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11話 相棒

 怪世界からの脱出を目指す氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)小竹(こたけ)狐行(コユキ)とともに龍の列島の背中部分へと向かう。コユキが起こした、妖怪が人間を襲う異変は、収束させようにももはや彼の手に負えない。

 このままでは人間は妖怪を追い出し、戻ろうとする妖怪を力業で排除しにかかる。人間の生活に馴染んだ妖怪は人間と本気で争わないから、手加減した結果やられてしまう。この不始末をどうにかするには妖怪王に頼るしかない。

 妖怪王は九尾の狐より長寿で、その秘密は妖怪人魚の肉を食べて不老不死を得たことにあると考えられる。その仮説が正しければ、人魚に会えば妖怪王の手がかりを掴めるはず。ヒツギは輪入道に魂を奪われて気絶したわけでも、野宿したわけでもない、快適な睡眠から目覚めた朝、出発のときだ。


「人力車、二人乗りだった」


 自力で行くには遠いから、怪世界の交通機関である人力車を利用する。しかしここに定員オーバーという問題があることにヒツギは今気づいた。


「妖怪が引く内は俥夫が相乗りするから、客が二人は乗れないのか」

「シャフ?」

「引く人のこと」


 二人乗りでは彼らが乗れないことをコユキは理解した。逆にヒツギは知識が足りず疑問を浮かべるも、引く人の正式な呼び方と知って納得した。双方の認識に食い違いはないのなら問題ない。


「へえ、そうなんだ。とにかく、遠くに行くには輪入道に引いてもらうから引く人にも乗ってもらうわけで……」

「じゃあ一人減らせばいい」


 二台に分かれていくかどちらかは留守番するか。ヒツギはいくつか別プランを思いつくが、コユキは一人分として一緒に行く案を出す。それは九尾の狐に化けて、ヒツギに抱えてもらうことだ。 


「このサイズなら乗れるでしょ」

「確かに。それで行こう」


 一人用のスペースに収まるその方法を採用し、乗り場へと向かった。だが狐の姿を通行人に見られると、辺りは騒然とした。そうなる理由にヒツギは心当たりがある。


「その白い狐って、伝説の……」

「昨日も現れた、九尾の狐!?」


 人違いではない。人間と妖怪が共存する怪世界でも人間に恐れられている妖怪。それがコユキが化けた九尾の狐。その姿で昨夜も現れ、騒ぎになった。今朝もそうなってしまうと思いきや、逆に安心させるチャンスだとヒツギは考えた。


「そうですけど、もう出ていくので安心してください」

「安心してって…… 見ない顔だが、何者だ、君は」


 騒がれる妖怪が街から出ていくと宣言するも、いきなりでは信じてもらえない。むしろその妖怪と一緒にいるヒツギは何者かと聞かれた。彼は昨夜この妖怪と勝負し異変を鎮めた立役者だが、そう認知されていない。

 それもそのはず。ヒツギは後方で人間や妖怪のゴーストすなわち本体と同等のスペックを持つモノクロの分身を生み出して操っていただけ。直接的な戦闘能力を持たず、操っている姿も暗くて見えなかったため、妖怪同士争っていつしか鎮まり返っていたことに関与していたのを知られていないのだ。

 けれども今やどうでもいい。ヒツギは自分の功績をひけらかす気はない。そんなスタンスだから、こう自己紹介した。


「こいつの相棒です」

「……そうか。あ、ありがとう」


 異変解決に向かう同志だから、あながち間違いではない。そして怪世界で人間に妖怪のパートナーがいるのは当たり前のようなこと。だからヒツギは倣ってそう説明したが、一般妖怪とは違うために驚かれた。けれども一緒にいること、出ていくから安心してと言い切れることへの説得力が増し、街の人は信じてお礼を言った。



「……ボクは相棒なのか?」

「駄目だった?」

「駄目じゃない。……認めてくれて、ありがとう」


 コユキは特殊能力に目覚めた自分に酔って、妖怪を人間から解放させようと異変を起こした。けれども却って苦しむ妖怪が出てしまい、ヒツギが止めに入って被害の拡大を防いだ。彼からすれば自分は迷惑な人だと思い込むコユキは、相棒と紹介してくれて救われた気がした。

