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17話 待っても無駄

 人間と妖怪が共存する怪世界に飛ばされた氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)たちは、妖怪が人間を襲う異変を止めるために妖怪王を探す旅を続ける。龍の列島で西の京、東の京、そして北陸の海を経由し、北東の火山に到着。ここでヒツギたちは、存命の頃に妖怪王に会った人魚に話を聞くため、霊媒師に会いに行く。


「それでこの街にやって来たのか」


 というあらすじを、先ほど出会った三郷(みさと)楽阿(ラクア)に話した。ラクアはヒツギと同じく怪世界へ飛ばされた人。ここは人間自身が能力を鍛えに修行する山で、だから霊媒師がいる。

 そして彼らが元いた世界は一部の人が特殊能力に目覚める不思議な島で、ヒツギたちも能力を持っている。ラクアはここで待っていれば怪世界への転移者と合流できると読んで滞在していた。だから別の目的で来て結果的に会えたヒツギたちに感心した。彼らは怪世界からの脱出のために積極的に行動しているのだから。


「そっちはどう? 手がかりは」


 だがヒツギは自信がない。自分が動くより、他の転移者に任せた方がスムーズに解決できると思っている。妖怪王に会うというのも、以前合流して以来同行している小竹(こたけ)狐行(コユキ)の考えに従っていいるに過ぎない。それを疑っているわけではないが他の意見も聞きたいのでラクアに尋ねた。来てから今に至るまでに情報を得られたかと。


「特にないな……でも大丈夫だ。スズエを信じる」


「一緒に肝試しに来た幼馴染だ。そいつも能力者で、ざっくり言えば誰がどこにいるか分かる」


「俺らと同じで飛ばされたなら探しにきてくれるし、残っているなら俺らが急に消えたことに気づいて他の皆に相談しているはずだ」


 スズエは来ていない。そのうえ彼女がいる元の世界は時間は進んでいないから、まださほど心配していない。いくら待っても無駄だと知らずラクアは楽観視している。


「相談してないんじゃないかな……これだけ経っても誰も来てないし」


 後者の救援に来てくれる可能性はコユキたちも考えていた。そのうえで自身の状況を踏まえて、望み薄と判断している。彼の意見にラクアは気持ちが揺らいだ。


「じゃあ……もし向こうに取り残されていたら」

「一生探しに来てくれないよ」


 来ているにしろ来ていないにしろ、見つけ出してきれると考えていたラクアは、後者の場合は無理と聞いて焦った。前者であることに託すしかない。だがコユキはそう思っていない。第三の道を示した。


「だったら一緒に来てよ。ボクたちでどうにかするんだ」

「いや、俺はここに残る」


 それはスズエの能力に頼らず、ここにいる自分たちで解決を目指すこと。今はヒツギと行動しているが、仲間が増えるのは頼もしい。同行してくれないかと提案した。

 だがラクアはあっさり断った。彼も能力者で、戦力になれる自信はある。それでも今の実力で動くのはリスクがあるので、修行を続けるために首を横に振った。



「もっと修行をしたいんだ。修行はいいぞ。空腹も感じない」

「それ、元からだよ」

「俺もお腹空かないし」


 ラクアは修行の良さをアピールしたが、それで得たものは修行と関係ない、思い過ごしだと突きつけられた。


「というより、これがあるから向こうで時間経ってないって思うし」


 何時間、何日経っても食べずに元気でいられる。怪世界にいる人は動物や野菜を食べているから、よそ者の自分たちが特殊だ。それは現実で時間が進んでいないためと考えられる。飢えの心配がない反面、自分たちが帰還しない限り現実の時間は止まったままではないかという不安もある。

 ともあれラクアが修行に固執する理由は一つ潰れた。だが彼の意思は揺らがない。ただ、同行する条件を告げた。


「俺の修行をクリアできたらな」

「やるよ、今から」


 それは先ほどヒツギたちが挑戦した滝行。ラクアが修行しているこの滝の中で二分我慢できたらクリアという勝負。だが彼は特殊能力で妨害をしてくる。触れて相手を過労させる力で、一分未満とは思えないほど疲れさせてくる。

