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10話 計画性を捨てた

 氷川(ひかわ)柩岐(ヒツギ)と妖怪九尾の狐に化けた小竹(こたけ)狐行(コユキ)の勝負が始まった。経緯はコユキが城下町で妖怪に人間を襲撃させたのをヒツギが特殊能力で返り討ちにしたこと。コユキもまた特殊能力者で狐の力を使って化けたり神通力で妖怪を暴走させたりした。

 能力者同士、どちらが強くて正しいか。それを確かめるためにコユキは勝負を挑んだ。


 先手を取ったヒツギは門番のゴーストを召喚する。彼の能力は脱落者の分身となるゴーストを生み出し操ること。自身が強くなるわけではない彼は争いが得意ではなく、いなくなった人の力を借りて戦う。万全の状態で操れてこそ真価を発揮するから、戦いながら相手とは距離を置くのを徹底する。

 今の彼は、どこかに消えた門番、その門番にやられた妖怪、その復讐に動いたコユキが暴走させた妖怪に襲撃された街の人、そして暴走を止めるためにヒツギ自身が動ける限り残機無限のゴーストで返り討ちにしたその妖怪という、多種多様なゴーストを召喚できる。ここまで環境が整ったのは初めてだが、手札は多いに越したことはない。


 ヒツギは手始めに妖怪鎌鼬のゴーストを出す。切ることが得意な妖怪で、この世界では鋏の代わりに切ってくれて人間の役に立っている。だが今は持ち前のスピードと攻撃力で妖怪を倒すために利用する。


 するとコユキはドロンと音を立てて煙を出し、鎌鼬の攻撃は空振った。同時に少し離れた場所に出現した。いうなれば瞬間移動。せっかくの攻撃力も不発だ。

 だがそれだけでゴーストは消えない。ヒツギは攻撃を外したことに気づくと移動先に狙いを変えつつ、人間のゴーストも出す。人間が拘束し、人間もろとも切るという算段だ。ゴーストはいくらやられても本体やヒツギに影響は出ないから、こういう力業を惜しみなく試せるのだ。


 だが人間の瞬発力で捕まえられる相手ではない。ゴーストといえど能力は本体依存。近づくと相手に気づかれ躱されてしまう。

 そこでヒツギは計画性を捨てた。多くのゴーストを出し、誰かしらが偶然捕まえるのを期待し、一斉に動かす。



 するとコユキは青い火の玉をいくつも纏い、乱発する。命中したゴーストは消えてしまい、包囲網は穴だらけになった。ならばとヒツギは防がれる前提で包囲網を二重にし、リトライする。しかし今度はコユキが火の玉を纏ったまま分身し、掃射する。分身して何倍の数にもなった火の玉がゴーストを薙ぎ払い、あっさり凌がれた。


 そしてコユキは攻撃に転じる。いくらゴーストを狙ってもきりがないのを理解し、ターゲットをヒツギ本人に絞る。まずは彼に隙を晒させるべく、分身に紛れて本体は彼の死角に潜入する。彼の動揺を誘うべく、西の京で彼に同行していた人力車の俥夫の人間に化けた。

 続いて俥夫の声を真似て仲間と錯覚させようとしたとき、彼を呼ぼうにも名前を知らないことに気づいた。ヒツギは一度も名乗っていない。コユキは彼の名前が分からず、言葉に詰まった。


 そのときコユキの足が土に沈んだ。そこはヒツギが照魔鏡を埋めていた場所で、地盤が緩んでいた。何事かと見下ろすと、火の玉に照らされた、踏まれた拍子にひび割れた照魔鏡が、コユキの本来の姿を写す。これがこの鏡の力。妖怪の正体を暴く力で、本来の姿を見た彼は体が炎に包まれた。悶えて倒れ、元の人間の姿に戻ってしまう。

 急いでせめて狐の姿になろうとするがコユキは力が入らない。前回こうなったときより近い距離にいたヒツギに悲鳴を聞かれ、化ける前に見つかってしまった。


「人? いつの間に……」


 なぜこんな夜、こんな所にいるのかヒツギは疑問に思ったが、落ちた炎で照らされた地面に突き刺さった瓦を発見する。それは彼が刺したもので、照魔鏡を隠した場所の目印だ。九尾の狐が他の誰かに化けているのを見破る秘策ゆえ割られないよう隠していたが、いつの間にか埋めた場所まで逃げてしまっていたことに気づく。


 ヒツギは既視感を覚えた。前にも同じ炎を目撃して、そのときは狐が倒れていた。だが今回は代わりに人間がいる。そしてその顔に見覚えがある。


「あっ、肝試しの主催者!」


 ヒツギは歓喜した。ようやく会えた、彼と同じく怪世界に飛ばされた肝試し会場にいた人だ。彼は九尾の狐と勝負していたのも、その狐が姿を眩ませたことも気にせず、そしてコユキがその狐の正体だとも疑わず、体を起こそうとする。

