないがヒツギはアゲハの身を案じた。負担が大きいのはほぼ確実で、その後元の彼女に戻れるかも疑問だ。憑依されたまま、果てには乗っ取られるかもしれない。
「そこはボクたちで何とかするしかないね」
コユキは内心、それを必要経費と割り切った。アゲハの身が保たないかもしれないが、彼らが怪世界攻略に向けて前進したならそれは成果だ。彼女を見捨ててでも、自分たちの役目を果たすことを優先しなくてはならない。前いた人魚の街で、人魚によって泡閉じ込められた人間を放ったらかしにしてきたのと同じように。
「あいつに頼んでみるか。疲れさせたら消えるかも」
だがヒツギはラクアの手を借りれば解決することにすぐ気づいた。彼の特殊能力なら、アゲハに触れて過労させられる。憑依した霊にも干渉したら、彼女から離れていくかもしれない。そうなれば一件落着だ。
「そうだな。それでいこう」
コユキはアゲハを見捨てようとしたことを反省し、何かあったらヒツギの言う通り周りを頼ると決めた。一方で当事者の彼女は憑依先が自分であることへの危機感がないから、彼らの計画に口出しせず、彼らの判断に委ねていいと思っていた。
そして改めて、前提である降霊に向けた特訓。これは今まで通り三人で挑む。霊の具体化と三人でのシンクロ。それらに向けて特訓を再開した。