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12話 時間が経っていない

 氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)小竹(こたけ)狐行(コユキ)は人力車での長い移動を経て、妖怪人魚がいる街に着いた。相乗りしていた俥夫は降りて、これまで引いてくれていた妖怪輪入道と交代する。この怪世界での交通機関は人力車。遠くまで真っ直ぐ行くときは速い輪入道が、曲がるときは人間がゆっくり引く。空いた席には、狐に化けてヒツギの膝の上にいたコユキが人間の姿になって座った。

 そろそろ到着かと身構えるヒツギは、人魚のいる街を見渡して今回の目的を確認する。それは妖怪王に会うための手がかりを掴むこと。コユキは怪世界に来て妖怪九尾の狐に化ける力を得た。ついでにその狐の記憶も得ており、千年前に妖怪王がいたことが分かっている。

 それだけ妖怪王が長寿の理由は、人魚の肉を食べて不老不死になったからと考え、人魚に会ってその真偽を確かめる。仮説が正しければ、妖怪王を知っている人魚がいるかもしれない。そうしたら捜索は一歩前進だ。

 そのときヒツギはふと疑問に思い、コユキに尋ねた。


「人魚の肉……この世界の人は妖怪を食べるの?」

「いや、普通の動物を食う」

「普通のって……ああ、見た見た」


 怪世界は人間と妖怪が共存する世界。妖怪があちこちいて、人間は気にしないどころか生活に手を借りている。こうして遠くへ楽に移動できるのも妖怪のおかげだ。逆に妖怪は人間に助けられているのか、人間といて楽しいと思っているのかは怪しいが。


 妖怪が当たり前のように街や野生にいる反面、犬や魚などヒツギの世界で当たり前のようにいる動物を見かけない。肉や卵など、食料には動物が必要だ。だからこの世界ではどうやって食料を確保しているのかヒツギは疑問に思った。

 だがコユキは元いた世界と同じだと答える。言われてヒツギは道中で普通の動物を見かけたことを思い出し、一つ目の疑問は解決した。


「ボクだって元は普通の狐だったし。長生きしたら尻尾が増えて神通力も手に入れた」

「そうなんだ」


 それにコユキの特殊能力の由来である九尾の狐も、元は普通の動物だった。妖怪になった動物もいれば元の種族のままの個体もいる。だから怪世界に普通の動物がいても異変ではないということだ。


「じゃあ向こうと同じか。食われるために飼育される妖怪なんていないんだ。安心した」


 もし妖怪が食料にされていたら、あまりにも可哀想だと思ったヒツギは杞憂と知って安堵した。人魚の肉を食べるのは不老不死になるための特例なわけで、人間が妖怪を食べるという文化はない。

 


「……こっち来てから何も食べてなくてさ」


 怪世界に来て五日目。今さらなぜヒツギは食事への疑問を抱いたのかというと、その間に食事をしていなかったから、食べ物を見て疑問を抱くという場面が訪れなかったのだ。そもそも食べようという意思がなかった。寝ても覚めてもお腹が減らない。


「時間が経っていないんだよ。向こうからすればボクたち何日も行方不明なわけだし」

「確かに。救援が来てもいい頃なのに」


 現実と怪世界では時間の進み方が違う。そんなコユキの考察にヒツギは納得した。彼らは肝試しの夜に突如この世界に飛ばされて、連絡できず何日も経っている。もし現実で同じだけ日を跨いでいるのなら、行方不明者として騒ぎになっている。誰かが原因を突き止めて連れ戻してくれてもいい頃合いだが、音沙汰なし。


「戻ったとき、向こうではちょっと迷子になってたレベルの感覚なのか」


 その救援を呼ぶほど長時間の失踪でないのなら、誰も来ないことに合点がいく。それならどれだけ日を要しても元の世界に戻ったときに支障はない。反面、時間が進んでいない向こうはさほど心配していないわけで、増援の望みは薄い。


「戻らなかったら現実は止まったままってこと?」

「そしたら止まってるのはボクたちだよ」

「そうか」


 そこでヒツギは、もしも怪世界から脱出するまで現実の時間が進んでいないと仮定して、その脱出ができない結末を迎えたらどうなるのか呟いた。時間も動きも止まったまま、電源を切ったゲームの中の世界のように固まってしまうのか。

 そしてコユキは答える。ゲームの中の世界にいるのは自分たちの方。彼らが脱出できない状態になったとき現実は動き出し、自力で帰ってこられない彼らを探し始める。仮に発見されたとして、手遅れの容態を目の当たりにして悲しまれることだろう。

