9話 ヒーローの到着
怪世界は列島で、その一部が留学先の島と一致することに気づいた氷川柩岐。怪世界に来る前にいた肝試しの会場と重なる地点に来たが、元の世界に戻る手がかりは得られなかった。
無関係なのか、怪世界の異変を解決した後に来ないといけない場所なのかはヒツギには分からない。彼は自分が来た証として土に棒を差し、城下町へと引き返す。往路と同様、手段は妖怪輪入道が引く速い人力車。
何の成果もなかったがヒツギは無駄骨だったとは思わない。移動にお金は払っていないし、歩いたのは少しだから疲れてもいない。昨日渡された鏡は九尾の狐の変身を暴くための照魔鏡と現地の人間から教えてもらったのは収穫だ。人間と妖怪が共存していたこの世界で、妖怪が人間を襲う異変と関係しているかもしれない。
そして往復の間に城下町で事態が進展しているかもしれない。数時間前そこにいたヒツギの行動が、門番の排除に繋がり、自由に出入りできる状態になっている。彼と同じく怪世界に飛ばされた人が訪問し、異変解決や元の世界への帰還に向けた何かを成し遂げてくれるはずだ。他の人ならそれができると期待し、その目で確かめに向かう。
城下町が騒々しい。その理由は一目瞭然で、がら空きの門を妖怪が行進している。門番がいなくなったから通り放題になったのは人間だけではないのだ。
そして暴走はしていない。友達や家族だった妖怪が帰ってきたのを喜ぶ声や、まだ再会できていないから呼び回る声。中にはヒツギが差した木の墓標に気づいて墓を掘り起こし、泣いている人もいる。彼は見つけてもらうために隠して目印を残したので、それが叶った今は当事者に委ねることにした。
ヒツギにとっては妖怪が戻ってきたことより、怪世界に来た他の人を探すことが大事だ。早速門を通り、誰か来ていないか見渡す。といっても暗がりで初対面の人ばかりだから、いたとて気づけないかもしれない。それなら向こうが気づいてくれればいいから、とりあえず散策する。向こうからしても初対面でしかも日を跨いでいるのに気づいてくれるを期待できるような奇抜な外見ではないが。
見渡しているとあちこちで人間と妖怪の関わりが目に入る。足並みを揃えて歩いていたり、火起こしを手伝ったり。妖怪がいるのを当たり前と思い、人間の生活に溶け込んでいる、平和な世界が戻ってきたのを実感した。
妖怪が人間の言いなりになる世界が戻ってきた。城の屋根に乗って街を見下ろす小竹狐行は、ヒツギと同じく街を見て、そう感じていた。平和と感じるのは人間の独りよがり。妖怪を自由にするために、世界を変えなくてはならないと誓う。この世界に来て得た力で、妖怪九尾の狐に化けた。
夜になり、街ゆく人間の数が減った頃。コユキは妖怪の姿で各地の妖怪に呼びかける。神通力を使って心を操り、人間を無差別に襲うよう仕向けた。すべては妖怪を救うため。共存という聞こえの良い言葉で人間は妖怪を利用し、妖怪のための世界を作るつもりのないこの世界を、元いた世界と同じように人間と妖怪は世界の表と裏に分かれさせるために。
街は異変に染まり騒然とした。妖怪が街で暴れ、人間に襲いかかる。あちこちで倒壊や火災が発生し、パニックに陥る。
巻き添えを食らうヒツギは慌てて逃げ回る。二日前に鉢合わせた異変は一体の輪入道が辺りを燃やしながら暴れていただけだから何とかなったのに対し、今回は数えきれない数が暴走している。鬼が棍棒を振り回したり、鎌鼬があちこち切り裂いたり。前にいた街の妖怪よりずっと攻撃的な種族だらけで、彼には打つ手がない。
預かった照魔鏡が割れて使い物にならなくなるのだけは避けようと、気をつけて身を守る。
街の人間は逃げたり道具を持って応戦したりしている。抵抗する人たちをヒツギは陰から応援する。門番が妖怪を過剰に返り討ちにしていたように、人間はやられるだけのか弱い立場ではないのはその目で確かめている。この非常時に門番には戻ってきてくれないと困るが、今いる人たちだけでどうにかしてくれるのをヒツギは期待する。