 逆にヒツギは相手を納得させるためとはいえ勝手に相棒扱いされるのは馴れ馴れしくて嫌がられたのかと思ったが、そんなことはなかったので良しとした。


 門を出るとヒツギが立てていた木の墓標が墓石に変えられていることに気づいた。彼が土に埋めた妖怪と親しい人間がちゃんとした墓に変えてくれたのだろう。埋めた目印を残したおかげで彼らが気づいて正式に対応してくれたわけだから、気づいてもらうよう一仕事して良かったと実感する。


「昨日見たときはもっと小さかったけど……あれはヒツギが?」

「うん。ほったらかしだと可哀想だし、分かるように埋めておけば後は誰かがやってくれるだろうし」


 その木の墓標はコユキも見た。それはヒツギから門の前で妖怪が人間にやられていたと聞いてすぐ向かったときのこと。だから木の方は彼が関与したと推測した。そしてヒツギは頷く。

 彼の考えには納得できるが、気になるのは原動力。コユキはヒツギに、なぜこのようなスタンスが身についたのか探る。


「そういう家系なの? お墓絡みの」

「いや、別に。趣味みたいなもん」

「趣味……埋めることが、ってことか」


 死体遺棄が趣味のサイコパスかと早とちりしたが、ヒツギは非生物の照魔鏡も土に埋めて隠していたことから、埋めること自体が好きな人だと解釈した。実際その通りで、彼は幼い頃からその趣味に目覚めている。 

 

「子どもの頃から、おもちゃ捨てるくらいなら埋めておく癖があるんだ。後で欲しくなったら掘り返せばいいし」

「まあゴミ収集されたら返ってこないけど」


 押入れや物置にしまう方が、汚れたり雨が染み込む心配もなくて良いと思うコユキだが、子どもの頃はそこまで頭が回らなかったのかもしれないと考え、ツッコまず相槌を打つ。


「この前ゲームの発表があってさ。レトロゲームの新作を出しますって告知に感動して、旧作をたくさん庭から発掘したんだ」


 そしてヒツギは、しまうのではなく埋めることで得られる感情があることをアピールする。怪世界にも留学にも来る前のこと。彼はゲーム会社の配信を視聴していた。様々なソフトのゲーム映像や発売日が発表され、中には十年前に出たゲームの続編も告知された。

 その発表を受けてヒツギは庭へ飛び出し、かつて遊ばなくなって埋めた旧作のソフトの回収に向かった。まさか出るとは思わず準備をしていなかったが、確かに埋めたはずと記憶や目印を頼りに緊張して掘る。見つかるまでのドキドキに、見つけた瞬間の昂ぶり。そして何より、蘇った感。押入れや物置にしまった物を取り出すのでは味わえない感覚だ。


「掘り返すその瞬間が楽しくて……へへへ」


 当時のことを思い出したヒツギはニヤける。新しい一面を突然目の当たりにしてコユキは少し距離を置いた。


「それも一個や二個じゃなかったのよ。次から次へと掘り返して、もうアドレナリンがドバドバ」

「楽しそうだな……まあ、楽しいって良いよな」


 コユキは肝試しに惹かれたのと同様で、ヒツギも自分なりの楽しいを確立している。夜中に歓喜の奇声を上げて土を掘る彼に共感はしにくいが、楽しみ方を編み出して実際満足できているのは良いことだと思う。


「ああ、分かった。分かりやすい面を上にして埋める癖があったから、鏡もそう埋めてたんだ」

「あっ、そうじゃん。忘れてた」


 パッケージの表を上にしておけば、掘ってて見つけやすい。コユキはヒツギとの勝負の決め手が地中の照魔鏡だったことと絡めて、癖が自ずと勝利を手繰り寄せたと考える。ヒツギが鏡を下に埋めていれば、コユキはうっかり踏んで足が土に沈んだとき、見下ろしても鏡に写る姿を見ることはなかったわけで、勝負が決まるのはまだ先にできた。

 その振り返りを聞いてヒツギは照魔鏡を置き去りに出発するところだったと慌てて、引き返す。現場に戻ると鏡はあったが、ひび割れていた。


「……まあいいか」


 照魔鏡は妖怪九尾の狐対策の道具で、その正体だったコユキが仲間になった今は用途がない。とはいえ借り物だから捨てるわけにはいかず、割ってしまったが返せば持ち主が修理してまた使ってくれるかもしれない。そのまま持って移動すると決めた。