 現実の心配をしている場合ではないと釘を刺されたヒツギは納得した。



 人力車の停車場に到着した。ヒツギたちは降りて、ここからは歩いて向かう。人魚が陸を歩いているはずがないから、目指すは海だ。


「で、どうするか決めた?」

「いや? ノープランだけど」


 コユキはヒツギと、人魚の街に行くことまでは話を合わせていた。問題はここからどう行動するかで、着いたときの状況を読めないヒツギは計画を立てないまま出発していた。だが着いた今ならイメージが湧いたはず。そこで話を振るも、変わらず無計画のままだった。


「だから俺のことは気にせず自由行動で」

「いやいや、宿とか集合時間とか決めようよ」

「そんなの後でスマホで……無いのか」


 ヒツギはいつもの癖で、連絡は必要になったらでいいと言い張った。だが肝心の連絡を取り合う手段がない。怪世界に来たときに、荷物もろともどこかに消えてしまった。元の世界に置き去りか、あるいはこの世界のどこかにあるか。探してはいるが手がかりゼロだ。

 これでは後で二人が合流するのは困難なので、自由行動に移る前に決めておこうというコユキの提案に賛成した。


「じゃあ六時にここで。宿はボクが選んでくるから」


 海が見える公園の、人魚の石碑と燈籠を集合場所に決めて、ヒツギとコユキは自由行動を開始した。夜になると妖怪が人間を襲う異変に遭う可能性があって危ないから、早い時間に設定した。そしてコユキはこれから宿を探す。戻ってくるまでに決めて、合流したらヒツギを案内するという流れだ。一方彼はこれから何をするか考えていない。



 ヒツギは街を散策しながら、自分で探るより地元の人に聞いた方が早くて確かだと思えてならなかった。最初は誰に聞こうかとキョロキョロしていると、ベンチに寝そべる女子を発見した。最初はこの人にしようと即決し、揺すって起こした。


「……もう朝? まだじゃん」


 青空澄(アスミ)は目を覚ますも、胸元の懐中時計を見て、まだ夜明け前なのを文字盤で確認すると再び眠りにつく。一方ヒツギは怪訝な顔をする。朝どころかもう夕方で、それは太陽の位置を見れば分かる。ただ見ている方角が逆なら逆に朝なのかもしれないが、それはない。朝は何時間も前、人力車での長旅を始める前に迎えていたのだ。

 けれどもヒツギは自分を信用しない。彼女が朝と感じるのならそれが正しいのだと捉え、今は夕方どころか朝でもないと認識を改めた。いや、太陽の高さからしてそんなはずはないと思い、彼女が見た時計を疑ってかかった。


「その時計、壊れているんじゃ……」


 気になるが女性の体を弄るわけにもいかず、かといって今の呟きでは彼女は反応しない。もう一度揺すったところで同じパターンで寝に入るだろうから、ヒツギは鏡を取り出した。前に人力車の俥夫から借りた照魔鏡。本来の姿を写す効果があり、昨日コユキもとい九尾の狐との勝負で彼の決め手となった道具だ。代償でひび割れてしまったが、光を反射させることはできる。

 太陽光を青空澄の顔に反射させ、眩しさで朝を自覚させる作戦に出た。

 

「あ、おはよう。その時計ズレてない?」


 瞼では防げない明るさに睡眠を妨げられた青空澄が体を起こすと、ヒツギは早速用件を伝える。時間の勘違いに気づくことが最大の眠気覚ましになる。


「さっきと同じじゃない」

「……え、動いてないじゃん」


 揺すられたときに確認した時間は今見た時間と一致している。二回見て同じなら見間違いではないと言い張る青空澄に、同じなことが問題だとヒツギは言い返す。単純に二回とも間違った時間を見ていたということだ。


「……そうみたい」

「すみません、人魚に話を聞きたくて」


 ヒツギは目的を思い返し、尋ねた後なら青空澄には寝てもらって構わないと考え、本題に入った。足がある彼女は人間で間違いなさそうだが、人魚について教えてくれるかもしれない。当てが外れたら他の人に聞くまでだ。


「海を渡らないと会えないよ」

「ありがとうございます」


 ヒツギは納得するも、どうやって会いに行けるか見当がつかない。けれどもコユキに相談すれば何とかなるかもしれないし、陸の人力車のように交通機関があっても不思議ではない。お礼だけ言って他を当たろうとした。だがその前に青空澄に何者なのか聞かれた。