 彼と違って今ここに来て倒れたのか、詳しいことは分からない。ただ話せる状態になれば元の世界に帰る方法を教えてくれるかもしれない。そう期待して体を起こし、自力で立てないと察すると背負い、休めそうな場所を探しにいった。



「……気がついた?」


 ヒツギの言葉でコユキは目を覚まし、彼との勝負の途中だったことを思い出す。戦う意思はあるが力が入らない。無理に動こうとして倒れた拍子に、体が人間になっていることを自覚する。化けた俥夫の体ではなく、元の自分の姿だということに気づいた。


「肝試しやってた人だよね? 俺も同じで、元の世界に帰りたくて……」


 ヒツギは同じ立場の人に会えた嬉しさを込めて語る。一方コユキは彼が特殊能力者だと知った時点で気づいていたから驚かない。それより勝負の行方だが、素性を暴かれた時点で自分の負けだとコユキは認めた。


「そうだ。……そして、異変を起こした黒幕だよ」


 コユキは自身の正体と素性を明かす。怪世界に飛ばされた側の人間で、その世界を彼なりの信念で変えようとして、元の住民もヒツギのように共に来た人をも混乱に陥れた元凶だと白状した。

 そう聞いたヒツギは驚いたが、コユキが証明するつもりで一度九尾の狐に化けて元の姿に戻ってみせると、さっきの勝負の相手と同一人物であることを理解した。


「城の主のふりをしてお前を呼んだのも、ボクの仕業だ」

「……つまり、狐の力を使える能力者ってこと? 化けるとか妖怪を操るとか」

「ああ。こっちに来たとき、そんな力に目覚めていた」


 他に分身を生み出す力もあるが、総合すると妖狐と同等の能力を扱える。それがコユキの、怪世界に来ると同時に覚醒した特殊能力。彼がいた世界では一部の人が何らかの特殊能力に目覚めているから、彼にも順番が回ってきたと受け止めて発現にはさほど驚かなかった。

 聞かされた側のヒツギも能力者だから、彼の言い分はスッと頭に入る。


「その力はこの世界を正しくするために与えられたと思い上がったんだ。でも、思うようにいかなかった。妖怪を人間から解放することは、お前も正しいことだと思うよな?」

「……うん。でも、この世界で人間と妖怪を切り離すには、無理があったんだ」


 人が正しいと思うことにヒツギは反対したい。けれども駄目だった点は考えられる。妖怪が人間を襲えば人間は恐れて妖怪を解放する。だが妖怪は野生に帰らず人間の元へ戻ろうとし、学んでいた人間のルールに従い危害を加えることは避け、その結果侵入禁止に努める門番に倒された。容赦なく歯向かえば人間に負けないが、それは禁忌と教えられたばかりに。


 妖怪は人間と暮らそうとするし、それを妨げられても相手を傷つける行為に走らない。そんな妖怪がいるこの世界で、人間から解放することは容易ではない。

 ヒツギはコユキの計画が失敗した理由は、舞台が良くなかったに尽きると考えた。また違う世界で同じことをしていたらうまくいっていたかもしれない。


「ところで本物の殿様は?」

「島流しにしているよ。妖怪を殺した門番と一緒に」

「ああ、生きているのか」


 ヒツギはふと疑問に思った。昨日会った城の主はコユキの変身だったのなら、本人はどこにいるのか。もしや土に還ったのかと考えたが、隔離されているだけでご存命だった。

 そしてふと思い出す。さっき寄ってきた半島で小舟を見たことを。乗っていたのは門番で、行く先に城の主がいるのではと考えた。


「まあそいつらは街の人に言って連れ戻してもらえばいいし……俺らは妖怪に、人間を襲うのは中止だって伝えればいいのか?」


 けれども舟を漕ぐのはヒツギ以外に適任者がいるはず。頼らず出しゃばれば遭難者になって困らせるだけと割り切り、潔く頼むことを提案した。

 代わりに彼にもできることは話すこと。コユキが妖怪に人間を襲うよう吹き込んだのなら、それを撤回と告げ回れば異変はいずれ収まる。


 しかし後者に関してはそんな甘い話ではないとコユキは考える。


「……ボクにはもう止められない。妖怪も人間も、異変で滅茶苦茶になっている」

「それもそうか。ごめん、適当なこと言って」

「……妖怪王」


 謝るべきは自分の方だと自覚しているコユキは、頼るべき相手を口にする。それは怪世界の妖怪の頂点に君臨する妖怪王と呼ばれる存在だ。一方ヒツギは聞いたことがなかったが、彼がいると言うのなら実在するのだと信じた。


「妖怪王の命令は全ての妖怪が従う。そうでもしないと、この異変は収まらない」

「じゃあ会いに行こう」


 ヒツギは軽々しく提案する。そこまで状況把握ができているコユキなら妖怪王の元へすぐに行けると思っての発言だ。だが彼は妖怪王の居場所を知らない。


「いや……どうすれば会えるかは知らない」

「まあそうか。俺も知らない」


 分からないと聞いてヒツギは頷いた。どこを目指すのか分からないということだが、彼も分からないので仕方ないと切り替える。ただコユキは手がかりを持っている。九尾の狐の力を得たときに付随した、怪世界の知識。千年生きた記憶に、妖怪王との出会いがある。