だが敵わない。妖怪は人間の抵抗を難なく押し切り、倒していく。今と前との妖怪の雰囲気の違いにヒツギは気づく。門番との交戦時の妖怪は暴走状態ではなかった。理性を持ち、力を抑えていたから人間でも返り討ちにできたのであって、本気で迫られたら人間に勝ち目はない。そう気づかされるほどに蹂躙されている。
ヒツギは隠れ回りながらヒーローの到着を待つ。彼と同じくこの世界に飛ばされた、彼と同じく特殊能力を持つ誰かが、颯爽と現れて解決してくれるのを祈る。だが時間が経つほど戦える人は減っていき、夜が深くなるほど妖怪が増えてくる。
誰かしらいるはず。そう願いつつも逃げ場が限られ自分の身が保たないと感じたヒツギは、止むを得ず、自分が制圧すると決心した。
彼は特殊能力を使い、脱落者のゴーストを召喚する。妖怪に敗れた街の人のゴーストを操り、妖怪にぶつけた。ゴーストといえど実体はあり、道具を持ったりパンチに威力を持てたりできる。姿はシルエット状で、暗いとヒツギ自身にもどこにいるのかよく分かっていない。
ゴーストのスペックはモデルと同等。だが意思はなく、動きはヒツギが主導権を握る。
だがゴーストの人間も敵わない。元の人間が動けなくなるほどのダメージを受けると消えてしまう。だがまた繰り出せばいい話であり、もう一度挑ませる。ヒツギ自身が動けるうちは、いくらでもリベンジできる。その繰り返しで相手の消耗を狙い、無限の残機でごり押し。それが彼の勝ち筋だ。
それでもなかなか勝ち筋が見えない。妖怪も仲間の交戦を見て加勢しにくる。ヒツギは未だに一体も倒せていない。相手の手の内が分かってきても、隙を突こうにも仲間が寄ってくるせいでカバーされている。
人間では本気の妖怪に敵わないのかと、ヒツギは追い詰められる。人間に慣れて加減を覚えた妖怪に、情けを捨てた人間複数でかかってようやく倒せるくらいには力量差がある。だがまだ最後の策がある。彼は門番に倒された妖怪の墓を立てたのを思い出し、その妖怪のゴーストを操って対峙させた。妖怪と妖怪の勝負。これなら渡り合えると考え、とにかく一体を倒しにかかる。
ヒツギの妖怪は倒されても復活できる。相手より数は少ないが、粘って一体を倒した。ヒツギはすかさずそれをゴーストとして味方にし、加勢させる。さながら倒した敵を奪って仲間に変えるという手口で、戦力差は徐々に縮まり、やがて優勢になった。
一度弾みがつけば後は彼の独壇場。相手の減らす度に彼の味方は増えていき、妖怪の暴走を力業で鎮めていく。彼は途中で勝利を確信しつつ、残りの妖怪を倒していく。じきに街は静かになり、平穏を取り戻した。
だが路上には、ダウンした無数の妖怪と人間。力を使い果たしたために勝負が止まっているという状況だ。
ヒツギは安堵しつつも、殲滅というやり方で解決に持ち込んだ現状にモヤモヤしている。彼の特殊能力ではこうすることしか鎮められない。敵も味方も多いほど、脱落者も増える。被害が甚大なら彼が召喚できるゴーストも多くなり、彼の勢力は強まることで彼がもたらす被害も拡大する。
こんな形で片付けることを彼は好んでいない。事ある度に誰かに任せる癖は、平和的解決を願う気持ちから発展して目覚めていたのだ。
コユキは使役した妖怪の全滅を目の当たりにし、愕然とした。妖怪は怖い生き物で、人間が好き勝手利用してはならない。それを思い知らせるために両者の上下関係をはっきりさせようと妖怪に人間を襲わせたのに、たった一人の人間に全滅させられた。
そんな芸当ができる人間を知らない。だがその姿を見つけて、正体がヒツギと知ると、驚きつつも納得した。彼はどこまで不思議な行動をするのだろうかと、気分が高揚する。
コユキはヒツギのことを、この怪世界に来るまで知らなかった。ヒツギ自身が留学してきたばかりだから、顔も特殊能力も知らないのは当然のことだ。
そしてこの世界で、コユキは狐に化けて死んだふりをしていたところをヒツギに発見されたのが、最初の出会いだった。抱えて歩き土に埋めようとしたときに生きていることを見破ったヒツギを、ただ者ではないと思った。