 そんなからくりに嵌められクリアに失敗した彼は、さっそくリベンジを申し込む。完全に勢い任せの発言だ。


「本気か? ボクまだ疲れてるんだけど」


 コユキの言うように、彼らのまだ体力は回復しきっていない。そしてやみくもに挑戦して一回でもクリアできる可能性に懸けるのは、その一回でクタクタになるルールとは相性が悪い。

 だがヒツギはやる気に満ちている。


「さっきは突然でビビったけど……手の内を知った今なら平気だ」


 一回目はラクアの能力を知らなかったから、突然の違和感でダウンしてしまった。だが過労の正体が彼の細工と判明した今なら、踏ん張ることはできる。分かっていればクリアできる程度の勝負だと啖呵を切った。

 その考えにコユキも納得し、ヒツギと同様に再挑戦を決心した。その威勢を認めたラクアは、勝負を仕掛けた。


 結果は一分経たず揃ってダウン。リベンジは失敗した。身構えることはできても、踏ん張る力を出せないのでは結果は変わらない。それを思い知ったヒツギは、三度目の正直とは言わなかった。


「仕方ない、二人で行く。他に用事があるんで」

「一人知ってるぜ。あの山の頂上に、俺らと同じで飛ばされてきた子がいる」


 ヒツギは急に疲れる修行だと身構えていても、まったく耐えることができなかった。思い通りにならなかったので諦めて本来の目的に向かおうとした二人に、せめて何かしら力になれればラクアは情報を与えた。彼自身はまだ同行したくないだけで、仲間探しには賛成だ。そこで誘ってみてはどうかと思える相手が一人おり、紹介した。


「へえ……知り合い?」

「いや、あの日が初めて」


 しかしその一人はラクアの知り合いではない。肝試しの会場で見かけたのが初めての出会いだ。知り合いならどんな人か教えてもらいたいと思ったコユキだが、期待できそうにないと落胆する。とはいえ主催の彼自身もラクアを初め多くの参加者と面識がなかったから人のことを言えない。現に彼は先ほどラクアと再会したとき、ヒツギが能力について言及してくれなかったら、参加者と気づかなかった。


 ここでコユキは気づいた。ラクアは会場で会ったきりのその人のことは覚えていたのに、主催者である自分のことは覚えていなかったのだと。


「顔に見覚えがあった」

「主催のボクは覚えてなかったのに」


 肝試しの会場にいた子と似ているのでそう分かったとラクアは言うが、彼はより目立っていた主催者のコユキは見ても気づかなかったわけで、女子ばかり見ているのかと呆れられた。ラクアがその子と口走ったのをコユキは聞き逃さず、この時点で性別を読み当てていた。

 だがラクアは女子だったから覚えていたわけではないので、それは誤解だと言いたかったが踏み留まった。好きな女子を目で追っていたら彼女と会話していたその子のことが鮮明に記憶に残っていた、なんて正直に答えたら、からかわれるのが目に見えている。


「強くなったらまた会おう」


 これ以上探られてボロを出すのを嫌ったラクアは、早く行くよう二人を促す。続きは今度、彼らがこの修行をクリアできるだけの実力を身につけたときだと約束し、その点についてはコユキたちも同じ考えなので、もう行くことにした。



「流石にあの会場にいた全員が来たってわけじゃなかったんだな」

「かもね。今の所で分かっているのは俺らと合わせて四人。これから会いに行く子も含めて」


 山頂を目指して歩いていると、コユキはラクアの発言を思い返して気づいた。彼の知り合いで、人探しに長けた能力者が会場にいたようだが、その人は恐らく怪世界へ飛ばされていない。もし来ていたら彼の読み通り、居場所を特定して淡々と合流し、異変の解決に元の世界への帰還まで、楽々進んだかもしれなかった。

 だがその人は来ていないから、この現実に直面している。それはあの場にいた全員が散り散りになったわけではないことを意味する。肝試し参加者のうち、どれだけの人数が怪世界にいるのか分からないのだ。

 ヒツギの言う通り、現時点で判明しているのは四人。内訳は彼ら二人に加え、ラクアと彼の言う頂上の子。西の京や人魚の街で一時的に行動をともにした人たちは、いずれも現地の人だったから該当しない。