「……ところで誰ですか?」

「よそ者です。別の世界から」

「別の世界!?」


 ヒツギはいつも通りの名乗りで答えると青空澄は勢いよく食いついた。それだけ衝撃的なのかとヒツギは困惑するも、もしかしたら自分と同じ立場なのかと期待した。そう思うと五日前に訪れた肝試しの会場にも、彼女に似た参加者がいたような気がしてきた。


「もしかしてお前も?」

「ううん、私はこの国の生まれ。ここに来たのは最近だけどね」


 しかし単なるそっくりさんだった。これでは彼女に聞いても元の世界に戻る手がかりは掴めない。期待が外れて残念がったが、すぐに気持ちを切り替える。


「でももうすぐ帰ると思うんで……それじゃあ」

「待って、お話聞かせてっ。海の方で」


 異邦人がそんなに気になるのかとヒツギは困惑する。とはいえ肝試しのときにも、自身が留学生と明かしたら興味を持たれたことがあったから、普通の感覚なのかもしれないと受け入れる。

 コユキとの待ち合わせがあるから長話はできないが、すぐ済むだろうと考え、応じた。ただここでは気分が乗らないから海のそばで聞きたいとねだり、歩いて移動した。



「海だ……」

「うん。そしてあるんだね。青空の向こう側に、知らない世界が」


 ヒツギは頷かなかった。怪世界は彼の知る地図にない。海を跨いで繋がっているとは思えない。だが彼の世界でも海の向こうに大陸があるので、知らない世界があることは事実。彼がそこから来たのではないだけで青空澄の言っていることは間違いではないと考えた。


「私ね、橋を架けることが夢なんだ。海の向こうに行けるくらいの」

「そんなの妖怪を使えばよくない? 乗っけてもらって海を突っ切るの」


 人間は泳いで渡れないから歩いて通れる道が必要なのは分かる。ならば泳げる妖怪に乗せてもらえば、陸路がなくても平気だとヒツギは意見を出す。彼の世界では妖怪がいないから、船や飛行機など人間の科学力で海を越えてきた。

 だがこの世界は妖怪に頼ってばかりで乗用車すらない。彼女の夢は彼の世界では現実的でも、怪世界の科学力では夢のまた夢だ。


「人の力でその夢が叶う時代は、遠く先だぜ。俺らが墓に埋められた後だ」


 ヒツギは青空澄を歳の近い相手と認識しているが、長生きしてもなお海に架かる橋ができるのは遥か未来に思える。死んだ後では見届けようがないと渇いた笑いを零す。


「絶対妖怪に頼んだ方が早いって」

「……でも人間を襲ってくるし」

「そうだった」


 しかし海の向こうまで連れていってと信じて頼める状況ではないと言い返され、ヒツギはごもっともと頷く。


「それどうにかしてほしくて……人魚に会いたいんだ」

「言ったよね? 襲ってくるって」

「知ってるんだ。場所だけ教えてください」


 知り合いの人魚がいたら紹介してもらえるか、ヒツギは青空澄に相談した。だが危ないからと断られてしまった。だが知らないと答えられるよりは収穫があった。その情報は帰ってコユキに伝えて、それからは彼に任せればいい。安全な範囲で教えてほしいと頼んだ。それで青空澄は妥協し、案内しようとした。


 ヒツギたちは異様な光景に唖然とした。大きな泡が浮かんで、中に人間が閉じ込められている。


「人魚の仕業よ!」


 そう叫んだ青空澄は慌てて引き返す。予定ではもう少し進むつもりでいたが、人魚の手が及んだ領域に踏み込む度胸はない。ヒツギも連られて走り出す。 


「一緒に来て!」


 ヒツギは彼女の手を引き、コユキとの待ち合わせ場所を目指す。彼に相談すれば何とかしてくれると信じ、そこが一番安全と判断した。人魚は陸に上がってこないと油断していたが、甘くなかった。

 だが地上で異変を目撃するのなら、コユキも自由行動のうちに似たような光景に直面しているかもしれない。何にせよ彼の元に向かうのが一番良いという考えは揺らがず、けれども道に自信がない。


「案内してっ、人魚の石碑に」

「……分かったわ」


 手を引いてる相手が道に迷っている現状に青空澄は呆れつつも、彼は知らない世界から来た人なのを思い出し、仕方ないと捉えて前に出た。

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