 ヒツギとコユキは人力車の乗り場に着くと、行き先を伝え、狐を膝の上に抱えて乗るから実質一人だと告げた。

 だがやはり連れの妖怪が九尾の狐であることに驚かれる。伝説の妖怪を仲間にした彼は何者かと聞かれた。


「よそ者です。別の世界から来た」


 ヒツギは自慢する気がなく謙遜しようとしたが、敢えてアピールすればコユキ以外の人と合流しやすくなると考え、違う世界から飛ばされてきたことを明かす。そんな人が特別な妖怪を連れているなんて、話題になること間違いない。噂が広まれば、同じく肝試し中に怪世界に来たであろう人の耳にも届き、気になって会いにきてくれるだろう。そうなれば元の世界に戻るために彼らに頼ればよくなって好都合なのだ。


「北陸の海まで」


 とはいえこの俥夫に噂を広めてもらうのは後でいい。行き先を伝え、長距離移動ということで引く役目は俥夫のパートナー妖怪の輪入道に任された。人間の生首に車輪がついた姿で、転がって速く駆け回ることが特徴。持ち手を噛んで、引っ張って走り出す。代わりに俥夫はヒツギの隣の座席に着く。


「えっ、妖怪王を探しに!?」


 行き先によってはもっと良い降り場があるかもと思い俥夫はヒツギに目的を聞くと、彼が会いたい相手を知ってまた驚いた。九尾の狐の時点でびっくりされたのだから、妖怪のキングの名を出せばこうリアクションされるのも当然のことだ。


「……なんか主人公みたいだね」

「分かる。俺たち、凄いことやろうとしているんだなって」


 コユキは面白半分でヒツギに話す。彼も同じ感覚を味わっており、怪世界を変えるという計画が本気で始まったのを実感している。ヒツギはこの世界に来たときは、こんな気持ちを抱くなんて思いも寄らなかった。他の誰かが主人公の役割を果たし、自分は蚊帳の外でそのうち元の世界に帰れるだろうと楽観視していた。

 その主人公に自分たちがなろうとしている現実に、ヒツギはかつてない気分の高揚を覚える。


 別世界から来た人間が伝説の妖怪と組んで、異変を止めるために妖怪の王を探しに、全国を巡る。そうあらすじを書けば、まるでゲームの主人公だ。


「向こうに着いたらどうする?」

「そっちに任せるけど」


 だが計画性のないヒツギはこの先の展開をコユキに丸投げにした。目的地に着いてすることは人魚に会って妖怪王の手がかりを得ることしか考えておらず、それを実現する手立てもない。そこに人魚がいることはコユキに聞いたことだから、具体的な動きは彼の脳内でイメージが固まっているものと思い込んでいる。自分はついていくだけでいい。そうヒツギは捉えて出発していた。


「だって俺、知らないし」

「それでよく出発できたな……準備も無しに」

「俺いつもそんな感じだし」


 それはヒツギにとって自然な行動。コユキと出会う前も、先のことや細かいことは考えずに行動していた。それでうまくいったことも、何も進まず無駄骨に終わったこともある。けれども彼は後悔しない。行動が後から意味のあるものになるように意識している。


「仮に何も分からなくても、そこに行った痕跡を残せば他の人が気づいてくれると思うし。それくらいの心構えだから」

「ふーん」

「だからそっちの好きなようにやって。俺もそうするから」


 そこでコユキには、こちらを気にせず思った通りに行動していいと告げる。ヒツギ自身も気ままに行動するから、もし立てた墓とか掘った穴とか、利用できるなら使ってくれて構わないと伝える。


「でも、ボクはお前に負けた」

「そうだけど、それで考え変わったんでしょ? 俺は信じる」


 だがコユキは自信がない。妖怪を人間から解放するために思うがまま異変を起こしたら、妖怪にも被害を及ぼす想定外の事態を引き起こし、ヒツギに阻止してもらった。だからこれからは彼に任せた方が良いと思っているが、彼はコユキに託している。

 当初の考えでは駄目だったと受け止めた今なら、正しい方向へ進んでくれる。当初はヒツギの方が強くて正しかったとしても、考えを改めた今ならコユキの方が適任なはず。そう信じるヒツギは、迷いなく彼に任せる心意気だ。


「……分かった。ならついてきてくれ」


 コユキは自分に自信を持った。そしてヒツギの協力も必要なので、着いてからも同行してほしいと頼む。断る理由のない彼は二つ返事で頷いた。

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