「でも、すごく長生きしてるってのは知ってる。ボクが化けてた狐とは、大昔からの知り合いで」

「ふーん……妖怪と人間は寿命も違うだろうから、そういうものか」


 人間のように代替わりする王ではない。妖怪の生みの親のような存在で、今に至るまで生きている。千年生きた九尾の狐でさえ子ども扱いというのなら、もっと前から生きていると考えられる。それが持ち前の長生き体質かもしれないが、他の妖怪から得た力ではないかとコユキは推測した。

 そしてヒツギは街で入手した地図を広げる。怪世界の龍の形の列島全域の地図で、人に見せると何かしらの手がかりになると考えた。


「列島の北に妖怪人魚がいる。そして人魚の肉は、食べると永遠の命が手に入る。妖怪王が長生きなのは」

「そこに行って、不老不死になったから……」


 ヒツギはコユキの考察を理解した。妖怪王の長寿のからくりが人魚の力によるものだとしたら、会いに訪れたことがある。人魚に話を聞けば、妖怪王に辿り着ける。

 ということで次の目的地と使命が決まった。地図を見るに長距離移動だが、ヒツギは当てがある。今まで何度も乗せてもらった、輪入道が引く人力車。あれなら半日で着ける。


「じゃあ行ってくる。……一緒にどう?」

「……いいのか?」

「え、いいの?」


 ヒツギは一人でも行けるが、試しにコユキに声をかけた。すると彼は思いがけない誘いに希望を抱いた。なお誘った側のヒツギも、西の京の俥夫のように地元を離れられないと断られる予感がしていたので、提案に乗ってくれたことにむしろ戸惑った。


「行かせてくれ。きっと役に立つ」

「じゃあよろしく……狐さん」


 狐ではなくコユキと名乗り、ヒツギも自分の名を明かす。そして仲間になった二人は北西の海に向かう準備を進める。

 とはいえ今日はもう夜遅く、人力車での長距離移動は危険なので翌朝に回す。街の人に島流しにされた城の主たちの居場所を伝え、後は適任者に任せ、二人は宿に向かう。お金はコユキが大人に化けて日中に稼いだ分で賄った。


「……なんか、悪いな。ボクが起こした問題に巻き込んで」

「いいって。それにこの世界、一度壊して直した方が良くなる気がする」


 コユキは自分の判断が余計な問題を起こしたことを後ろめたく感じているが、ヒツギは彼の行動は無駄ではないと思っている。元の世界が人間に都合が良いだけと思えていたのは確かだから、そのままではいけないと感じていた。


「お前がいつか、この異変を起こして良かったと思える瞬間を味わえたら……それで良いと思う」


 今はコユキは後悔でいっぱいかもしれないが、巡り巡ってあのときああして良かったと気づけたら、それでスッキリする。ヒツギはそうなる日が来るのを期待し、前向きな気持ちに切り替えるよう促す。世界を変えるヴィランとヒーローが同一人物のマッチポンプだが。


「後さヒツギ。照魔鏡を地面に隠してたの……ボクに踏ませるのも狙い通りだったのか?」

「いや? コユキがあの鏡を潰すために俺に接していると思ってたから、手離しておいただけ」


 話は変わって二人の勝負について。コユキがヒツギに負けたきっかけは、地面に埋められた照魔鏡を土越しに踏んだことで露呈し、反射して姿を暴かれたこと。地雷を踏む不運みたいな負け方が、それをヒツギは意図して誘導したのかコユキは尋ねる。

 しかし偶然に過ぎないと答えた。鏡を割ることが狙いと勘違いしていたから、見つからないよう隠していた。逃げ回る内に隠した場所に来てしまい、偶然コユキが乗ったから作動したと答える。


「なるほど。そして見つかっても返り討ちにするために、上向きで埋めていたんだ」

「いや、自分で掘って見つけやすくするためで」


 隠すにしても鏡の面が下であれば、露呈しても反射することはなかった。だがしっかり上にしており、それは万が一コユキに発掘されてもその瞬間姿が写ってダメージを与えられる罠を仕掛けた。そこまで計算しての戦略ならあっぱれだとコユキは唸ったが、これもヒツギは別の理由だけでそうしていたので、拍子抜けだった。


「色々噛み合ったってわけか。でも、全部仕込んでいたゆえの勝利でもあるし」


 読み負けたわけではない。けれどもヒツギの行動はすべて彼にプラスを与えた。その結果が彼の勝利と考えるとコユキは納得した。そして彼を頼もしく思った。


「やっぱりお前なら、この世界を変えられる。良い方向に」

「どうだろう? まあ、また明日考えよう」


 ヒツギは先が見えていないから、大物になるビジョンを想像できない。けれどもなるようになるの心意気で眠りについた。

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