妖怪を攻撃せずに暴走を鎮めようとし、自身が妖怪に攻撃されても使命を成し遂げて、好感度が上がった。
今度は城の主のふりをしてヒツギに手紙を出してここに招き、人間と妖怪が共存しているこの世界は妖怪には窮屈と理解を示してくれて、また好印象だった。
そんなヒツギが、たった一人でコユキの計画を阻止した。今までのイメージは関係ない。彼こそが最大の障壁と考え、一騎討ちを申し出るべく屋根を降りて彼の前に現れた。
すると街の人が騒ぎ出す。九尾の狐は伝説の妖怪。それが街に現れたとなると一目散に逃げていく。
ヒツギにとっては西の京で会って以来の再会となる、親しみのある妖怪の認識だった。だが街の人の反応が正しいと思い、関わるのは避けるべきと思い至り、背を向けて逃げた。すると九尾の狐は彼を追いかけ、呼び止める。
「待て! お前に話がある!」
そう叫ばれてもヒツギは足を止めない。人間のゴーストを召喚して足止めし、逃げ切ろうとする。
狐が西の京で友好的に接してきたのは、彼が持つ照魔鏡を割るチャンスを窺うためと考えている。照魔鏡は人間や他の妖怪など他の姿に化けた妖怪を写して正体を暴く力がある。変身能力と高い知能で、他人を演じて混乱を招くことが得意な九尾の狐にとっては厄介な存在だから、壊してしまおうと企むのは分かる。
ヒツギは入り組んだ道に潜り込む。狐の視界から外れた隙に土を掘って鏡を埋め、落ちていた瓦を突き刺して後で分かる目印を残し、再び走り出す。
やがて交差点で狐と出会い頭に衝突した。だがヒツギはもう逃げず、九尾の狐と向き合う。鏡を手離した今、警戒する必要はなくなった。
「話って?」
「妖怪を倒したの、お前だよな? ……特殊能力者なのか」
ヒツギは逃げていたことについてしらを切って、呼び止められた所からやりとりを再開する。そしてコユキも逃げていた理由を聞くことも照魔鏡の在処を探ることもなく、何者かと尋ねた。
ヒツギはコユキの姿が狐に見えている。妖怪から特殊能力というワードが出てきたのを不思議に思ったが、能力者なのは事実で少なくとも彼が元いた世界には希少だが能力者がいる。だからこの世界にも能力者がいて不思議ではないし、概念があるなら実際にいるように思う。
「そうだけど」
「やっぱり……ボクと勝負だ! 勝った方が、この世界を動かす」
コユキは勝負を申し入れる。ヒツギが本当に能力者だったときのことは考えていた。彼は怪世界に来た際に能力が覚醒した。それはその力でこの世界を良い方向に変える使命を授かったと解釈している。だからヒツギという同じ立ち位置の人がいるなら白黒つけなくてはならない。変える役目を担うのは誰か。それは勝負の勝者が相応しい。
「それなら他に適任がいるはずだ。俺より強い能力者が、多分どこかにいると思う」
だがヒツギは勝負に乗り気ではない。強い能力者がキーパーソンだとして、彼より強い能力者で彼と同じく肝試し会場にいて怪世界に飛ばされた人は、一人くらいいると思っている。
半端な彼と勝負するより、もっと強い人とやり合った方が価値があると彼は提案した。
「確かに、ボクはお前以外を知らない。でも、一番目立っているのはお前なんだ」
コユキもヒツギ以外の能力者と会っていない。だが真っ先に彼を知ったのと同義であり、それだけ彼は活躍していて、勝負する価値はあると考える。
「……分かった。気の済むまでやろう」
ヒツギは提案に応じた。そこまで推してくるコユキの主張を正しいと捉え、勝負を受けた。
ヒツギとコユキの一騎討ち。普段ならヒツギに勝ち目はない。大人数同士の勝負なら脱落者をゴーストとして味方にできるが、タイマンでは脱落者が出るイコール決着で、彼は無能力も同然。
だが今は、これまでに散った人間と妖怪のゴーストを出せる。今だけの、再現できない実力で挑む自覚はある。それを彼は彼らしさとして受け止めているから、出し惜しみをしない。
一方でコユキには、もう妖怪の仲間がいない。仮にいたとしてヒツギに一騎討ちを申し出た以上、仲間の力を借りるのは卑怯と思って手出しさせなかっただろう。
勝負に対する双方の熱意の差。結果は語るまでもない。