「あいつみたいな協調性のない奴じゃないといいけど」

「まあ一理あると思う。時間が止まっているうちに特訓しまくれば、向こうに戻って無双できるかも」


 ヒツギはラクアの考え方が嫌いだ。だからこれから会う相手が彼と同じタイプでないことを願う。コユキも同意見だが、彼のスタンスの利点に気づいていた。丸五日経って誰も救援に来ていない程度には現実での時間が進んでいないのならば、怪世界に来て普段通りに動けるのは特権だ。

 怪世界に隔離されたことでできることとしては最大の利点だ。周りが止まっているなかで自分は好きなだけ特訓したら、帰還したときに大きな差がついているのだから。


「まあいつ戻れるかって話だけど」

「まったくだ」


 とはいえ帰還できないと特訓を披露する場がない。帰還が前提のポジティブな構えでも、目途が立たないうちは利点にならない。さらに解決の役目をヒツギたちに押しつけているのが腹立たしい。頼れる相手だとラクアに認識されたばかりに、彼に他人任せへの危機感を薄ませてしまったのだ。



「頂上見えてきちゃった」

「あの子か?」


 頂上にいると聞いたが、降りてくるところに鉢合わせたら登る手間が省けると期待していたヒツギは、そううまくいかなかったことにため息をつく。

 一方コユキは目当ての人と思わしき相手を発見した。両手を広げて空を仰ぐ同い年くらいの少女だ。

 まずは可能性がありそうな人がいて安心した。山の裏から下って入れ違いになる可能性もあったわけで、そうならなかっただけマシだと捉えた。とはいえ仮に入れ違いになっても、霊媒師に会うために山頂に行く必要があったから無駄骨にはならないのだが、山頂にはその子一人しかいない。


「ってことはあれが霊媒師?」


 そうなると同一人物の可能性が高いと思い、コユキは北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)に声をかけた。


「肝試しに来てた人ですか?」

「え? そうよ」


 ラクアが言っていた人と同一人物かを確かめるには最適な質問をコユキは投げる。アゲハは話しかけられ戸惑ったものの、飛ばされた日のことを思い出し、頷いた。

 肝試しに参加する気があったのではない。天界の住民で課題研究を評価されて地上に降りて学ぶよう言われ、従ったフリをして天界の自室でゲームに没頭していたのがバレて叩き落とされた先が肝試し会場で、初対面の女子に目をつけられ参加させられたという経歴があるが、一から説明することでもないので端的に返した。


「墓の声が聞こえるのも君?」

「それは違うわ」

「口寄せで、霊を降ろせる人?」


 続いてヒツギが質問するが、口寄せはうまくできないアゲハは首を横に振る。コユキは彼の聞き方が変だっただけで霊媒師であるかを聞きたいのだと補足するも、最初の段階でアゲハに意図は伝わっており、言い回しを変えても答えは変わらない。


「それがうまくいかないの。よそ者なのに、霊媒師になれるのは私だけだって言われて」


 アゲハは怪世界の人ではない。ヒツギたちと同じで、別世界から来た。だが持ち前の特殊能力を霊媒師への適性として評価され、地元民によって修行の日々を続けさせられている。

 その話を聞いてコユキは納得した。ラクアの言う他の参加者と、人魚の言う霊媒師が同一人物だった。それは彼女が転移してから、能力を買われて霊媒師になれると期待されており、その噂が人魚にまで広まっていた。あるいは人魚中では霊媒師が今もいるという認識で、けれども実はもういなくて運良くアゲハが代役を務めてくれるのか。どちらせよ、妖怪王に辿り着くには彼女がキーとなる。


「じゃあ脱け出して俺たちと行くのは?」


 なおヒツギはアゲハが霊媒師になることを後押しせず、押しつけられた役目を捨てて同行しないかと提案した。霊媒師の口寄せを諦めて、別の道で妖怪王に辿り着く計画は何もない。彼女を誘って、さあどうするかは何も考えていない。

 けれどもアゲハは、そう言ってくれる人を待っていた。


「何言ってるんだ。彼女に霊媒師になってもらわないとボクらも困る」

「そうだな。今のは忘れて」


 だがコユキの真っ当な反論にアゲハの退路は断たれた。役目を放棄して困る人が出るのは当然のこと。だからヒツギにはうまいこと言い包めてほしいと期待したが、彼はあっさりコユキに流された。

 とはいえ彼女にはコユキとヒツギという協力者ができたので、気持ち的には楽になった。

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